第二十九話、ワゴン会議は茶虎ネコと共に ―前編―
これは、相手の策略にハマって協力することとなった翌朝の事。
今日からあたしだけは課外授業の扱い。
各地で発生している悪魔竜対策に参加!
する予定なのだが。
待ち合わせ場所に出発する予定のあたしの足元には、赤色が強めな茶虎のネコがフフンと待っていて。
……。
見慣れた三白眼の駄猫に向かい、あたしは言う。
「ねえ炎兄、ネコ状態になって何やってるの……?」
『ふははははは! なぜ分からんのだ、バカ妹め! 昨日の報告はちゃんと聞いていたからなっ。魔竜の新種が湧いているのかもしれないのだろ? オレもついていくぞ!』
燃える炎のような眉毛がまあ偉そうな事。
あたしがお父さんの血を使ってネコになれるように。
炎兄も当然、ネコになれる。
月兄はどちらかといえば、ネコが人間化している存在なのだが――ともあれ。
「ついてくるって……ウチにはもう優秀な護衛が三柱もいるんですけど?」
『おう! そういえば三魔公と真なる契約を果たしたらしいな!』
くははははっと三白眼をにゃんスマイルにし、兄猫が言う。
『だがしかーし! オレよりも優秀なネコは他にいまい。三魔公には悪いが、今日はバカ妹の御守をすると決めたのだ! さあ抱っこだ! オレ様を抱っこで、現場にGOだ!』
「炎兄さあ、ネコ化すると相変わらず思考回路が残念になるわね……」
あたしもそうなのだが。
猫化すると精神や魂が猫の肉体に引っ張られて、わりとこう……。
ねえ? こんな感じになってしまうのだ。
「ていうか、ついてくるなら普通に人間形態か精霊形態でいいじゃない」
『ぬははははは! この間は人前で炎の精霊化したせいでホワイトハウル師匠に怒られたからな! これならバレないの理論なのだ!』
あたしにお弁当を届けに来た事件の事だろう。
というか――。
「ちょっと待ってよ、ハウルおじさまがこちらの世界に来ていらっしゃるの?」
なぜか炎兄は答えない。
ちなみに。
ハウルおじ様とは――前に少し語ったことのある、お父さんの友達のことである。
名前はホワイトハウル。
けして敵にしてはいけないと異世界で畏れられている三獣神の一柱で。
主神と呼ばれる世界を支える神でもある、神聖な存在。
美しい白銀の獣毛を纏う狼神様なのだが。
何の因果か、そんな主神様が炎兄の師匠だったりするのである。
しかし。
ロックおじ様だけではなく、そんな異世界の主神様まで動き出しているなんて……。
こっちはシリアスに思考を巡らせているのに。
目の前の駄猫はあたしの膝に肉球をかけて、ウニャニャニャ!
『なにをしている、間抜けめ! さあ抱っこだ!』
「それ、炎兄の学校の女子にやったら、ぶっ叩かれるわよ……?」
反面教師ってわけじゃないが。
あたしも猫化しているときは気をつけよう。
しかし、なんだろう――。
なにかいつもと様子の違う兄に違和感を覚えつつ。
あたしは出発した。
◇
あたしは今。
全面協力という言葉の意味を重く噛みしめていた。
待ち合わせ場所は池崎さんと出逢った交差点付近。
ある意味、思い出の場所となっている地で待っていたワゴン車に乗って――。
様々な場所を移動しているのだが。
表情はそれなりに、険しいものとなっている。
それもその筈だ。
事件が発生しすぎでしょ!
ワゴンから出る時は赤髪の赤雪姫モード、既にあたしは聖剣を装備したまま行動していた。
なぜ赤雪姫モードなのか、それは単純な話だ。
こっちの方が正体を隠せるからである。
いやあ、黒髪美少女なあたしだとすぐに日向アカリだってバレちゃうけど、これならバレることはまずない!
ちなみにここはダンジョンではない。
けれど銃刀法違反という縛りは、政府お墨付きの特例という裏技で潜り抜けることができる。
あたしは今、かつて自衛隊と呼ばれていた組織の助っ人。
という形で、様々な現場を制圧していたのだ。
むろん敵はあの悪魔竜。
現場は放棄された廃工場。
いわゆる不良たちの溜まり場だった。
異能力へも対応しはじめた特殊部隊が――あたしを守るように並ぶ中。
あたしは魔術を詠唱する。
その前に。
こほんと咳払い。
「それじゃあ魔術を発動します。巻き込まれないようにしてちょうだいね」
ほんのちょっぴり軍人っぽい服装の、特殊部隊のみなさんが言う。
「は、はい! 姫様!」
「今回もよろしくお願いいたします!」
「巻き込まれないようにして下さるその気遣い。恐悦至極でございます!」
声でか!
