第五十話、史上最強の敵、その名は――。
アカリン探検隊が進む珍道中!
たまにホークアイ君が死んだり、やっぱりホークアイ君が死んだり。
またまたホークアイ君が死んだり。
その度に緊急蘇生をして、アリスの世界を進むのだが。
頬に汗を流しつつ。
コメントに困るあたしに、イケオジ未満な池崎さんがぼそり。
「な、なあ――あの御曹司だけをおまえさんの影の中で匿っておくことはできねえのか?」
「無理よ、お兄ちゃんは影使いなのよ? 影への干渉力はあっちが格上、入れた途端に回収されちゃう可能性さえあるわ」
ぼろぼろになって肩を落としているホークアイ君が、ずーん……。
塞がった傷から血だけをダラりと垂らし。
「死とはやはり、辛いものなのだな……」
遠くを眺める、その鷹の目は釈迦か僧侶か聖職者か。
ピエロの悪魔を一刀両断にしながらあたしが言う。
「なーに、悟り開いちゃってるのよ……」
「いや、なに……我が父は自らの享楽のために、この死の恐怖と苦痛を、市井の者達に与えていたのかと思うとな。多少、いや、かなり――心に来るものがあるのだ」
なるほどねえ。
たしかに、ここの魔物は妙にホークアイ君を狙ってきている。
まるで誰かに見せつけるかのように。
考え込むあたしとは別方向。
池崎さんがタバコの煙をあてないように息を吐き。
「それで、この辺りの魔物は殲滅しちまったようだが。これからどうする? 奥に進むか、それとも一旦戻るか」
「戻る選択はなしね」
「おまえさんがそういうなら従うが、大丈夫なのか? ずっと全員にバフをかけて、その聖剣で敵を薙ぎ払いまくってるだろう? オレにはよく分かんねえが、魔力みたいなもんが枯渇するんじゃねえのか」
なかなかよい着眼点である。
だが。
「悪くない発想ね、たしかに普通ならそうなるわ」
「ってことは――」
呆れたジト目で、ふぅっとタバコの煙をまき散らす男に。
あたしはにっこり自慢顔。
「そ! 魔猫王の娘たるこのあたしの魔力は、常に回復しているわ。無限といってもいいほどにね。魔力切れも起こさないから、あなたたちの精神状態が問題ないなら、探索を続けられるわよ」
「ったく、ラスボスかよ、てめえは……」
「失礼ねえ、ラスボスの娘よ。娘」
笑顔なあたしに、ったくっと悪態を吐きつつも。
池崎さんは闇の中でタバコの火を灯し。
「そういや、ラスボスっていやあ。あの悪魔竜化のアプリを開発しやがったヤツ。分からねえままなんだよな」
「んー……アプリを開発できるってことは、ネットとかに詳しい人なのかもだけど」
悩むあたしたちに、ホークアイ君が口を挟む。
「いったい、なんの話であるか」
ふとあたしは思いつき。
「あ! ねえねえ! ホークアイ君、お父さんが異能力者をコレクションしていたってことは、あなたも少しは異能力者に詳しいのよね」
少々言葉を濁し、彼が言う。
「詳しいというほどではないが、まあ……父の自慢や、父の部下から漏れ伝う情報は確かにあるぞ。それがどうかしたのか」
「いやあ、あたしたち、アプリに魔術式を仕込ませる異能力者を逃がしちゃっててさあ。もし、機械を改造するとか魔術と機械を組み合わせるみたいな能力者の情報があるなら、教えてもらえないかなあって思ってるんですけど」
あの悪魔竜化アプリとその開発者。
異能力者を狙った犯罪者を攻撃していたのか、極道を憎み狙っていたのか、はたまた愉快犯だったのか。
ともあれペスを巻き込んだ、あの犯人はまだ見つかっていない。
問われた彼は顎に指を当て。
「父がかつて漏らしていた話であるが――」
「なにか知っているの?」
「いや、確証もないし。ただ食事の席で語っていただけという話だ、それでもよければだが――構わぬか?」
あたしは頷く。
池崎さんもシリアス顔に切り替え、こちらに意識を集中させているようだ。
「なんでも、機械弄りが得意な少年の異能力者が見つかったと、けれど、あれが欲しかったが残念だったと……。ぶつぶつ呟いて、悔しそうに肉を噛み切っていたことがあったのだ。父はうまくいかないことがあるとステーキを暴食する癖があったからな。おそらくだが、コネや伝手をつかって自分の手元に置きたがっていたが――」
