第三十五話、Gが如く
おもちゃ箱のようにパカっと開いたダンジョンの床下。
仄暗い地下に広がるのは死骸の群れ。
アンデッドを見慣れていなかったり、免疫がないモノだったら発狂モノかもしれない。
うーむ、なんということでしょう……。
床の抜けたフィールドには、うがぁぁぁぁっと呻く先住民――。
ゾンビさんの遊園地パレード状態となっていたのでした。
「ご、ゴキブリみたいな量が湧いてるわね……っ」
敵は二足歩行のオーソドックスなゾンビ。
ちょっと腐りかけのアンデッドの肌には、竜やらトラやら模様やら。
色んなタトゥーが浮かんでいる。
問題は敵の量だろう。
相手は雑魚。
あくまでも精神的な嫌悪感が強いだけで、戦えば楽勝なのだが。
見た目がだいぶグロイ。
案の定、あたしの影が生んだ結界エリアで浮かんでいる連中。
あたしへの依頼料支払いが決定しているヤクザ達(保護対象)は混乱しているようだ。
「ひぃぃぃいっ、お、おれたちもああなっちまうのかよぉ!」
「ただちょっと麻を栽培したりっ、じじいババアを騙して金を振り込ませたりっ」
「ガキを海外に売っぱらっただけじゃねえか! それなのに殺されるなんて、あんまりだぁぁぁあ!」
目をぐるぐるにさせて、自らの罪を口走っているのだが。
あたしが言う。
「あのねえ……わりと、あんたら、殺されかけて当然なんじゃない?」
「無駄ですよアカリさん。あなたがこんな連中に心を割くことなどありません。彼らは法で裁きます、必ずね……そ、それよりも、僕も少しめまいが……」
途中まで大人でイケオジなセリフだったヤナギさんも――うっぷ……。
翼で嘴をおさえている。
公安でもさすがにこの大量のアンデッドは無理だったようである。
反面、人間サイドでは一人だけ冷静な池崎さんは地下アンデッドたちに目をやって。
頬に汗を垂らしつつ。
「嬢ちゃんに兄ちゃんよ、一応聞くけどこいつらにオレの状態異常魔術は――」
「ご明察。当然、効かないわよ」
「イケザキっちはほんとうに肝心なところで役に立たねえな。呪われてるんじゃね?」
共にダンジョンを進んだ炎兄も既に池崎さんを受け入れてはいるようだ。
それにしても、イケザキっちって……。
そんなあだ名も気にせず、池崎さんはぐぬぬぬぬっとアンデッドを睨み。
「がぁぁぁぁぁ! オレの煙魔術が効かねえ奴らっ、これで何回目だよ! だからファンタジーは嫌だって言ってるんだよっ!」
そのセリフも既に何度聞いている事だろう。
「人間相手には補助効果が効くんでしょうけど……池崎さん。偶然なんだろうけど、あたしと出会ってからの冒険では、ずっと対策られてるのよね」
「まあ気にすんなって、イケザキっち! 幸運値が低いのかもな!」
冷静に分析する兄妹を前にして、池崎さんは――はぁ……。
いつものノリで肩を落としたままだった。
「なんで刑事だったはずなのに、こんなところにいるんだろうな……オレは。この世界に異能を授けたおまえさんたちの親に、一言いってやりたいわ……わりとマジでな」
しかし、本当に天敵ばかりがでているのも事実。
一連の事件は全て池崎さんを殺すため。
そんな事情なら分からないでもないが……。
言っちゃあ悪いが、ただの元刑事で教師をやらされてる彼が、そこまで特別視されるとは思えない。
まあ、トラブルに巻き込まれやすい体質なのだろう。
悪魔竜にも殺されかけてたし。
……。
死にたがりっていう特性も持っているので、見てるこっちが心配になってしまうのである。
ただ心配しているなんて恥ずかしいから言えないし。
あたしはサディスティックな赤雪姫スマイルで、ふふふっと嗤うように言う。
「拗ねないの。いいじゃない、そのファンタジーの代表みたいなあたしに守られてるんだし。あなたって、あたしがいないともう何度死んでるんでしょうね~♪」
オヤツを要求する三魔猫のごとく、手を伸ばすあたしにジト目が襲う。
「感謝してるが、その手をやめろっ、依頼料ならそっちのヤクザどもから貰ってるだろう! それより、このゴキブリみたいな死人共の群れ、どうするんだ!」
「ちゃんとなんとかするから、安心してちょうだいな」
とまあ、こんな感じであたしは気恥ずかしさを相殺。
お金を請求するフリをして誤魔化してしまうのである。
ブスーっとタバコをペコペコするイケオジ未満を眺めて、ふふん!
