第四十二話、襲来! 石油王のバカ息子
異能力者の学校はランチタイムの賑やかさを見せている。
皆の入学や転校も落ち着き始めた、春の終わりの季節。
気分は爽快、魔力も充実!
五月病なんて言葉とは無縁なあたし、日向アカリは今日も元気!
学校生活を満喫していた!
今日も今日とて、仲のいいクラスメイトと共に購買で、焼きそばパンやお弁当やジュースを購入。
屋上に上がって太陽の下で食べよう!
となり、移動中。
平和な一日を過ごしている……筈なのだが。
なぜだろうか。
天気はこんなに良い筈なのに、ふと妙なザワザワ感が襲っている。
あたしの髪の毛の先っぽがアニメのアホ毛のようにピーンと立っていたのだ。
ついで……というわけではないが。
なぜだろうか。
あたし達が進む屋上への階段の前には、見知らぬ男子生徒が偉そうに立っていた。
見た目のイメージは石油王のバカ息子。
異国の血が混じっているのかどうかは分からないが、垢ぬけた感じの男で。
たぶん年上だろう。
濃い黒髪と浅黒い肌が印象に残るのだが、頭には砂漠の民が装備していそうなアラビアンローブの、上部分だけを装着している。
むろん、制服なのでかなり変な姿となっているのだが。
鑑定してみると、名はホークアイなんちゃら。
その職業も石油王の息子。
いわゆるボンボンのようである。
名と同じく、鷹のように鋭い目線を細め、なにやらキョロキョロとしているのだが。
……。
ちなみに、あたしは勘が鋭い。
そのあたしの勘が言っていた。
これは絶対トラブルだと。
そしてトラブルに愛されるのが、あたしたち兄妹。
このままだと、絶対に巻き込まれる。
こっそりと立ち去ろうとするあたしに、クラスで一番ギャルっぽいクラスメイトの沢田ちゃんがリップを光らせ言う。
「どったのアカリ? あーた、まぁぁぁた戻って、購買のから揚げ弁当でも買い占めるつもりっしょ?」
「いや、あれはちょっとお腹が空いてただけで……ははははは、ちょっとあたし、やっぱり教室で食べようかな……なんて」
振り返った石油王の息子は、なぜかあたしをじっと見て――。
腕を組み。
下僕に問うような偉そうな声で。
「おい、そこの女ども! この学校に日向アカリという危険度SSSの生徒がいると聞いたのだが! 何か知らないか!?」
ぐわぁぁぁぁんと声が校舎を揺らす。
音を使う異能力かなにか……なのだろうか。
この学校で――というか、この日本で危険度SSSに認定されてる人間はかなり少ない。
明確に存在も所在も分かっているのは、あたしぐらいだろう。
しかーし!
「さあ、知らないわねえ」
すっとぼけてやったのである!
よし、完全に誤魔化せた。
「じゃあみんな、行きましょう。早くしないと乾燥ワカメがふやけちゃうから……。うん、そういうことで! それじゃあ悪いわね。全く知らない人!」
「待て! 女! おまえ、資料で見た危険度SSSと姿かたちが似ているのだが!?」
ちっ!
ちゃんと調べてあるんじゃない。
けれど知らない振りをすれば問題なし。
「気のせいよ。海外の人っぽいし、どーせ顔の区別がつかないんでしょ?」
「そ、それは、まあたしかにそうだがっ」
「分かってもらえたようで嬉しいわ。それじゃあばいばい~」
見慣れていない文化圏の人の顔は判別がしにくい。
これ、実はあたしもちょっと陥っている欠点なのである。
素敵なゲーム皇子様であふれる、二次元男子の顔の区別は簡単につくのだが。
三次元の、それも男の人の顔の区別となると……うん。
けっこう苦手なのだ。
オークとかコボルトとか、後はネコの顔の区別は簡単につくんだけどね。
きっと相手もそうだろうと、そのままあたしは屋上に向かう。
が、ギャル沢田ちゃんが言う。
「いいの? アカリ、危険度SSSってあんたのことっしょ」
「あのねえ……一応、そういうのは内緒って事になってるでしょ? 口にしないの」
ジト目で言うあたしに、彼女はゴテゴテネイルの指で頬を掻き。
「いや、アカリさぁ――毎日暴れてるっしょ? 腕試しとかいってきた新任教師をその場で吹っ飛ばしたり、異能力者を抹殺するとか言い出して乗り込んできた、テロリストを全滅させたりさあ……もう学校のみんなが、あんたがSSSだって知ってるわよ?」
まあたしかに。
一か月程度在籍して、既にあたしは事件を何度か解決している。
あまりにも些事なので、お父さんへの報告書には記載していないのだが。
ともあれ今はお昼ごはん!
