第四十四話、おそるべき魔猫学園
今回の事件の肝は、失踪した大金持ち。
オイルマネーをびちゃびちゃさせてる石油王。
異能力者行方不明事件に買い手として、多少は関わっていたかもしれない男である。
でも、うん。
実名を出してしまうと国際問題になるかもしれないので。
石油王のバカ息子の、バカ親父としておくが。
ともあれ、およそ一月前に姿を消したという石油王。
その失踪と、あたしたちが起こした犯罪者組織撲滅キャンペーンが、もしかしたらリンクをしているのかもしれない。
てなわけで、あたしは行動を開始していた。
とりあえずバカ息子、ホークアイ君を大黒さんと池崎さんに任せ別行動。
一応、御曹司(笑)。
ということで、ちゃんと治療はしてあるが、受けた傷と体調のチェックを済ませているのである。
あとで合流することにはなっているのだが。
こちらとしては好都合。
先に月兄の真意を確認したいもんね。
んで! 今いるのは、月兄の高校の近く。
通学路にあるコンビニでホットスナックを買い占めて。
あたしともう一人、政府の人間が月兄との話し合いを求めてトテトテトテ♪
この人も既に顔なじみである。
自衛隊から派生したと思われる特殊部隊――証拠隠滅課。
その代表となっている二ノ宮さんというキリっとした女性と、行動を共にしていたのだ。
メールにも電話にも反応のない、月兄を探しているのだが。
ともあれ、あたしは二ノ宮さんに事情を説明していた。
「というわけで――犯人かどうかは分からないけど、もしかしたらウチの兄が、石油王も飲み込んじゃってるのかもしれないってわけよ」
彼女がついてきている理由は単純。
あたしへの監視(ジト目池崎さん提案)と、公務員の権力を使う場面で彼女が役に立つだろうという判断である。
二ノ宮さんは女性にしてはシュっと鋭い顔を尖らせ――。
高校へと続く、散った桜並木を眺めつつ。
「事情はだいたい把握できた。なるほど、あの件にもキミたち兄妹が深く関わっていたとはな」
「って、知らなかったの……?」
こういう人って、そういう情報を集めているイメージだったのだが。
二ノ宮さんは真顔のまま表情を崩さず。
「少なくとも、キミ本人の口から直接あの件の詳細を聞いたのは、今日が初めてだろう? ならばワタシも今、はじめてちゃんと知ったとするのが正しい大人の在り方だと、そう思っただけさ」
「そ、そう……」
ようするに、こっちに気を使ったのかな。
どーも、この人はテンポとかタイミングが掴みにくい。
一度、うまく誘導されたこともあるし。
話を促すように、眉一つ動かさず彼女が言う。
「それで、もしかしたらキミの兄が、石油王を闇に飲み込んだかもしれないとの事だったか。君の一つ年上で――名前は知っている、月影くんであったか。どのような学生なのだ」
「んー……前に池崎さんと大黒さんにはちょっと語ったんだけど、先に言っておくわ」
声のトーンを硬質的にし、あたしは吐息と共に言葉を漏らす。
「月兄とは絶対に敵対しないで」
「分かっているさ。恩人であるキミの身内と事を構えるつもりはない。もし交渉がこじれて戦いになったとしても、怪我をさせないようにするから安心して欲しい」
わずかに微笑みを作ってみせてくれたのだが。
んーむ、分かってない。
「気を使ってくれて感謝するわ。でも、そういう話じゃなくて。なんつーか、戦いになるっていう状況自体、絶対に避けて欲しいのよ。可能なら、今後恒久的にね」
魔族の皇族としての声だったからか。
二ノ宮さんも顔を引き締め。
「すまないが、こちらはキミが何を言いたいのか理解できていない――。ただこちらを心配しているという事は理解できる。キミの話の意図と、意味を正確に把握しておきたい。いざ本人と会った時に、理解に差があると問題だからな。説明を頼めるかな」
