第三十四話、魔術起動アプリ
低級アンデッドの群れは浄化され。
助けたヤクザをふん縛り。
あたし達は床に伏せさせた怪しい奴らを尋問中。
助けた時点で依頼料は確定済み。
今度は溶けた傷を治すことを引き換えに、情報を引き出そうとしているのだが。
「さすがにこのまま骨が見えた生活なんてしたくないでしょう? 素直に吐きなさい」
「す、素直って言われてもなにを聞きてえんだ」
スキンヘッドヤクザは、後ろ手に縛られ地に征服されたままである。
魔導契約もしているので相手はこちらに逆らえない。
「あの悪魔竜……ってこっちで勝手に呼んでるだけだから……えーと、ヤクザとかヤンキーとかああいう連中が猫背になって、背中から竜をはやす事件が起こってるでしょ? ここに逃げ込んだって事は、あんたたちが魔術の存在を知っている事も明白。なにをしていたのか、全部話しなさい」
おお!
尋問って感じである!
「話すには話すが――ま、まずは怒らないでくれよ」
「そっちの話次第ね」
「な、なにをしてたのか、おれ達も知らねえんだよ」
ゴゴゴゴっと背中に魔の炎を抱いて。
あたしは、くわ!
「知らないだぁ!? あんたねえ、ビルを警察に囲まれて慌ててダンジョンに逃げ込んだんでしょう? それを知らないで通すのは、いくらなんでも無理があるって分かるでしょうが!」
「指示に従ってっ、命令を聞いてただけなんだよっ! ウソだと思うのなら、そこに落ちてるタブレットを見てみやがれってんだ!」
ヤクザ達の声に促され、クワワワっとヤナギさんがペタ鳥足で移動。
タブレットを持ち上げ。
「確かに、指示書が来ていますね。ですが……これは、ロックがかかっているのか動きませんね」
「んな筈はねえよ! さっきまで読んでてっ、サツが向かってくるから逃げるために動けって! 指示通りにアプリを起動したらこのバケモノどもが湧いてでてきてっ、おれ達は逃げ回ってたんだからな! マジでなんも知らねえんだよ!」
「アプリを起動で?」
ウソを言っている様子はない。
銜えタバコの池崎さんがヤナギさんの翼からタブレットを奪い。
「どれ、クソ鳥貸してみな」
「あ、こら!」
「……。おいこら、クソ公安。液晶がてめえの翼に反応してなかっただけじゃないか? これ……普通にスライドできるぞ」
あぁ……。
たしかに。
「ああいうのって人肌とかに反応するけど、あたしも猫モードの時の肉球だと反応鈍いのよね……。こう、ぎゅっとしないと反応しないっていうか……そりゃ、羽毛じゃ――ねえ」
「僕は悪くないですね。羽毛にも反応するように作らなかったメーカー側の落ち度では?」
このヤナギとかいう男。
だいぶ慣れてきたが本当に性格が残念よねえ……。
だいたい、羽毛で反応するのなんて作ったら、毛布にいちいち反応して寝ながらできないじゃない。
スキンヘッドヤクザが強面を尖らせ。
「だから嘘じゃねえって、これで分かっただろうがっ――てか、なんなんだおまえらは! コスプレ剣姫にランプのイケメンにっ、メガネをかけた生意気そうなニワトリだ!? まともなのはこのクソ刑事くらいじゃねえかっ。どーなってやがるんだっ最近の警察ってのは!」
ひ、否定はできない。
誤魔化すようにヤナギさんはメガネを輝かせ。
「それで池崎、何と書いてあるのですか?」
「今読んでるから、焦るなって――」
言葉が止まる。
暗い部屋の中なので、液晶の明かりがぼんやりとイケオジ未満の顔を青く照らしている。
存外に彫りの深い精悍な顔立ちが、闇の中で浮かびあがる。
「おう、ヤクザども――おまえら。指示に従うとロックが解けていき、次の指示がでる仕掛けになっていた。まあだいたいそんな感じで間違いはねえんだな?」
「ああ、そうだよ!」
「なら、ご愁傷さまだ。あのグールどもを呼び出すのが最後の指令だったようだな」
告げて、イケオジ未満が表示したタブレット画面には。
冷たい機械の文字が並んでいる。
魔術文字である。
魔導の知識がないと読めないので、このヤクザ達には見えなかったのか。
ヤナギさんが首周りのモフモフを揺らし。
「何と書かれているのですか?」
「そのまま食われて死ね――よ。なかなか直球ね」
ようするにだ。
この男たちは使い捨て。命令を下している何者かが、ここで切る予定だったのだろう。
濃い汗を浮かべた男たちが顔面蒼白となり、地に向かい弱い怒声を漏らす。
「そんなっ、バカな……!?」
「おれたちは、捨てられたのか……?」
「そりゃあ悪い事もしてきたが、あんまりじゃねえかっ」
悲壮な空気を出しているところに悪いが。
悪い事をしていたのなら因果応報。
自業自得である。
