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第二十六話、異能力:《超絶技巧》



 前回の華麗なるあらすじ。

 殺しちゃいけない敵を相手にしつつ。

 怪我人を守りながら戦うのは難しい。


 あとあたしは怪我人を回復してるから、手を離せないオマケつきっ。

 以上!


 そもそも、あたしも回復っていうジャンルはあんま得意じゃないのよ!

 お父さんとお母さんから教えて貰ってる魔導書だって、自動で発動するわけじゃないのよ!

 このあ・た・し・が!

 魔術式を計算して、効果範囲にいる全員を別々に肉体の器として式を形成!

 物理現象を捻じ曲げて、欠損している細胞や滅んでいく細胞のダメージを停滞状態に置き換えて、死なないようにしながら回復してるんだからね!


 そもそもよ!?

 この人間の背中から生えた、悪魔みたいな形の魔竜はなに!?

 明らかに現代社会から逸脱してるじゃない!


 だからあたしは、思わずヤクザの屋敷で叫んでいた。


「がぁぁああああああぁぁぁぁ! なによ、このあたし達に超不向きな戦いは! ぶっ飛ばすだけで済むなら話が簡単なのにっ」


 ぜぇぜぇ……っ。

 ああ、すっきりした!


 クラスメイトの不良。

 あたしに嫌がらせをしていた主犯の梅原君とやらが、ぎょっとした様子で言う。


「ひ、日向? おまえっ大丈夫か?」

「大丈夫だけど、大丈夫じゃないわよ!」

「お、おう。そ、そうだよな!?」


 ガルルルっと唸っているあたしにちょっと引いているようだが。

 ヤンキー梅原は薄い眉毛を尖らせて。


「日向、おまえって――怒ると顔がマジで怖いのな……」

「誰のせいだと思ってるのよ、誰の!」


 こんなことならダンジョン領域を生成できる大黒さんも連れてくればよかったが。

 だって!

 普通の異能力者同士の銃撃戦だと思ってたし!

 すぐに連れ帰る予定だったから仕方ないじゃない!


 傷が癒えたのだろう。

 梅原君とやらは、キョロキョロしながらもこちらをじっと見て。

 サボテンプリンとしか形容しようのない金髪短髪を輝かせ唸る。


「と、とにかく! 日向っ、こうなったのも俺のせいでもあるんだろう。なにか、なにか俺にできることはねえか!?」

「何かって言われても――そうだ! あんたもあの学校の生徒なわけだし、異能力がなにかあるのよね?」


 異能力に目覚めた人間たちにはそれぞれ、キーワードに沿った特異な力がある。

 あたしもこっちの世界で産まれてるから、能力キーワード《どうぶつ(猫)》っていう、猫使いの力があるし。

 ならこのサボテンプリンくんにも、何か力がある筈。


 そこを起点とすれば。


「俺の能力は、《超絶技巧ちょうぜつぎこう》。手先が神がかり的に器用なことだ。楽器でも工作でもなんでも超人級にできるからな! いやあ、一万円の子供用バイオリンを弾いてみたって動画で、百万再生した時は、儲かったなあ!」

「百万再生!? く、くやしい! じゃなかった。って、そんなことはどうでもいいわ。それで何ができそうなの!?」

「い、いや――こ、壊れたパソコンとかも直せるぜ?」


 うわ、すんごい配信者向きの能力。

 羨ましすぎるんですけど――。


「……で? この状況でどうしろと?」

「お、俺に言われたって困るって。日向が能力を聞いてきたんだろうが!」


 あたしは鑑定の魔眼を発動させる。

 ……。

 レ、レベル、三十て。


 い、いやまあ異能力に目覚めたばかりの人間ならこんなものなのだろう。

 ここはまだ魔術が未成熟な発展途上の世界。

 レベル百ぐらいのヤナギさんや、レベル二百前後の池崎さんが超エリート扱いなんだし。


「それで、俺はどうしたらいい?」

「……と、とりあえず。傷の治療が終わった人を運んでくれるかしら。そ、その超絶技巧で……揺らさないように。治った人と治ってない人の区別ができるだけで、回復の速度も上がるから」

「任せとけ!」


 能力が必要だというあたしの心遣い。

 さすがよね?


 しかし、考えろ。

 三魔猫が相手を殺さず、けれど攻撃を防ぎ時間を稼ぐという、ネコの最も苦手な分野を頑張ってくれているのだ。

 なぜあの子達がここまで頑張ってくれているのかって?


 そんなの決まっているじゃない。


 あたしの期待と信頼に応えてくれようとしているのだ。

 だったら、あたしがあの子達の期待に応えられなくてどうするの。

 あたしは考える。


 あたしのダンジョン化は調整が不安定。

 下手すれば日本全土を永続的にダンジョン化させてしまう、これは最終手段。

 けれどだ。

 ダンジョン化さえできれば制限は解除され――全てが解決するのも事実。


 聖剣を召喚できて、魔の側面を全開にした赤髪のあたしになれるのだから。

 回復も一瞬で終わるし。

 石化の魔眼や或いは他の状態異常攻撃で動きを止めればいいだけ。


 しかし現状。

 まともな回復能力保持者はあたしだけ。

 人命を優先するのなら、自由に動けない。


 ならあたし以外の誰かがダンジョン化をすればいい。

 三魔猫は無理。

 殺さぬ紙一重の戦いを維持するので忙しい。


 いっそ回復を諦める?

