第三十三話、戦え! 公務員さん!
西洋の教会風な地下墓所の中。
ぶよぶよゼリーな肉塊モンスターを前にして、我らは進む!
まあ今は目の前の雑魚魔物で足止めされてるんですけどね。
池崎さんが敵に怯んで騒ぎ出し。
なんだこれはと言っていたので――答えたくなるのが、このあたし!
「なら! あたしが教えてあげるわ!」
魔術論文をすべて暗記していると自負している天才女子高生は、ふふん♪
炎兄がジト目になる中。
赤髪を揺らし。
「こいつは低級アンデッド。食肉鬼のグールよ!」
「グールだぁ!? グールっつったらゾンビのちょっと上ぐらいにいる、雑魚モンスターじゃねえのか」
ぶよぶよ肉ゼリーことグールから、逃げ回り吠えるのは池崎くん。
あたしの魔術生徒である。
そんな逃げ回る池崎さんに向かってくるグールの攻撃を、全て紙一重で無効化!
魔力を浮かべた手のひらで、いなし。
片手にヤナギさん(鶏)を抱いたあたしが言う。
「ほら、地域によっては土葬の文化があるでしょう? そういった土壌の風評から生まれた魔物よ! 昔の人って、死んだ人が蘇って吸血鬼が生まれるんじゃないかって思ってたらしくって、たまに掘り起こす事とかあったらしいのよ。で、その掘り起こした遺体にはガスが溜まってたり、こんな風にぶよぶよになってるらしいんですけど。そのぶよぶよを見た昔の人が、グール、いわゆる吸血鬼の原型を想像して……って池崎さんにヤナギさん、聞いてるの?」
人が折角、講師モードで教えてあげてるのに。
二人ともビビりまくっているのだ。
肉ゼリースライムが、ぶにょんぶにょん。
縦横無尽に跳ねるので。
池崎さん――絶叫である。
骨で埋まった壁に、男の絶叫がこだましている。
「わぁあった! わぁったから! 嬢ちゃん! 聞いてるから、なんとかしやがれ! マジできしょいぞ、これ!」
「やだぁ! 舌足らずでかわいいじゃない!」
逃げまわる男に並走し、ふわふわ飛ぶのは赤髪の異界姫。
いまのあたしはサディスティックモードなので、いかんいかん。
ついつい面白がってしまうのだが。
骨を溶かす溶解液をグール君が飛ばしてくるので、それはNG。
よっと!
剣の玉座のように浮かべた聖剣のオーラで、溶解液を全てキャンセル。
ふっふっふ!
今のは剣姫みたいで格好良かった!
「もう、空気が読めない敵ねえ……。そういうのが直撃したら人間は溶けちゃうらしいんだから。やめてよね」
「溶けちゃうらしい、じゃねえよ!」
「ま、いい機会だからレベル上げでもしましょうよ。なんでもいいから魔術を相手に使って。その後に倒せばたぶん経験値があなたにも入るから」
溶解液をキャンセルされた敵のスキをつき、池崎さんがタバコの煙を風に流し。
赤い魔力を放つ。
「《酩酊せよ――》!」
ピンク色の靄がグールスライムの周囲を覆う。
――が。
「敵を酔っ払い状態にさせる魔術か――でも、あのねえ。なんでもいいからっていっても、アンデッド相手に精神系状態異常はないでしょう! こいつ、脳がないから効かないわよ! 自分の魔術の性質ぐらい覚えなさいよ!」
「がぁぁぁああああああぁぁぁ! だからファンタジーは嫌いなんだよ! 人間相手には効くんだよっ、百発百中なんだよ!」
空を飛び並走するあたしの腕の中でヤナギさんが、タロットを翼で握り。
モコモコ羽毛で魔力を充填。
「異能発動:《魔術師の猛き嘴》」
呼び出されたアルカナの獣が、ヤナギさんの姿を切り替える。
魔術師姿の銀縁メガネのニワトリがクワワクァ!
嘴の先から光を放つ。
くちばしビームが池崎さんに直撃する。
「ヤナギさん、今の異能の効果は?」
「我が神からは、対象者の才能や感覚を研ぎ澄まさせる補助効果……と聞かされていますが」
効果時間中、味方の隠された才能を開花させるという。
なかなか特異な異能のようだが。
走り回って逃げる池崎さんにそれをかけたところで――。
案の定、逃げ足を強化しているだけで意味があんまりない。
「おま! くそ鳥! サポートするなら、もっと考えた力を使えよ!」
「逃げ回っているだけのあなたには言われたくないのですが!」
「ふざけるなよっ――なーに、クールぶってるんだよ! 女子高生の腕の中で運ばれてる鳥にだけは言われたくねえぞっ!」
炎兄がニヤニヤと初心者の冒険を眺めているが。
あたしは周囲を確認する。
これだけ派手に動けば、奥にいる生命反応が動きを見せるかと思ったのだが。
炎兄があたしに言う。
「で、どうだ。奥の奴に反応は?」
「ないわね。このグールも呼び出し方がちょっと特殊っぽいし。腐った死体に、低級霊を憑依させて無理やり動かしてる感じで……なんなんでしょうね。魔術や異能に現代社会の技術が変に流入して、黎明期になっているのかしら」
異界の知識だけでは分からない何かが、ここにあるのだ。
「あの、お二人とも、そろそろ本当に池崎がまずそうなのですが……」
ヤナギバードがクワワワっと羽毛を揺らす中。
炎兄がシャランと皇族の黄金腕輪を鳴らしながら、長い腕を翳す。
「ま、これでレベルも少しは上がるだろ。それじゃあお疲れさん、輪廻の輪に戻りな」
言って、兄がぐじょぐじょスライム吸血鬼に向かい指をパチン!