……。
この人たち、例の二ノ宮さん直属の部下らしいのだが。
魔王軍の体育会系脳筋部隊を見ているようで、なんかノリについていけないなあ……。
ともあれ、あたしは彼らの声に応じるように。
髪をぶわっと広げ。
「まあ見てなさい! 一発で決めてやるんだから!」
コンクリートが色づき始める。
背中にいびつな悪魔をはやす半グレ集団の足元に、赤い魔法陣が弧を描く。
白雪のように美しいあたしの指先から走るのは、魔力による閃光。
赤い髪がふわっと揺らぎ――そして。
現実世界の物理法則を捻じ曲げ、告げた。
「あなた達も疲れたでしょう、少しお眠りなさいな。捕縛魔術:《狂戦士たちの鳥籠》!」
鳴らす指に反応し。
ジャァァァァァァっとネコ砂が暴漢たちを飲み込んでいく。
前回のトイレ砂魔術を簡易的に発動できる、高速詠唱用の魔術を研究してあったのだが。
問題はますますトイレに見えるようになっているという事。
まあ、まだ誰にも突っ込まれていないが。
あたしの足元にいる炎兄キャットが、影に封印されていく連中を見て。
炎のような猫眉を曲げ。
『なあ妹よ、さっきも言おうと思っていたのだがな? これではまるでトイ……』
「言わなくていいからね……っ」
池崎さんといい、どうしてそういうデリカシーのない事を言うのかっ。
だから、ごく一部のデリカシーのない人って苦手なのだが。
現場を注視していたキリリとした女性、二ノ宮さんが言う。
「その、なんだ――すさまじいな。まるでトイレのように全てを飲み込むのだな」
「……」
うわ、どうしよう。
敵を殺さず捕獲できるから便利な猫トイレ……じゃなかったっ。
影流砂の魔術なのに……っ。
「あ、ありがとう。それではみなさん、あたしは車に戻るから――後始末はよろしくお願いね」
ふふふっと妖艶に微笑んでやると、特殊部隊はビシっとあたしに敬礼し。
「は、はい! 姫様!」
「ご足労いただき、誠に感謝であります!」
はじめはなんだこのコスプレ娘はみたいな態度だったのに。
既にこれである。
まあ、実際? あたしって結構凄いだろうし当然なのだが。
以前よりも、あたしは自信過剰にふふんとしなくなっていた。
姫様コールを背に受けつつ。
指をぺこぺこ振って、あたしは大黒さんと池崎さんの待つワゴンに戻る。
続いて二ノ宮さんもワゴンに乗り込みながら。
「我々は次の現場に向かう。一般人には悟られるな、ただし、この周囲には危険があるともそれとなく伝えておけ。そうだな、ガス漏れとでも噂を流しておけばいいだろう。後で能力者に事実を誤認させるようにしておく。頼んだぞ!」
おお! 指揮官っぽい!
