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第二十二話、襲来!揺れる炎のお兄ちゃん。



 気分はちょっとしたスカイダイビング。

 ゴゴゴゴゴゴっと音がする。

 そりゃあ五階から降りたら風の抵抗も起きるだろう。


 風に押されたおもしろ顔で。

 あたしの連れ状態になっている池崎先生ことミツルさんが吠える。


「ぎゃぁぁぁぁぁ! だからファンタジー脳はいやなんだよおぉおおおお!」

「いい年したオッサンが、情けないこと言うんじゃないわよ!」

「おまっ、それハラスメントだからな!?」


 言い返せるなら問題ない!

 にひひひひっと笑顔なあたしも麗しいわけだが!


 問題なのはそれよりも、風と共に聞こえてくる校舎からの――声。


「お、おい! 転校生が池崎先生と一緒に五階から飛び降りたぞ!」

「うそ、やだ――それって、心中!?」

「い、いや――なんかふつうに着地してやがるぞ、あいつら!」


 たしかに、言われている通り。

 あたしはよっと華麗に着地!

 手荷物になっていたミツルさんも着地させていた。


 世界の危機に直結しそうな兄のもとへと向かうべく、天使が舞い降りたわけだが。


 天使の相棒には不釣り合いな顔で。

 ぜぇぜぇ――。

 あたしの横で、浮かんだ鎖骨にまで汗をべっちゃりさせたイケオジ未満が吠えていた。


「あのなあっ、オレを殺す気か!」

「なによ、レベルSSなんでしょう? あのねえ、レベル二百なら五階から落ちたぐらいじゃ死なないわよ」

「そ、そういうもんなのか!?」


 ああ、そっか。

 大丈夫だとは分かっていても、実際に五階から飛び降りるとなると恐怖が浮かぶのか。

 失敗したら、そこで終わりだし。

 試す機会もないだろうし。


「なんで嬉しそうにしてやがるんだ。そっちはサディスティックモードじゃねえんだろうが」

「いいじゃない。ふふふふ、なーんでもないの!」


 これは盲点である。

 あたしとは逆なのだ。

 この池崎ミツルさんは自分の力がふつうを超えていると、気づいていないのだろう。


 常識のズレって、あたしたち三兄妹のコンプレックス的なところもあるし。

 逆パターンでも、そういうところは、うん。

 なんかちょっと嬉しいかもしれない。


 ともあれ。

 窓から生徒たちが顔を出す、そんな中。


 あたしのクラスメイト達はなぜか揃って同じ顔をして。

 また日向アカリがやらかしたぞ!

 と――興味津々でスマホを構えまくってるわけだが。


 見上げたミツルさんが長い指で無精ひげを擦り。


「なあ、なんでウチのクラスだけもう既に熱狂してやがるんだ。それにあいつら、クラスメイト同士でそんなに仲良くもなかったんだが。なんだあの一体感は」


 これはあたしの持つお母さん譲りの勇者の力。

 統率と呼ばれる、属する仲間を一つにまとめるクラススキルの影響もあるのだろうが。

 ……。

 念のため言っとくけど、クラススキルといってもダジャレじゃなくて、職業のクラスだからね?


 ともあれあたしは誤魔化すように言う。


「そりゃあ入学して一か月ぐらいでしょ? ちょうど仲良くなる時期じゃないかしら」

「それにしちゃあ、なんか動物園のパンダを見る顔になってねえか、あいつら」


 もしかしなくとも、おそらくこれは入学初日のせい。

 社交的なあたしはすぐにみんなと打ち解け、カラオケ大会よ!

 と、視聴覚室を占拠!


 みんなの異能力を引き出したり。

 異能力についての悩み相談をしたり。

 既にお友達イベントは通過済みなのである。


 それよりもだ。

 あたしは、忘れ物を届けに来たお母さんを見る顔で兄を見上げ。

 整ったその三白眼と、鋭い野性的な犬歯を眺め。

 ぶすーっ。


 唇を尖らせていた。


「お兄ちゃん、あのねえ……そんなところから大声出さないでよ。恥ずかしいじゃない」

「なはははははは! 悪りぃ、悪りぃ。こうでもしねえと、おまえ、気づかなかった振りをするじゃねえか」


 長い手で首の後ろに手を当てる姿は。

 まあ、乙女ゲームの中から飛び出してきた領域外のイケメンに見えるらしい。

 校舎から見ていた女生徒の何人かが、はぅ……っと失神してしまう。


 ギャグみたいな事になっているが。

 これもある意味であたしたち兄妹の能力。

 魔の皇子と姫君ということで、魅了チャームに近い能力が常に発生しているのだ。


 あたしは意識して押さえているが。

 人間に対してそこまで興味がない兄たちにとっては別。


 フェロモンをしまいなさいよ!