やっぱなんか軍人ぽいのよねえ……魔王軍の中にもたまにいる、硬派タイプである。
あたしは頷き。
真面目な顔で、道中のコンビニで買ったアメリカンドッグを齧りながら言う。
「まず単純にね。月兄は本当に強いのよ」
「それは、君以上という事かね」
二ノ宮さんはあたしの力の一端を知っている。
赤雪姫モードになって、悪魔竜たちを封印して回った時に行動を共にしていたからだ。
だからこそ、あたしの言葉にも少しは説得力がでるだろう。
「以上じゃなくて、明らかに強いのよ。格が一個上なの。あたしも負けず嫌いだからあんまり認めたくないけど、本気で戦ったらあたしの負け。あなたを守りながらなんてなったら、それこそ瞬殺されるでしょうね」
あたしがシリアスな声を出しているのに。
影の中から三つの猫手と、一つのぬいぐるみ犬手がガサガサゴソゴソ。
あたしの持つ、コンビニ袋からホットスナックを盗もうと蠢いている。
影の中に袋ごと投入。
ホットスナックを分けてあげる優しいあたしに、二ノ宮さんが多少ジト目になりつつ告げる。
「な――なるほどな、けれど話し合いはできるのだろう? 敵対することもないと思うのだが――」
そう思ってしまうのは月兄素人である。
……。
いや、そんな言葉きっとないけれど。
「そこで問題その二よ。月兄はものすっごい気まぐれなの。人間以上の知恵と魔力と神の力を持った、人の形になれるネコと思ってもらってもいいわ。例えばだけど、あそこに駐車してあるバイクのシートに眠っているネコちゃんに、今からそのバイクに乗るからどいてくれませんか? って言葉でお願いしても、なかなか聞いてくれないでしょう?」
魔猫王の血を引くあたしにうにゃん……!
恭しく礼をするバイク居眠りネコを見て。
二ノ宮さんが顎に指を当てる。
「つまり……その、月影くんは性格も猫に近いということか?」
これは以前も、何度か説明した気がするが。
二ノ宮さんまで伝わっているかどうか、分からないので。
あたしは食べ終わったアメリカンドッグの串を、杖のようにペコペコしながら。
「ネコに近いというか、本質はネコそのものなのよ」
「キミもネコのように可愛らしいが、そうか――キミのお兄さんはネコが人に」
しれっと女性を口説くような口調でお姉さんは言う。
宝塚っぽい空気もある人だし、こりゃ、中には誤解する人もいるだろうな。
「まあ二ノ宮さんが一緒なら特例として聖剣を使う事もできるんでしょ? なら一応、交渉に失敗しても逃げることはできると思うから」
三魔猫があたしの影から、にょこっと顔を出し。
ヒゲをピンピンにさせながらニャンコのお口を、うにゃん。
『それに我らもおりますからご安心を』
『このささみチキンのホットスナックの分は、しっかり働かせていただきますので』
『どうか我らを信用してください、お嬢様方』
こいつら、ホットスナックを貰ったからって敬語になりおって。
あたしの影の中で赤い瞳だけを輝かせたペスが言う。
『それで、肝心の月影兄とやらはこの高校に本当におるのか?』
「どういう意味よ、ペス」
『いや、性格が猫なのだろう? おぬしの部下のこやつらのように、気が向いたら不意にどこかに遊びに行ってしまっているのではないか。例えばだが、学校内に遠隔操作できるダミー人形でも設置してな』
そんなことはないと思うが。
『それにだ、今日は天気が良い。モフ毛を太陽に照らすには絶好の日。共に暮らしているから分かるが、あやつ、天気がいい日はだいたい日向ぼっこにでかけておるぞ?』
「……。言われてみれば、今日は確かに快晴ね。やだ、もう! ペスったら~、黒幕やってただけあって賢いじゃない!」
わしゃわしゃわしゃ!