炎兄が両手を広げて、魔力を放ちつつ宣言する。
「ヌハハハハハハ! 愚かなる公務員よ、まあ大人しくしていろ! ヤツらはこのオレ様がすぐに浄化してやる! 華麗になっ!」
「やりすぎには気をつけてよ?」
隆起した腕を組んだ炎兄が偉ぶり。
にひぃ!
瞳を赤く染め上げて、周囲に魔法陣を浮かび上がらせる。
ダンジョン内という事で遠慮なく、兄は魔法陣を広げているのだろう。
その規模は十重の魔法陣。
いわゆる計測限界になる、一つの頂点のレベルだった。
炎帝の息子としての波動を纏い。
朗々たる声で告げていた。
「創造再現魔術:《炎王炎滅炎龍波》! 不浄なる者どもよ! オレ様の炎に抱かれて昇天しちまいな!」
聖なる炎を纏った双頭の龍が、口を開いたまま荒れ狂い。
ざぁあああああああっぁぁぁ!
アンデッドの群れをのみ込み浄化していく。
「炎兄、それ――漫画のパクりよね?」
「どうだっ、カッコウいいだろう!?」
まあ漫画で見た技を実際に再現できちゃうって時点で結構凄いのだが。
あたしも皆を宙に浮かべた結界を維持したまま。
にひぃ!
赤い髪が魔力の流れに沿って靡き、雪肌に輝く瞳も赤く染まる。
「さあ滅びなさい!」
周囲に浮かべた魔力製の使い捨て聖剣を、剣の弾丸として投射!
ズゴゴゴゴゴンと景気のいい音が鳴っている!
地獄の釜のような地下フィールドに、聖剣の雨が降り注いだのだ。
聖なる炎と聖なる剣が大地を揺らす。
ひしめくアンデッドの群れが、聖なる輝きに中てられ消滅!
だが。
滅ぼしたその瞬間に、再び新たなアンデッドが湧いてくる。
もう一回、ズゴゴゴドンドンドン!
……。
次第に炎兄とあたしの頬に汗が浮かび始める。
別に疲れとかではない。
無限湧きのゴキブリを想像して欲しい。
こちらは次々と相手を成仏させているのだが、そのスピードに勝る勢いで敵が湧いているので……。
キリがないのである。
その時だった――声が響いた。
うごげぇぇぇええぇぇぇ!
念のため言うが、あたしの呻きじゃなくて、更に追加で湧いたゾンビの呻きである。
「うっわ、何体いるのよこれ……しかも見た感じ、元は人間、それも極道もんの死体ばっかりじゃない」
「ん? 嬢ちゃん――極道もんってーと、こいつらも生きていた時はヤクザどもだったってことか」
池崎さんである。
あたしは攻撃を維持しながら。
「たぶんね、名前を鑑定すると――かつて極道だったモノとか、振り込め詐欺を極めし者だったりとか、そういう称号も確認できるし。ほらゲームとかであるでしょ? キャラの上に名前とか表示されるやつ。そのほとんどがヤクザっぽいのよ」
「ふむ――なるほどな」
池崎さんが冷静な口調で詠唱をはじめ、指先に小さな魔法陣を展開。
タバコを葉巻に切り替え。
「異能変更:友よ、我が道を灯せ――《煌々たる葉巻光》」
あたしも知らない魔術である。
照明の魔術かな。
葉巻の先から生まれた灯りで、地下を蠢く死体を照らす。
さっきの戦闘でちょっとレベルが上がっていたのか、術の発動速度があがっている。
未知の魔術式を確認する、知的好奇心の塊なあたしが言う。
「変わった構成の魔術ですけど――池崎さん、よくあのグジョグジョ死体どもに明かりをつける気になるわね……いや、まあ見やすいから助かるけど」
「ちょっと気になることがあってな――」
「気になること……?」
鋭い目線の先にあるのは、アンデッドたちの背中に残ったタトゥー。
葉巻からすぐにいつものタバコに切り替え。
死臭を消し去りながら、煙に声を乗せて言う。
「あの竜の刺青をしてる連中には覚えがある。この間の異能力者行方不明事件の時に、海外の連中と人身売買してるんじゃねえかって噂になってた、翼竜会の連中だな。おいヤナギ、いつまでもうっぷってなってるんじゃねえよ! データ照合できるか」
「え、ええ……。翼竜会といえば――異能力者を海外に売りさばこうとしていた……あの連中ですか」
んーむ池崎さん。
ヤナギさんと違って順応はっや!
