第四十一話、ペスとあたしと日常と
これはあたしの休日の出来事。
時は前回の事件からちょっと経ったぐらいの、暖かな日だった。
場所はポカポカ太陽が照らす、あたしの自室。
外は絶好のピクニック日和で、野良猫が塀の上で眠っている姿も確認できる。
けれど、あたしはどよーん……。
ぬいぐるみに魂を、一時的に固定しているペスをむぎゅっと抱いて――。
我は思う。
「だぁああああああああぁぁぁぁぁ! なんでホラーゲームなのよ!?」
と。
今日はいつものゲーム配信とは違って、ちょっとあたしは反省モード。
配信をすっぽかしてしまった罰ゲーム。
いやいやながら、怖いゲームをやらされる日なのである。
事件の時はちょっとしか触れなかったが――。
ダンジョン内の時を遅らせて、ペスの復讐相手の調査をして貰った事を覚えているだろうか。
そう、あたしは短期間だがダンジョンの中の時を遅らせていた。
そして、あの日の深夜。
あたしは生配信をするつもりだと、そう言っていたことも覚えているだろうか?
つまり。
皆に配信すると言っておいて!
あたしは配信をすることなく、一日ぐらい放置をしてしまったわけなのだ!
当然、待っていてくれた人がいたわけで――。
あたしは配信準備をしながら、げんなり。
黒髪を弱々しく垂らして、うへぇ……っというわけなのだ。
そんな気分なのにゲームがちゃんと起動するかどうかチェックするあたし、とっても偉いわね?
パソコンの前でマウスをカチカチ。
コントローラーを接続するあたしの腕から抜け出し。
ビーグルぬいぐるみ状態のペスが、ぬははははは!
『娘よ、ほらーげーむとやらがそんなに恐ろしいのか!? どのようなゲームなのだ! どれ、我に聞かせてみせよ!』
この犬。
ぬいぐるみの肉球をキュッキュとしながら、興味津々である。
こんなに興味津々ってことは、ペスはホラーゲームをやったことないだろうしなあ。
んーむ、これじゃあ代打をお願いすることもできそうにない。
炎兄は精霊国の国家行事のために今日は留守。
三魔猫は良い天気だからと、闇を這いずる魔猫こと月兄と一緒に山に散歩に行っちゃってるし。
「はぁ……あんた、ホラーゲームがどんだけ怖いのか知らないの?」
『パッケージに書かれているのは……なんだ、ただファントム……幽霊が出るゲームではないか』
「それが怖いんじゃない……、こうガガッガガガ! って、急に画面にでてくるのよ!? ヘッドホンもするから、耳元でいきなり、うごがげぇぇぇって幽霊の声まで聞こえるしっ」
ペスがジト目であたしを見て。
『いや、おぬし。我もそうだが、アンデッドを使役できるだろうが。なーにが怖いというのか!』
「それとこれとは話が別なのよ!」
言いながらもあたしは画面を再チェック。
放送予定のモニターには黒猫がいる。
あれは、あたしの行動とリンクするように設定したゲーム配信者アカリン。
あたしが動くと、クロことシュヴァルツ公のアバターもぐねぐねっと動くのだが。
その顔は、どんよりと落ち込んでいる。
あたしは脅かす系のホラーゲームが結構苦手なのである……。
「だいたい、こういうゲームってこっちは相手を攻撃できないじゃない? なんでひぃひぃ言いながら逃げ回って、イベントアイテムを集めないといけないわけ? どばーっと吹っ飛ばせないなんて、意味わかんないんですけど」
唸りながらもガサガサゴソゴソ。
セッティングしていくあたしに、ペスが呆れた吐息を漏らし。
『娘よ、おぬしはもう少しこう……なんというかだ、力技以外の解決方法もちゃんと学んだ方がいいのではないか?』
「性格なんてそんなに変わらないから、いまさら無理でーす!」
言って、あたしは準備を完了させる!