と思いつつも、ワゴンの中で黒髪に戻ったあたしは、ふへぇ……。
疲れを見せつつも大黒さんに問う。
「ねえ大黒さん、もうワゴンが動いてるって事は――」
「ええ、ごめんなさいねアカリちゃん。次は桜木町ですって」
進むワゴンの後ろには、二ノ宮さんの部下たちが乗る特殊部隊の車も続いている。
立て続けの事件には、さすがにげんなりしてしまう。
座るあたしの膝の上にいる炎兄キャットも同様だったようだ。
今も現場と現場の移動中というわけである。
車を運転するのは池崎さん、その横にはダンジョン化能力者の大黒さん。
後ろにはあたし達兄妹と、あたしを巻き込んだ張本人の女性。
お局様こと二ノ宮さん。
しかし問題は――。
もしあたしがいなかったら今、どうなっていたのか。
あまり考えたくはない話である。
その辺の空気を大人たちも感じているのだろう。
空気はちょっとどころではなく、重い。
あえて暗い空気を振り払わず、あたしは言った。
「二ノ宮さん。これで悪魔竜化している人間の報告は五件目。どういうこと? いくらなんでも多すぎるわ」
「……まずは協力に感謝をさせて貰おう。ありがとう」
そう、既に五件の現場をあたしはネコ砂で流していたのだ。
あの悪魔竜たちはあたしならば楽勝だが、人間ならばそうはいかない。
一応はレベルSSでエリート扱いの池崎さんでも苦戦する相手。
あの悪魔竜が発生した現場では、被害は瞬く間に加速する。
被害者を出さないためにはどうしたら良いか。
答えは簡単だ。
強い部分を避け……。
ようするに悪魔竜部分を避け、その発生源となっている無防備な人間部分を殺せばいい。
あたしがいないと、射殺をしないと対処できない。
だから昨日、あんなにも強引な手段を二ノ宮さんは取ってきたのだろう。
もし昨日、あの論法で断っていたのなら――。
きっとなぜもっと早く手を貸さなかったのかと、あたしは後悔していたのだろうと思う。
もっとも。
昨日追加で発生した事件の報告はなかったらしいが。
でもそれは運が良かっただけ。
あたしが手を貸さない状態で一晩過ぎ、射殺された人がいなかったのは――。
あくまでも偶然に過ぎないのだ。
ちゃんと相手の話を聞いていれば、断る可能性もなかったのだが。
やはりまだあたしは子どもなのだろうと思ってしまう。
実際、十五歳はまだ子供だろうと思うが――それを言い訳にはしたくないし。
はぁ……。
あたしって、どうして考えなしなんだろ。
これでも確実にマシにはなっているのだが、それでも、成長したと思ってもまたこれじゃあ、ちょっと自信を無くしてしまうのである。
まるで心を読んだように運転中の池崎さんが言う。
「アカリの嬢ちゃんよ、おまえさんが過度に気に病むことはねえだろう。まさか自分がもっと早く行動してりゃあ全部が上手くいっていた、なーんて自惚れてるわけでもないだろ」
「そりゃあね。でも、あたしってやっぱり子供なんだなって思っちゃっただけよ」
眉を下げて、彼は言う。
「子どもであることのどこが悪い。そんな年相応の悩みがちゃんとできる成長途中のおまえさんに、無理難題を押し付けてるのはオレ達、大人なんだ。どっちが悪いかっつったら、まあ賢い嬢ちゃんなら分かるだろう?」
なんだかんだで欲しい言葉をくれる。
こういう所が大人というやつなのかもしれない。
あたしは二ノ宮さんに意識を戻し。
「えーと、ごめんなさいね。感謝はいいわ。こちらもあなたに感謝しなくちゃいけないみたいだし。ねえ、それよりも。今この日本で何が起こっているの?」
「やはり、この現象――キミの目から見ても異常かね?」
しばし考え。
一応許可を取るべきだと判断し、信頼している二人に問う。
「池崎さん、大黒さん。あの人の娘としての立場で語ってもいいかしら?」
「嬢ちゃんがそれでいいのなら、こちらからお願いしたい所だ――頼めるか?」
大黒さんも頷いている。
あたしは異世界の知識を持つ皇族としての立場で言う。
「まずは率直に言うわ。これは異世界であっても異常事態よ。魔竜がこんなにもぽんぽんと連続で湧くなんて話、聞いたこともないわ」
あたしの膝の上で、炎兄キャットも頷いている。
……。
てか、シリアスな現場なのに、ネコ状態の兄がいるって時点で突っ込みどころなのだが。
まあ、兄も兄でこんなことになるとは思っていなかったようで、人間形態になるタイミングを完全に失っているのだが。
肉球に浮かぶ汗が、炎で蒸発していたりもする。
まあ自業自得だし。
いざとなったら炎兄の力も借りられるっていうのは、あたしにとっても悪くない状況である。
ともあれ。
あたしは二ノ宮さんに問う。
「聞きたいのだけれど、あなたたちは異世界についてどれだけの事を知っているの? 証拠隠滅課だっけ? あなた達を信じて良いかどうか、正直まだ分からなくて。そっちの手の内を明かしてくれると、少しは信用できるんだけど。ダメかしら?」
ウソをつけば即座に大黒さんが反応する。
それを相手も承知の上で、頷いていた。
「ワタシ個人としては、それなりには知っている――と言っておこうか」
「個人としては? どういうこと」
二ノ宮さんは軍人風の空気を纏ったまま。
男前な美女顔を引き締め。
「ワタシは十五年前、実は一度死んでいるのだ――と言ったら、キミは信じてくれるかね」
突然の言葉に一瞬、ハンドルを握る池崎さんの運転が乱れる。
初耳だったのだろう。