縫いぐるみなペスの身体を撫でるあたしに、ペスは自慢げにフフンとしているが。
二ノ宮さんが、こほんと咳払い。
「書類上はだが――あの時の犬は成仏して現世にいないことになっている、黒幕などの発言は控えてくれると助かるのだが?」
「分かってるわよ。んじゃあ、ちょっと月兄がいるかどうか調べるわね」
あたしは意識を集中させる。
校門に手を当て、学校の中をサーチしているのだが。
魔力を浴びた黒髪が、一瞬だけ赤く染まる。
「大丈夫よ、ちゃんといるみたい。ほら、あんたたちも影に戻って。さすがに校内にネコと犬を連れて行くのはまずいから」
『承知いたしました、お嬢様』
言われて彼らは泉に飛び込むように、影の中にぽちゃんと戻り。
にひぃ!
あたしの影の中で、ネコとワンコの瞳を赤く光らせている。
ちなみに、素直に従ったのはホットスナックを貰ってご機嫌だからである。
二ノ宮さんが言う。
「さて、ではアカリさん。まずは校内に入る許可を貰うとしよう」
ここで彼女は異能を発動。
彼女の異能は《交渉》。
電話をかけ、許可を取っているようだが。
電話を切ったその顔は、どこかが腑に落ちない様子だった。
「一応、敷地内に入る許可は得られたが――」
「どうしたの? 歯切れが悪いけど」
「いや、電話越しなので正確ではないが……何か違和感があったのだ」
交渉系の異能力を持つ彼女がそう言っているのだ。
なにかあるのかもしれない。
「なら一緒に入りましょ、身内がいるってなった方が話も通しやすいでしょうし」
「そうして貰えると助かる」
頷き合い、あたしたちは正門を抜けたのだが。
それは、突然だった。
違和感はすぐにこちらに伝わった。
空間が切り替わり。
見知らぬ世界が顕現する。
あたし達の目線と注意を奪ったのは、一面に広がるモフモフ!
猫の群れである。
さすがに硬い表情を崩して二ノ宮さんが叫ぶ。
「な、なんだこれは!」
「あちゃぁ……月兄、学校で既になんかやらかしてるのか、これ」
あたしは鼻梁を指で押さえ、項垂れる。
アリスの世界を想像して欲しい。
愉快で幻想的で明るいが、どこか薄らと狂気的で、怖い部分もある童話の世界。
学校の筈なのに、そんな凝り過ぎた文化祭のようなフィールドとなっていたのだ。
外から見たら普通の高校なのに、中に入るとこれ。
明らかに異常だが。
まあ月兄だからで説明はつく。
「ちょっと! どーなってるのよ! 月兄! 聞こえてるんでしょ!」
声を張り上げるあたしに、一斉にネコが振り向いた。
校舎の窓からも、ウニャニャニャニャ!
学生服を着たネコ達が、突然の来客にザワついていた。
猫の声がする。
『ニャンニャ! すごい美人な猫女がいるぞ!』
『その隣には犬の加護を持つ女がいる。こやつは敵か否か、どうにゃんでしょうニャ~』
めっちゃ見られているのだが。
相手は全員猫。
さすがにまだ二ノ宮さんも混乱中である。
「アカリさん、これは――」
「月兄のしわざね……たぶん自分が暮らしやすいように学校全体を自分の領域、つまりダンジョン化させてるのよ。で、あの校舎からこっちを見ている若いネコ達はみんな生徒。魔術を使って、生徒と職員、全員に猫化の魔術を発動させているんだと思うわ」
聞き捨てならなかったのか、二ノ宮さんの顔がわずかに曇る。
「それは、一大事ではないか」
「ああ、でも安心して。たぶんこのダンジョン領域からでると猫化も解除されるはずだから。猫化はあくまでもこの中にいる時だけの現象よ」
説明していると――魔法陣を描く魔導チョークが床を這い。
シュン!
