第十七話、フラグブレイカー
異能力者行方不明事件の犯人は、あたしとも面識のあった女性。
大黒さん。
彼女は魔力と魔法陣を纏って、不敵に笑んでいた。
このあたしの実力は理解できていないのか、やる気満々である。
さて、どうしたもんか。
身も蓋もない話だが、ここであたしが力を貸せば即終了。
犯人である大黒さんはすぐさまに退治できるだろう。
クール眼鏡をクイっとして、イケオジ公安ヤナギさんが言う。
「アカリお嬢さん、彼女は他国からのスパイ異能力者と推測されます。あの特殊部隊の装備が何よりの証拠。あなたに政府として正式に協力要請をいたします」
「オッケー! っといいたいところなんだけど、その前にひとつだけいいかしら!?」
はい、ここで問題です。
なぜあたしはこんなに、うへぇ……って顔をしているでしょうか!?
相手が知り合いだったから?
違います。
人間同士の戦いに巻き込まれて失望しているから?
それも違います。
正解は――!
「みんなに言っておくことがあるわ!」
「どうした嬢ちゃん!?」
「あたし! めちゃくちゃ手加減が苦手なの、やっぱり……顔だけが生きているとか。死んじゃったけど、亡霊としては生きているからセーフとかって、まずいわよね!?」
訝しむようにイケオジ公安ヤナギさんが言う。
「異界の姫君、こんな時に冗談は――」
「冗談じゃないんだってば!」
敵が、こちらのやりとりを待っているなんてアニメや漫画の中だけ。
大黒女史は、ダンジョンを覆っていたアンデッドの力を収束させて。
「気にしないでいいわよ、アカリちゃん! ふふふふ、あはははは! なんの考えもなしでここまで異能力者を集めてくれたのは逆に好機。全員、この場で拘束してあげるわ!」
一応は人間の力を超えている。
おそらく。
なんらかの異能を溜めておくアイテムかなにかを利用して、これだけの力を出しているのだろうが。
問題はそこじゃない!
「待って待って! 今、そんなに敵意と殺意をむき出しにされると、気があらぶってるからまずいんだってば!」
告げたあたしの赤い髪と瞳が勝手に、くわぁぁっぁっと広がる。
次の瞬間。
みなさんは、宇宙戦艦とかのビームを知っているだろうか。
そんな感じの魔力砲が――。
ドゲガシャァァァァアアアアアアアアァァァァ!
直線状にダンジョン構造を破壊しながら放射されていた。
自動反撃である。
そういうスキルを魔の姫たるあたしはもっていて。
当然あたしも叫んでいた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! 大黒さんっ、避けるか防ぐかして!」
「ちょ、ちょっと!? きゃぁああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」
敵の筈の大黒さんを庇って、なんとかビームを避けさせたのは――イケオジ未満。
タバコの結界を纏う、池崎ミツルさんである。
「大黒! 何とか生きてやがるか!?」
「え、ええ――でも、どうして?」
「バカ野郎、嬢ちゃんを人殺しにできるわけねえし。たとえスパイだったとしても、ずっと一緒に仕事をしてきたてめえを、見殺しにできるわけねえだろうがっ!」
これは説得フェイズか。
この男はバカだから、きっとその言葉は咄嗟の本音で。
だからこそ、女の心を強く打ったのだろう。
あたしは力を何とか抑えつつ、様子を見守ることにした。
「どうして、どうしてよ、どうしてそんなことを言うのよっ。裏切り者なのよ!?」
「それでもお前は、人を救っていた」
「え……」
ミツルさんが言う。
「おまえはスパイとして演技を続けていただけかもしれねえ。けど、オレと一緒に行動して、多くの異能力者の未成年を救ってきただろう? 力を自覚したあいつらが暴走しねえように、混乱しねえように。大人のお姉さんとして、ずっと、ずっと――心配しないでって、元気づけてやっていたじゃねえか」
「それはあくまでも、良い人を演じて疑いの目がかからないようにしていただけで」
女の肩に両手を下ろし。
真正面から見据え、男は言った。
「それでもお前の演技に救われた人間は、たくさんいた。それは事実だからな」
「ああ、嫌だ。本当に、やだ。あなたのそういうところ、本当に虫唾が走る!」
言葉とは裏腹。
女の声は震えていた。
「でも、そうね。ここが潮時というのは間違いないわね」
「我々に投降する――ということでいいのですね?」
ヤナギさんの言葉を否定するように苦笑し。
大黒さんは言った。
「無理よ――」
「無理? まさかこの状況、僕の生徒と煙の魔術師。そして、暴走ドッカンお姫様から逃げ出す算段があるとでも?」
ん? なんか微妙に失礼なことを言われた気もするが。
会話イベントの最中だから不問にするあたし。
とっても大人プリンセスね?