「気のせいよ、それよりあの人がこっちに気付かないうちに行くわよ!」
「はいはい、まあどうせ無駄だと思うけどねえ」
「どういう意味よ」
沢田ちゃんはゴテゴテネイルで唇を隠し。
わざとらしく目を見開き言った。
「ひええぇぇえ、ご存じない! アカリィ、あんたさあ、絶対に自分からトラブルに顔を突っ込むっしょ?」
「ないわよ。精神的に成長した今のあたしはパーフェクト淑女。どんなトラブルだって華麗に回避してみせるわ」
あくまでもおしとやかに。
胸元に細い指をすっと当てて宣言するあたし、とってもレディよね?
ともあれ、あたし達が屋上に向かった。
その五分後。
サボテンプリン頭のヤンキー。
手先が器用という便利な異能を持っている梅原くんの声がした。
校庭でヤンキー仲間とお弁当を食べていたのだろうが、彼があたしを呼んでいたのだ。
「おーい、日向! 危険度SSSっておまえだろー!? なんかー! おまえにー! 客が来てるんだけどよー! いつもの屋上にいるんだろー!」
「……あのバカっ」
あのサボテンプリン、本当に考えなしが過ぎる……っ。
あいつ、アレでまったく悪気がないのである。
「このアホ男! そんなところで叫んだらバレるでしょうがっ! って、しまった! あたしも叫んじゃったじゃない!?」
沢田ちゃんが、どひゃどひゃ爆笑する中。
ダガガガガガっと階段を駆け上がってくる音がする。
屋上でやらかしたと唸る、あたしの目の前。
ぶわっと強大な風が吹いた。
その風も、異能の力だろうか。
先ほどの、鷹の目石油王のバカ息子である。
なにやらご立腹な様子で、額にビッシリと青筋なんぞ浮かべちゃって。
あたしを指さし。
「この糞ビッチが! 平民のくせに、わたしを謀りおったな!」
「うわ、あんた最低ねえ……」
平民とかビッチとか。
普段はなかなか聞けない言葉である。
まあ海外の人みたいだし、日本語がそこまで得意じゃないせいで、そういう直訳? になっているのだろうが。
あ、なんかあたしの影の中がゾワゾワし始めている。
三魔猫と、ついでにあたしの影の中についてきているネクロワンサーのペスが、ゴゴゴゴ!
あたしをバカにされて、ちょっとご立腹なようである。
――……こやつ、狩るか?
――シュヴァルツ公に賛成である。やるならば証拠を残さぬよう、動くべし。ドライファル教皇、意見は?
――ヴァイス大帝、ニャーも問題ありませぬ。塵に帰すが慈悲でありましょうな。
――だーははははは、骨の処分ならば我に任せい!
そんなネコと犬の相談が、進んでいる。
ちょっとまずいかも。
なにやらバカ息子が、あたしに文句を言っているようだが。
今はそれどころじゃないんだってば!
「こら女! 聞いておるのか!?」
必死に影の中の眷属たちを宥めるあたしを知らずに。
無視されたと思ったのだろう。
バカ息子のホークアイくんは、目を尖らせたままツバを飛ばす勢いで。
「もう許さんっ! せっかくこちらが下手に出てやれば調子に乗りおって! 女! わたしをかの有名なホークアイと知っての狼藉であるか!」
「うっさいわねえ! それに、あんた! 全然下手にでてないでしょうが! ちょっとこっちはピンチなんだから、挑発しないで貰える!?」
キシャーキシャーっと威嚇しはじめるクロことシュヴァルツ公。
そのネコ手が、ぐぬぬぬぬぬっと影から伸び。
屋上の床を、爪でググググっとしている。
むろん。
あの子達が本気で爪を立てたら骨まで裂けるどころか、魂が消滅する。
なのに相手はイキりたち。
「問答無用だっ、その無知蒙昧を反省するがよい!」
やはりなにか音を扱う異能なのだろう。
音、つまり空気振動の物理法則がねじ曲がり始める。
異能解放の気配がしたということで。
それはすなわち、攻撃宣言。
ああぁああああああぁぁぁぁぁ!
