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第二十七話、姫様無双 ~倒せないなら流せばいいじゃない~



 ギャラリーたちの視線は、あたしに注がれている。

 当然よね?

 ただでさえ美しいあたしが、赤髪赤目のファンタジー美少女になったのだから。


 なんて自慢をしている場合じゃないか。


「シュヴァルツ公、ヴァイス大帝、ドライファル教皇。あたしたちのクラスメイトと、あとそっちのヤクザの方々に結界を。あの未知の敵にはあたしが対処します。いいわね?」

『我が主の御心のままに――』


 キャットタワーの上から告げて、ドヤァァァ!

 三魔猫が偉そうにモフ毛としっぽをぶわぶわにさせ。

 ヤンキー君たちに目をやっていた。


『感謝するのだニャ、人間!』

『我らが姫君の魔術を目の前で見られるなど、汝らには過ぎた誉れ』

『まあキャットタワーを築いたその功績、か、感謝しなくもニャイがな!』


 んーむ。

 素直に、ダンジョン構築に協力してくれてありがとうとか言えんのか……。


 薄眉サボテン金髪プリン頭なヤンキー、梅原くんが言う。


「異界の姫?」

「そうよ?」

「姫っつーと、ヴイチューヴァーみたいなそういう設定の痛い姫……」

「失礼ね、違うわよ! 正真正銘、本物の姫! あなた――あたしに嫌がらせをしていたのに、知らなかったの……?」


 ぐぬぬぬっと髪の毛を猫耳としっぽのように膨らませ唸ってやる。


「わ、悪かったって! だ、だって日向の存在は、ぶっちゃけあんま知らねえしよぉ――先輩たちからもっ、俺達みたいな異能力持ちで虐められてグレてっ、そんな俺達を拾ってくれたヤクザなパイセンたちを潰して回ってるっ、極悪非道な女としか聞かされてねぇし! な、なあ異界って、どういうことだ? そんなファンタジーみたいなことが、本当にあるのかよ」


 なるほど、良いか悪いかは別として暴力団はある意味で彼らの傘。

 異能力社会の第一歩。

 奇異の目で見られドロップアウトをした連中の、受け皿にもなっていたのか。


 ま、まあ女子高生を狙わせてたんだから、やっぱりダメだと思うけど……。


 ぷっくらとした自慢の唇に、雪の結晶のような指を当て。


「おかしな人ねえ。異世界から流入した魔術式による魔術も、あなたたちの異能力も結局は物理法則を都合よく書き換えているだけ。ありえない現象をファンタジーというのなら、あなたの超絶技巧だってファンタジーみたいなものでしょう? っと、魔術やファンタジーの定義なんて語っている場合じゃないわね」


 言ってあたしは、三魔猫の結界に色を付け。

 分かりやすいラインを引く。


「この中から出ないでね。敵にじゃなくてあたしの攻撃に巻き込まれちゃうから」

「おい、おまえら! この嬢ちゃんの言葉はマジだ! 絶対に出るんじゃねえぞ!」


 あたしの回復の力を受けた池崎さんが、煙結界を維持しながら後退してくる。

 前髪ははらりと垂れ、流れた血をそのままにボロボロな姿が妙にセクシー……。

 じゃなかった!


「相手を殺すなよ、お嬢ちゃん」

「分かってるわ。それじゃあ始めるわね!」


 告げてあたしはぶわっと赤い髪を広げ。

 にひぃ!

 三魔猫の能力、影の力を使用し影という影を操作。


 敵はヤクザの背中に生えている悪魔竜。

 誰しもが持ってる魔力に接続して――。

 鑑定、鑑定、鑑定!


