第十九話、(一章)エピローグ
新しい制服に、新しい学校。
前の学校の制服にも愛着もあったけど、それでも衣替え!
胸のリボンがじゃれたくなるくらい素敵な、ニュー制服!
気分はいつでもなにかを追いかけている。
新しいものを求めるのが、今時の女の子なのです。
なーんて、ちょっとポエミーなあたしなのであった。
転校初日。
あたしはいつもの応接室で、花の笑顔を無料配布状態!
紅茶の香りとバタークッキーの香りが広がる中。
「そんなわけで! あたしは正式にそちらさんの高校に入学になりましたので。よろしくお願いしますね、先生♪」
美少女がニッコリと笑っているのに。
目の前のイケオジとイケオジ未満が、ものすっごい顔をして。
頭を抱えるように、書類に目を通し――。
げんなり。
そう、この二人にはちゃんと、Cがあたしのお父さんだったと伝えたのである。
「まさかとは思ってたんだが、本当にCの娘だったとはなあ」
「まさかCのご息女がこんなに破天荒……いえ、活発な方だったとは」
このイケオジ、ちょくちょく口が悪いというか本音が漏れるというか。
まあイケオジだから許すけど。
それよりも!
あたしが気になったのは、実は似た者同士だと思い始めていたオッサン二人ではなく。
その横。
うふふふ笑いが似合いそうな、美人巨乳な大人のお姉さん。
「それで、なんで大黒さんが普通にここにいるのよ?」
そこには、今回の事件の黒幕。
呪印で強制的に異能力者犯罪に加担させられていた悲劇の女性。
大黒さんがいたのである。
もはや呪印が消えた胸を前より覗かせて。
妖艶な笑みを浮かべて彼女が言う。
「ふふふふ。それはね、アカリちゃん。あなたのお父様のおかげよ」
「えぇ……またお父さんがなにかしたの?」
あたしがこんな顔をするのも無理はない。
世界をひっくり返せるほどの能力を持った悪戯猫を想像して欲しい。
わが父ながら、アレはそういう厄介な存在なのである。
「そんな顔しないで? どうやらこちらの境遇に同情していただいたみたいで――娘の学校生活をサポートする女性スタッフも必要だろうって、直接指名されちゃってね。あの時の犠牲者ともいえる女性を即座に解放しないと……わかっているね? って脅しになったらしくって。簡単に言えば超法規的措置ってことかしら」
超法規的措置。
なんとも便利なシステムである。
「そう、あたしの――まあたしかに、この男二人じゃ繊細な乙女の心が通じないことも多そうだし。あたしは歓迎!」
「これからよろしくね、アカリちゃん。あなたに助けられたこの命、あなたのために使う覚悟はあるし。恩返しができる機会を与えて貰えて、これでも本当に喜んでいるのよ?」
喜んでいると言っているのだ。
ならこれは善行よね!?
三魔猫が大黒さんに危険がないかチェックをする前に、あたしは手を伸ばしていた。
「えへへへ~。それじゃあよろしくね~。まあ、あたし! それほどの活躍をしたもんね~♪」
「精一杯、サポートさせて貰うわ。ダンジョン領域化の展開とアンデッドの使役。あとは、やっぱりウソを見抜く力もそのまま使えます。あなたの役に立ってみせると、あなたのネコにも誓うわ」
言ってさっそく、優秀秘書は動いていた。
三魔猫にワイロのネコおやつをどでーん!
瞳を輝かせ、しっぽの先を小刻みに揺らし。
『お嬢様! こやつ! 絶対にいい人ですニャ?』
『よかろう、我らがお嬢様親衛隊の末席に座ることを許そう』
『ぶにゃははははは! それに比べて、そこのオス二匹は我らに貢ぎ物すらないとは――まだまだ親衛隊には入れそうにないですのう~』
オヤツをかかえる三匹のネコ。
……。
ああっもう、めちゃくちゃかわいい~♪
ともあれ!
