第四十九話、強制突入
世界の終わりを覗く時。
彼のモノは現れ、そっと未来の流れを変える。
そんな偉大な獣神さま。
ロックおじ様が目の前にいるのだが。
はて。
いや、でもこれは兄の気まぐれダンジョンだし――。
不安になりつつ、あたしは赤雪姫モードでおしとやかに問う。
「それでおじ様、いったいどのようなご用件で?」
『なに、心配するでない! そなたの父が弁当を頼んでいた、森のレストランに興味もあってな。我が弟子に呼ばれたこともあり、モノのついでに寄っただけであるぞ!』
ビシ、ズバ!
やはり翼による舞踊を披露し、おじ様は言う。
なるほど。
つまり月兄がレストランを口実に呼んだだけだから――。
世界がどうこうなるって話じゃないわけね。
胸元にそっと指を当て。
あたしはくすりと微笑してしまった。
「ふふ、ああ良かったですわ。おじ様ほどの大物が直接顕現なされているから、あたし、てっきりこのダンジョンを攻略しないと世界が滅ぶものかと……」
ホッとしているあたしに。
コケっと首を倒し、嘴を薄らと開き。
『ほう! 慧眼であるな! その通り、攻略せねば滅ぶぞ!』
「そう、やっぱり滅……――」
ん?
あたしは思わず赤髪の毛先を猫耳、猫尻尾にし、間の抜けた声を漏らしていた。
「いまなんて?」
あたしの憧れのおじ様が、いまなんか変な事を告げたような。
フリーズするあたしに、おじ様が追い打ちをかける。
『詳細は省くが、このダンジョンを攻略できんと地球が滅ぶ』
……。
あたしは遠慮がちのジト目で、もこもこの羽毛を睨み。
「いえ、あの、おじ様? できれば、省かないでいただきたいのですけれど?」
『クワワワッワ! 語ってしまったら面白くないからな! さて、人間どもよ! 必要なものはすべて揃えてやる! 突入に必要なメンバーも厳選してやった! さっそくダンジョンに乗り込むが良かろう!』
告げたおじ様がコケケケケッケ!
嘴を開き。
咆哮と共に魔力を放出!
「ちょっと!? おじ様!?」
『滅びの歌は既に始まっておる! 余はレストランから眺めておるからな、頑張ってみせよ!』
赤い魔力が、学園を覆い走り抜け。
ザザァアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァア!
音が鳴った――その次の瞬間。
視界が変わっていた。
いつのまにかおじ様の姿がなくなっていて、あたし達はダンジョンの中。
そして。
目の前にはおじ様が残していっただろう、宝箱。
……。
このあたしの魔術耐性をすべて貫通した上での、超魔術である。
まさに神業。
魔術式を覗こうとするだけで頭痛がするほどの、遥か高みの上にある術式が発動されたようだ。
効果としては、他者のパーティを強制編成する現象。
そしてアイテム欄への強制道具付与。
更に、ダンジョン内部への強制転移。
それを、あたしの抵抗を許すことなく、一瞬で行っていたのである。
このあたしがまるで子ども扱い。
い、いや……まあ実際こどもだけど……。
なにはともあれ。
遊園地のホラーアトラクションのような空間で、あたしは周囲を観察。
一呼吸を置き。
冷静でおっとりとした淑女を演じ、ゆったりと瞳を閉じ。
そして。
「だぁあああああああああぁぁぁぁぁ! どうしてあたしの周りに来る人って、こういう唐突な人ばっかりなのよ!」
お嬢様モードをかなぐり捨てて唸る、元気なあたしの横。
よろよろと立ち上がった池崎さんが、ゴソゴソと上着をまさぐり。
にっこにこな顔でタバコに火をつけ。
一服。
「ふぅ……やっと吸えたぜ。ったく、どこのどいつだよ、学校でタバコを吸っちゃいけねえって決めたやつは」
こいつはこいつで、タバコを味わってるし!
「池崎さんっ、あなたもそんなに落ち着かないで頂戴!」
「はは、いいだろう別に。こっちはずっと禁煙状態で溜まってたんだよ。魂の洗濯ってやつだな」
「いや、違うでしょう……っ」
イケオジ未満、たばこを吸いつつ満面の笑み。
強制的にダンジョンに入れられたのに、余裕綽々である。
まあ無駄に混乱されても困るけど。
「ったく、おじ様が選んだメンバーは……って、あたしとあなたと、ホークアイ君だけじゃない」
「そ、そのようであるな――」
ホークアイ君がダンジョンにビビりつつ、周囲をキョロキョロ。
こっちは逆にビビリすぎ。
まあ、守ってやるしかないか。
あたしは冷静な声を意識して、普段の声音で言う。
「とりあえず落ち着いて頂戴。いま、探査の魔術を使うから――おとなしくできるかしら?」
「し、承知した」
うむ、素直に指示に従うその姿勢や、よし!
あたしは意識を集中させる。
赤い蛍のような光が、花の形となってあたしの指先から浮かび上がり。
「探査魔術:赤雪蛍の舞千鳥」
言葉に従いダンジョン内にスミレの花が広がっていく。
ふっふっふ!
