第六十一話、アカリンのよくある平凡なる日常
事件も終わって、気分も晴れやか!
さて!
今日は休日だし、がっつりゲーム配信でもしようかしら!
と、リビングを占拠しようと思っていた。
朝の事だった。
配信機材を部屋から持ち出そうとしたあたしの足元には、三匹のモフモフがいて。
じぃぃぃぃぃいっとあたしの事を見上げている。
三魔猫、クロシロ三毛である。
普段はふわふわ綿毛なギャグ要因ともいえる彼らだが、どうしたことか。
その表情は、まさに鬼神。
三匹とも可愛い顏の真ん中にシワを刻んで、キリっとしていたのだ。
あたしは言う。
「え? なに……どうしたの? 戦にでも行くような顔をして」
『お嬢様、いえ、アカリ姫殿下。お話がございます』
いつものように代表して、クロことシュヴァルツ公がネコ足を前に進め。
頬毛のふくらみを、さらにモフっとさせる。
いわゆる決め顔だった。
シロことヴァイス大帝も。
三毛ことドライファル教皇も続けて。
肉球を絨毯につけ――。
『どうか、我りゃの相談に』
『乗っていただきたいのでございますニャ――ご許可を、いただけますかニャ?』
二匹の瞳も真剣そのもの。
……。
いや、まあ肉球はいつだって絨毯につけてるけど。
ともあれ。
ごくりと息を呑み、あたしは深呼吸。
姫としての勘が言っていた。
これはおそらく、本当にシリアスで重要な相談だろう。
あたしは従者の信頼に応えられる主人でありたい。
そう心に強さを意識して、凛とした声で口を開く。
「わかりました。あなたたちの言葉を許しましょう、あたしに何を求めているのかしら」
『では、こちらをご覧ください――』
どこからともなく取り出した眼鏡を装備し、インテリスマイルでクイクイ♪
ピンピンに張ったネコ髯を揺らす、その肉球に握られていたのは、にゃんスマホ。
そこに表示されていたのは……。
「って! これ、ペスに買ってあげたゲーム機じゃない」
『言いたいことは、分かりますにゃ?』
めちゃくちゃ真剣な顔をしているクロが、むふーっと丸いお口を揺らし。
三匹であたしの足元を、ぷにぷにぷにぷに!
わざとらしい魔力肉球音を立てて回り始めるのだが。
腰に手を当て、あたしは呆れ顔。
「買って欲しいって事? でも、あなたたち、あたしが買ってあげようかって言った時に『そんな犬の遊び道具なんて、我らは欲しくありませぬ』……キリ! って、ドヤ顔してたじゃない」
そう。
既にあたしはペスに買った時に、この子達にも提案してあったのだ。
三匹は額にゲーム会社のロゴが描かれた鉢巻を巻いて。
絨毯をペチペチ叩きながら、肉球を輝かせる。
『あの時は欲しくなかっただけなのニャ!』
『それなのに、あの新人めがっ』
『我らの前で、これ見よがしに寝そべってワフワフ楽しみおってからにっ』
ジト目であたしは言う。
「よーするに、ペスが楽しんでるのを見て、欲しくなっちゃったのね……?」
『そーともいいますにゃ?』
「いや、そうとしか言わないでしょう。臨時収入も入ったし、買うのは構わないんだけど――」
んーっと顎に指をあてるあたしに、ドライファル教皇が三毛色の獣毛をぶわっとさせる。
『はて、姫様。何か問題がおありで?』
「いや、あなたたち――忘れちゃったの?」
『何の話でありますかニャ?』
問われて彼らは、こてん♪
三匹同時に首を横に倒してみせる。
ちなみに、滅茶苦茶かわいい!
