第三話、異能力「もふもふ(猫)」
逃げ出した先は路地裏。
監視カメラもなさそうな。
人気のない場所である。
繁華街方面に逃げたせいか――ちょっと下水の匂いが気になるけど、これはまあ仕方がないか。
さっきも告げたけど、あたしの生まれは特殊らしい。
まあ、お父さんとお母さんがちょっと異世界の偉人ってだけだし?
あたし自体は極めて普通。
一般人より強いっていっても、本当に一般人よりは確実に強いってだけの話。
相手が同じ異能力者だとしたら、あたしも楽勝ってわけにはいかない。
本当にちょっと異能が使えて。
神とも戦えるだけの女子高生ってくらいである。
一応、見たことのある全ての魔術とスキルが使えるっていう、地味な能力があるのだが。
それっていわゆる物真似みたいなもんだし。
聖剣も、ありとあらゆる魔導書も使えるけど――それもお母さんとお父さんの真似っこ状態。
大きな特徴も個性もないのだ。
あぁ……そういや、あと一つ。
一応個性ともいえる力があるのだが……。
これもとっても大問題。
能力キーワードは《もふもふ(猫)》。
そう、ネコを使役できるのである。
……。
そこで、はぁ……? とは思わないで欲しい。
自分でもそう思うのだから。
まあ実はネコって、十五年前の異変で?
こっそりと最強種族になっているらしいから、実はけっこう強力な能力なんだけど。
欠点だらけ。
ちなみに猫を説明する必要はないと思うが……、まあ本当に、あの猫である。
フワフワでもこもこで。
ネコによっちゃ人間よりも配信業界で稼いでいる、あの毛玉生物である。
あたしには猫使いの素質もあるらしいのだが……。
まあ、見てもらえばわかるだろう。
今もこうして、どこからともなくモフモフなネコ達が集まってきていた。
路地裏の闇の中、にゃは~っと獣の瞳が赤く輝いている。
こいつらは厳密にいうと、純粋なネコではない。
あたしの使役する獣ではあるのだが、こことは違う世界で魔猫と呼ばれる異世界生物なのである。
まあ、見た目はネコそのものなんだけどね。
三匹のネコが二足歩行になり、踊るように尻尾をヒラヒラ♪
『これはこれは我が主アカリンさま。何かお困りの様子で』
『いやはや、駄目ですなあお嬢様。ここは現代日本、魔術もスキルも異能もないことになってございます』
『なのに、人の目があるところで無双ごっこなど、ぶにゃはははは! お父様にそっくり! 血は争えませんにゃ~』
黒いのと白いのと三毛猫である。
ネコに証拠隠滅して貰っていたのだが。
やーいやーい! と、しっぽを揺らして舞い踊り。
『あ、お嬢様は、短気で損気~♪』
『我らがいなけりゃ、すぐ失敗!』
『さあさ、お嬢様! 我ら、黒白三毛に、頭を垂れるとよかろうなのだ!』
ビシっと三匹は決めポーズ。
こいつらの魔術かスキルなのだろう。
肉球とモフ毛が、路地裏なのになぜか太陽の下で輝いている。
足の先をクイっと伸ばしている部分も、なんかイラっとするが。
くそう、かわいい。
そう。
こいつら、自分たちがこの世で最も尊い種族。
ネコという時点で勝ち組。
ものすっごく可愛いって事を知っているから。
めちゃくちゃ生意気で、命令なんて聞きゃあしないのである。
「だぁああああああぁぁっぁあ! 分かってるの! あたしだって、わ、悪かったとは思ってるの!」
本当に、そういう能力があると知られるとまずいのだ。
そこを理解しているのだろう。
ネコ達が恩着せがましく、ふふ-ん!
『もし異能力や魔術の素養があると知られると?』
『政府がこっそりと作ったらしい、専用の学校に送られてしまうそうですからねえ』
『ぶにゃははははは! 愚かなり、人類! 異能力者達を集めても、もう世界に危機など訪れないというのに、いまだに魔術ごっこの真似をしているのですからニャァ!』
人間もバカじゃないらしく、一応、もうそういう異能的なモノがあるとは把握しているらしいのだ。
あたしだけが特別ではないという事である。
ようするに、表ではそんなファンタジーがないというのが常識だが、裏では別。
確実にファンタジーな能力が、人々の噂にはなり始めているのである。
ま、こうしてあたしも不思議な力が使えるのだ。
そりゃあ、政府が気づいていない筈もない。
当然、政府も異能力者探しには躍起になっているらしい。
なので! ネコと話をしているこの光景を見られるのもアウトなのだが。
まあ周囲に気配はない。
あたしは言った。
「で? どう? 目撃者たちの記憶を消してくれた?」
気分は三人のおバカ部下を従える女幹部である。
『ええ、我らが猫トイレの砂で、綺麗さっぱりと』
『まあ写真撮影などされていたら誤魔化せんが、たぶん大丈夫でしょう』
『我ら、お嬢様親衛隊の活躍のおかげですニャ~!』
ネコ達が大丈夫だと言っているのだ、たぶん本当に大丈夫だろう。
……。
どうでもいいけど、ネコ砂で記憶を消すって……なに?