あのままお別れなんて嫌だったし。
あたしは素直に喜んでいた。
まあ実際はお父さんの口添えだけではなく、大人の事情もあったのだろう。
大黒さんの能力を政府が欲していた。
そう考えれば不思議ではない。
ダンジョン生成能力とアンデッドの使役。
そしてウソを見抜く能力、三つの異能を自在に使える能力者なのだから。
けれど、大黒さんにしてみれば……。
助けてくれなかった、気づいてくれなかった政府への感情はあまりいいものではないだろう。
それでも、もし起こしていた犯罪を不問にすると言われたら――。
そしてそれが一応、恩人でもあるあたしのサポートという理由ならば。
日本に残り。
あたしへの協力という形でその能力を使う事も可能な筈。
複雑な事情が絡み合った中で、お父さんの一言が決め手となった。
という事なのかもしれない。
しっかし、お父さん――政府とはどんな話をしているんだか。
思いを巡らせていたあたしに、ヤナギさんが言う。
「それでアカリお嬢さん、数点確認させていただきたいことがあるのですが。構いませんか?」
「答えられることならね」
「ダンジョン内でお会いした時のあなたは、黒髪のあなたと違い……その、なんというか、少し過激な印象に見えました。けれど今のあなたは普通のかわいいだけの女子高生にしか見えません。どちらがあなた本来の性格、なのでしょうか。正直、我々もあなたという存在を掴みかねているのです」
「そうね――」
言って、あたしは姫様モードに一時的に変わり。
くすりと小悪魔のような声で言う。
「あなたたち人間だって、ふいに残酷になっちゃう時ってあるでしょう? それと一緒。黒髪のあたしは普通や平穏に憧れて、ちょっとした刺激を求めてネットの配信をやってる女の子。そしてあたしは、魔族として本能のままに生きていたい、ちょっとサディスティックな部分の目立つ、女の子のあたし。どちらもあたしで、同じ日向アカリっていう女子高生よ」
おお!
今のは、なんか!
とってもイイ感じだったのではないだろうか!
「どちらも我々に協力してくれる、そういう認識で問題ないのでしょうか」
「今のところはね。お父様からも可能ならそうするように言われているし。それになにより。あたしはあなたたちを気に入ったわ。楽しく愉快なオモチャを失いたくはないもの――」
ここまで言って、あたしはいつもの黒髪に戻って。
「まあそういうことね! あ、でも忘れないでね。協力って言っても、非人道的なことはダメよ? 例えばだけど、あたしを魔術研究モルモットになんてしようとしたら、論外だし。女性や子供を使った人体実験もアウト。お父さんより先に、そしてこの世界が滅びるよりも先に――あたしがあなたたち人類を滅ぼすことになるわ」
「おいおい、世界が滅びるとか人類を滅ぼすとか、冗談でも怖え事言うんじゃねえよ」
と、イケオジ未満な池崎さん。
冗談ではないのだが。
ああ、そういや。
世界がこのままだと滅びるって池崎さんは知らないのか。
前に未来視についての魔術理論も説明したし。
説明した方がいいのかと思った、その時。
「それよりも本当にコレが担任のクラスでいいのですか? あなたが望むのなら、僕のクラスに移籍することも可能なのですが」
これは、黙っていて欲しい。
ということか。
そんなやり取りを知らずに、池崎さんが露骨に頬をヒクつかせ。
「てめえの神経質なクラスじゃあお姫様は満足できねえってよ?」
「はて、タバコの煙が鬱陶しいクラスよりは快適だと思うのですが」
ビリビリっと視線をぶつけ合う二人の横。
うふふふふっと大人なお姉さんの笑みで、大黒さんが言う。
「これから賑やかになりそうね」
「まあ、退屈はしなさそうかな?」
紅茶をおしとやかに啜るあたしは、タイミングを作り。
ことん。
カップを置いて、少し気になっていたことを問う。
「そういえば――結局行方不明事件を裏で指示していた特殊部隊とか、あの辺の方々ってどうなったの? 一応、知る権利があたしにもあるのかなぁって思ってるんだけど」
大黒さんもわずかに気にした様子を見せる中。
池崎さんが言う。
「ああ、それなんだが。表向きは、あくまでも大使館の職員たちが勝手に暴走したこと、っつー尻尾きりの形で書類上は処理されやがってな」
「そう、で――裏向きは?」
真実を語りなさいよ。
そんな顔のあたしに、公安男が言う。
「申し訳ないのですが、未成年のあなたにはまだお伝えすることはできません、としか」
「なにかあったの?」
「……これはあくまでも噂ですが。炎を操るイフリートやジンを彷彿とさせる大精霊と鑑定された青年と、闇と影の中で蠢くおぞましいネコの怪物、鑑定さえ届かないアンノウンに、襲われ――暗躍していた関係者が焼殺されていたり、影の中に呑み込まれ二度と戻ってこなかったとも――何かご存じですか?」
……。
おもいっきし心当たりがある。
あーそういや。
うちの兄たち。
あたしのサポートをするとか、そんな流れになってたな。
弱いふりをするとか、あの辺の作戦が即座に失敗してたから。
すっかり忘れてたけど。
あれ? もしかして、あたしが動かないからって、大黒さん達に酷い事をしてた連中。
やっちゃった……?