池崎さんが言う。
「先に買われていたか、あるいは死んじまっていたか。ともあれ、おまえさんの親父さんはそいつを手には入れられなかったっつーことか」
「わたしが知っている機械に関係する異能力者の情報はそれだけだ。まあ、そのよくわからぬアプリと関係していたのかは分からぬがな」
少年、か。
たしかに、異能力者は十五歳前後の青少年に多い。
それは父たちが十五年前に起こした現象、世界を救うために行った儀式の前後に生まれたからだろう。
そう推測できる。
池崎さんやヤナギさん、大黒さんに二ノ宮さん。
彼らのように、大人や青年であった状態で異能力を発現させた者もいるが。
もし、その少年が異能力者誘拐組織に拉致されて。
なんらかのきっかけで脱出、或いは買われた先で自由を得て。それを恨んだ上で、あのアプリを開発したというのなら……。
いや、憶測だけで考えても分からないか。
「その……役には立ったか?」
「ええ、ありがとう。少なくともあの事件に関わっていたあなたのお父さんが、そんな少年を知っていた。そして手にはできなかった――その情報は把握できたもの。関係ないにしても、そういう異能力者がいたかもしれないっていう情報が手に入ったのは、大きいわ」
と、あたしはホークアイ君が役に立ったとアピール。
ちょっとは自信をつけさせてあげたいのである。
「さて、少しは落ち着いてきたし――これからの事なんだけど」
言いながらもあたしは聖剣で道を照らす。
アリスの世界をモチーフにした、うすら寒いファンシーな世界が極光色で照らされる。
ホークアイ君がアイテム拾いを再開しつつ、ダンジョンの先を眺め。
「のう、異界の姫君よ」
「ん? どったの?」
「なにか先ほどからずっと、誰かに見られているような気配がするのだが――わたしの気のせいであるか」
気配を察する能力を身に付け始めているのだろう。
レベルが上がってきた影響かな。
あたしは聖剣をくるんと回し、にひぃ!
「そりゃそうでしょ。ロックおじ様も眺めていらっしゃるし、それになにより、ずっとついて回っている人もいますからね。というわけで、そろそろでてきたらどう!?」
ずっとつけて回っていた気配に声をかける。
口と目の亀裂が目立つ大樹の後ろから、すぅ……っ。
長いしっぽを揺らし、優雅に礼をし彼は現れた。
それはタキシード姿の二足歩行の猫。
人型の身体をベースとした、ネコの顔の獣人である。
『先ほどはどうも、覚えていて下さったら嬉しいのですが――月影様、あの方の部下でございます』
そう。
イケオジ声の、あの守衛猫さんである。
「それで、お兄ちゃんの執事さんがなんの用かしら。ずぅぅぅぅぅぅぅっとあたし達を追ってきているみたいですけど?」
『いやはや、まいりましたね。これは恐れ入りました。あの方から気配遮断の技を伝授していただいていたのですが』
トラのような大きな猫手で頬を掻き。
猫守衛さんははふぅ……っとネコ吐息。
『単刀直入に申し上げます。このままお帰り願えませんか?』
おや、これはまた異なことを言う。
気配の変化を察知したのか、池崎さんがタバコを構えはじめ。
ホークアイ君がその後ろにコソコソと隠れる。
「悪いんだけど、ホークアイ君のお父さんを救わないと国際問題になるし。なにより助けるって依頼も受けちゃったし、んでもって? このダンジョンを攻略しないと、なんか世界が滅ぶらしいのよ。その提案は却下ね」
『世界が滅ぶ? あの……失礼ですがお客様、いけないハーブの類かなにかでも……』
こ、こいつ……っ。
イケオジ声で、ジャンキー扱いしてきやがった。
大人なあたしは拳をぎゅっと握って、我慢して。
「やってるわけないでしょう! こっちだっていきなり言われて面食らってるんですからね!」
『しかし、世界が滅ぶとおっしゃられましても……世迷いごとを申されているとしか、ねえ?』
困った様子で告げながらも肉球と肉球を合わせて。
パン!