キイィィィィィインと。
光の柱が天を衝く。
あたし達兄妹はみな、神父でもある父の影響で聖職者としての力も持っている。
神の力を借りた浄化の力も使用可能。
指を鳴らすだけで奇跡――いわゆる神聖な神の祝福が発動し、敵は浄化されて消えていたのだ。
ぜぇぜぇと荒い息で背中を揺らす池崎さんは無事。
レベルもちょっとは上がったようだ。
「うっぐ、あぁ……疲れた。い、いまのは……っ?」
「敵を浄化、ようするに成仏させたのよ。あれで呪われた魂も解放され、輪廻の輪に戻ることができたはずよ。一応、アンデッドにしてあげる討伐方法としては、一番優しいやり方ね」
褒めたわけではないのに、兄はデレっと甘い声を出し。
「よせよせ、妹よ。このオレ様が優しいだなんて当然の事だろう。なにしろオレ様は、未来の炎帝だからな!」
「はいはい、分かってるわよ。凄い凄い」
てきとーに褒めてるあたしの腕の中で――。
くわり!
魔術師の姿になったヤナギバードが、くいっとメガネを翼で上げて。
「参考までに聞きたいのですが、今の敵のレベルはどれくらいなのですか?」
「あなたと同じぐらいよ」
言いながらもあたしは聖剣を翳し、超範囲攻撃を放ち。
ぺかー!
奥の方にいたスライム吸血鬼を浄化の光で殲滅する。
当然、一匹に苦戦していた大人二人は目を点にしているが。
単純にレベル差があるのだから仕方がない。
奥で焦がされ成仏されていくアンデッドたちを見て、炎兄がギザ歯をムキっとさせ。
「っかし、人間ってのは分かんねえな。こんな雑魚を大量生産してどういうつもりだ」
ふむと、天才的なあたしは考える。
「たぶんですけど――低級ってところがポイントね。知恵の低いアンデッドだったら説得や命令の必要もないからじゃないかしら。守らせるだけなら呼ぶだけ呼んで、放置しても餓死しないし。知恵のある高レベルアンデッドを呼んで反逆してきました、なんてなっても間抜けな話だし」
腕を組んだまま炎兄が言う。
「それで低級アンデッドの群れか」
「ダンジョンも初心者用みたいだし、敵はそこまで洗練された人間じゃないのかもね」
現代社会代表みたいな顔の二人が、じぃぃぃぃ。
説明を求めあたしを見ているので、こほんと咳払い。
「ファンタジー世界ではたまにあるのよ。呼んだ存在を制御できずに逆に召喚者が殺される失敗パターンね。例えばだけど、もし人間が何の準備もなしに獰猛なトラを召喚したとして、そのトラが本気で襲い掛かってきたら勝てないでしょう? それが制御失敗。酷い時には国が滅んでクレーターができちゃったなんて史実もあるって、魔術論文で見たことがあるわ」
兄が続いて斜に構えて、講義を引き継ぐ。
「んで、低級アンデッドってのは意外に行動制御がしやすい存在なんで、初心者に向いてるんだよ。基本的に知恵がないからな。逆に高レベルアンデッドは知恵者が多いから、人間相手に従うとは思えねえ。だもんで、足止めには十分でクーデターも起こしてこないこいつらが、便利な駒だったんじゃねえか。ま、敵の野郎どももまさかオレ達みたいなラスボス級が二柱揃ってくるとは、思ってねえだろうしな」
クール眼鏡バードなヤナギさんが眉間にシワを寄せ。
くちばしを動かす。
「ふむ。制御できる雑魚……と僕が言うのも情けないですが。現代社会で使うのなら――反乱も起こさず、制御も可能な低級アンデッドが使いやすいと。理に適ってはいますが」
一連の話を聞いて、池崎さんがタバコを吸いながら瞑目する。
「本当にそんな理由か?」
「どういうことよ」
「お嬢ちゃん達の推理を否定するわけじゃないが、犯人の行動と動機全てに理由があるとも限らねえってことさ。オレ達を足止めするためなら、確かにその理屈であってるかもしれねえが。違和感があってな。あくまでも行動の結果として、ここにアンデッドどもが大量発生しているだけって可能性もあるだろうよ」
んー……言いたいことがよくわからん。
「ごめん、ちょっと分からないわ。あなた、もしかして自分の中の考えを言葉にするの、苦手な方なの?」
「そうかもしれねえな」
なんじゃそら。
元刑事の勘がなにやら働いているようだが。