ありえないとは言い切れない。
あの二人はあたし以上に常識知らずだし。
なんかイラっとした上で、相手が悪人だったら容赦なくやっちゃうだろうなぁ……と思うのだ。
けれど、あたしは眉一つ動かさず。
「悪いけど、ぜーんぜん知らないわ♪」
と、まったく気づかなかったことにした!
◇
話も終わり、転校生紹介の流れになる。
その前。
あたしと純正イケオジ公安のヤナギさんは密談をしていた。
三魔猫の力で、時間を止めた空間である。
ウニュニュニュニュっと。
モフ毛を膨らませたあの子たちが眉間にシワを寄せ。
時間凍結結界を維持する中。
ヤナギさんは冷たい美貌であたしを見据え。
「まず――あなたを何と呼んだらいいか、そこから聞きたいのですが」
「クラスは違うけれど、先生と生徒なんだから、普通にアカリさんとかアカリくんでいいわよ? まあどうしても呼びたいならアカリ様でもいいけど」
しばし考え。
ヤナギさんはしれっと言いだす。
「ではアカリ様」
「……ごめん、うそです。アカリさんでお願いします」
こいつ、わざとだな。
「それで、あの二人にも内緒で何を聞きたいのよ? あんまり秘密ごとを増やしたくはないんですけど?」
「すみません。けれどこれはまだ僕とあなたしか知らない話でしょうからね――」
となると、やっぱりあれか。
「僕も契約をしている獣神、ロックウェル卿様が下さった宣託……この世界が滅びに向かっているという未来視は本当、なのでしょうか」
「そうね、あのロックおじ様がそう言っているのなら。おそらく、本当にそうなるでしょうね。もちろん、何も手を打たなければ、だけど」
あたしは肯定していた。
全てを見通す神鶏の瞳に狂いはない。
三獣神とはそれほどの存在なのだ。
「あなたの御父上、Cはなんと?」
「お父さんはこの件に深くかかわる気はないみたい。十五年前に既に一度、この世界を救ってるんだから――いくらなんでもまた助けて下さいっていうのは、虫が良すぎると思っている可能性もあるわね」
「そう、ですか――」
それか、もう一つの可能性をあたしは考えていた。
「何かあるのですか?」
「あら、凄いわね、ヤナギさん。洞察力の塊じゃない」
「まあ、それが仕事ですから」
わずかに目線をそらしている。
あ、実はちょっと照れてるな。
「もしかしたらお父さんは、人間たち自身の手で滅びを回避して欲しいんじゃないかしら? そのきっかけを与えるためにあたしをこの地に住まわせていた、なんて可能性をちょっと考えていたのよ」
「きっかけ、ですか――」
「ええ、少なくともあたしが関わっただけで多くの人間の運命が変わったでしょう? ミツルさんと大黒さんの死の運命は回避されて、行方不明になっていた異能力者も、どこかの国に拉致される前に助け出すことができた。それにミツルさんはレベルの限界も突破して、これからもっと成長するんじゃないかしら。きっと、あたしのフラグブレイカーの影響で、滅びの予知をした時点からのズレが生じる筈。運命は変わっていくわ」
そう。
未来は変えられるのだ!