「このあいださあ……あんたたち。炎兄を怒らせたでしょ? お兄ちゃんの前でペスが熱中して気に入ってるゲームにケチつけてさあ。じゃあおめえらは、ぜってぇに買いたいって言いだすなよって魔導契約までした筈じゃなかった?」
お父さんとお母さんの留守中。
うちの家事全般から全てに至るまで取り仕切っている長兄は、我が家の大黒柱的な存在。
情操教育的なことも、自然とお兄ちゃんが担当していて――。
そーいうところは、けっこう注意をするのである。
ちなみに、魔導契約とは――魔術による重い契約。
基本的に、一方的な破棄ができない強制契約のことである。
もちろん、両方の同意がないとそもそも契約できないのだが、一度してしまうとなかなか解除は難しいのである。
しかし耳を立てたクロが、にゃはははは!
肉球部分をみせるように、手を振り♪
『大丈夫でありましょう。炎舞お兄様はちょろいですからね~♪』
『然り。我らがごろんと転がり、許してほしいにゃん♪ と言えば、即座に問題解決』
『しょーがねえなあ! と、むしろゲームソフトを何本も買ってくれるのでは?』
実際、その通りになるだろうから困る。
いや、困らないけど。
「んじゃ、お兄ちゃんを説得できたらいいわよ。あなたたちも頑張ってくれているから、全員分買ってもいいわ」
ここは主として、太っ腹な部分をみせなければなのだ!
三魔猫はパァァァァアァっと瞳を輝かせ。
『それでこそ、お嬢様!』
『炎舞様並にちょろい!』
ん?
「いま、なんか失礼なこと言わなかった?」
『いえいえ、御兄妹ともにお優しいと、そう申しただけでありますニャ?』
『それで、炎舞様はいまいずこに?』
あたしは魔導書を開き、遠見の魔術を発動。
少し離れた場所の公園。
ペスを口実に、逆ナンされているお兄ちゃんの姿を捕捉。
「ペスと散歩のついでにスーパーに寄るみたいね。たぶん一時間もしたら帰ってくるんじゃないかしら」
『ニャフフフ! 見ているがいい、新参者のペスめ』
『これで我らも、話題に乗り遅れることがなくなりますニャ~♪』
扇子を持って小躍りしている三魔猫を眺め。
あたしは、ゲーム配信を開始したのだった。
これでこの休日の物語も終わり。
――の筈だったのだ。
◇
翌日の事。
絨毯の上で拗ねて横になって、モフモフな獣毛を逆立てて。
尻尾をビターンビターンと不機嫌そうに揺らすのは、三魔猫。
炎兄の説得は予想通りあっさり完了。
さあ、じゃあ後はゲーム機を注文するだけよ!
と、なったのだが。
不貞腐れて液状にゃんこオヤツを自棄食いしている彼らに、あたしは言う。
「仕方ないじゃない。人気商品なんだから――」
そう。
いざ注文しようとしたら、ソールドアウト。
ようするに、売り切れだったのである。
尖らせたニャンコのお口が、うにゃっと蠢く。
『あの時は確かに、ご注文フォームにあったのニャ……っ』
「たぶん、休日でいろんな人が注文したのね。まあ予約が開始したらすぐに注文するから――待つしかないんだけど……」
ま、まあ次にいつ予約できるかも謎なのだが……。
あーいうのって、月単位でかかるからなあ……。
うぅぅぅぅっと本物の涙を浮かべ、クロが言う。
『今やりたいのですニャ……っ』
「じゃあ、じゃあさ! ほら! あたしの本体貸してあげるから、それでやればいいじゃない」
『自分のでやりたいのですニャ……っ!』
ネコって。
こういう謎のこだわりが強いからなあ……。
ぐずぐずと鼻を鳴らす、三魔公の姿にあたしは辟易。
異界の公爵で、二つ名まで持っていて。
分類すれば間違いなく大魔族と語られるだろう大物魔猫が、本気で泣いてるって……。
まあ気持ちは分からないでもないが。
そもそもだ。
ペスに買った時に、揶揄ったうえに、購入を断ったのが悪いのだから……うーむ……。