 駄目。

 怪我人の傷は結構深い――治療が遅れれば後遺症が残る可能性はある。

 でもこのままじゃどうしようもない。

 後遺症を覚悟してもらい、治療の手を止めあたしが集中してダンジョン化を――。


「……ちゃん……嬢ちゃん。アカリ! 日向アカリ!」

「い、池崎さん!? ど、どうしたの!?」

「ネコどもの様子がへんだ、なんか、頭から湯気を出し始めてやがるぞ!」


 え!?


「ちょっとみんな! どうしたの!?」


 そこには目をぐるぐるさせて。

 フーフーっと、闘争心に火を灯らせかけた三匹がいて。

 猫頭にじゅーじゅーと湯気を浮かべて。


『お、お嬢様。大変申し訳ないのですが――』

『お嬢様と同じく我々はその、手加減という技能が苦手でありまして』

『ぶにゃはははははは! そろそろネコ頭がヒートして、一気にやっちゃいそうなのですニャ……!?』


 想像してみてほしい。

 目の前でネズミがちょろちょろしている状態の、元気いっぱいのネコちゃんを。

 そこに、待てと言ってみてほしい。


 普通のネコなら、待てないだろう。

 それでも必死に待ってくれていたネコちゃんが、そろそろ限界で。

 腰を上げて、鼻の穴を広げ。

 カカカカカカっと獲物に飛び掛かる寸前な状態になっているのだ。


 まあ、異界の魔猫っていっても、基本的にネコだしねえ……。


 あぁぁぁぁぁぁぁ!

 やばい!

 あたしもあたしで手加減が超苦手なのだが、それでも仕方がない!


「しゃーない! もうこのまま日本ごとダンジョン化させるわ!」

「待て待て待て! それ、絶対後で怒られまくるぞ!」

「でも、このままじゃああの子達が人間ごと悪魔竜を殺しちゃうし。仕方ないじゃない!」


 人の死を避けるためなら日本ダンジョン化の一回や二回。

 うん、たぶん問題ない筈!

 冷静なお父さんなら、日本をダンジョン化させるなんてことはしないだろうけど――あたしとお父さんは違うのだから!


 あたしはあたしの道を進むわ!


 回復を維持しつつ、ダンジョン化の結界を張ろうとした。

 次の瞬間。


 池崎さんが吠える。


「嬢ちゃん! その前に、オレを見ろ!」

「見ろって……いつもどおりの、イケオジ未満があるだけよ!?」

「死相は見えるか?」

「お兄ちゃんがいた時は見えたけど、今はないわ――」


 何を言いたいのか分からないが。

 男はふっと悪戯そうに口角を釣り上げ。

 無駄に明るい声で言った。


「なら、嬢ちゃんの回復魔術でなんとかなるってことだな! おい、ネコども交代だ! 少しの時間、オレがひきつける! だから、てめえらのキャットタワーを展開しろ! あれはダンジョン化の一種って言ってたよな!」

「ちょ、ちょっとミツルさん! あんたじゃ五分ももたないわよ!」


 制止も聞かず、バカ男は飛び出し。

 煙を纏いながら突撃。


「これでもオレはお前と、そこの馬鹿生徒どもの教師でな! 政府に無理やり決められた役職だが、それでも一度引き受けたからにはってやつだ! 先生には先生のプライドってもんがあるんだよ!」

「あんた! 先生らしいことなんてなんもしてないじゃない!」


 あぁぁぁぁぁぁ! どうしてあたしの周りには、こういうのが集まってくるのか!

 意図を察したのだろう。

 頭をプスプスさせていた三魔猫は池崎さんと交代し、魔法陣を展開する。


 白ことヴァイス大帝と、三毛ことドライファル教皇が詠唱を開始。

 モフ毛がぶわぶわっと魔力波動で揺らぐ。


『魔力解放:設置、キャットタワー』

『魔力解放:設置、領域上書き、屋敷から猫ダンジョンへ権利を上書き』


 肉球でうにゃうにゃと複雑な魔術式をくみ上げる中。

 分担作業なのだろう。

 キリリっと使命に燃えたクロが、魔力転送されてきたキャットタワーをくみ上げ始める。


「シュヴァルツ公! どれくらいでできる!?」

『三分でやってみせます』


 く、くっそう……シリアスなのに、絵面がなんか、こう。

 シュール!

 ネコがキャットタワーをくみ上げるという、一見するとほのぼのとした現場なのだが。


 キャットタワーを設置することにより、猫のダンジョン領域に上書きするという魔術儀式なんだから、仕方ないんだけどさ!

 あきらかにギャラリーの目が、ぽかーんとしているのがむかつく!