 っと、目で突っ込むあたしに構わず。

 ギロっと鋭い瞳であたしの横の無精ひげ公務員に目をやり、兄が言う。


「で、アカリ。おまえ……そいつは、彼氏か?」

「そーみえるなら病院でも行ったら? 眼科じゃなくて脳外科よ」

「わぁってるよ、ったく、兄に対してもうちょっと愛想をよくしてもいいだろうに――」


 トテトテトテと、長い足を進ませて。

 兄がポンとミツルさんの肩に手を置き。

 自らの髪の炎を、天を衝く勢いで伸ばし。


 大地を揺るがす魔族顔で、ぎしりと瞳を赤く輝かせる。


「てめえがウチのアカリを巻き込みやがった、全ての元凶だな?」

「まあ、そういう事になるのかもしれねえな」


 おや、なにやらバチバチしている。


 正確には、未来を眺めている神、に仕えるヤナギさんの導きなのだが。

 まあ行動したのも、実際に出会ったのもミツルさんである。


 炎兄が、バツが悪そうに炎の吐息を漏らす。


「ちっ、ビビらねえのかよ――」

「いや、ビビってもいるし畏怖してもいるさ。君がワタシよりもはるかに強い存在だということも理解している」


 おや、イケオジ未満。

 渾身の外向きモード口調である。

 初めてあたしに出会った時も、若干こんな感じだったか。


「けれど君は妹の前で”そういうこと”をしない性格と見える。そしてここでワタシを消し炭にしたら、妹さんの立場は明らかに悪くなる。それが君にも分かっているんだろう。だから君は手を出してはこない。違うかい?」


 畏怖されながらも正面から対応されてしまった兄上様は。

 ムスー!

 三白眼をぐぬぬぬっとし、ギザ歯をうぬっとしているが。


 炎兄はちょっろいからなあ。

 畏怖されてるって所で既にご満悦なようである。


「フハハハハハハ! 気に入らねえが、気に入ったぜ。もう既にバカ妹を手なずけ始めてやがるようだし――しゃあねえな。おい、アカリ! 怪我とかはしてねえんだな」

「あぁぁぁああああ、なんでこんなタイミングで来たのかと思ったら! クロシロ三毛……っ、あんたら、またチクったわね!」


 あの口の軽い連中を探すも。

 いない!

 眷属たちの様子をチェックする、《遠見の魔術(眷属)》で確認すると――。


 うわぁ……。

 賄賂のネコおやつ缶を両手に抱えて、にっひにっひ♪

 と、超うれしそうな顔をしてスリスリしてるし。


 想像してみてほしい。

 ゴロゴロと喉を鳴らしてオヤツを抱きしめる三匹のネコを。

 こ、これじゃあ怒れないじゃない……っ。


「アカリ、あいつらもお前が心配なんだ。あまり怒ってやるんじゃねえぞ。人間は雑魚とはいえ、群れとなると力を増す種族。実際、昔、魔王陛下が眠りについた時期は勇者に統率された人間軍に押されたって話だろう? ネコどもも悩んだ末に、オレに連絡したんだろうよ」


 心配をかけたという事だろう。


「分かってるけど、でもさあ。行動する前にもうちょっとアクションを起こしてくれてもよくない……? あたし、まだ信用されてないのかな」

「眷属をちゃんと使役できてねえってことも、まだ信用されてねえってのも、おまえの未熟ゆえ。異界の大公、三魔猫にはまだ一人前とは認められてねえって事だわな。ただ恥じることはねえ、実際、オレも含めておまえもまだ子供。特におまえは十五歳の姫様だ。ゆっくり成長していけばいいだろうよ」


 言って、お兄ちゃんがあたしの頭を優しくなでる。

 しかも自分自身を子供だって認められる、逆大人アピールまでしちゃってさ。

 前よりまた大人の手になっているし。


「どんな時でも、オレはお前の味方だ――それだけは忘れるんじゃねえぞ」


 うっ……!