だからあたしはなんとかなると、そう思っているのだが。
「いい方向に変わるといいのですが」
悲観的な男である。
「こっちからも聞いていい?」
「はい、守秘義務に違反しない範囲でしたら」
「あなたも滅びの宣託は受けているのよね? この世界ってどうやって滅ぶことになっているの? お父さんはその辺のことをもったいぶって語ってくれてなくて。ちょっと気になってるんだけど」
あたしはそれを聞いていないのだ。
「占い師や探偵がこういう時になんというか、知っていますか?」
「ああ、そういうこと。見えてきたわ」
お父さんが語らないのなら、きっとその友達のおじ様も。
「まだ語るべきではない、ってところかしらね」
まあ、知ってしまうと逆に意識して滅びを回避できなくなる。
そういう魔術理論もあるから、なにか考えはあるのだろうが。
「正解です――ただ推察はできています。おそらくは人類同士の戦争、ではないでしょうか」
「悲観的ねえ、普通に隕石とかが降ってくる可能性だってあるじゃない。諸説あるけど、恐竜だってそれで滅んだんでしょう?」
あたしはにひひひっと笑い。
「まあ大丈夫よ! このあたしがいるんだから、これから未来はいい方向に変わるわ!」
「根拠を聞かせていただいても?」
「あたしがそう思うから!」
一瞬。
衝撃を受けたような顔をして。
なぜかヤナギさんは、ツツツっと神経質そうな手で眼鏡をあげて。
「あなたは、あのバカに少し、いえかなり似てますね」
「ミツルさんの事?」
「なんで微妙に嬉しそうにしているのですか……?」
バカといってもニュアンスは様々だ。
そしてこの人がいう、あの人への馬鹿は暖かい色を持っていた。
きっと、親愛の情を込めたバカ。
なのだとあたしは思う。
それに、あの人はバカでわりと失敗だらけで。
目を離してられないぐらいには、駄目な部分も多いけど。
それでも。
「だって、あの人。バカだけど、いい人じゃない。心が綺麗な人に似てるって言われるのは、悪い気分じゃないわよ!」
たぶん、あの人の前じゃ絶対に言わないけど。
言い切ったあたしは、ニヒヒヒっと笑顔の二乗である。
そんなあたしを。
まるで太陽を見るような顔で。
じっと見て。
ヤナギさんの軽薄そうな唇が、思わずといった空気で。
言葉を漏らしていた。
「あなたの心も、十分綺麗ですよ」
「ん? なんかいまさあ、ものすっごい臭いセリフ言わなかった?」
「言ってません。言ってたとしても聞かなかったことにするのが、淑女の嗜みでは?」
照れを誤魔化すクールイケオジを追い詰めるように。
あたしは、ういういっと肘を当てる。
「ねえねえ! やっぱり言ったわよね!? もしかして~、あたしに惚れちゃったんじゃないの~?」
からかいの言葉にはイケオジからのジト目が返ってきて。
ヤナギさんははぁ……と露骨に息を漏らし。
一言。
「バカが増えた」
「っておい、こら公安。異界の姫君にそれはないでしょうがっ!」
「姫様はたまに、喋らなければ蝶や花のように美しい――そういうカテゴリー扱いされたことがあるのでは?」
言い方は違うが。
つい最近もそんなことを言われた気もするが。
あたしはまったくそれを表には出さず。
「初耳ね――なぜならあたしは口を開いても美しいもの!」
ビシっとブイサインをし!
しれっと言い切ってやったのだ!
ニヒヒヒっと微笑むあたしを。
なぜだろうか。
ヤナギさんは呆れた顔をしながらも、しばらく眺めつづけていた。
第一章。
異能力者失踪事件 《解決》