なかなか風情のある探査魔術なので、あたしの女性らしさが際立っているだろう!
おじ様が見てらっしゃるだろうし。
こういう小細工も大切なのだ。
異能でもある煙を纏い池崎さんが言う。
「で? どうなんだ、このダンジョンは」
「んー……あちこちに即死級のトラップが仕掛けられてるわね。魔物は、まあなんとかなりそうですけど」
即死と聞いた、ホークアイ君の顔がグギギギギっと軋んでいく。
今時漫画でもしないような、引き攣り顔である。
「ぐ、具体的には、ど、どんな罠があるのだ?」
「拷問を得意とする夢猫ムーンキャットが生み出した、硫酸の溜まった落とし穴とか。踏むと一生ついて回ってくる、無差別殺人魔導兵器キリングバズゾーとかよ」
わかりやすく魔術映像で見せてやる。
あ、更に顔が引き攣った。
「わ、わたしはこんなところで死んでしまうのかっ」
バカ息子。
完全に涙目である。
「まあ大丈夫よ! さっきも言ったけど、ダンジョン内で死んだ場合はあたしにも蘇生ができるから♪ 料金は後払いでいいし、同級生……かどうかは実際のところは分かんないけど。あの学園の生徒ってのは確かなんだし! 学割込みの格安料金で治療するわよ!」
商談を開始するあたし。
ちゃんと現実的に物事を考えていて、偉い!
お兄ちゃんには同級生って言ったけど、実際いくつなんだろ。
しかしだ。
彼は電卓を取り出すあたしではなく、なぜか池崎さんに近寄り。
耳に大きな手と口を寄せ。
「のう、公務員の男よ。こやつはいつもこうなのであるか?」
「ああ、深く考えるだけ無駄だ。俺はパソコン系を要求された、まあそのうち慣れる」
こいつら、人を馬鹿にしおってからに。
さて。
まあそれはいいとして。
「さて、冗談はこれくらいにして。ホークアイ君、あなたの能力を把握しておきたいんだけど。語ってもらえる?」
「わたしのか……」
「ダンジョン内でなにかを頼むこともあるでしょうしね、一応、何ができるのかは覚えておきたいのよ。それとも一人じゃなにもできないのかしら?」
ちょっと煽るように言ってやる。
ホークアイ君は、しばし考え。
「わたしの異能力は《音波》。音でできることならば、強度や精度の差はあれど大抵の事はできる」
「なるほど、あの時の攻撃は音の振動を使ったモノだったし……風系統の魔術になるのかしら」
「役には立てそうか……?」
と、あたしの言葉を待っているホークアイ君。
んーむ、捨てられた子犬みたいだな。
しゃーない、ちょっとは優しくしてやるか。
「あなたの能力がどうこうって話じゃなくて――現状のままだと正直、レベルが低すぎて相手に通じないと思うわ。でも、ダンジョンでレベルも上がるでしょうし、あたしもついてるし! なんとかなるでしょ!」
と、あたしはブイサイン!
「んじゃ、ダンジョン攻略を開始するわよ!」
「おいおい宝箱の回収はどうするんだ」
「もう終わってるわよ、アイテムボックスにあるから勝手に装備しておいて」
飛ばした舞千鳥の花ビラを目印に、あたしは既にダンジョンをマッピングし始めているのだが。
男二名はヒソヒソヒソ。
「こいつ、オレ達にファンタジー知識がねえってことが頭から抜けてるからな。説明すっ飛ばすから気をつけろよ」
「そのようであるな。まあ姫君なのだ、そのような周りを顧みぬ性格も頷ける」
結託しやがる二人。
その同盟を睨んで、あたしは威圧するように腕を組み。
「うるさいわねえ! ダンジョン攻略しないと世界がヤバイらしいから、しょーがないでしょうが!」
ともあれ。
あたしたちは魔猫学園ダンジョンを進んだ。
◇
湧いてくる敵は道化の姿をした悪魔や、動く大樹やキノコ。
そして、ウサギ達。
やはりどれも、アリスの世界にでてきそうな連中である。
「お兄ちゃん、最近になってアリスの映画でもみたのかなぁ……地味に、凝った作りの魔物でやんの」
呟きながらあたしは聖剣を一振り。
虹色の光線がペカーっと周囲を薙ぎ、コミカルな音を立てバササササ!
魔物達の消滅エフェクトが発生する。
先頭を進むあたしの後ろには、石油王の息子のホークアイ君。
その後ろに、殿で背後を守る池崎さんが、ダンジョンの暗闇の中でシュ!
「後ろの連中はオレに任せな――」
渋く告げ――タバコに火をつけ、詠唱を開始。
摘まんだタバコの先端で八の字を書き。
コートの端をバサバサっと映画のワンシーンのように靡かせ。
《煙の魔術師》の力を発動!