「誰の許可を得てあたしの顔を拝謁しているの? 平伏しなさい」


 声をかけることで、反応を見る。


 全員の反応にわずかなブレがある。

 つまり、こいつらは独立した個体。

 一体の巨大個体が、それぞれに接続して操っているわけではないと推察できる。


 鑑定結果は人間。

 けれど、その本質はたぶん別の箇所にある。


 鑑定が人間の方で判定されているだけ。

 おそらく精神か魂のどちらかを棲み処とする、パラサイトタイプの敵。

 人間を殺さぬまま倒すことは困難。


 治すのもこの場では無理だろう。

 たとえばだが――人間の魂の一部。

 憎悪や恨みといった感情が変質してバケモノとなった存在なら、引き剥がすには時間がかかる。


 コーヒーの中に垂らしたミルクを分離させる困難さ。

 そんな感じの感覚を想像して貰えばいいだろう。


 ようするに、今は対処ができない。

 あたしは過信をしない。

 ここで、治せるわ! だなんて無茶をしたりはしない。


 さて、じゃあどうするか!


「なら、とりあえず一緒に封印しちゃえばいいじゃない!」

「おい、なにをするつもりなんだその顔……」

「触りたくもないし、自爆なんてされても面倒だし。分からないのなら汚いモノには蓋をする。それで解決よ」


 指を鳴らし。

 屋敷全体の影を魔術式で強制変換、水洗トイレをイメージした空間にして。

 けれどそれじゃあ乙女として恥ずかしいから、ネコちゃんのトイレ砂に置換。


 あたしの目には、流砂に足を取られる形となったヤクザたちが見えている。


 よーし!

 これで水洗トイレとか言うバカは出ない筈!


 廊下を利用して籠城していたのでここは三体しかいないが、向こうにはまだいる。

 けれど――。

 鑑定結果では、その奥に山ほどいるヤクザもネコ砂に足を取られている状態である。


 準備は完了。


「それじゃあ、悪いけど。詳細の分からない敵と真正面から戦うほど、あたしは愚かじゃないの。時も経たぬ影の牢獄でお眠りなさいな、治す方法が見つかったら、解凍してあげるわ」


 言って。

 ジャァアアアアァァッァァア!

 ネコ砂が水洗トイレのように音をたて、悪魔竜を背負ったヤクザたちを飲み込んでいく。


 レベル差があるので相手はレジストができない。


 悲鳴すら立てずに闇の中に封印されていく敵を見て。

 頬を掻きながら池崎さんが言う。


「こりゃあ、トイレだな」

「ち、違うわよ! アリジゴクとか流砂っていいなさい!」


 バカがいた……!


 こ、こいつ……っ!

 人が折角、そう見えないように一工夫したっていうのに!

 まあなにはともあれ、これで敵は全滅である。


 あっさり過ぎるとは言うなかれ。

 死にそうな怪我人という重しもなく。

 殺しちゃいけない相手の対処法をちゃんとすれば、こんなもんである。


 まあ楽勝な相手にこれほど時間がかかってしまったのも、あたしの未熟。

 そこは反省するべきだろうとは思う。


 級友たちからの、すげぇ……という感嘆を称賛とし。

 あたしは、ふふふふっと赤い魔力を滾らせていた。

 まあ、いわゆる勝利の余韻である。


「あいかわらず規格外だな」

「まあ、自分で言うのもなんですけど、あたし本当に高貴な血筋の姫ですもの。親たちの七光りに応えられる程度には修行もしているのよ」

「へえ、努力もしてる天才ってか。おまえさんも親の名前で苦労してそうだな」


 ったく、人の頭を気軽にポンっとするんじゃないっての。

 まあ実際苦労してるから……察してもらえるのは、う、うれしいかも?

 しれないけど?