ちなみに、ヴァイス大帝もドライファル教皇も不貞腐れている。
そんな中、いつもの散歩から帰ってきたのは月兄とペス。
両手両足の汚れを洗浄魔術で拭ったペスが、わふんと垂れ耳を振り問う。
『こやつら、なーにを不貞腐れておるのだ? 我が散歩に出る前には、ゲーム機を買って貰うのだと喜んでおったではないか』
「それがねえ、売り切れになっちゃってたのよ」
売り切れの赤い文字を画面でみせたあたしに、ペスが言う。
『ふむ、なるほどな。では我は新参者であるし、我の所有するゲーム機本体をネコ達に貸すというのはどうだ? 我は構わぬぞ?』
「あら、いい子ね~ペスは♪ でも、駄目なのよ、あたしも貸そうかって言ったんだけど。”自分の”ゲーム機でプレイしたいんですって」
ペスは散歩用の首輪を定位置に魔力で戻し。
『ふむ、こだわりというヤツであるな。分からんでもないぞ』
「そーいうもんかしらねえ」
どうにかしてあげたい所であるが。
こればっかりはどうしようもない。
スマホを操作して、企業のサイトに直接飛んでみて、予約ができないか見てみるが――。
やっぱり無理。
ったく、これじゃあいつ買えるか分からないじゃないと、企業案内を見ていた。
矢先だった。
ペスと一緒に帰宅した月兄が、じぃぃぃぃ。
スマホの画面を眺めて。
「これが欲しいのか――?」
「あたしじゃなくて、この子達がね」
不貞腐れて尻尾で地面を揺らす三魔猫を見て。
ふむと考え込み、月兄が前髪の隙間から赤い瞳を覗かせる。
「炎舞兄さんの許可は……?」
「下りてるわ、でもその許可を待っている間に買えなくなっちゃったのよ」
説明するあたしに、月兄が未来視を発動する。
「シュヴァルツ公たちは、あんなものが欲しいのか――俺には、よくわからないな」
「ペスがやってるのを見て、急に欲しくなっちゃったんだって」
言われてペスが、胸を張り。
ドヤァァァァ!
「へえ……ペスもあれで遊んでるのか。凄いな」
呟いて、兄は考え込み。
更に未来視を発動。
なにやら嫌な予感がするのだが。
杞憂だったのか。
物静かなお兄様は、決意のスマイルである。
「なら――俺が買ってこようか」
「直接お店で探すって事? まあそれなら買えるでしょうけど。今大人気だし、ゲームショップがどんどんなくなってるし……たぶんめちゃくちゃ大変よ?」
「いや、コネを使うから――たぶん買える」
思い当たるのは前回の事件。
「ああ、石油王にお願いするのね。そりゃたしかに、買えるわね」
そういうビップ用の在庫は、常に残してあるだろうし。
話を聞いていた三魔猫は、ズジャっと起き上がり。
尻尾をびーんと立て。
ダダダダダダ!
『さすが♪ 我が家のリーダー月影様♪』
『我らの英雄♪ 大恩人♪』
『一生ついていきますのニャ~♪』
月兄の足元でゴロゴロ喉を鳴らし始めていた。
現金な奴らである。
「じゃあ一週間ぐらいかかるけど――待てる?」
月兄に頭を撫でられ、クロがご満悦で告げる。
『うにゃはははは! 届くと分かっているのなら!』
『余裕で待てるのであります!』
『ああ! ついに我りゃにも、素敵なゲームライフが始まりますニャ~!』
月兄はふふっと微笑し、姿を闇へと溶かそうとする。
空間転移だろう。
あたしは慌てて転移キャンセル。
「ちょっとお兄ちゃん、ストップ! お金忘れてるわよ! 買うって言ったって、けっこうするわよ? キャッシュ持ってるの? 直接銀行から落とそうと思ってたから、今、手持ちにないのよ」
「いいよ、三魔猫にはお世話になったし――家族だから、俺が払うよ」
と、素敵なお兄ちゃんオーラを出して兄は消えた。
さて。
これで今回の休日の物語は終わり――。
の筈だったのだ。
◇
月兄が消えてから、三日後の事だった。
次男様は神出鬼没で気まぐれで、ネコであるがゆえに力も一番強い。