 なんだこの、完璧なお兄ちゃんムーヴは。

 なによ、ちゃんと大人っぽい声で言うからお父さんっぽいじゃない。


 はぁ……これはあたしの完敗だろう。


「と、とにかく! 相談しなかったのはあたしが悪かったし、心配してくれるのは嬉しいけど本当に無事よ。能力に目覚めたばかりの人間からダメージを受けるほど、あたしは弱くないわよ」

「なら、いいがな」


 ニヤリと微笑し、お兄ちゃんはミツルさんを眺め。


「さて――まあイケてるお兄様はダメ妹の顔を立ててやるさ。具体的には、そうだな――今回の糞むかつく嫌がらせへの対応を三日待ってやるよ。これでも人間ごときに与える猶予としては、長すぎるんだぜ? んで、三日たっても解決できなかったら――オレは自分で自分を抑えられなくなる。分かってるな?」


 とりあえずの用を終えたのか。

 炎兄は、冷徹な一面の顔を見せ。

 姿を炎の精霊を彷彿とさせる姿へ変え――。


 ザザザ、ザァアアアアアアアアァァァァ!

 魔力を纏った兄は、人ならざるモノの気配を発し。

 赤い瞳に火を灯す。


「いいか、猶予は三日だ。忘れるなよ――」


 ゴゴゴォオウゥゥゥ!

 炎の渦を魔法陣とし、我が兄はその場から姿を消していた。

 まあちゃんと、お弁当も残っているので、ありがたくいただくけど。


「どうやら、お嬢様は兄貴からも心配されてるようだな」

「そうね。おとなしく引いてくれて良かったわ。本当にあたしの顔を立ててくれただけ、なんでしょうけど。いや、マジで……あなたたち、命拾いしたわね」


 あたしの頬には、濃い汗が浮かんでいた。

 もし戦いとなっていたら。

 あたしは人間たちを守り切る自信がなかったのだ。


 しかし、心配されていたのは。

 うん、悪い気分じゃない。


 三魔猫もそうだし。

 お兄ちゃんもそうだし。

 こんなにあたしを心配してくれる人がいるっていうのは、とてもありがたい事なんだとあたしは思う。


 しかし問題は――こっちか。


 校内は炎となって消えた炎兄の事で騒然としていた。

 おそらく。

 人間の中にもいる実力者にとっては、冷や汗どころじゃない緊張感だった筈。

 とんでもない魔神が出たと、肝を冷やしていたのではないだろうか。


 実際に何人かは顔面蒼白となっている。

 いつもの言い回しで悪いが。

 ラスボスの息子が、突然襲撃してきたようなもんだしね。


 徐々に、世界が動き出している。

 そんな気がしていた。


「しかし、兄貴のあの赤い瞳と赤い髪。たぶんおまえが赤雪姫の関係者だって、事情を知ってる生徒にはバレただろうな。これから大丈夫なんか?」

「それはそれでいいわ。隠しておくっていうのも、ちょっと疲れちゃったし。なにより力を内緒にしていたのはお父様のご命令みたいなものだったから」


 ……そう。

 いままでは父さんの指示で隠れていたが。

 これからは違うのだ。


 あたしはあたしとしての人生を歩む権利を手に入れた。

 そんな気もするのである。

 これは――配信でぼろ儲けする生活も近いわね?


 なーんて、野望に燃えているあたしだったのだが。

 なにやら長身なイケオジが、それなりの速さでこっちにやってきている。


「あれは――公安クソ野郎だな」

「そうみたいね、なんか凄い形相でこっちに来てるけど――」


 騒ぎを聞きつけたのだろう。

 どーせ騒ぎを起こすなバカ一号二号と、二人セットで文句を言うつもりなのだ。

 この公安男は。


 案の定。

 イケオジ公安のヤナギさんが飛んできて。

 すぐ目の前に顔が――!


「なにをしている池崎! タバコ結界を早く展開しろ!」

「おまえ! ど、どうした!? キャラが変わってるぞ!?」


 って、なになになに!?

