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第十八話、謁見:追放されしプリンセス



 事件はひとまずの終わりを迎えていた。


 日本ではどこかの大使館が大騒ぎになったり。

 異能力については伏せられていたが――行方不明になっていた若者が帰還した。

 ということで、その関連性を疑われそれなりのニュースになっていたのだが。


 この地では、その噂も届いていない。


 あたしは一度、異世界の魔王城に足を運んでいたのだ。

 事後報告。

 というやつである。


 ここはファンタジー世界の最奥。

 異世界のラストダンジョンなので、あたしの髪と瞳は赤く染まったまま。

 性格もちょっとサディスティックなお姫様状態である。


 ここがお父様の出張先。

 さすがに大事になったので、誤魔化しきれなくなってしまったのだ。


 魔の姫たるあたしの足元にはクロシロ三毛が、正装のタキシード猫になって。

 ふふーん!

 モフ毛を整え、キリっと従者の顔をしていた。


 あたしのお父さん、魔猫王ケトスとの謁見はとても名誉なこと。

 猫魔獣にとってはかなりの誇りなのだろう。


 ともあれ、あたし――。

 日向アカリは、ヴェールの奥にその身を隠している魔王軍最高幹部。

 お父様に説明スキル《かくかくしかじか》を発動していた。


「というわけで、あたしは悪くないわよ――お父様」


 姿隠しのヴェールの奥で、膨大な魔力の塊がキィィィィンと歪む。

 しばらくして。

 魔族幹部としての厳格な渋い声が、あたしの耳を揺らし始める。


『そうだね、けれど――君はもう既に、魔術を持つ異世界人の関係者として、あちらの人間と接触をしてしまった。これは私との約束を破ったことにはならないかな?』


 ビシャァァァァ、ドンドン。

 と、魔王城の外で雷が落ちている。

 これは偶然ではない、お父様が演出で雷を降らせているのである。


「いいえ、お父様。あたしはお父様との約束通り、女と子供の命を守るために行動しただけよ? 約束にも優先順位があるでしょう? あたしが行動しなかったら、今もあの行方不明事件は続いて、無辜なる魂が犠牲になっていた可能性は高い。あたしは人命を優先しただけ。そ、そりゃあまあ……おとなしくしているっていう約束を破ったけど。全部が全部、あたしだけが悪いってわけじゃないわ」


 よーし、言い切ってやった!


『ふむ、まあ君の言い分ももっともだ。けれど、自分がした行動の責任はちゃんと取るべきだと、私はそう思っている。既に君は多くの政府関係者に存在を知られてしまった。まあ、私の娘だと知っているのは三人。今回の事件の犯人だった大黒女史と、君を事件に巻き込んだ張本人の公務員池崎。そして、我が友、ロックウェル卿の使徒、公安のヤナギ――その事実を見逃すことはできない』

「あらお父様。ならいつものように記憶を消せばいいじゃない。あたしの眷属のネコ砂アタックで、全部真っ白。あたしとの記憶も……」


 言いかけて、ちょっとあたしは言葉を詰まらせてしまった。

 唇が開いた形で止まっていた。

 それでも。


「ちょっと残念だけど。忘れさせてしまえば、元の生活に戻れるわ。でもね、聞いて……お父様。少しだけの冒険だったけど、あたしね、ワクワクしていたの。力を使えてね、あたし実はちょっと楽しかったのよ、お父様。……本当に楽しかったの。普通に魔術が使えるのって新鮮で、あたしの努力を見て貰えて――驚いて貰えて」


 言葉が自然と漏れていく。

 急に不安と寂しさが同時に襲っていた。


「けれど分かっているわ。あたしみたいなイレギュラーが、表舞台に立ってはいけないって事だけは――ちゃんと分かっているのよ? 一歩間違えれば、あたしが誰かを殺していた可能性も、否定はできない……それも分かっているの。でもね? その遊戯の中で偶然かもしれないけれど、死ぬかもしれなかった誰かが助かった。それは紛れもない事実よ。それってきっと、ハッピーエンドだったんだとあたしは思うわ。あたし、誰かの役に立ったんですもの。それだけは、たとえ約束を破ったとしても、間違ってなかったと思っている」


