第六話、再会―さよならは突然に―
前略お母様。
アカリンことあなたの娘は、元気にやっています。
ちょっと正体というか、力が政府にバレそうになってますけど、きっと気のせいです。
どうか、まだこちらに気付かないでください。
かしこ。
……。
じゃないわよ!
今現在、ちょうどこの時、この瞬間が例の調査員との面談日。
調査員と思わしき男がやってきたのだが。
精鋭だったらしいそのレベルをコピーしてしまったので、あたしは、いきなり失敗していたのだ。
それよりも。
思わず立ち上がったあたしは、叫んでいた。
「って!? あぁああああああああぁぁ! あんた! あの時のメガネリーマン、トラックに轢かれかけてたイケオジ未満の転生失敗者じゃない!」
「久しぶりだな、お嬢ちゃん。あの時はどうも――」
と、悪びれることなく告げる調査員のおっさんは、無精ひげを指ですりすり。
興味津々な様子でアタシを見て。
公務員のくせに(失礼)、高級スーツを翻し偉そうに着席。
全ての元凶、その一。
あの時、あ・た・し・がトラックから守ってあげた。
インテリヤクザ風のメガネリーマンである。
変装だったのか。
メガネを外しているのでヤクザそのものに見える。
「あら~? 無精ひげなんて生やしちゃって。ちょっとワイルドなイケおじ気取りかしら? あたしの言葉を覚えていたって事かしらね~?」
「はは、そういやそうだったわ。イケオジになって出直せだったか? こりゃあ偶然だが、ちゃんとイケオジになってきただろう? ほら、感謝してもいいぞ?」
まあ見た目だけは嫌いじゃないが。
あたしはちゃんと内心も見る乙女なので、却下!
《鑑定の魔眼》でじっと相手を見る。
レベルは二百でカンスト。
もうこれ以上の伸び幅はない、悲しい状態である。
種族は普通の人間。
へえ、普通の人間って本当に、強いレベルでも二百ぐらいしかないんだ。
いや、まああたしも人間だけど。
なぜだろうかあまり顔色はよくない。
自分と同じレベルの女子高生を警戒している、という部分もあるんだろうが。
これは……まあ、後で考えよう。
あたしはジト目で言う。
「これさあ、もしかしなくてもさあ――あの暴走トラック事件自体が茶番だったってことよね?」
「ん? どういうことだ?」
誤魔化してるようなので、言ってやる。
「そのままの意味よ? 普段はトラブルを避けるために力を隠していても。助ける能力があって、なおかつ目の前に死にそうな人がいたら――思わず助けてしまうでしょ? それが人間だもの。まんまとおじさん達に騙された、このあたしみたいにね」
ビンゴだったようで、男は口の端をわずかに緩めていた。
女子高生の前でタバコを吸おうとしていたのだが。
後ろの秘書っぽい姉ちゃんが咳払いをする。
胸の大きな姉ちゃんなので、妙な敗北感があたしを襲う。
「リーダー、ここは学校ですよ?」
「っと、すまない。校内は禁煙だったか」
胸ポケットにタバコを戻し。
鷹が獲物を睨むような瞳で、あたしを見る。
「お嬢ちゃんは自分が特別だ、という自覚はあるようだな」
「そりゃあまあね」
「単刀直入に聞くぞ、どこの組織に所属している――正直に答えてくれ」
組織って、あーた。
まあ、あたし達、一般市民の知らないところで異能力集団が犯罪行為とかをしている。
ということか。
「入ってないわよ、そんなの」
「組織に所属しないでレベルSS? どういうことだ」
いや、どういうって言われても。
しかし、妙にあっさりあたしの話を信じたな。
ウソかどうかを見抜いたようであるが――ふむ。
「それより、事情を聞きたいのはこっちよ。助けられる振りをして異能力者をハントしてたってことでしょう。良心を利用するって、人としてどうなの?」
あたしは基本的に年上には敬語を使うのだが、思わずきつい口調になってしまう。
だって、これ。
あの時、助けてやったことへの裏切り行為みたいなもんだし。
「我々も仕事だからな、仕方ねえだろ」