もうファンタジー慣れしてるのかなあ。
炎兄が念のための結界をこちらに二重かけしながら、ギザ歯で言う
「はぁぁぁ!? んだよ。そこまで分かってたなら、なんで捕まえてなかったんだ? 仕事さぼってるんか、公務員ども」
「どこの誰とは言わねえが――こっちが内偵を進めているうちに……やれネコのバケモノが暴れて組織が影の中に消えやがったり、やれ灼熱の劫火で塵一つ残らず消されちまったり、やれ死神みたいな骨戦車に襲われて壊滅してたり。確定させる前にやらかした連中がいるみたいなんだが? どうなんだ、そこんところ」
前回の事件の時。
あ、あたしたちが先に潰しまくってたってのは。
うん……否定しない。
なのに、炎兄は皮肉に気付かぬ様子で。
「へえ――そんな奴らがいたのか、現代日本も治安がわりぃんだな」
「いや……おめえら兄妹の事だろうが」
「ああん? 何言ってやがるんだ?」
言われた兄は、ギザ歯を覗かせキョトンとしている。
「炎兄……。自分で潰した連中の事、もう覚えてないの?」
「知らねえわ。たとえ本当にやってたとしても、ゴキブリなんて退治してもだ。一晩寝たら忘れちまうだろうが。ずっと覚えておけって方が無理だろう? オレは悪くねえぞ?」
なにか意味があって忘れたふりをしているのではなく、本当に忘れているのだろう。
親しくなっていない人間なんて、石ころ以下。
言葉をしゃべる虫けらだと思ってる部分もあるからなあ……お兄ちゃん。
代わりにあたしが釈明する。
「あぁ……でもね、池崎さんにヤナギさん。たぶんだけど、ここにいるアンデッド化したヤクザ達……あたし達がやっちゃった奴じゃない筈よ。あたし達の手で滅んでいたのなら、もう輪廻の輪に戻ってるはずだし。アンデッド化させたままにするヘマなんてしないわ」
言われて池崎さんは床下で蠢くアンデッドを睨み。
「ならなんで、死んだヤクザ達がこんなに不死者モンスター化してやがるんだ」
「さあ、あたしに聞かれても」
考えられるのは……。
「どうした」
「いえ、もしかしたらヤクザとかマフィアとか極道とか。そういう連中を殺したい存在がいたのかも――そう思っただけよ」
告げたその瞬間。
床の抜けたダンジョンの先に、赤い光が灯り始める。
ぞっとするほどの魔力である。
池崎さんが訝しむように眉を顰める。
「どうした、二人とも」
「しっ……動かないで、なんかヤバいのがいる」
答えるあたしの頬には濃い球の汗が浮かんでいる。
普段ならケタケタ笑いそうな炎兄も同様に顔を引き締め、炎の円月刀を召喚。
無言で装備し、シリアスモード。
「そこにいるんでしょう! 姿を見せなさい!」
『ほぅ、我の気配を捉えたか――獣に連なる同胞よ』
誰何の声に反応する気配が、ゾンビの群れの中から浮かび上がってくる。
顕現したのは――。
膨大な魔力を内包する、魔術師の気配。
赤き邪悪な瞳が、くわっと見開き。
その咢から牙がギラつく。
『我が名はペス。悪を狩るケモノ也――!』
アンデッドの鎖を引く……!
モフモフな!
犬だった。
……。
いや、事実なんだから仕方ないじゃない。