これ、もうアウトだ!
あたしの影が、ぶわっと三匹のネコと縫いぐるみのビーグル犬の形に変形。
影が蠢き、よーい!
ドカン!
闇の獣たちともいえるあたしの護衛プラス一匹が、バカに向かって飛び掛かったのだ。
ガルルルゥゥウゥゥゥゥゥ!
シャァアアアアアァァァァ!
どがべし、どげききぎぎぎぎん!
「な、なんだこいつらは!?」
「ちょっとあんたたち! やめなさい! そんなのに触れたらバッチイでしょう!」
削れる屋上の床で、砂利嵐すら起こってしまい。
騒然となる中。
ふと、声が響いた。
「この騒ぎは、アカリちゃん! そこにいるんでしょう!」
秘書風巨乳美女で、あたしのお世話係みたいになっている大黒さんの声である。
校庭から叫んでいるのだろう。
あたしが屋上から地上を見ると、ヤンキー梅原君が屋上を指さす横で。
張り上げる声に胸を揺らし、大黒さんが――。
「聞こえてるって判断して言うわね、アカリちゃん! 今日あなたに石油王の馬鹿むす……い! いえ! 御曹司があなたを訪ねてくることになっているんですけど、絶対に吹っ飛ばしたりしないで頂戴ね! 下手すると、外交問題になっちゃうのよ!」
あぁ……もう遅いかも。
案の定。
そこにあったのは。
まさに一瞬の制圧。
「ひぎぃ……っ、ど、どうかっゆ、ゆるしてくれ。こ、この通りだっ」
石油王のバカ息子、撃沈である。
あたしの護衛の三魔猫。
シュヴァルツ公とヴァイス大帝とドライファル教皇が、ふふーんっとバカ息子を踏みつけ。
その周囲には軍隊顔負けの死霊たち。
縫いぐるみのペスの呼び出した、入れ墨入りアンデッドの群れが囲んでいる状況。
『ぶにゃははははは! 愚かなり人類!』
『我ら三魔公!』
『お嬢様のためならば、どこからでも現れてやるのニャ!』
にゃんこ肉球でグイグイされ反省を示し、泣き喚くバカ息子の顔は歪んでいる。
三魔猫の横。
誇らしげな顔でペスがあたしに言う。
『で? どうするのであるか? この下郎は。我がとどめを刺し、アンデッドとし使役し、この騒動をなかったことにしてもよいが』
まあたしかに。
ほぼ洗脳状態になるので、外交問題は解決である。
相手はゾンビになっちゃうけど。
髯をピンピンにして、獲物を追い詰める顔で猫の瞳を輝かせ。
モフ毛を膨らませ三魔猫が言う。
『ぶにゃはははは! ペスよ、それもよいが!』
『我らのネコ砂アタックで、こやつの記憶を全て消してやってもいいのである! 十分に反省をさせた後にニャ!?』
『にゃぷぷぷぷぷ~! 口ほどにもニャイやつめ、記憶喪失になりたくなければ! はやくお嬢様に謝罪するのニャ!』
クロの肉球がゲシゲシゲシ!
バカ息子の顎をペ~チペチペチ!
格闘ゲームのダウン追撃のように、なかなか爽快なヒット音を立てている。
まあこれがファンタジー世界なら、その場で斬首。
魔王の孫で大魔帝の娘であるあたしを襲ったのだ。
これで済んでいるのなら、かなりの温情なのだが。
相手が悪いとはいえ、この惨状である。
沢田ちゃんが言う。
「アカリィ、どーすんのよ、この騒動。てか、この男、けっこうイケメンじゃん! ネコにボコられ中の写真とっとこ!」
しばし考え。
あたしは言った。
「とりあえず、お昼を食べながら考えましょ。いやあ、あたしお腹すいちゃっててさあ」
――と。
あたしの行動にも慣れているのか。
クラスメイトでギャルな沢田ちゃんはまったく気にせず。
ポカポカ太陽の下、あたしたちはランチタイムを満喫したのだった!
完。
……。
って、わけにはいかないわよねえ……。