「あっそう~。でもさあ、おじさん。オオカミ少年って話、知ってる? ウソばっかりついてると本当に困ったときに助けてもらえなくなるって話。あんまりこういうことばっかりやってると、異能力者達にも話が伝わってさ。誰も人を助けなくなるわよ?」
おじさんは、じゃりっと無精ひげを摩りながら。
少し寂しそうな声で言う。
「そうだ、な。こちらも非道なことをしているという自覚はあるのだ」
「自覚があるなら辞めたら?」
すかさず嫌味を飛ばすあたしである。
「手厳しいな。だが、まああの時に、言っていなかった言葉は告げておこう。助けてくれてありがとう。なにしろ礼を言う前に逃げてしまったからな、君は」
「そりゃどうも、で? なんであたしが異能力者だって分かってたの?」
自慢じゃないが、いままでのあたしの隠ぺいは完璧だった筈。
なにしろネコを使って記憶消去ができていたのだから。
でも、相手はあたしが異能力者だと知っていたのだ。
どこで気づかれたか、あたしはそれが知りたい。
今後の参考というやつである。
「誤解をしないでもらおうか。お嬢ちゃんを狙ってたんじゃねえさ。誰でも良かったんだよ。あそこでトラックの前に出ると、ワタシたちも知らない強力な異能力者がやってくる――そう予言にでていた。だから実践した。それだけの話だ」
「で、まんまとあたしが釣られたと。しっかし、予言ねえ、そんな能力まであるんだ」
当然、そういう能力なんて心当たりがありまくるのだが。
ここは知らないフリ。
情報戦というやつである。
「ワタシは実際にお嬢ちゃんに助けられ、異能力者であるお嬢ちゃんとこうして面談をしている。それが答えじゃねえか?」
ここであたしのする対応は決まっている。
露骨に嫌そうな顔をして。
「いや、あははははは! 悪いわねえ、てっきりあたしのストーカーかなんかかと、思ってたわ!」
「なっ!? 誰がストーカーだっ!?」
必殺、茶化し攻撃である!
おうおう!
効いとる、効いとる!
シリアスな空気って、あんまり好きじゃないのよね~。
やっとおじさんのポーカーフェイスを崩せて、あたしは満足である。
パタパタと手を振って。
「冗談よ冗談、これはトラック事件で騙してくれた事への意趣返しと思って頂戴な」
「ったく――心に来る冗談はやめてくれ。これでも繊細な仕事でな。人権や青少年の権利やらで、こっちはいつもピリピリとしているんだ」
言って、おじさんが差し出してきたのは一枚の名刺。
どうやらやはり政府の犬……。
じゃなかった、異能力現象を裏で担当している公務員らしい。
名前は――鑑定した時と同じだった。
「池崎ミツルさんねえ。コードネームとかじゃないんだ」
「ん? なんで本名だって知ってるんだ」
あ、このままだと勝手に鑑定したってバレるなこれは。
誤魔化す意味も込めて。
本題に入れと促すように、こほん。
声を引き締めあたしは言う。
「それで? 結局なんの用なのよ」
相手さんも、本題に入ることに異論はないようだ。
「我々はとある危険人物を追っていてな。今現在、君にはその関係者ではないかという疑惑がかけられている。なにしろレベルSSだからな」
「疑惑ねえ」
曖昧に返事をして、あたしは相手の言葉を待った。
おじさんは、渋い声を尖らせ――。
「君はCを知っているかね――」
「C? なんのこと?」
「さあな――こっちも上からわずかな資料と共に、聞かされているだけなんだよ。危険度はSSS。ようするに、こっちよりも圧倒的に強いバケモノだとよ、で――お偉いさんたちがそいつを探せって必死でな。現状では多くの謎に包まれた存在だ。もう一度聞く、Cって言葉に心当たりはあるか?」
ガチで知らん。
あたしはすぅっと瞳を細め。
こっそりとスキルを発動させる。
使用したのは《説得》。
成功判定になるとこちらの要求を通すことができるのだが。
判定は成功。
レジストされるかとも思ったのだが。
あたしを猫使いだと思っているので、ネコがいない状況で油断しているのだろう。
これもある意味で心理戦である。
まあ、実はもうこっそり、あたしのネコ達が姿を隠して動き回ってるんだけど。
応接室のカステラを勝手に食ってるんだけど……!