「ねえ、前から聞こうと思ってたんだけど、ネコトイレの砂で記憶を消すって……」
『おや、お嬢様。セクハラでございますか?』
セ、セクハラなんだ。
まあ魔術や異能の一種なんだろうけど……。
あたしの能力はネコの数だけネコの能力が使えるから、まあ便利っちゃ便利なのだが。
問題はこいつら。
性格も適当だからぜんぜん何ができるって教えてくれないのよね……。
「まあいいわ。一応お礼を言っておくわ、あんがとね。感謝もしておいてあげる……って、なによその手、クイクイってしてる肉球は」
もふもふ綿あめみたいなネコ達が、じぃぃぃぃぃぃ。
あたしを見ながら再度。
肉球をクイクイ♪
『感謝を示すには?』
にひぃっとチェシャ猫みたいな顔をして。
尻尾の先までモフ毛を膨らませていたのである。
「は!?」
『は、じゃありません。我らもオヤツがあれば、幸せな気分になれるのですがにゃー』
「ちょっと脅迫する気!? あんたたち、あたしの使い魔でしょう!」
黒白三毛は、顔を見合わせて――ぶにゃははははは!
あたしの言葉に、つーんと目線をそらし。
ネコ目を細めて、邪悪な笑み。
『このままだとついうっかり、お嬢様の大失敗、通称やらかしを――兄上様の炎舞様と、月影様にご報告せねばなりません』
『ああ、口がグルメで埋まっていれば、この余計な口を塞げるというのに!』
『チラっ、チラっ、あぁ! 口が寂しいですニャー!?』
ちなみに、炎舞というのは炎にぃ。
月影というのは月にぃ。
お母さんは違うけど、お父さんは一緒のお母さん違いの兄である。
こいつらは猫専用のスマホ、にゃんスマホを肉球でタッチしようとして。
にゃっはー!
「ちょっと!? ガチで脅す気!?」
『我々も心苦しいのですが』
『甘やかすなというのが、御父上様からのご命令』
くそうっ、あたしもたしかに猫使いだが。
お父さんも猫使いで、あっちが超格上。あたしの命令より、お父さんの命令を最優先するのだ。
こいつらは――っ。
ようするに、こいつらはお父さんが配置したあたしへの監視でもあるわけで。
あたしの家族って――食事の取り合い以外では全員、めちゃくちゃあたしに甘いのだが。
さすがに今の事件をバラされたら怒られる。
そしてあたしは知っていた。
口止め料を払わないとこいつらは絶対にバラす。
「ああ、もうわかったわよ! ほら、これで液状おやつのチュー……なんだっけ、まあアレを買ってきなさいよ!」
って、渡した途端にもういないし。
まあいいけどね。
こんな感じで、あたしは本当に一般人よりは明らかに強いが、家族の中では普通。
かつて、本当の異世界で冒険していたお父さんとお母さん。
いわゆる異世界転移帰還者のパパママに比べれば、蟻んこも同然。
お兄ちゃん二人に比べても、明らかに格下。
夕食のから揚げ戦争でも起こった日には――あたしはいつも、けちょんけちょんに負けてしまうのだ。
いやあ、魔術とか異能とか。
ゲームのやりすぎ、昔の言い方なら中二病!
って、感じなんだけど……今見た通り、真実なのだから仕方がない。
もし疑うのなら、近所のネコにでも話しかけてほしい。
人間の言葉で反応してくれるだろうか?
してくれないわよね? つまりはそういうことである。
それでも今まではなんとか誰にもバレずに生きてきたし?
これからもそう!
あたしは絶対に、自分の強さを隠して生きてやるんだから!
だって、ねえ?
あたしは家族の中では、平凡な強さとはいえ。
もしこんな力があることを知られたら、絶対になんか事件に巻き込まれるもんね?
せっかく可愛い制服の学校に通えているんだし?
転校させられるなんて、まっぴらごめん。
だから、あたしはひっそり静かに、ゲーム配信者として名を上げようと。
そう思うのである。
さて、これでこの事件もおしまいよ。
記憶消去は完了してるし。
誰にもバレていないんだから。
これ以上騒動なんて絶対に起こらないからね?
と、思っていた時期があたしにもありました。
帰宅したら。
残念イケメンで有名な長男の炎兄と次男の月兄が、腕を組んで待ち構えていました。
そう、政府からお手紙がやってきていたのです。
えぇぇぇぇぇ! なんでなんで!
あたし、人助けしかしてないっていうのにぃぃいいい!