スクロールバーを戻し過去の指示を確認する池崎さん、その表情が険しくなってるところを見ると……まあ、悪さをしていたのは確定か。
銜えタバコから煙を散らしつつ、低い声が空気を揺らす。
タバコの火のせいか。
暗闇の中で、渋い男の赤い瞳が輝いていた。
「大黒を拉致して例の呪いをかけていたのも、こいつらか――あるいはこいつらに指示を出していたヤツだな」
そうなると話も変わってくる。
「それって、前の事件。コンテナダンジョンにも関わってたって事」
「ああ、指示書を見る限りでは――あの時にもこいつらは動いていたらしいからな。んで、各所のヤクザやヤンキーの縄張りにこいつらや、その部下が潜伏して――へえ、なるほどなあ。あの悪魔竜化の犯人も、やっぱこいつらか。まあ指示に従っていただけで、主犯とは違うみたいだが」
あたしは眉を顰める。
赤い髪を揺らしながら顎に手を置き、考えたのだ。
あくまで現代人間基準だが、あの悪魔竜達のレベルは現代社会に生きる者としてはトップクラス。
それに比べて――ここで溶けかけていたこいつらはせいぜいがレベル三十程度だろう。
他者を悪魔竜化させることができるとは思えない。
まるで心を読んだように池崎さんが言う。
「アプリを起動させて、対象を魔竜化させるって書かれてやがるな」
「はぁ? アプリで悪魔竜化? どういうこと?」
当然初耳である。
池崎さんはツーツーツーっと長い指でタブレットを操作し、
タバコを握る方の指でガシガシと髪を掻く。
「知らねえよ。指示書にはそう書かれてやがるんだって。分かんねえな……どう読み解いてもアプリで悪魔竜を発生させるとしか書かれてねえ。どういう理屈だ? おい、ファンタジーども、そんなこともできるのか?」
埒が明かないので、あたしもタブレットを覗き込む。
「炎兄、解析できる?」
「もうやってるよ――」
炎兄は機械を魔道具判定して、全て自在に操ることができる。
その解析もまた可能。
「これは、ソースコードに魔術式が使われてやがるな」
「魔術式が!? って……ああ、なるほどね。そういう事か」
納得するあたしと炎兄を睨み、大人たちが言う。
「おまえらだけで納得してねえで、聞かせろ。後で報告書にまとめる必要もあるんだよ」
「アカリさん、ご説明願えますか?」
こんな時だけコンビで、仲良くしおってからに。
「えーとね。魔術の根本ってのが、結局のところは――現実を成り立たせてる計算式を改竄するってのはちょっと説明したわよね? その計算式の改竄をアプリを使ってやらせていたのよ。調整が必要な繊細な魔術は難しいけれど、機械に計算させれば高度な魔術だってある程度は再現できるって事」
炎兄が続けて、魔術を発動。
タブレットの魔術式を宙に浮かべて。
青色の魔術文字を泳がせながら、スゥ……っと赤い瞳を細める。
「これが悪魔竜化の計算式だ。術式は複雑だが、やり方は単純。そのタブレットでカメラ撮影した後に悪魔竜化アプリを起動させると、その画像の中に含まれている人間を魔竜の苗床にする術式が発動する……強制的にな」
魔術式を眺めて、ざり……。
池崎さんが無精ひげを撫でながら。
「撮影された時点で呪いみたいなもんが発動――。一定期間、悪魔竜の種みてえなもんの憑依状態にさせるんだろうな。で、魔竜を発生させるような心のモヤモヤや弱さがある人間だと、アウト。魔竜化の才能があった奴は後日、同タイミングで背中にアレをはやして人間卒業。梅原たちが襲われてた、あのヤクザの屋敷みたいになっちまうってわけか――こりゃ、やべえな」
「んだ。おまえ、人間のくせに魔術式が読めるのか?」
「そりゃああれだ――おまえさんの妹からちょっとは魔術の講義を受けてるからな」
まあ池崎さんのタバコの異能、《煙の魔術師》はあたし達の魔術式と構成がちょっと似てるし。
相性がいいのだろう。
ヤナギさんがいまだにニワトリを保ったまま。
「厄介ですね。つまり、誰でも使えるアプリであの悪魔竜を発生させることが可能、ということですから――いったい、誰がそんなアプリを……」
「クソ迷惑なアプリ開発者がいるってことでしょうけど、そいつが黒幕ってところなのかしらね」
まあ推測の域を出ないか。
この初期セットみたいなダンジョン化も、おそらく機械と魔術の融合。
アプリで起動させていたってことだろう。
さてここで問題になってくるのは。
「それで、あんたたちに指示を出してたのはどこの誰なの?」
「だから知らねえって言ってるだろうが」
「知らないですって! じゃあ、なんであんな悪魔竜化事件を起こしていたのかも、知らないって言い張るつもり!?」
キシャァァァァっと影の中から三魔猫の威嚇音をあげるあたし。
とっても脅し上手ね?