「惑い、震え、狂乱せよ――!」
タバコから飛んだ火と灰が、ざぁぁぁ……。
高練度の狂乱状態異常攻撃となって、背後を魔力の煙で覆う。
なかなかに様になっている。
が――!
そのまま突っ込んでくる敵を見て。
あたしは優しく忠告する。
「あ、ミツルさん。その悪魔道化師、ピエロ系だから状態異常耐性があってあなたの魔術は効かないし。植物系の魔物って精神系の状態異常があんまり効かないの。あとウサギの魔物って元からルナティック、いわゆる月の魔力を受けた狂戦士属性を持ってる子が多いから。レジストされるわよ?」
告げたあたしの後ろで、レベル千になっている筈の池崎さんの絶叫が上がる。
やっぱりレジストされたのだろう。
以前にあたしが祝福をかけた拳銃で、バンバン撃ちつつ彼が愚痴る。
「そーいうことは早く言えっつってんだろうが!」
「ていうか、またあなた、相性の悪い敵ばっかりと当たってるじゃない。もしかしたら前にも言ったかもしれないけど――もうそれ、呪いとかの領域よ? お祓いでも受けた方が良いんじゃない?」
「うるせえ! だからファンタジーは嫌なんだよっ!」
あたしの聖剣の加護、いわゆる範囲バフを受けながらも池崎さんは遠距離攻撃を開始。
おお!
それでも基礎レベルが上がってるから、拳銃での攻撃で相手に対処できている!
「とりあえず、眠りの魔術ならウサギに効くと思うから。試してみて!」
「本当だろうな!」
「動物系の魔物って、欲に弱いから――三大欲求の睡眠は相性良いのよ」
言われて池崎さんが動き出す。
ホークアイ君はというと。
ドロップしたアイテムをせせこましく拾い、パーティに貢献!
せせこましいとは言ったものの、誰かがしないといけないのでバカにできない役目である。
指から放った音波でアイテムを飛ばし、引き寄せているのも悪くない!
「ホークアイ君! あんまり無茶はしないでね。近くに落ちてるアイテムだけでいいから」
「分かっておる……っ、ま、まだ戦いは終わらんのか!?」
悲鳴に近い引き攣った声を受け。
あたしはマップを確認。
「それが――ロックおじ様の転移でここに飛んできたのはお兄ちゃんでも想定外らしくって、なんかダンジョンがバグっちゃってるのよねえ。本来なら順番に倒す敵が、前と後ろから、全部同時に来ちゃってるみたいなのよ」
「はは、あのネコ兄貴も師匠には振り回されるってか」
犬歯を輝かせワイルドに吠える池崎さん。
その周囲に集う、ウサギ達にようやく《煙の魔術師》の魔力効果が届き始めたのだろう。
珍しく彼の魔術でウサギさんがスヤスヤと眠り始める。
「へえ、マジで効くじゃねえか!」
「あ、でも近づかないでね! 効きは浅いから、近寄ると起きちゃって――首を刎ねられるわよ!」
言うや否や。
アイテムを回収しようと手を伸ばしていたホークアイ君の首が、スゥっと斜めに……。
ぎゃぁあああああああぁぁぁ!
キルカウントを稼いだウサギ魔獣がふふんとドヤ顔で、勝利のポーズ!
「あ。遅かったな……」
「時間停止! 時間停止!」
あたしは慌てて隠し技ともいる時魔術。
時間停止を発動!
目覚めたウサギから引き離して、刎ねられた首を回収!
回復魔術での緊急接着を開始!
「ああ、もう! ダンジョン内に出るウサギは、首刎ねが得意だって常識でしょうに……!」
「いや、普通の連中は知らねえだろ。それ……で、治りそうなのか?」
池崎氏。
あいかわらず人が死ぬ瞬間を見ても冷静なままである。
あれ、なんか違和感があるが……。
まあそれよりも、こっちをなんとかしないと。
あたしはあたし以外の全ての時間を止めた空間で、全力を発揮。
赤髪を、ふぁさぁぁぁっと広げ。
あたしの魔の部分。
赤き魔猫の異界姫としての力を発動!
「当然でしょ! 一瞬だったから神経も繋げられるし、完全に元通りになるわ! あ、でも、ショックが大きいと思うから、内緒でね?」
「へいへい、分かりましたよ。お嬢様」
時間停止を解除すると、ホークアイ君は怪訝な顔であたしを見ていた。
「血相を変えて、どうしたというのだ?」
「ふぇ!? う、うん。大丈夫ならいいのよ、なんでもないから」
なかったことにするあたしに眉を顰め。
バカ息子、今度は池崎さんに目線を移し。
「公務員の男よ、姫君はなにをあれほど髪を逆立てておるのだ?」
「あー、なんつーか……聞かねえほうがいいと思うぞ……?」
「そ、そうか。そなたが言うのなら、そうなのであろうな――」
あ、あぶねえ。
危うく国際問題が更にもう一個発生するところだった。
……。
ていうか、ホークアイ君。
なんであたしよりも池崎さんの言葉を信じるのよ!
と、とにかく――敵の殲滅は続いた!