 なにごと!?

 そのまま、神経質そうなくせに乱れた髪を気にせず。

 あたしの肩を守るように抱き。


「危険度SSSの反応だ、対象はあきらかにアカリさんとの接触を狙っている。なんとしてでも守るぞ」


 タロットを構え、周囲を警戒し。

 あたしを更に抱き寄せ、スーツの香りをさせつつ。


「アカリさん、ご無事ですか。怪我などはされてませんか、されているのなら即座に救急隊に、いえ、それよりも回復の異能所持者を――」


 ごくりと息を呑む、その顔はたしかに凛々しいが。

 うっわ、めちゃくちゃ動揺してる。


「大丈夫だけど、そ、そっちが大丈夫? なんかものすごい慌ててきたみたいだけど。それに、心配してくれるのは嬉しいけど、肩がちょっと痛いかも……?」

「非常に邪悪な気配があるという話だったのですが――!」

「それは事実だけど――落ち着いて、あたしは無事よ」


 ああ、お兄ちゃんを敵と思っていたのなら、そりゃ心配もするか。

 あたしの無傷を確認して。

 不意に漏れた低い声が、あたし自慢の黒髪を揺らしていた。


「ご無事なのですね。本当に――良かったです」


 とても穏やかな顔で、心底ほっとしたように言ったその後。

 早とちりだとようやく気が付いたのだろう。

 ハッとした様子でメガネ男は、スーツを整え。


 ツツツと眼鏡を上げ。

 いつものクールおじさん声で言う。


「それでいったい、何事ですか」

「いや、おまえ。それはこっちのセリフだっつーの」

「失礼――とても強力な気配だったので。アカリさんに、池崎……ダブル問題児がいるということは――トラブルだということだけは理解できますが」


 辛辣シャープなイケオジに戻った男に向かい。

 あたしは頬をヒクつかせ。


「あのねえ、人をトラブルメーカーみたいに言わないでくれる?」

「では、違うと?」

「ち、違わなくはないかもしれないけど……っ」


 こいつ、いけしゃあしゃあと……っ。

 さっきの大事な人を心配してました!

 みたいな反応はどうした!


 まさかこんな女子高生に、本当に恋心を抱き始めたわけじゃあるまいに。


「それで本当に何があったのですか?」

「あなたのことだから把握しているとは思うけど。赤雪姫に疑われてるあたしが嫌がらせをされてるのは、もう知っているでしょう?」

「それはまあ――」


 知っているという事は対処はしているが、まだ成果は出ていない。

 といったところか。


「んでね、お兄ちゃんにそれがバレちゃって。簡単に言うと、あと三日でなんとかしないと世界の機械が全部止まるわ」

「……は?」


 そりゃまあ。

 こういう反応になるわな。


 ピアニスト顔負けの繊細そうな指で、タロットカードを取り出し。

 未来を読む異能を発動させるヤナギさん。

 その顔が、完全に硬直する。


 事実だと、異能で見えたのだろう。

 ゴゴゴゴゴゴっと、クールイケオジが鬼の形相であたしを睨んでいる。


「姫様――ご説明願えますね?」

「そんなに睨まないでよ、あたしのせいじゃないんだし。お兄ちゃんもあたしを守りたいってだけよ? どちらかといえば、あなた達の監督不行き届きじゃない?」

「それはその、すみません。謝罪もさせていただきますが、まずは状況説明をお願いできますか?」


 あたしは説明した。


 事情を聞くその顔がこわばっていき。

 ぎしりと奥歯を噛み締め。

 ヤナギさんは、胃薬を飲み始めた。


「パソコンを魔道具と認識し、操る能力と……過度なシスコンの組み合わせで世界の危機、ですか。どうして、あなたの周りにはそういう人しか――」

「そのくだりはもうやったわよ。この件に関してだけ言わせてもらえば、あたしを巻き込んだあなたたちが全面的に悪いと思うのだけれど? 違うかしら?」


 一瞬だけ、赤髪モードになり。

 あたしはくすりと小悪魔スマイルである。


 というわけで。

 三日のうちにあたしを狙う犯人を突き止めないと。

 うちの兄のせいで世界がヤバいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] つまり・・・公安を動かしたロックウェルが一番悪いと?(棒
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