こうして帰ってこないことも、しばしば。
まあようするに、いつもの事だったので。
あたしたちは特に気にしていなかったのだが
三魔猫達がふんふんと興奮しながらモフ毛を膨らませ。
リビングでのんびりと兄の帰還を待っていた。
夕方過ぎの事。
それは突然、テロップとなってあたしの脳裏をズガガッガっと揺らしていた。
テレビ画面に映っていた文字は、いわゆるニュース速報。
超有名な大企業が、なぜか突然、企業買収されることとなったことが報じられていて。
その大企業の名前には見覚えがあった。
汗をタラタラ垂らし、現実逃避しようとするあたしの顔を見て。
骨のおやつを齧っていたペスが、ジト目で言う。
『のう、アカリ嬢よ』
「なななな、なにかしら~ペスちゃん♪」
『今、世界有数の石油王に買収されたとニュースが流れた大企業とは、あのゲーム会社の事ではないか?』
そう。
緊急ニュースを知らせるネットニュースに、画像も上がり始めていて。
そのリンクを開いてみると――だ。
大企業の社長さん的な人と、にっこりビジネススマイルで握手する石油王(人間形態)の画像。
石油王の足元には、太々しい顔をした兄猫の姿。
……。
あー、買っちゃったか。
全てを察した顔で、ペスがあたしをちらり。
『おぬし、スマホの画面を見せた時。ちゃんとゲーム機を指したか?』
ふと賢いあたしは考える。
あの時は確か。
「あー、会社概要を眺めてたかも……?」
『つまり、おぬしのせいなのでは?』
お兄ちゃん。
ゲーム機と勘違いして。
買っちゃったのね、あの会社ごと……。
まあ、これはある意味でロイヤルな手段。
ゲーム機がないのなら、会社を買っちゃえばいいじゃない!
である。
これが月兄クオリティ。
月兄は未来が見えるから、本気になって稼ごうと思えば大抵のことはできちゃうのよねえ……。
しばしあたしは悩んだ振りをして、結論を出した。
「でも、これであの子達のゲーム機が手に入るし。別に問題ないんじゃない?」
――と。
ペスが呆れ顔で、頬をヒクつかせているが気にしない。
絶対、いろいろと問題になるけど気にしない!
『いいわけなかろうが! 犬の我ですら分かるぞ、大問題であろう!』
「あら、未来が見えるお兄ちゃんに買われたんですから、むしろラッキーなんじゃない? 表向きは、石油王が享楽で買ったと思われるでしょうしね!」
まったく気にしないあたしは、えへへへ~!
『やはり、兄妹ということか……』
「大丈夫、炎兄にバレなきゃいいのよ!」
『炎舞の苦労がよく分かるぞ、我には……』
てなわけで!
赤雪姫モードとなり、魔導書を大量に展開!
認識阻害の大規模結界魔術を日本全土に掛けようと、詠唱を開始!
全ての計算式を終え、準備は完璧!
後は発動するだけ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
なぜか炎の柱の燃える音がして、あと、なぜか背後が燃えるように熱いのだが。
きっと気のせい……。
……なわけ、ないわよねえ。
ご長男様の、声があたしの耳を揺らす。
「おいバカ妹――ちょっと話があるんだが。分かるな?」
「あは、あははははは! お兄様? いやあ、これからあたし――鉄道すごろくゲームの九十九年設定、長時間配信があるかも?」
当然、説得スキルは失敗判定。
あたしの頭に炎のげんこつが下ったのだが。
それはまた、別のお話という事で――!
この後、月兄に余計なことを言って騒動を起こさせた!
と、あたしは炎兄にかなり本気でお説教をされたが。
げんこつの原因は、たぶん証拠隠滅をしようとしたせいだろう。
まあ、あの子達がゲーム機で元気よく遊んでくれるなら。
問題ないわよね!
幕間その二
アカリンのよくある平凡なる日常 ~おわり~