第三十二話、固有魔術:《炎帝皇子の大鑑定》
観葉植物の扉をくぐり、やってきましたダンジョン内!
現実世界とは隔絶された世界という事で。
ボボボボボボ!
炎兄がネコ状態から炎の大精霊形態へと戻って。
ランプの精霊を彷彿とさせる、燃える炎のワイルド皇子様に大変身。
褐色肌の赤髪イケメンファンタジー皇子様を想像して貰えば、まあそんな感じである。
あたしがそうであるように、兄も色んな側面を持っている。
ネコ状態と人状態。
そして、魔の側面が強いこの状態で全部微妙に性格が違うのだが。
まあ魂は共有しているので誤差。
ふつうの人間でも、機嫌がいい時と悪い時でちょっと性格が変わってしまう時があると思う。
その程度の差でしかない。
黄金の服飾品を身に纏った兄は自信満々に腕を組み。
ギザ歯で、ニヒィ!
「ふははははは! オレ様、華麗に登場!」
「ええ! 炎兄、戻っちゃったの……!?」
長身三白眼のイケメンさんなのだが、絶対に猫でいた方が可愛いのにね。
と、思いつつもあたしは周囲を見渡す。
「愚かなる妹よ、広域索敵を発動せよ」
「愚かじゃないしっ、もうやってるわよ」
先読みというやつである。
「ダンジョン領域の性質――。現実を塗り替えるテクスチャーに使われているのは、霊廟フィールドか……それかカタコンベ。いわゆる地下墓所ね。西洋風な教会の墓地とかを想像してもらえばいいかしら。ああ、壁はあんまり見ない方がいいわよ」
「おい嬢ちゃん。まさか遠くまで見えてるのか?」
と、ゴツゴツとした指の隙間からタバコの煙を維持しつつ、池崎さん。
彼の指が照らすタバコの火で浮かび上がるのは――。
壁に埋まる骨。
「そりゃまあねえ。相手がダンジョンの壁に索敵妨害のしかけを一切用意してないんですもの。ゲームで言えば配布された初期デッキを、そのまま使ってます――みたいな感じなのよねえ」
「初期デッキだぁ?」
「ダンジョン化ってようするに、現実を成り立たせている式の上書きですもの。魔術式で一定空間の現実を書き換えているんだけど――現実世界も式で全部表すことができるってのは分かる? その式を改竄する時の教科書みたいなものをそのまま使ってる感じというか……」
ああ、二人とも分かってないなこりゃ。
「まあ進んでいけば何かわかるんじゃないかしら」
「ふむ、それよりもそろそろ僕を下ろして貰っても? 自分で歩きますので」
あたしに抱っこされたままになっているモコモコ羽毛なニワトリさんが。
クワワワワ……っ!
銀縁眼鏡を光らせ、おろせおろせと頑張っているが気にしない。
正体は怪しい場所を自動追尾するアルカナの獣。
異能でハーミットバード化しているヤナギさんなのだが。
どうもこういうモコモコな鳥類って、気になっちゃうのよねえ。
おそらく、あたしに流れている魔猫の血の影響だろうが。
すっとぼけてあたしは言う。
「ダメよ。あなた弱いでしょう? 瞬殺されるわよ」
「ふはははははは! 愚かなる妹よ。おまえは昔からそういう丸っこい縫いぐるみが大好きであったからな! 幼い貴様になんどUFOキャッチャーで取ってやったことか。どうせ、そのモコモコバードを手放したくないだけであろう!」
戯言を聞き流し。
あたしはダンジョンチェックを終えて言う。
「とりあえず、進みながら準備しましょう。お兄ちゃんは炎の結界で常にヤナギさんと池崎さんをガードし続けておいて頂戴。あたしがアタッカーとタンクを引き受けるから。ヤナギさんはあたしからなるべく離れないでね? 池崎さんは一応補助をお願い」
「一応って、まあそうなっちまうけど」
歩き出すのはあたしと炎兄。
腕の中のヤナギさんと、殿に、タバコ結界を維持している池崎さんが続く。
湿った空気が喉の奥をツンと刺していた。
「分担はそれで構わねえが――おい、人間ども。もう力を抑えなくてもいいだろう? 守る、つったってそっちの力が分からねえと、守りづれえんだよ。レベル偽装を解除しな」
あぁ……。
