第三十一話、ハーミットバード
夕闇の中で輝く繁華街の明かりが、高校生のあたしにはちょっと眩しいが。
まあ、ここのビルのどこかに魔竜が湧くというのだから仕方がない。
なぜ湧くことが分かるのか。
その理由は単純である。
それを予言した政府関係者がいたからだそうだ。
予言の能力と言えば、まあ言わずもがな、かもしれない。
二ノ宮さんと部下の特殊部隊が工事を装い、道を封鎖する中。
炎兄を抱っこしたままのあたしは、赤雪姫モードで周囲をちらり。
人を探しているのだが――。
「あら、やっぱりいたのね――メガネの人」
案の定、現場には既にイケオジスーツなヤナギさんが待機していて。
コートの端をパタパタパタ。
ビル風を受けながら眼鏡を夕焼けで光らせていた。
その表情は――ちょっと曇ってるかな。
理由はなんとなくわかっている。
今回の件でも、またあたしを巻き込んだことを気に病んでいるのだろう。
――が!
アラフォー前後の皮肉屋気味なこの男が、それを素直に認めるとは思えない。
案の定、わざとらしい息を吐きメガネを輝かせ。
「はぁ……大人が雁首を揃えているというのに、こんな少女の手を借りないといけないとは。日本の警察も終わりが近いですね」
「あのねえ! 出逢って早々、こんな少女はないでしょうが! あたしに会えて照れてるのは分かるけど。こう、なんていうかさあ? もっとこう、来てくれてありがとうございました! ぐらい元気に言えないわけ?」
あたしはイケオジ相手でも、ちゃんと噛みつくときは噛みつくのだ!
「やはり、池崎二号」
「帰るわよ……?」
ヤナギさんは言葉を探すように目線を下げ。
「ご協力に感謝いたします。そして巻き込んでしまい、すみません。これでよろしいでしょうか?」
「素直でよろしい」
「ふむ――やはりあなたは変わった女性ですね。僕と普通に会話ができている」
この人……友達少なそうだもんね。
「ったく。まあ、いいわ。まったく気にされないのもムカつくけど、未成年を巻き込んでうんたら~って話は終わった後にしましょう。それよりもあなた、このモードのあたしと直接会っても大丈夫なわけ?」
「大丈夫とは……?」
あれ?
たしかに――とりあえず、あたしの魔力に中てられている様子はない。
あたしはキョトンとしたまま声を出す。
「どういうこと? あなた、あたしの魔力に酔いやすい体質じゃなかったの?」
「仰っている言葉の意味が分かりません。ご説明願えますか?」
炎兄を敵襲と勘違いし、咄嗟に庇ってくれたあの時の事を思い出しながらも。
あたしは説明した。
ヤナギさんに異世界の血が混じっている説のアレである。
うん。
説明するあたしの方が、めちゃくちゃ恥ずかしいわけだが。
「なるほど。僕の血に魔の気配が混じっていて、その魔があなたに反応し魅了に近い状態にあったかもしれない――と」
ヤナギさんは顎に指を置き考えるも。
黙り込んだままだった。
「そうなんでしょう? だってあの時のあなた、とても変だったもの」
「自分でもわからないのですが、そういった魔の血が混じっているとは聞いたことがありませんね。僕は確かに、あの時のあなたを心から心配していましたから――あなたの魔力に中てられたわけではないと思いますよ」
するってーと。
……。
この人、本人が思っているよりあたしを気に掛けているのでは!?