クロことシュヴァルツ公が影の中から頭と手だけを出し、ジャジャジャジャジャっとスキンヘッドの男で爪とぎを開始する。
『ぶにゃははははは! お嬢様の命令である! さあ語れ! 今すぐ漏らせ! 全部言うのだ!』
まあもちろん手加減はしているが。
あ、ドライファル教皇もヴァイス大帝もトイレ砂をかけて、ネコ笑いしてる。
こいつら……ネコだから狩りとか、獲物を追い詰めるの、結構好きだからなあ……。
それにしても学校にいるあの子達と繋がる影移動、やっぱり便利ね。
もっと研究しよう。
ノリノリな尋問に、スキンヘッドは悲鳴を上げ。
「いたたたた! なんだ、この猫どもは、やめ! ほ、本当に知らねえんだよ! おれ達はっ、それぞれだな! ムカつく上司どもを消し去れば幹部になれるだろうって、そうメールで誘われただけなんだよ! なにをバカなって思ってたら、そのタブレットが送られてきてっ。マジで、アプリで異能が発動したから――っ、それで!」
「ん? あんたたち、別の組織の人間なの?」
ヤナギさんが自分のスマホを、ツツツツツゥ!
翼でなんとか操作して。
「そいつは……あなたに嫌がらせをしていたヤンキーグループ、梅原少年が出入りしていたヤクザのところの、中間管理職ですね。で、そちらの入れ墨男が本日の朝に悪魔竜が発生した現場の――大陸系マフィアの麻薬密売の管理を任せられていた、やはり中間管理職。他の連中も似た経歴なので……おそらくですが、悪魔竜発生事件と全てリンクしていますね。裏で操っている犯人がいるのなら、下っ端以上、上位幹部以下の連中に声をかけていたのでしょう」
ヤナギさんに続き。
池崎さんが言う。
「ここで捨てられたぐらいだ、たぶん本当に詳細を知らねえんだろうが。まあ接触してるんだ、こいつら自身が知らなくても履歴とか辿ればなんか掴めるだろ」
まあ、嘘を見抜く大黒さんに尋問して貰った方が早いか。
こいつらを連れ帰ればいいだけだし。
助けてやった報酬をもらうためにも、連れ帰らないとだし♪
魔導契約があるので相手は請求に逆らえないから、完璧なのだ!
貪欲とは言うなかれ。
異世界の最高位の魔術師かつ異界の王族が直々に動いているのだ。
現実的に払える額の報酬なら、マジで安いもんなのである。
炎兄が、よっと身体を伸ばし。
「んじゃ、そろそろ最後の花火ってやつをあげる時間か!」
「ふふふふ、ディナーの時間ね!」
あたしも指を鳴らし。
影結界で周囲を覆う。
赤い魔力がダンジョンを覆いつくしていく。
他の皆が、眉を顰め。
「おいおいどうしたんだ、兄妹。なんかあるのか?」
「あら、分からないのかしら公務員さん。敵は証拠隠滅に失敗しているのよ? で、たぶん預言にあった大量の悪魔竜になる筈だったのもこのスキンヘッドたち。きっと、あのグールに食われる途中で心の闇が増加して、魔竜の素質に目覚めてアウト。悪魔竜化されるはずだったんじゃないかしら。なら、次になにをしてくると思うかしら」
サディスティックモードなあたしの声が合図となったように。
ガゴン!
ダンジョンの床が抜け、地の底から何かの呻き声が聞こえ始める。
「な、なんだこいつらは!」
スキンヘッドが悲鳴に近い声をあげる中。
あたしは顕現させた聖剣を無数に浮かべて、にひりと笑む。
「こういう敵ってほんと行動が単純。もう話は見えているでしょう、あんたたちの口封じを狙ってるのよ!」
地下墓所ともいえるカタコンベ迷宮。
その底の抜けたダンジョンの床下は――。
無数のアンデッドで満たされていた。