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第四十六話、ざわめく森のレストラン



 ところ変わって、現在は月影お兄ちゃんに占拠された高校。

 イケオジ声な守衛猫さんに案内され、あたしたちはアリス的な幻想世界を進む。

 イメージを言葉にするなら学園祭だろうか。


 高校が完全に学園ダンジョン化しているのである。


 交渉に来たこちらのメンバーは四人。

 あたしと、この間のレベリングで現代日本人としては規格外となった池崎さん。

 交渉の異能を持つホワイトハウルおじ様の使徒、二ノ宮さん。

 そして、父を助けたい当事者のホークアイ君である。


 鬱蒼とした森と学園が融合したような教室から。

 にひぃ!

 魔猫化した生徒たちの瞳が、ニヤニヤとこちらを眺めている。


 ダンジョン化した廊下を進む中。

 足元の木の根っこを避けながら――。

 池崎さんが言う。


「なあ嬢ちゃん。大黒とヤナギを連れてこなくてよかったのか? あいつら、嘘を見抜く能力とタロットを使った看破の能力があるじゃねえか」

「交渉には二ノ宮さんがいるから、性質も被るし……それに月兄と、その二人の能力は相性が悪いのよ」


 二ノ宮さんと池崎さんが顔を見合わせ。

 他者への理解を求める二ノ宮さんが、表情をわずかに引き締める。


「アカリさん、どういうことか説明を」

「えーとね、あの二人の嘘を見抜く異能は結局のところ”精神系の魔術”に分類されるわ。相手の魂とか心とか、そういう部分に一度、魔力を接続させる必要があるから」


 ラブレターを持ってきたモフモフ男子猫からの手紙を丁重に断りつつ。

 あたしは話を続ける。


「でね、月兄ってお父さんとお母さん猫の暗黒神話、いわゆるクトゥルフ神話の属性を強く継いでるから厄介なのよ。魂に接触する系統の能力を使っちゃうと、闇に這いずる魔猫としての本性に直接触れちゃうことになるわ。その時点でアウト。精神をのっとられるリスクがでちゃうのよ」

「暗黒神話……?」


 二ノ宮さんは理解できないのか、眉を顰めているが。

 池崎さんは意外にもゲームやサブカルチャーにも詳しいのか。


「クトゥルフって、あのクトゥルフか? いろんな漫画とかアニメとかゲームで流用されまくってる」

「そ、あのクトゥルフ。月兄のお母さんはウルタールに住まうネコ。もちろんあくまでもあの世界そのものじゃなくて、魔術儀式として模倣した夢世界ドリームランドの住人なんだけど、性質は一緒。そういえばどんだけ厄介かはちょっとは分かるでしょう? ウルタールとかを説明するとさすがに長くなるから、悪いけど二ノ宮さんはあとで検索でもしてみて」


 話を戻すように、あたしは前を見て。


「とにかく! 月兄の魂と接触しちゃうと、普通の人間なら正気度を削られちゃって、一瞬で廃人になるか、発狂しちゃう可能性が高いわ。そんな危険な事、あの二人には任せられないでしょ」


 告げるあたしに、イケオジ未満ないつものジト目が襲う。


「なあ、おまえさんたち兄妹……ちょっと属性盛り過ぎじゃねえか? その手の話、もう何回も聞いてるぞ? 情報過多すぎるだろ」

「事実なんだからしょーがないでしょ! 全部の性質を持ってるお父さんに文句を言って!」


 唸るあたしにふふりと笑い。

 あたしたちを案内している守衛猫さんが、タキシード模様の獣毛を輝かせ。

 にやり。


『さて、お客様方――そろそろ我が主、月影様のもとへと辿り着きます』


 案内されたのはおそらく、元学食。

 改造されたレストランだった。


 ◇


 場所は、森のレストラン。

 コック帽をかぶったネコのシェフが働く、料理店。

 ステーキが盛んなのか、あちこちのテーブルでステーキとソースの濃厚な香りが漂っている。


 ……。

 あたしも後で御曹司のおごりで注文しよ♪

 ここに入り込むための経費である!


 ――へえ、あれが月影様の妹様。

 ――ああ、なんて麗しい魔力なのだろう。偉大なる魔猫王の香りもする。

 ――それに比べて、その横にいる三人の貧相な魔力。二人はまだ良いが、あのオイル臭そうな金持ちのボンボンは気に入らない!


 じろじろ、ウニャウニャ。

 魔猫の声が続いている。

 ネコ達からの視線を感じつつ、あたし達は月兄の到着を待った。


 ネコちゃんたちが、うにゃうにゃうにゃ!