挟んだ肉球を離していくと、そこには一振りのジェントルマンなステッキが顕現する。
武器、と考えるべきか。
タキシードなネコ毛と、実際にタキシードを装備し。
手には紳士なステッキで――なかなかダンディなニャンコである。
ああ!
良いわねえ、部下に欲しい!
『ならば実力でお帰り願いましょう』
「このあたしに、実力で?」
冷笑を浮かべるあたしに、守衛猫さんは首を横に振り。
『いえいえ、さすがにそこまで身の程知らずではありません。ただ』
「ただ?」
『あなたのお兄様から、必勝の策は頂いてまいりましたので――』
ステッキの先から生まれたのは魔法陣。
魔術式を読み解く限り召喚系の魔術である。
その術構成を追っていくと……。
おい、まさか……。
『さあ、現れなさい! エンシェントアースワームよ!』
エンシェントとは、よくある古代種や長い歴史のある魔物に使われる枕詞。
ある意味で称号のようなものと言っていいだろう。
それはいい。
いいのだ。
うん。
本当に。
問題なのは。
その後の言葉。
アースワームとは。
いわゆる釣りとかの餌に使う、あの細長いネチャネチャ生物。
ミミズ。
である。
ミミズとは、言わなくても分かるわよね?
あのミミズである。
世界を混沌に陥れるほどの、不気味な姿をもち、うねうねっと蠢く……。
その、ミミズさんが。
でっかいミミズさんが。
杖の先端から、ボテっと数匹召喚されたのだ。
うん。
しばしフリーズ。
「ひぎやぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あたしは気絶しかけた。
動揺したせいか。
あたしの姿は一番強い状態ともいえる完全ネコな形態になり。
モフ毛を、ふぁっさぁぁあああぁぁぁぁぁあ!
毛を逆立て。
『そそそそ、其は、ぎぎぎ、銀河の流れを包む、漆黒っ。悠久の時の果てに、黒点を仰ぎ見る軽天の使徒』
「な、なんだ!? どーしたんだよ、ネコになっちまって嬢ちゃん」
構わずあたしは、銀河に渦巻き発生し始めているブラックホールを引き寄せる魔術を操りつつ。
目をぐるぐるにし、ふしゃーふしゃーっと興奮のネコ息を漏らし。
あたしは叫ぶ。
『だだ、だって!? ミミズよ!?』
「そ、そんなに強いのか、このミミズ?」
『つつつ、つよいとか、そういうのじゃないでしょう!? ミミズよ、ミミズ!』
計測限界の、十重の魔法陣を無数に並べるあたしの前。
歯車仕掛けの時計のように、カチリカチリと蠢く赤い魔力閃光を見て。
池崎さんがジト目で言う。
「つまり、おまえさん……ミミズが嫌いなのか」
『ミミズが好きな人なんて、この世界にいるわけないでしょう!?』
「いや、中には愛好家もいると思うが……それよりも、なんだ、その物騒な魔術は」
これは魔術の奥義の一つ。
天体魔術。
文字通り、宇宙を操作するレベルの頂の魔術であるのだが。
『ま、まず、ね!? ミミミ、ミミズを滅ぼすためにっ、地球を滅ぼそうかと思って、ブラックホールを召喚――時を遡らせて、発生するだろう超新星爆発を利用して』
「ア、アホかぁぁぁぁ!? このバカ猫娘! まさか、世界が滅びるとかいう阿呆な預言ってのは、おまえさんによる滅びなんじゃねえだろうな!?」
分からないことを言う男である!
目をぐるぐるさせ、頭の上から湯気をぶしゅーぶしゅーっと発生させるあたし。
なにも、わるく、ないわよね!?
『だってミミズなのよ!?』
「それはもう聞いたっての! ったく、お前さんはそのままネコになって丸まってろ。おい御曹司、このバカを抱っこして後ろに隠れてろ。ここはオレがやる」
まさか、ミミズを退治してくれる。
というのだろうか。
もしかして池崎さんって、神!?