ここでからかいたくなってしまうのが、あたしの悪い癖。
ういういっと肘で突っつきながら。
「ねえねえ! じゃあなんであんなに過剰に心配してくれていたわけ? 教えなさいよぉ♪」
「理由――ですか」
深く考え込み。
「感情の言語化は少々難しいですね。なにしろ僕自身にもいまいち理解できていないのですから。ただ――」
「ただ?」
「あなたは不安定ですぐにどこか遠くへ消えてしまいそうな、空を舞う鳥のような美しさがあるでしょう? それで、妙に気にかけてしまうのかもしれません。つまり、あなたが悪いのでは?」
う、うわぁ。
真顔で言ってるよ、この人。
「なぜそんなにジト目なのですか?」
「空を舞う鳥とか……あなた、自分で口にしてて恥ずかしくないの……?」
「あくまでも外見のみの話で、あなたは女性の平均値を超えているでしょう。さほどおかしくもないのでは?」
前より会話するようになって分かったけど。
この人、めっちゃ変人だわ。
たぶん池崎さんしか友達がいないんだろうなぁ……。
「なんですか、その微妙にイラっとさせる同情顔は」
「いえ――友達が少なそうだなって」
「別に友達が少なくとも生きていけますから。生きることに問題はないのでは?」
あ、ちょっとムキになってる。
ここを掘り下げてやるのは武士の情けでやめておこう。
ともあれだ。
今は悪魔竜に集中するべき。
「まあいいわ。話をそらしてごめんなさい。それで、どういう状況なの?」
「僕の神から下された神託では、三十分後にここの向かいにある――あのビルですね。あそこの三階で大量の悪魔竜が一斉に発生するとだけ」
長い指で指す先には、なかなか古風な雑居ビルが見えるのだが。
あたしは鑑定の魔眼を発動させる。
きぃぃぃぃぃぃん。
「なるほど、ヤクザのフロント企業でしたっけ、隠れ蓑にしてる会社なのね。あそこ」
「おや。フロント企業などという難しい言葉、あなたがご存じだとは」
「あんた――わりとマジであたしのこと、バカだと思ってるでしょう……?」
ジト目を受け流し、ヤナギさんが言う。
「それで、そちらの無口な茶虎の猫は――」
「ああ、ごめんなさい。えーと、詳細は省くけど兄よ」
炎兄はわりと男に厳しい。
気に入った相手じゃないと返事すらする気がないようである。
裏を返すと、池崎さんの事は気に入っているようだが。
ヤナギさんはメガネをギランとしたまま。
ついっとフレームを指で押し上げ。
真顔で言う。
「モフモフさせていただいても?」
『は! オレをモフモフしたいとは、なかなか見所のあるやつだな! 良いだろう、キサマがオレ様に頭を垂れるのなら、モフらせてやらんでもない』
我が兄、ぶわぶわっとふわふわの毛を膨らませてご満悦である。
炎兄。
あいかわらずちょろいなあ……。
乙女ゲームなら初心者用って感じじゃん……。
まあこういうタイプは親しくなると、急にゲーム的な意味で地雷を設置してくるのかもしれないが。
ともあれ。
あたし達は突入の準備を進めた。
◇
突入時間は十九時過ぎ。
雑居ビルの群れの中。
池崎さんのタバコ結界でこちらの気配を隠し。
二ノ宮さんの部下が関係のない人間が巻き込まれないように、道を完全閉鎖。
万が一にでも悪魔竜が外に漏れないように、厳重な警戒ラインが作られている。
まっすぐにビルに向かうのは、銃弾が当たったぐらいじゃ死なない面子。
あたしと炎兄キャットと池崎さんにヤナギさん。
あたしの影には三魔猫も控えているのだが、彼らの本体は学校の応接室なので、今回の作戦には参加していない。
クロもシロも三毛も、もしものために学校の守りについている。
ということになっているのだが。
実際のところは、炎兄に今回の護衛を譲れと言われているのだろう。
いつでもこっちに来れるとのことなので、まあ問題はない。
いやあ、まじで影移動能力って便利だわ。
少し離れた場所。
ダンジョン化能力のある大黒さんにあたしは問う。
「ねえ大黒さん。このビルをダンジョン化するとなると、どれくらいの時間がかかりそうかしら」
「そうですね、後一時間ほどはかかることになると思いますので。突入までには、ちょっと間に合わないでしょうね」
んーむ。
聖剣を装備できているので力は出せるのだが。
ここは繁華街。
そう、狭い範囲で人がわりと密集している地域である。
「嬢ちゃん、浮かねえ顔をしてるが。どうかしたか?」
「いえ、ついうっかり聖剣から魔力砲でもすっぽ抜けさせちゃうと。被害……凄いことになりそうなのよね。だから、ダンジョン化できるのならそれが手っ取り早いと思ったんだけど」
炎兄があたしの腕の中で、のばぁっとネコ手を伸ばしつつ言う。
『オレがダンジョン化してもいいが、どうする?』
「……一応聞くけど、あたしと違って、ちゃんと制御できるんでしょうね? あたしはダメよ。たぶん、調整を間違えると日本全体を永続ダンジョン化させちゃうから」
炎兄はなぜかネコ手をしぺしぺと舐め始め。
『なら仕方ねえな。ダンジョン化は諦めろ。オレなら世界全体をダンジョン化させちまうだろうからな!』
「あのねえ……そういう所で張り合っても仕方ないでしょう。ようするに、調整失敗するかもしれないってことね」
あたしたち兄妹を見て、池崎さんがタバコの煙を維持しつつ。
とても渋い呆れ声。
「嬢ちゃんといい兄ちゃんといい。おまえらは相変わらず、手加減ってもんが苦手過ぎないか?」
炎兄とあたしが同じ顔で、ぶわっと口を開け。
『なにを言うかっ! この無精ひげ男がっ。てかげんという単語はオレ達がもっとも得意とする分野! 我らが手加減をしていなければ、今頃、あれだ! 歩くだけで天変地異なのだからなっ』
「そうよ! あたし達がいつもどれだけ力を調整しながら生きてると思ってるのよ!」
相変わらずってなによ!