まあ、そうなるわよね。
コツコツコツと赤雪姫なあたしの、ヒールに近い魔力靴の音が鳴る中。
「えーと、驚かないで聞いてね炎兄」
「んだよ、深刻な顔をして。なんかあんのか?」
「あのね? この二人のレベル……レベル偽装じゃないのよ」
兄はルビー色の瞳孔を広げ。
ははーん分かったぞ見たいな顔をしているが、これ絶対に分かってない奴じゃん……。
案の定だった。
真面目に語るあたしに、へんっと小バカにしたように口の端を釣り上げ。
「アカリィ。さすがに冗談がきついぞ? あん? オレとダンジョン攻略なんていつ振りか分からねえから、浮かれてるんだろ? でもなあ。ここは低級ダンジョンと言ってもダンジョンだ。ふざけるのはそれくらいにしておけよ」
確かに兄弟でダンジョン攻略なんて最近はしなくなったが。
「ああ、もう自分で確認した方が早いか。炎兄、鑑定はあたしよりも得意でしょ?」
「そりゃあ本来鑑定は、魔道具が得意な精霊の領分だからな」
「こっちの人って勝手に鑑定することがマナー違反とか、そういう感覚はないから。遠慮せずに、鑑定してみてちょうだいな」
炎兄は三白眼の前で、親指と人差し指の丸を作って。
じぃぃぃぃぃぃ。
《炎帝皇子の大鑑定》が発動する。
一瞬の沈黙が走る。
その肌に浮かぶ汗が、じゅわ~っと炎の身体に焼かれて蒸発している。
ようやく理解してくれたかな。
「は!? な、ならてめえら! ままままま、まさかレベル二百十と、レベル百しかねえってことか!?」
頭と眉毛の炎をボオっと揺らし。
ウソだろっと声を失っているのだが。
それでも既に二百十なら十もレベルが上がっているのか。
苦笑した池崎さんが出したのは――。
竦めてみせた肩を揺らしての、開き直った渋い声。
「しゃあねえだろ。こっちはファンタジー世界のおまえらと違って常識的なんだよ。そういうわけだから、しっかり守ってくれよ。お兄さんよ」
「マ、マジかレベル二百って。子猫レベルじゃねえか。よく生きていられたな……おまえら」
つまりレベル百のヤナギさんは、子猫以下なわけで。
ブスーっとトサカを揺らし、コケっと一声。
「子猫以下……ですか」
「だからあたしが抱えて移動しているのよ」
半分はモコモコもふもふを楽しんでるんですけどね♪
兄は、本当に常識の違いを実感している真っ最中のようだ。
ぷぷぷー、池崎さんと出会ったばかりのあたしみたいでやんの!
「おい、これ。すげえな、マジでレベル百って。糞雑魚ナメクジってレベルよりひでえじゃねえか――ま、まあニワトリになってるお前さんには、低級だが未来視と、タロットカードの異能レベルが確認できるから補助役だし。役には立つだろ。問題はそっちのおっさんだわ」
「お兄さんと言え」
突っ込みを無視した炎兄が、鑑定を発動。
そのまま指の丸での鑑定を、池崎さんに移し。
「池崎ミツル。種族は、人間……いやエラーがあるな。おまえ、純粋な人間からちょっとズレてるぞ。なんか変なもん喰っただろ」
「ああ、一つだけ思い当たることがあるなあ。炭を食わされた」
変なもんと言ったら、一つしかない。
ドラゴンステーキである。池崎さんのジト目があたしを襲っているが。
気にしない。
「んで、異能力は……タバコによる補助魔術か、へぇ、オレ達が扱う魔術式と似てやがるな――んで……ん? また、エラーじゃねえか。オレでも鑑定できないスキルか異能か魔術か、なんかわかんねえもん持ってやがるな」
「へぇ、それもあの炭のおかげかねえ」
ジト目がさらに深まった。
「ま、まあいいじゃない! 力に目覚めてるなんて、あなた! 主人公っぽい!」
「主人公なんて、いいもんじゃねえだろ。無理難題を押し付けられるわ、力があるんだから動きやがれとか。勝手に決められちまうわけだろ? オレはごめんだね。そういうのは願い下げだ」
ま、だいたいの主人公ってそうやっていいように使われるだろうし。
しかしだ。
もしかしなくても新しい鑑定不能な異能は……、あたしのせい。