二足歩行の猫の守衛さんが、影から顕現し始める。
いわゆる空間転移である。
ダンジョン内ならばどこにでも移動できる権利者、つまり職員の一人なのだろう。
タキシードの毛並みをくいくいっとしながら、恭しく礼をしていた。
『これはこれは月影様の妹君。アカリさん、ですね?』
声はまるで渋いオジさま系の声優さん!
なかなか紳士なネコである!
……って! 猫に惹かれてどうするのよ!
「そうだけど、これはいったい何の騒ぎ? ここ、普通の学校よね」
『我らが主、月影様が過ごしやすいようにと改造されただけでございます。どうかあまりお気になさらず。ささささ、どうぞお入りください。そちらの加護持ち女性の方もどうぞ』
誘われるが、あたしは制止し。
「えーと、入らなくてもいいの。月兄を呼んでもらえないかしら? 電話にもメールにも反応ないし、ちょっと聞きたいことがあるのよ」
『その月影様があなた方を通すようにと、そう仰っているのです』
と、まるで執事のように守衛さん。
「ちょっと待ってもらえるかしら。こっちの二ノ宮さんはわりと普通よりの人間なの。事情をいまいち把握していないみたいだから、説明してあげたいんですけど。いいかしら?」
『問題ありません。では、ご決断ができたならばお声がけください。すぐに対応させていただきますので』
言いながらも、黒艶の目立つ尻尾を不思議な世界の中で輝かせている。
その姿はまさに理想の執事!
くそう、いいなあ!
この渋い声の猫守衛さん!
あたしがよそのネコに惹かれているのが気に入らないのか。
影の中にいる三魔猫がウニャウニャ!?
っとなっているが、気にしない!
と、そんなことをしている場合じゃなかった。
あたしは指を鳴らし、音声妨害の結界を張り。
「さてどうしたもんかねえ。もし、月兄があたしの事情を把握していて、なおかつ例の石油王を闇へと飲み込んでいた場合。ちょっとまずいことになったわね」
「どういうことだ?」
正確な情報共有を求めているのだろう。
あたしは彼女の目線の意味を察し、言葉を探す。
「えーとね、月兄って一度自分の所有物とか、アイテムとかと認識しちゃうとすんごい執着心を発揮して。コレクションしちゃう悪癖があるのよ」
顎に手を置き、彼女が言う。
「執着心? いまいち理解できないが……」
「ほら、野生のクマって執着心が強いって聞いたことがない? 一度クマに渡っちゃったカバンとかを取り返すと山にいる間ずっと狙われるから、絶対に取り返すな! って。あんな感じに月兄の所有物を返してくれって言っても……なかなか返してくれないと思うわ」
そのままあたしは話を続ける。
「それでね、向こうからこっちにこいって促してるって事も問題なの。この学校は月兄のダンジョン領域。ようするに鉄壁の城なのよ。あたしが例の石油王を返してっていうとわかっていて、籠城している可能性が高いわ」
「なるほどな。正直なところ多くを把握できてはいないが、キミほどの実力者が警戒しているということは理解した」
理解して貰えているようでなにより。
「あたし個人としては、ここは一度引くことを提案するわ。月兄も家には帰ってくるんだし、わざわざこっちが不利な相手の領域に足を入れる必要もないでしょ? ご飯の最中にでも聞いてみればいいんだし。まああのバカ息子には、今日はもう無理って伝えなくちゃいけないけど。背に腹は代えられないわ」
「正論だな。ならばここは引くとしよう」
あたし達は、学校中の魔猫の視線を受けながらも帰還。
戦術的撤退を選択したのだった。
――が!
その日、月兄が家に帰ってくることはなかった。
これ、完全に籠城されちゃってるわよねえ……あのバカ息子になんて言おう。
ま、明日、応接室で相談するしかないか。