 領域のダンジョン化を詠唱し続け。

 トテトテトテとキャットタワーを建設する三魔猫。

 その魔法陣と肉球を眺めながら、池崎さんが悪魔竜たちに向かいタバコの火を向け。


 キィィィンと魔術を発動させる。


「おめえらの相手はこっちだ――」


 魔力が込められた火による誘導。

 騎士などを代表とした、いわゆる盾と呼ばれるタンク職が扱える挑発と同じ効果なのだろう。

 ウギャギャギャギャっと、悪魔竜たちの狙いが一斉に池崎さんに移る。


 魔力弾が池崎さんを襲う。

 だが――。


「効かねえな! ああ、効かねえよ!」


 強がりだ。

 レベル差は歴然。


 あたしや三魔猫は相手を殺しそうになってしまうから極限まで力を抑えていたが、彼は違う。

 むしろ、相手側が圧倒的に強者。

 魔力や肉体がボロボロになっていくさまが見える。


「操られてやがるんだか、苗床にされてるのかは知らねえがっ――そっちも少しは怪我を覚悟しとけよ!」


 言って、池崎さんが瞳を赤く染め犬歯をギラリと輝かせる。

 本人の中で滾る高揚が、魔力と共に反応しているのだろう。


 以前、あたしの祝福で強化してある拳銃で、相手の魔弾を撃ち落とし続けているが。

 全てをさばききれているわけではないのだ。

 今は本当にギリギリ、相手の攻撃を受け止めているだけ。


 それでも、あたしは回復の手を止めることはできない。

 聖剣さえ出せれば、傷だって一瞬で治せるのに……!

 あたしはギリっと奥歯を噛んで、ただキャットタワーの完成を待つ。


 焦りを感じつつも、あたしは三魔猫に目をやった。

 ……。

 ネコちゃんが、モフモフッと動いている。


『シュヴァルツ公、それは足場の方ですニャ!』

『おっとすまぬ、なれど――かくいうドライファル教皇もそれは上の台座では?』

『二公よなにをやっている! ニャーのもっている部品こそ、台座用の!』


 いや、シリアスなんだけど……っ。

 なんだ、この……かわいいモフモフランドは。

 ニャンコが喧嘩をしつつも協力してキャットタワーを建設中!


 どうでもいいけど、これを動画投稿した方があたしのゲームチャンネルより簡単にバズるんじゃないだろうか……。


 撮影したいけど、さすがに無理だし……っ。

 その時だった。

 サボテンプリン頭の梅原くんがぼそりと言う。


「な、なあ日向」

「なによ!」

「これ、こいつらが完成させないと駄目なのか? ネコの手だから時間がかかってるんだろう? お前の治療で動けるようになった俺らが人間の手でやったら、速攻でおわるんじゃね?」


 ……。

 ……。

 ……。


 三魔猫も、肉球にジト汗を浮かべている。

 あー、そういや……そっか。

 そもそも超絶技巧の能力持ちなんだし。


「そーいう事は早く言いなさいよ! できるわよ! できちゃうわよ! 急いでやって!」

「おう! 任せとけ!」


 薄眉ヤンキーの梅原君、なかなかの笑みである。

 名前も知らない、おそらくクラスメイトらしい他の不良たちも起き上がりはじめ。


「じゃ、じゃあ俺達も手伝っていいんだな!」

「池崎さんがもたないから、お願い!」


 ヤンキーと極道者がキャットタワーをくみ上げる姿もなかなかシュールだが……!

 気にしてなんていられない!


「日向! できたぜ!」

「がぁぁぁぁ! 三十秒もしないでできるなんて!」

「ダメだったか?」

「ダメじゃないから、うがぁぁぁってなってるのよ! いいのよ! 最高よ! ありがとう!」


 キャットタワーは即座に完成し。

 三魔猫が、ダダダダダっとタワーに登って。

 ドヤァァァァァァァァア!


 髯をピンピンにし、偉そうに宣言する。


『ここを――!』

『我々三魔公の!』

『ネコちゃんキャンプ地とする!』


 クロシロ三毛!

 ビシっとネコ手を伸ばす、その肉球が黄金色に輝いている!

 この時点で、ここは魔猫たちの領域。

 つまりダンジョン化の完了!


 すかさずあたしはアイテムボックスから七色に輝く聖剣を取り出し。

 グルングルンと回転させ。

 にひひひひ!


「さあ、ここからが本番。ショータイムよ!」


 瞳を深紅の赤に染め。

 黒髪も赤髪に染め上げていき――。

 ざざざ、ざあぁあああああぁぁぁぁ!


 魔力の闇の中から、カツンとヒールを鳴らし。

 あたしは魔族の姫君として、この地に再臨。


「待たせたわね! 銃刀法違反が適用されないエリアなら、あたしは絶対に負けないんだから!」


 聖剣を片手に言って赤い髪をふわり♪

 サディスティック赤雪姫モードで、ふふんと指を鳴らす!

 それだけで全範囲全回復!


 ダンジョン内ならこんなもんよ!


こうべを垂れなさい、人類。異界の姫の顕現が見えないのかしら?」


 池崎さんの周囲に結界を張って。

 あたしはくすりと微笑んでいた。


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