まあお兄ちゃんについては出逢ったばっかりだから、言葉の綾というか、あたしのついでなのだろうが。
抗議するあたし達を見て漏らしたのは、生意気にも大人の苦笑。
「はいはい、分かった分かった。まあできねえもんは、仕方ねえだろ。ほら、時間になる――令状もあるから行くぞ」
ったく、また人の頭をポンとするし。
あたし達は悪魔竜が湧くとされるヤクザのフロント企業に突入する。
あまり広さはない。
エントランスを彩る二つの観葉植物が、あたし達の突入を無言で睨んでいるのだが。
「なによ。何もいないじゃない」
「ふむ、おかしいですね」
告げたヤナギさんが怪鳥マークのタロットカードを発動させ。
足元から煌々とした赤い光の柱を立てる。
「異能解放:《隠者の鶏冠》」
タロットから具現化された煙が、ヤナギさんを包み込む。
イケオジだった姿が変貌を遂げ、フードを被った銀縁眼鏡を装備したニワトリが召喚される。
魔力を纏い、姿と性質を変質させる異能だろう。
トテトテトテ♪
生意気そうなクールニワトリが、雑居ビルの中を我がもの顔で進んでいく。
――が!
思わず炎兄を手放し!
あたしはそれを抱き上げ!
「やだぁぁぁぁ! モッコモコでかわいいじゃない!」
「あの、アカリさん……? これは怪しい場所を自動追尾するアルカナの獣。いわゆる召喚獣に変身する魔術なので、抱き上げられて頬をスリスリされると――その。率直にいうと、困るのですが」
ヤナギさんの言葉に、ハッと赤髪を揺らし。
雪肌を火照らせ、あたしは言う。
「あ、あなたがこんなに可愛い姿になるのが悪いんでしょう! 罠があるかもしれないのにっ、無防備に歩くそっちも悪いんですからね! で、でも邪魔して悪かったわね!」
なにやってんだか。
と、炎兄と池崎さんがジト目を向ける中。
クール眼鏡ニワトリが翼を広げ。
「とりあえず、分かりましたよ。あの観葉植物の狭間に注目してください」
言われてあたし達は目をやった。
先ほどの観葉植物の間が――。
「次元が歪んでいるわね。これって」
「ええ、ダンジョンの入り口でしょうね」
あたしと炎兄が目線を合わせる。
おそらく。
あたし達が来ることを予想してか。
或いは何かを隠す必要があって事前にダンジョン化していたのだろう。
池崎さんがタバコを吹きながら告げる。
「こりゃ、真っ黒だな。一般人がダンジョンなんか作れるわけねえって以前に、ダンジョンの存在なんて知らねえだろ。一連の悪魔竜事件を裏で動かしているヤツがいるなら」
『ふははははは! ここの奥に隠れているという事だろうなっ』
池崎さんの腕の中で、偉そうな炎兄も続けてドヤ台詞である。
この二人、既にけっこう仲良くなってるでやんの。
ともあれだ。
あたしは非常に申し訳ない顔をして。
「ねえ、これって。相手にとってはダンジョン化で完璧の守りを作ったつもりなんでしょうけど」
「墓穴を掘ったわけですね。あなたとあなたのお兄さんにとっては好機、むしろ自由に暴れられる場所を作ってしまったのですから。って、なんですか? しばらく元に戻れないので、抱き上げないで貰えますか? 聞いてますか? 抱っこするなと言っているでしょう? ひ、ひとのはなしを……。クワワワワッ!? おい、池崎! こいつを止めろ――っ!」
完全にやらかしてるわよねえ。
敵さん。
ま、同情はしないけど。
クワワワっとニワトリさんの羽が舞い散る中。
あたしたちは観葉植物の狭間のダンジョンに足を踏み入れた。
もこもこヤナギバードを腕に抱いて!
レッツダンジョン攻略!