渋い大人の顔でタバコを吸って考えて、池崎さんが呟く。
「そもそもだが。こいつら、おまえさんたちチート兄妹だから楽勝なんであって。普通なら強敵だと思うわけだが、どうなんだろうな。つまり何が言いてえのかっていうとだ。もしかしたら、ここに籠城してるやつら――ここから出られなくなってるんじゃねえか?」
待ちきれなくなったのか、炎兄が奥をクイクイっと親指で指し。
「なあなあ! んなことより進もうぜ! 結局は力技で突破すりゃあいいんだ。とっととその犯人のところに行っちまおうぜ。敵を捕まえて聞きだしゃいいだけだろ! なははははは! オレ、天才!」
「それもそうだけど、身も蓋もないわねえ……」
床を炎で溶かしながら、トテトテトテ。
歩き出した炎兄が、頭の後ろに両手を置いて。
「あーあ! オッサンどもが魔物がいないって言いださなきゃ、そのまま雑魚散らし状態でとっとと奥まで進んでたんだろうがなあ」
「オレは言ってねえぞ。言ったのはこっちの公安クソバードだ」
バチバチっと公務員の犬とニワトリさんがやりあう気配を察し。
あたしが言う。
「もう、どっちだっていいでしょう。ほら、早く行くわよ。あたし深夜前に生配信する予定なんだから。これ以上騒ぐっていうのなら、あなたたち二人。ここに置いていくわよ?」
そのままあたし達はダンジョンを進んだ。
敵はやはり低級アンデッドの山。
雑魚散らしで通り過ぎてもよかったのだが、これがもし外に漏れたら大変だという事で。
あたし達兄妹がペカーっと浄化の光で成仏させ。
さあ、次のフロアへ!
と、言いたい所だったのだが。
あたしたちは途中のフロアで、頬をポリポリ掻きながら立ち尽くしていた。
生命反応があった最初の場所に行ったのだが。
そこには、どろどろに溶けかけたヤクザな方々。
皆が皆、肉ゼリーになりかけていて。
「た、たすけてくれぇえぇえ!」
「ひいぃぃいぃぃいぃ! 溶けたくない、混ざりたくないっ!」
さっきの肉ゼリーに食われかけている真っ最中。
何かの作戦だろうか。
おそらくこいつらが、主犯だと思うのだが。
スキンヘッドのおっさんヤクザに向かい、あたしは言う。
「えーと……一応聞くけど、罠?」
「んなわけねえわ! おまえたち、け、警察だろう! た、助けてくれ!」
あ、これ。
マジで制御できてないでやんの。
い、いやでも……そんな間抜けなことってある?
「ね、ねえ、なんでそんな雑魚に溶かされかけてるのよ。趣味?」
「ぜ、全部吐くからっ。吐くからっ、こいつらをなんとかしてくれぇぇぇぇ!」
「おいおい、嬢ちゃん、気持ちは分かるが――これがファンタジー慣れしてねえオレ達現代人なんだよ。助けねえとこいつら死んじまうぞ。ヤナギ、真実かどうか判定する異能を持ってただろ。やれ!」
ヤナギさんがタロットで真実を見抜く能力を使い。
コケっと頷く。
あたしは炎兄を見上げながら、困り顔で言う。
「えぇぇぇ……本当に制御できてないだけなの」
「ったく、逃げ込んだダンジョンで逆に遭難ってマジかよ。人間ってどうしようもねえな。アカリ、まあしゃあねえから助けるぞ」
ガシガシっと炎の頭を掻く炎兄が動き出す。
あたしも、しゃあないと動き出す。
「ま、一連の魔竜事件の犯人か関係者なら。このままってわけにもいかないか」
しゅるんしゅるんと聖剣を回し。
あたしはニヒィっと赤髪に猫しっぽと猫耳を作る。
「助けてあげるわよ! 有料でね! ねえねえ! いくらなら出せる~? 一番多く出してくれた人から助けてあげようと思うんだけど!」
べちゃべちゃと。
溶けかけた手を伸ばすおっちゃんが。
一言。
「ひ、ひとでなしかっ」
「失礼ねえ! 死人まで出してるんだし、本当なら助ける義理なんてないんだから。むしろお金で解決できるなら優しい方なのよ?」
そう、もし彼らが悪魔竜を生み出す何かを企んでいたのなら。
はっきり言って、ここで見捨てた方が世のためなのである。
今の日本の法じゃ裁けないだろうし。
溶けかけたヤクザ達と交渉する横。
イケオジ未満とヤナギバードがジト目をしているが。
ともあれ商談は成立。
あたしは聖剣を翳した。