 けれど結局は。

 あたしはお父様との約束を破ったのだ。


「悪い子でごめんなさい、お父様。けれど満足してるわ、だからこれで、おしまい。あたしは、前みたいに……大人しくしているわ」


 世間知らずなあたしが、ちょっと足を踏み出した冒険。

 魔術が浸透していない世界で、無茶をしてしまったあたしが悪いのだろう。

 お父様がヴェールの奥で、くすりと笑う。


『君は大事なことを忘れているね。君は記憶を消せばいいと言っているが……一度、池崎という男への記憶消去を失敗しているじゃないか』


 あらら。

 そこまで調べがついている……ってか。

 これはお父様、もしかしなくても最初から全部、覗いていたわね……っ。


『あの池崎という男は普段から公安のヤナギという男とタッグを組み、記憶消去や操作のトリックを受けていたんだろうね。だから記憶を弄る能力への耐性がある。おそらく――記憶を完全に消すことは君の能力ではまだ不可能だよ』

「そ、それは――そうかもしれないですけど!」

『さて、君への罰だ。かわいい君にこういう罰を与えたくはないが、私は魔王軍最高幹部、君だけを特例とするわけにはいかない。それは分かるね?』


 こういう時のお父様は、絶対に譲らない。

 あぁ……こりゃ、こっちの世界に帰還させられちゃうかな。

 まだ地球に居たかったんだけどなあ。


「はい……」


 しゅん……っ、と。

 赤い髪を、お説教される猫耳のように下げるあたしに。


『もう賽は投げられた。あの世界の人類たちはこれからもっと魔術について研究するだろう。そして、異能とは違う事件も起きるだろう。君がはじめたことだ。ちゃんと最後まで責任をもって行動してくれると私は嬉しいよ』

「どういうこと?」

『君の正式な入学届を提出しておいた。転校という形となってしまうが、君は明日から、異能力者の学校の転校生として日本に住みなさい。あの世界の人類に手を貸したのは君だ。一度手を出したのなら――最後までちゃんと責任をもって手を貸してあげるべきだと、私はそう思っている』


 つまり。


「あたし! まだ日本に残っていて、いいの!?」

『君が選んだ道だ。私は父親としてそれを尊重してあげたいとも思っている』


 しゃあぁぁぁぁっぁ!

 これでまだ配信生活を続けられるわ!

 まーたこの人は娘に甘いんだからと、三魔猫がジト目をしている気もするが。

 気にしない!


「そういえば、ロックのおじさまはどうしてあの公安に手を貸していらしたの? あたし、おじ様の使徒が地球にいるだなんて、聞いていなかったのだけれど」

『ああ、詳細を語ると長くなるから手短に言うが――このままだと、あの世界。また滅んじゃいそうなんだよね』


 夕飯のメニューを語るような口調で。

 わが父が。

 なんかとんでもないことを言い出した。


 まあ……。

 もし本当に滅びに向かっているのだとしたら。

 おじさまが動いていた理由も納得できる。


 が――ちょっと待って欲しい。

 なんか今。

 変なことを言っていなかっただろうか?


 あたしはいつもの口調になっていた。


「ん? お父さん、滅びに向かっているっていうのは分かったけど。またって言うのは……どういうこと?」

『あれ? 言ってなかったかな? 十五年ほど前、滅ぶはずだったあの世界を救うために、魔術や異能を与えたのは何を隠そう、私達三獣神。私とホワイトハウルとロックウェル卿なのさ』


 ……。


「は? いや、聞いてないんですけど!?」

『あれ? そうだったかな……ああ、まあそういうことだから君も気が向いたら、公安君や公務員の男と協力して、世界が壊れないように動いてくれると助かるよ』

「ちょっと待って、ぜんぜんわからないんですけど!?」


 いやいやいや。

 お父さんは確かに、こういう所があるけど……っ。

 てか――魔術や異能を与えたって。


 あたしはジト目で言う。


「もしかしてお父さん、あの世界でCって言われてる?」


 この考えが正しいのなら。


『ああ、私は巨鯨魔猫とも伝承されているからね。鯨座のCetus(ケイトス)と、キャットのCから取られた暗号名。ダブルミーニングらしいね』

「じゃあ危険度SSSのCってお父さんの事だったんじゃないっ! おもいっきり、あたし関係者じゃない!? なんならっ、お父さんのせいであたし、あの人たちと出会ったようなもんじゃない!」


 じゃないじゃないじゃないの三連コンボである。


 濡れ衣どころか、ど直球。

 マジでガチで、Cの関係者だったわけで。

 疑われて当然。


 それを当事者であるあたしが知らなかったという、間抜けな話になっていたってこと!?