 興味津々であたしたちのテーブルを囲みだす。

 これは生徒たちではなく、このダンジョンに発生した魔猫だろう。


 あたし達に気付いたのは、彼らだけではない。


 珍客が来ているようだ。

 レストランの空を、血の紋様を纏う人間の掌だけが飛んでいる。

 んーむ、あれは――。


 池崎さんも気が付いたのか。

 手だけで浮かんでいる彼を見上げて、眉を顰める。


「んだ、あれは――人の手か?」

「あたしとも知り合いなんだけど、異世界の存在よ。お父様は彼をハンドくんと呼んでいるわ、一応警告しておくけど……絶対に敵対しないでね」


 目線だけを動かすあたしの頬に浮かんでいるのは、ジト汗。

 あの子。

 手だけしかないけど、すっごい強いからなあ……。


 ざりっと無精ひげを撫で、池崎さんがニカニカ笑いながら言う。


「知り合いなんだろ、紹介してくれよ」


 この男、地味に魔術世界に興味津々なのよねえ……。

 だからファンタジーは嫌なんだ!

 とか言い出すくせに。


「あの子、お父様直属の部下なんですけど――その正体は、ハンドオブグローリー、すなわち栄光の手。聖職者の切り落とされた腕から作り出された、魔物であり意志ある魔道具。世界によってはですけど、願いを叶える魔道具の一種:猿の手とも言われているわ。で、彼はその最上位種の血塗られた栄光の手。あたしも詳しくは知らないけど、かつてとある異世界を滅ぼしかけた邪神の眷属だったって話よ」


 再び筋張った指で無精ひげをなぞりながら。

 イケオジ未満の吐息が、観察に来ていた猫のモフ毛を揺らす。


「眷属だった?」

「そ、お父さんとの戦いに負けて邪神は転生。栄光の手はお父さんが引き取って、眷属にしちゃったのよ」


 説明するテーブルがカタカタと揺れ始める。

 その発信源は石油王の息子、ホークアイ君。


 さすがに――。

 手だけがふよふよ飛んでいる魔猫のレストランは、お坊ちゃまでも初めてなのだろう。

 緊張で、汗をダラダラ。

 膝に置いた手をぷるぷるとさせているホークアイ君が、引き攣った顔で引き攣った声を漏らす。


「な、なあ? 異界の姫君よ、わ、われらは、だ、大丈夫なのか?」

「敵対行動をしないならね。だから、あなたもあたしにしたみたいな態度はやめて頂戴ね。あたしはこう見えて、本当に心が広いけど、ここの猫たちはそうとも限らないわ」


 その横。

 いつもと変わらぬ口調で池崎さんが言う。


「おまえさんがそんなに緊張してるって事は……この手も」

「そ、めちゃくちゃ強いのよ」


 ちなみに冷静な二ノ宮さんはというと……。

 ハンドくんに手を振っている。

 ……おい。


「……なにやってるのよ?」

「いや、握手を求めているだけだが?」


 クール美人さん、突然の奇行である。

 そういや、この人の人となりをあまり把握してないが……。

 いきなり、空飛ぶハンド君を呼び止めて握手なんぞしてくださっているとは。


 なかなかどうして、この人もアレな性格なのだろう。


「あたしの話、聞いてた?」

「しかし、意思のある存在なのだろう? ならば挨拶はしておくべきだとワタシは思うが?」

「そりゃ正論ですけど……って、ハンドくんも嬉しそうに握手に応じないでよ。あんた、月兄の味方をするためにここにいるんじゃないの?」


 返事のかわりに指さしたのは、重箱の包み。

 どうやらここの森のレストランに、注文していた料理を受け取りに来ていただけのようだ。

 魔術式から読み取れる注文者は……。


 大魔帝ケトス。

 お父さんだし……。

 ってことは、父もこの学校の状態を知っているという事か。


 ハンド君が重箱を次元の狭間に送り、次に手をわしゃわしゃ!

 自らも次元の狭間の中に消えていく。

 ちなみに。

 あのわしゃわしゃは友好的な挨拶である。


 二ノ宮さんの交渉の異能が通じたのだろう。


「とりあえずはなんとかなったけど、あまり驚かせないで頂戴……っ」

「おい嬢ちゃん。説教はいいが、来たみたいだぞ」


 言った池崎さんの視線の先。

 何もない空間に闇が生まれ、そこから更に、ぐぎぎぎぎっと亀裂が発生する。

 猫の顔が、ずぼっと亀裂から飛び出していた。


 絶世のイケニャンである。


 さながら、障子しょうじに顏をつっこむ悪戯にゃんこ。

 なのだが。

 あの凛々しく優美な顔立ちをした猫こそが、月兄。


 今回の事件の問題児である。


 頭には――領域ボスの証なのだろう。

 戴冠式の皇子様が装着していそうな、ロイヤルクラウンを装備している。

 その口から、やはり精悍な声が響き渡る。


『待たせてすまない――いま、そっちにいく……から』


 亀裂をネコ手で広げて。

 レストランの床にしゅたっと着地!

 兄は自由に毛色や毛並みを変えることができるのだが、今日はコートにも似たモフモフ猫で登場である。


 人間モードだと、天然物静かな黒豹系男子なのだが。

 猫モードの時の月兄はなにしろマイペース。

 キリリとした顔で、実は目を開けたまま居眠りしていることもしょっちゅうだし。


 ともあれだ。


 月兄はトテトテトテと猫ウォークでレストランの椅子にジャンプ!