「さて、ちょっとだけテストプレイをしておいた方がいいわね」
『ふむ――しかし、配信であったか。見に来る者達は、”おぬしの驚くさま”を楽しみにしているのであろう? ならば、先に慣れてしまったらつまらなくなるのではないか?』
もっともなご意見だが。
「だってぇ、やっぱり怖いし、先を知っておきたいじゃない」
『それでは罰ゲームになっとらんだろうが』
お説教するように告げながら。
ペスはあたしの代わりに、コントローラーをぬいぐるみの犬手で握り。
しっぽをブンブンブン♪
『故にこそ! 我がしばらく先に楽しんでやる! 起動テストとやらもそれで解決であるな!』
「いや、あんたがゲームをやりたいだけでしょ……」
『がーはっはっははは! よいではないか! 娘よ、操作方法を教えよ。我はゲーム素人である故、優しく丁寧に、な!』
こいつ、本当にイイ性格してるわ。
ま、純粋にゲームに興味もあるみたいだし。
「しょーがないわねえ、たぶんチュートリアルが出る筈だから。ゲームを起動してみて、そこのボタンを押すのよ」
『ふむ、こうか?』
画面を眺めて、フンフンっと鼻息を漏らすペス。
あたしの説明を受けゲームに夢中になっているようで。
その尻尾は扇風機のように揺れている。
……。
「そんなにゲームをやりたいなら、あんたの分も買っちゃうってのもありかもねえ。友達を呼んで対戦、とかいうノリであんたとのゲーム配信をしてもいいし」
『まことか!?』
叫んだあと。
ちょっと恥ずかしくなったのか。
『ま、まあおぬしの配信のために、我もゲーム機を買って貰わんでもないぞ?』
「はいはい、素直じゃないんだから~」
言いながらもあたしはスマホを操作しネット通販。
『しかし良いのか? けっこう高いのであろう?』
チラっと視線だけをよこし。
機嫌を窺うような顔のペスが、鼻をうにゅっと動かす。
あたしは、ふっふっふっと商売人の顔をし。
「まあ、臨時収入もあったしね~」
『おう、悪魔竜化したヤクザどもの治療費を貰ったのであったな!』
ペスも関わっていた事件であったが。
あれの直接的な犯人は、アプリ開発者にそそのかされたヤクザ達自身。
結局は内部抗争なのだ。
つまり、ペスがこちらにいたとしても!
あたしたちの自作自演にはならない!
「そういうこと! 詐欺とかの被害に遭った人に返した分の残りがあるから、この機会に使っちゃっても罰はあたらないでしょ!」
『なははははは! 愚かなる人類よ! 汝らの治療費は、我が功徳を積むため! 世界平和のために有効活用してやろうではないか!』
と、ワンコはビシっと決めポーズ!
今のペスはもう、ヤクザだからと目くじらを立てることはなくなっていた。
まあ、わだかまりや恨みはあるのだろうが――。
一応、ここで暮らすために過激な行動をせず、自重しているのだろう。
そのご褒美というわけじゃないが。
ゲームに興味があるなら、買ってあげるのもやぶさかではないのだ。
幸せにもなって欲しいしね。
それに。
ふっふっふ、ちゃんとワンコの肉体を再構築した後に。
ゲームをするワンコ動画をアップして、バズらせてやろうという企みもある!
なにはともあれ。
平和が一番。
アプリ開発者については二ノ宮さんやヤナギさんが動いているが。
たまにはこういうのんびりとした日常も悪くないと、あたしは思うのである。
そう心の広いあたしは、満足していたのだが。
ふと、ペスがうぬっと垂れ耳を動かし言った。
『ところで、なにやらタイマーが鳴っているのだが。なんであるか?』
「タイマー?」
……。
あ。
ああぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!
「やらかしたっ――もう配信時間じゃない! やばっ、これ完全に遅刻してる!」
画面にあるのは、アカリンさんを待っていますの文字。
――遅刻は草。
――アカリンより兄貴を出せ。
――罰ゲーム配信で遅刻とか……と、様々なコメントが流れる中。
大慌てで配信を開始しようとするあたしを見て。
ペスはブワワハハハハハと大笑い。
しょーがないやつだのう、と愉快そうにしっぽを揺らしていたのだった。
あたしの配信は開幕謝罪となったが。
ゲーム機が届くのを待つペスが、嬉しそうにしているから――。
まあ、いっか!
《幕間短編~おわり~》