 ガルルルルっと唸るあたしも可愛いわけだが。

 ヴェールの奥で。

 ぶにゃははははっと魔猫王の声がする。


『まあ、あの世界を救うか救わないかは君に任せるよ。このままだと滅んでしまうかもしれないからって、ロックウェル卿は動いているけれどね。正直、私はあの世界にそこまで干渉するつもりはないのさ』

「どうしてよっ、あそこが故郷なんでしょ!」


 唸る私に、ヴェールの奥が捲られる。

 そこには十人が十人、見惚れてしまうほどの絶世のイケオジといっていい黒衣の神父。

 お父様がいて、とても穏やかな声で告げていた。


『既に我々は、一度あの地を救っているわけだからね。それがまた、たった十年ちょっとで滅びの予兆が見えるだなんて――少し呆れていてね。今度また救ったとしても、また近いうちに同じことになるのは目に見えている。いくら手を貸しても無駄だという事さ。おそらく、彼ら自身が成長しないと駄目なのだろうが――』


 言葉を区切ったお父さんが、最強の神器と謳われる猫目石の魔杖を翳し。

 ペカー。

 並々ならぬ魔力を浮かべて、ネコのような眼を輝かせる。


『その成長のきっかけこそが君、なのかもしれないね、我が娘よ。経緯はどうあれ、君は一度手を貸したんだ。途中で見捨てるのは、お父さん、感心できないなあ』

「てか! その滅びる云々っていうのも、きっかけはお父さんたちがあの世界に魔術をバラまいたせいもあるんじゃないの!?」


 あたしの抗議を軽くスルーして。

 姿をドヤ顔をしたネコ。

 お父様本来の正体に戻し。


『そんなわけだから、君を人間世界、つまり現代日本にしばらく追放する』

「待ちなさいよ! あたしは誤魔化されないんですからね! それ、自分のやらかしを娘にしりぬぐいさせてるだけじゃないの!?」


 魔力波動を纏って、ゴゴゴゴゴゴ。

 唸るあたしを必死で三魔猫が押さえる中。


『それじゃあ、またね。私はまだしばらく帰れないから、イイ子に過ごしているんだよ』


 次の瞬間。

 あたしの身体が強制的に日本に転送されていた。

 強制世界転移だろう。

 むろん、普通の存在では不可能な大規模魔術である。


 開いたままになっていたマップ表示名が、自宅になっている。

 ここはいつものあたしの部屋。

 日本で生まれた、日本人のあたしの部屋。


 今ので再確認してしまった。


 やっぱりお父さんにはまだまだ全然届かない。

 ああいうテキトー過ぎる父なのだが、それでも魔王軍最高幹部。

 その実力も本物。


 人間から転生した世界最強の魔猫であり。

 あたしの自慢のお父さん。

 けれど――。


「いつか絶対に、追い付いてやるんだからね!」


 あたしはそんな野望に燃えつつも。

 つい、笑みがこぼれてしまう。


 たぶんだが――。

 この世界にとどまっていい事が決まって。

 やっぱりちょっと、嬉しいんだろうなあ~っと。


 他人事のように思ってしまう、あたしなのである!


 さて!

 この世界はどうにか未来を変えないと滅んでしまうらしいが。

 すぐじゃないだろうし!


 あたしはゲーム配信をするべく、パソコンをポチっと立ち上げたのだった!



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― 新着の感想 ―
きりんさんみたいなことしてる。
[良い点] あはは(≧▽≦) やっぱCってケトス様じゃん!(´▽`) [一言] また、滅びの予兆って…。(-ω-;) どんだけ滅びに愛されてるんだろかね人間は ( ´艸`)
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