 モフモフクッションに着地して。

 怪訝な顔で、うにゃんにゃ。


『ん? そういえばアカリ――? 今日学校は……?』

「ちゃんと許可を取って課外授業扱いよ。それよりも、あのねえ――月兄。なにしてくれちゃってるのよ?」


 あたしは頬をヒクつかせているのだが。

 目の前のネコの皇子様は、きょとんとした顔で。


『俺は悪くないけど?』

「はぁ……そりゃあうちの家訓ならね」


 実際、あたしもホークアイ君が絡んでこなかったら放置。

 そのまま口も出さなかっただろうし。


「まあいいわ、聞きたいことがあるの。こっちのホークアイ君のお父さんが行方不明になってるのよ。例の異能力者誘拐人身売買事件の、残党狩りをしているかもしれないお兄ちゃんが、何か知ってるかな~ってあたしは思ってるんだけど。どうかしら?」


 月兄はネコの瞳をつぅっと細め。

 低音ヴォイスで語りだす。


『あの石油王の事だろう?』

「ええ、そうよ――」


 空気が変わる。

 ざわりざわりと、森のレストランもざわめきだす。

 次の瞬間。


 黒。

 そうとしか形容できない闇が、一瞬で周囲を覆っていた。

 遅れて、音がやってくる。


 ザザザ、ザァアアアアアアアアァァァァ!


 闇へと溶けた月兄が、周囲を暗澹とした闇で包んだのだ。

 これはモフモフな毛玉。

 黒きネコ毛空間である。


 黒。黒黒黒。


 画用紙一面を黒のクレヨンで、ぐじゃぐじゃぐじゃっと真っ黒に塗りつぶした空間。

 そんな場所を想像して貰えばいいだろうか。

 ただその黒の中から、二つ。


 赤い瞳だけがギラギラギラと覗いている。


 それはさながら虚無。

 夜空が降臨したような、ただただ黒い存在。

 世界を覆うほどの黒い闇のネコ。


 それが月兄の本体である。


 夜を纏うほどの巨大な闇ネコが――。

 ぐぎぎぎっとこちらを向く。

 砂嵐のような、ノイズに近い声が響きはじめる。


『アレは既に俺の領域に落ちたモノだよ。アカリ――オマエはアレを取り戻しに来た、やはりそうなのかな?』


 声自体が既に精神汚染攻撃。

 重圧が、レストランを覆っている。

 他の客を守るように、あたしは指を鳴らし結界を構築していた。


「ってことは、やっぱり犯人はお兄ちゃんで確定なのね」


 はぁ……しんどい。

 いっそ別人だったら話は楽だったのだが。

 うなだれるあたしとは裏腹、他の人の空気は重い。


 蛇に睨まれた蛙状態で、池崎さんも二ノ宮さんも固まっている。

 いわゆる動くと死ぬ。

 そんな精神状態に襲われ、全身は汗でびっしょりだろう。


 ホークアイ君に至っては、ガタガタガタと歯を打ち鳴らし始めていた。


 あたしだけは怯まず。

 はぁ……っと溜め息を漏らし。

 いつもの口調で言う。


「分かってるなら話が早いわね。単刀直入に言うわ、返してもらえないかしら? こっちのバカ息子はバカなりに考えているらしくってね。その石油王さまを私刑じゃなく、ちゃんとした裁判にかけるべきじゃないか、そう考えてるのよ」

『そうなのかい……?』


 赤い瞳がホークアイ君を向くが。

 下を向いちゃってるので答えられそうにない……。

 ってか、なんとか息をしているが……気絶しそうだし。


 仕方ない。


「彼に依頼されてね。あたしも一応納得いく理由だったから引き受けたわ」

『アカリが――!?』


 闇の中の亀裂。

 猫の口となっている部分が、ぶにゃっと驚天動地したように開かれていた。

 これ、つい最近見たやつである。


「そうよ? なによその顔は……あたしが人助けをしちゃいけないっていうの?」


 闇の中で息を呑んでいる守衛猫さんにステーキ肉を注文しながら。

 あたしはジト目で言ってやる。


『悪くはないよ――……けれど、不思議だ。アカリが人間に力を貸すなんて……頭でも』

「打ってないわよ!」


 イケニャンのジト目が、闇の中で煌めき。


『道で変なモノでも拾い食いして……』

「ないわよ……っ、だいたい、つい最近も――! トラックに轢かれそうなどっかのオッサンを助けようとしたばっかりでしょうが!」

『ふむ、言われてみたらそうか……』


 三魔猫といい、月兄といい!

 どうしてこう、頭を打った扱いするのだろうか!

 そ、そりゃまあ昔はもうちょっとヤンチャで、我がままだったかもしれないけど。


 それは子どもの時の話である。

 ともあれ、交渉は続く。


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[一言] 金や権力使って裁判なあなあにしたり 事件に係わってたの揉み消そうとしたりしたら 社会的に抹殺しとけばええねん(目反らし
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