禁忌を破ってドラゴンステーキ(炭)を食べさせちゃったせいで、なんか未知の異能が目覚めちゃってるんだろうなあ。
話題をそらすようにあたしが言う。
「でもさあ、お兄ちゃんでも鑑定できない異能って。なんだろ。魔道具の扱いが得意なお兄ちゃんは鑑定のプロ、ほぼどんな鑑定でも可能な筈なんだけど。炎兄なにかわかる?」
「鑑定のアイコンを見る限りじゃあ、レアっぽいが。分かんねえな。こっちの世界の異能は発生してから十五年前後なんだろ? 新しい力で、特定できてねえって可能性もある。まあ発動できるようになるまで待つしかねえんじゃねえか。レベル二百十じゃ無理だろうがな」
ようするにレベル不足なのだろう。
よく考えると、池崎さんってよくわからない存在なのよね。
ヤナギさんはロックおじ様。
軍人風女性の二ノ宮さんはハウルおじ様。
それぞれ強力な最高位の神の加護を持っているから、常人よりレベルが高かったり優れた異能を持っているのだろうが――。
池崎さんって、そういう加護をもってないのにレベル二百ちょいなのである。
あたしの視線に気づいたのか、池崎さんはふふんと煙を吐きつつ。
「どうした嬢ちゃん。まさかオレに惚れたか?」
「あのねえ、もし本当に惚れたとか言い出したらどうするつもりなの?」
「とりあえず、お前の兄ちゃんから恨まれないように全力で否定するだろうな」
ん?
なんか横で炎兄が凄い顔をしていたような気もするが。
あたしの腕の中。
コケケケっと首を横に倒し。
フードを被ったニワトリさん状態のヤナギさんが、クール眼鏡を輝かせる。
「ところで――これは今どこに向かっているのですか」
「ボスっぽいのがいるところ! って言いたい所なんだけど、全部が雑魚に見えちゃって駄目なのよねえ。ここがきっかけで悪魔竜が大量に湧くんでしょうし、犯人がいるのなら、生命反応が多いところに行けばいいとは思うんだけど」
もこもこなヤナギさんが鳩胸を翼で撫でつつ。
周囲をちらり。
「なるほど。政府の資料によるとダンジョンには魔物が湧くものだと聞きましたが、遭遇しませんね」
「なんだ糞公安バード、魔物が見たかったのか?」
「うるさいですよ、煙男。ぼ、僕はただ資料にあった情報と一致しているのかの確認をですね」
喧嘩するコンビの横。
あたしと炎兄が目線を合わせる。
手で促されたのであたしの方が言う。
「敵がいないのは当然よ。あたしと炎兄が、湧いた瞬間に消滅させてるし」
「消滅、ですか? はて、何も見えないのですが」
ああ!
眉間をぐぐぐぐっと寄せるモコモコニワトリがかわいい!
可愛すぎる!
持ち帰って、部屋にかざりたい♪
「おい、ニワトリ野郎。あんまりうちの妹を誑かすなよ、もし本気にさせたら殺すからな」
ヤナギバードが、くちばしの端をぐぬぬぬ。
「迷惑しているのが見えませんか……? むしろあなたが妹さんを止めるべきでは?」
「なははははは! まあ細けえ事を気にすんなって! その代わりに教えてやる! 敵はちゃんといるんだよ。レベル百程度の力じゃあ、目視すらできねえんだろうよ。ほら、倒すのをちょっと待ってやるから、確認してみな」
言って、炎兄が焼殺結界を解除する。
あたしも続いて影を引っ込める。
猫使いの能力で三魔猫の力を借りて使用していた、影殺結界を解除したのだ。
両方ともに自動的に一定レベル以下の敵を消し去る、いわゆる雑魚散らしの魔術なのだが。
それを解いたら当然。
その途端に敵が浮かび上がってきた。
くおぉぉおおおおおぉぉぉぉっと。
氷のような吐息を漏らし。
ぶよぶよの腕を伸ばしてくるのは、いわゆる古風な吸血鬼の原型。
見た目は――。
説明するより先に、ぎょっと池崎さんが喉の奥まで見せていた。
「がぁぁぁぁ! な、なんだこのゼリーに肉を混ぜ込んだみたいな、糞気持ち悪いぶよぶよスライムはっ!」
そう、巨大な死体スライムである。
まあゲームで出てくるようなかわいいスライムじゃないけど。