シリアスが崩れるので気にしない。
「ねえ悪いんだけど、そいつの資料をあたしにも見せて貰えるかしら?」
「え、あ、ああ……もちろん構わないよ。大黒君、資料をお嬢さんに」
当然、うしろの巨乳姉ちゃんにも説得スキルはかかっている。
しかし、胸がすごい……。
あとで何を食べて育ってきたのか、聞くべきね。
「あの、アカリさん……? なにか?」
「あ、あははははは! なんでもないない、気にしないで!」
大黒と呼ばれた秘書っぽい巨乳姉ちゃんが、タブレット端末を起動する。
機密が保存されているのだろう。
部外秘と書かれているが、気にしない。
あたしは危険度SSSと記された資料を眺めながら、考える。
大した内容は書かれていない。
この人たちは、いわば末端の職員ということだろう。
説得スキルが無駄になっちゃったじゃない……!
「それで、どうかな。アカリくん、君はCの関係者なのかね」
「悪いんだけど本当に知らないわ。なんならウソ発見器とかそういうのにかけて貰ってもいいけど」
本当に知らないからか。
あたしの言葉には説得力があった。
ちゃんと相手の目を見て言ってあげたし。
「紹介が遅れたが、こちらの大黒には嘘を見抜く能力がある。試しても?」
「ええ、もちろんよ。それであたしの無実が証明されるってことだし」
なるほど。
さっき組織に所属してないって言葉を信じたのは、それのせいか。
大黒姉ちゃんが、髪を魔力で靡かせながら目をつむる。
ぷっくらとした唇が動く。
「異能解放:《真実の目》。使用させていただきます!」
あたしたち兄妹が扱う魔術式とは、物理法則を捻じ曲げる過程が違う。
魔術やスキルとは異なる体系の能力だろう。
結果は――。
「本当に知らないみたいですね。白ですよ、この子」
一瞬、下着の色かと思ってしまった自分が恥ずかしい。
相手は納得してくれたようである。
「そうか――いや、これは念のために確認しただけ。もし君が何かの情報を掴んでいたら情報共有をさせて貰おうと思っただけだ。すまなかったな、忘れてくれても構わない」
単純に興味がわいていた。
「ねえ、それってなにをやらかしたのよ?」
「詳細は話せない。ただ語れる範囲でいえば……そうだな、この世界に異能力を発現させた犯人……と言われている」
めいわくなヤツもいたもんである。
さて、一応はこの人たちが探している対象ではないと、証明はできたようだが。
問題が一つあるのよねえ。
ちょっと前、あたしが――。
このおじさんの顔色が悪い。
と表現したことを覚えているだろうか。
こっちの姉ちゃんも実は顔色が悪い。
さっきの接触。
嘘発見の異能力の時に違和感が確信へと変わったのだ。
で――。
あたしはネコの能力が使用できる。
ってのはちょっとは伝わってるわよね?
猫には様々な能力がある。
中にはもうすぐ死ぬ人の予言。
ようするに、死相を見る力がある個体もいるのだが。
あたしは目の前の死相持ちを、じぃぃぃぃぃぃぃい。
んーむ……。
この無精ひげ公務員のミツルさんとやらも、巨乳姉ちゃん大黒さんも。
どうやら、近いうちに死んじゃうみたいなのよね。
はてさて、どうしたもんか――。
まあこの一件で、政府にあたしの存在は知られちゃっただろうし。
恩を売っておくという手もある……。
お父さんお母さんへの口止めもしたいし。
それになにより、知っているのにこのまま”さよなら”っていうのも。
さすがにちょっとねえ?