 ヤンキーの梅原君が言う。


「こ、殺しちまったのか?」

「違うわよ。ちゃんと生きてるわ――治外法権だからと言って、罪のない人を殺したりなんてしないわ」

「いや、嬢ちゃん。こいつら指定暴力団だからなあ。軽犯罪も含めりゃ罪がないかは、微妙なところだぞ」


 まあ、そりゃそうだが。


「やくざの家そのものに罪があるのなら、あたしなんて大量殺戮者の娘よ? お父様だって英雄と言われていても、結局は意見の合わない相手を殺しているもの。魔王軍なんて人によっては、暴力団より非道な組織だって思う人もいるでしょうしね。あまり人の事は言えないのよ」


 ネコ砂状態を解除し。

 あたしは周囲を観察する。


「それにしても、なんなのかしらね――こいつら」

「嬢ちゃんも知らねえって事は、ファンタジー生物でもねえのか?」

「魔竜に似ているっちゃ似ているんですけどね――」


 説明を求める顔をしているので。


「魔竜っていうのはね、見た目的にはいわゆるドラゴン! って感じの強力な竜なんだけど。やることは搦め手が大好きで、人の心の隙間に付け込んだ攻撃を得意とする陰険な奴らよ。ごく一部の魔竜とは和解もされているんですけど、ほとんどは敵。幽霊が憑依するとか……あとは、狗神いぬがみ憑きとか、狐憑きとかって言葉を知ってるかしら?」

『動物霊に憑依されるアレですにゃ』


 と、答えたのはウチのネコなのだが。

 まあ他の人たちも知っているようだ。


 特に池崎さんは異能力関係で思い当たることでもあるのか。

 むずかしい顔をして、ザリっと無精ひげを長い指で撫でている。


 まあ、特に厄介な犬の怨念を扱う呪術。

 狗神憑き――あんな恐ろしい存在が、もしこっちでも実在していたのなら。

 まんま異能力として認識されてるだろうし。


「とにかく、ああいう憑依霊と似ていてね、魔竜って文字通りの意味で、人の心の隙間に入り込む能力を所持してるのよ。厄介なのはそのまま人間の闇の部分を弄ったり、誇張したりして、悪さをさせることもできちゃうところね。んでね? 人の心に中にいる状態だと、外から見たら普通の人間とまったく同じに見えちゃうから。気づくことも基本的にできないし。人間同士の大きな戦争の時って、結構こいつらが関係してるのよねえ」


 看破能力を持った神クラスの存在にもなれば正体、というか憑りついている魔竜を見抜けるらしいが。

 まあその辺のことを彼らに言っても混乱させるだけだろう。

 ファンタジーの存在すらふわふわしてる連中に、神とかいっても信じないでしょうし。


 あたしは講義モードの顔のまま話を続ける。


「でね? 魔竜が発生するのは人間の心なのよ。漫画やアニメでよくあるじゃない? 邪悪な心から生まれる闇の魔物~みたいなの。いわゆるああいう存在だと思ってもらってもいいわ。で、ここでようやく話が繋がってくるんだけど――あの悪魔竜たち、そんな魔竜とちょっと雰囲気が似てるのよねえ。まあ知恵もない状態に近かったから、何か人の心理を使った悪さをするってことは、ないみたいだけど」

『たしかに、あの野卑な連中に空気が似ておりますニャ』


 ちなみに。

 魔猫と魔竜は滅茶苦茶仲が悪いことで有名である。


「もしかしたら現代日本で生まれた新種の魔竜。っていう可能性もあるのかもしれないのよ。魔竜って人の心の闇が大きければ大きいほど、出現しやすいっていう悪のテンプレみたいな存在だし。もしこいつらが新種の魔竜なら――これからもっと被害が大きくなるかもしれないわね」


 三毛がキャットタワーの上から言う。


『はて? どういうことでありますかお嬢様』

「ほら、現代社会ってファンタジーな世界と違って闇が深いでしょ? インターネットの発展と魔竜の発生が重なったら、ちょっと怖いことになるんじゃないかって魔術論文もでてるのよ。情報社会における脅威魔竜発生の懸念っていう論文だけど、知らないの?」


