第二話、くまさんパンツは忘れなさい
転生事故を起こしそうな暴走トラック。
悲劇の異世界転生をキャンセルさせた偉い私は、何を隠そう、配信者アカリンこと美少女女子高生の日向アカリ。
現場は騒然としていたが――。
突き刺さるあたしの足は、もちろん無傷。
ちゃんと魔術で強化したからね。
美人過ぎるあたしの耳を、野次馬たちの声が揺らす。
「な、なにあの子!?」
「映画の撮影かなんかじゃねえかっ!」
「それよりスカートの中! 今どき、あんなファンシーくまさんパンツをはいている女の子なんて、超レアじゃね!?」
ヤジを聞くあたしの呼吸は落ち着いていた。
ブレーキ摩擦で発生した焦げた匂いが、ちょっと鼻につくけど。
ま、それはしょーがない。
とりあえず、パンツを覗いた奴は後で呪う。
あたしは構わず、立ちすくんでいるメガネリーマンを見上げて。
じぃぃぃぃぃぃ。
「ちょっとあんた、大丈夫? 怪我してない? してたなら警察呼んでこのバカトラックを訴える準備もしてあげるけど……」
「す、すまない――……こ、これには事情があって。その、警察は困るんだ」
癖なのか、メガネをくいっとしているが。
背は大きい。
どうやら無事のようである。
「事情? トラックに飛び込むのが、事情だっていうの?」
「い、いやその――」
背広リーマンは口ごもってしまった。
いかにもエリートサラリーマン。
スラっとしてますけど、実は仕事帰りにジムに通って鍛えてまーす。
といった感じの、テンプレ外資系男である。
顔は――まあちょっと、インテリヤクザっぽい空気もあるが。
これが物語ならボーイ(?)ミーツガールなのだろう。
だが!
あいにくとあたしはまだ若いリーマンに興味などない!
やっぱり男はね?
三十を超えてようやくスタートライン。
イケオジ候補ぐらいじゃないと、渋さも魅力も足りないとそう思うのだ!
それにしても。
この兄ちゃん、マジで転生希望だったのだろうか。
なかなか迷惑な奴である。
関わらない方がいいだろうと判断し、あたしは目線をそらす。
「まあ無事ならいいけど、気をつけなさいよ。って、それよりも――!」
そのままあたしはギリ!
路上で焦げた摩擦臭をあげるトラックを睨む。
「なんのつもりよ、そこの糞トラック!」
「は、はい!?」
居眠り運転のトラックに追加のケリを入れて、ドドドドド!
車体を揺らすことでたたき起こし。
あたしはくわっと怒鳴っていた。
「あんたよ、あんた! ちょっとおじさん、聞いてるの! いたいけな一般市民を異世界転生でもさせる気? ちゃんと前見て運転なさいよっ!」
「え? いや、その、女の子が足でトラックを止めて? えええぇぇぇぇえぇぇ!」
「えぇぇぇぇ、じゃないわよ! 謝るの? 謝らないの!? どっちなの!」
ゲシゲシゲシとトラックに連続キック!
これがゲームなら連続ヒットカウントが浮かんでいるだろう。
宙に浮かび始めたトラックの中、運ちゃんが叫びだす。
「わ、悪かった! な、なんか急に眠くなっちまって! 目を覚ましたら、こんなことになってて! ゆ、許してくれ!」
「分かればいいのよ、分かれば」
連続蹴りコンボ。
無限ループで浮かべていたトラックを解放してやる。
「人ってこう、グイってやっただけで簡単に死んじゃうんだから。蘇生だってタダじゃないのよ? 塵とか灰になっちゃったら、なかなか成功しないし。おじさんも本当に気をつけてよね?」
お母さん譲りの黒髪をバサっと靡かせ――細い手首をスイングさせて、学生カバンを肩の後ろへ。
そして、勝利のポーズ!
あたしはトラックから足を離し、スマホを操作し演算を機械に任せた魔法陣を展開。
一般人には見えないように、偽装してっと。
短文詠唱を開始!
「我は日向、日向アカリ――全部まるっとサクっと戻りなさい!」
「これは――まさか、魔術!?」
ん? 今このメガネリーマンが、なんかいった?
魔法陣って仰々しい音を立てるから、ちょっと聞き取りにくくなるのよねえ。
ともあれ!
メガネリーマンの眼鏡が輝く中。
車の傷をスキルでささっと修復。
パソコンが不調な時に会得した秘儀。
生きていないモノを限定として使える時間逆行のスキルである。
ついでにドライブレコーダーの情報を誤魔化した、という裏の事情もある。
よーし、完璧!
あたしは颯爽と立ち去る準備!
「んじゃあね~、おじさん達。もしあたしと再会したかったら、イケオジになって出直す事ね! これからの人生。このあたしの優しさと美しさに感謝しながら過ごすといいわ!」
ふっ、またしても決まった!
完璧な演出である。
さて、一連の流れを終えて立ち去ろうとしたのだが。
賢いあたしはようやく気が付いた。
ここは通学路。
それなりに人通りは多く、めちゃくちゃ見られている、と。
……。
うん。
分かってる。ちゃんと分かってはいるのだ。
これ? あたし、人前でやらかしたわよね?
……。
当然、騒ぎは大きくなっている。
ふふっと微笑したあたしは冷静に、頬に大粒の汗を浮かべて。
一言。
「し、しまったぁああああああああああぁぁぁっぁ!? やらかしたわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ごめん、二言だった。
周囲は騒然となっていたが。
賢いあたしは知っていた。
逃げるが勝ちなのだと。
当然あたしは、はぐれたスライム的な勢いでダッシュ!
その場を逃亡した。
「待ちたまえ、そこの君! 今のは――魔じゅ……つ……」
例のメガネリーマンがなにやらあたしの背中をじっと睨んでいたが。
関わってたまるもんですか!
あたしは逃げる、一択なのである!
そうそう!
言い忘れていたのだが、あたしにはゲーム配信者ってこと以外に、もう一つ大きな秘密があった。
簡単に言うとあたしはちょっと特殊な人間。
お父さんとお母さんが、ネタ抜きでどうやら異世界人らしくって……。
うん。
その娘のあたしも、なんか、生まれた時からちょっと人より強いらしいのである。
まあ修行とかもしたんだけどね。
ちなみに、この世界には魔術もスキルも存在しない。
ということになっている。
そう、あたしは今、完全にやらかしていたのだった。
ま、二度と出会うことはないだろうし。
たぶん問題ないわよね?