 問うあたしに、三魔猫は首をこてんと傾げ。


『お嬢様はお読みになったので?』

「当たり前でしょう? 魔術論文はすべて目を通すのが、魔術師としての嗜み。レベル向上への最適解よ」

『なれど、魔術論文は誰もが提出できる故――トンデモ論文もおおございますが』


 論文を読みたがらないサボりネコ達に、あたしは呆れ顔である。


「あのねえ――たとえその論文が間違っていても知識は知識。それを違うと自分で判断することも、魔術式構築の糧となる。全ては無駄にならない、経験よ。魔術論文は申請すればだれでも閲覧できる神コンテンツ! 成長ができる、夢のようなシステムじゃないの。使わないと損よ、損!」

『はぁ……』

『まあ……お嬢様の魔術オタクっぷりには、我々も脱帽ではありますが』


 こいつら、絶対にイイ意味では言ってないだろうなあ。


 ともあれ、だ。

 その論文の執筆者が、まあヤナギさんの後ろにいる正真正銘の神。

 全てを見通す能力者の、ロックウェル卿と呼ばれる獣神なのだから信憑性は高い。


 あるいはロックのおじ様は、それを見越してずっと動いていたという可能性も――。

 ……。

 考えるあたしの横で、イケオジ未満がジト目である。


「なによ?」

「……なあ、どうでもいいんだが。前にダンジョンでくわされたドラゴンステーキって、まさか」

「ええ、その魔竜の肉よ?」


 ぐぬぬぬぬっとイケオジ未満が目を尖らせ。

 くわ!


「おまっ! ふざけんなよ! 人間から生まれる魔物の肉を食わされたって、それってどうなんだよ!? 共食いとは言わねえが、なんかヤバいだろう!」

「や、やばくはないけど――まあたしかに禁止されてはいるのよね」


 あ、思わず喋っちゃった。

 そう、クロにも警告されていたが――。

 あたし……人間が食べることを禁止されてるドラゴンステーキを、この人に無理やり食べさせちゃってるのよねえ。


「嬢ちゃんなあっ、おまえさんがテキトーとか、考えなしだって皆から心配されるのは、そういうとこだぞ!」

「なによ! 一人でヤクザの屋敷に殴り込みにいって、こんな騒動に巻き込まれてるあなたも同類でしょうが! この考えなし! 心配したんだからね!」


 こっちが喧嘩腰の言い合いをしている裏で。

 ヤンキー君たちが困った様子であたし達を見ていた。


「なあ、それはいいけどこれからどうすればいいんだよ?」


 言われてみれば。

 極道のほぼ全員がネコ砂に飲み込まれ失踪。

 生き残りがいるので、まあ事情を説明してはくれると思うが。

 わりと謎の失踪事件再びなのである。


 まあこれで嫌がらせの主犯たちも反省しただろうし。

 一応の解決。

 お兄ちゃんが言っていた三日の期限も経つことなく。

 無事に学校の危機は去ったのだろうが。


 この悪魔竜事件と関係していたのか。

 巻き込まれたのは偶然だったのかは……うーん、どうなんだろう。


 イケオジ未満が言う。


「とりあえず、こういう異能力事件の事後処理をする連中がいる。そいつらを呼ぶしかねえだろうな」

「なんか奥歯に物が挟まったみたいな言い方ね。なにかあるの?」

「あそこの課の窓口っていうか、お局様とオレは仲があんまりよくねえんだ」


 お局っていう事は、女性なのか。


 ともあれ。

 あたしたち学生は、先に学校へ帰還することになり。

 事情を説明するべく、池崎さん達はその人たちの到着を待った。





 そうそう!

 ヤンキー君たちから今までの謝罪と、救助して貰ったことへの感謝を述べられたことを。

 一応報告書に記しておこうと思う。


 相手にとって、あたしは救世主。

 嫌がらせをしていた自分たちを助けてくれた女神扱いになっていたが。

 まあ、正直。


 嫌がらせにまったく気が付いてなかったから、こっちとしてはそういう感覚があんまりないのよね。


 でも、超優しい女の子ってことになったから!

 その辺は黙っておこうと思う、あたしなのだった!

 ここにいないから池崎さんのジト目は、気にしない!

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