「ねえ、こんな話を知っているかしら。とある銀行強盗のお話」
「はぁ? こんな時に何を言ってやがるんだ」
「ああ、もう……あなたってば、本当に空気が読めないのね。ちゃんと人の話を聞きなさいってば」
女は疲れた息を吐き。
「その銀行強盗の首には首輪が仕掛けられていたのよ。その首輪には何が仕掛けられていたと思う? ああ、ヤナギさんはもう気づいたのね。そう、爆弾よ。誰かに脅されて、命令されていただけ。それと一緒」
言って、大黒さんが胸をわずかに覗かせ。
そこに刻まれた呪印をこちらに見せつける。
そして目線を石化ミュージアムに向け。
「能力に目覚めた後に、そいつらの仲間に誘拐されちゃってね――これ、逆らったらズキズキするの。裏切るそぶりをする前に、考えただけでダメ。徐々に寿命を食べてるんですって、本当、酷い話よね。こんなのってないじゃないっ」
呪印が女の顔を覆っていく。
おそらく、この情報を開示した時点で――。
……。
ようするに、彼女もまた被害者だったのだろう。
大黒さんはすっきりとしたような顔で。
けれど、公務員たちを寂しそうな顔で眺めて。
一言。
告げた。
「どうして――助けてくれなかったの?」
それが本音だったのだろう。
まだ出会ったばかりのあたしは知らないが――。
彼女はいつだって、サインをだしていたのではないだろうか。
「なんて、嘘よ。嘘。ごめんなさい、ごめんなさいね――許してなんて、言う資格はないかもしれないけど。こうして意思を奪われて使われている犯罪者もいるって事だけは、どうか覚えておいて」
それが諦めの言葉だと、誰にでもわかった。
呪印が誰の目から見ても分かるほどに、邪悪に歪んでいたのだ。
心臓を蝕むように、胸の上を這っている。
もしかしたら、あの悪魔使いの女性も――。
だから大黒さんは彼女を白と判定した、そういう可能性は高い。
池崎さんが言う。
「アカリの嬢ちゃん、この呪い――なんとかならねえのか!」
「無理よ、心臓と癒着してる。呪いを解く行為そのものが、心臓を奪う行為になるわ。あたしたちと違って、人間は心臓が壊れると、死ぬんでしょう?」
この場には異能力者の生徒もいるが、彼女を助ける手段はないのだろう。
重い沈黙が流れている。
ここで冷徹なことを誰かが言わないといけないだろう。
「大黒さん、あたしは今からあなたにとても酷い事を言うわ。いいかしら?」
「ええ、アカリちゃん、あなたにはそれを言う権利があると、思うわ」
「どうせ死ぬのなら――あなたに酷い目を遭わせた連中の情報を、生きている今、この瞬間にできる限り教えて。必ずあたしが、あなたの復讐をしてあげるから」
決定的な情報を渡したら、おそらく彼女は死ぬ。
つまり。
あたしは残酷だが、死ねと言っているのだ。
「アカリちゃんが……?」
「ええ、あたしはこれでも本物の魔王軍最高幹部の娘。魔族の姫君ですもの。人間に同情なんてしないわ。あなたを散らせた外道を、望むままに、八つ裂きにしてあげる」
赤い瞳を邪悪に尖らせ。
あたしの髪が波打っていた。
「だから、死ぬ前に情報を提示して。それが対価。あたしとの契約に必要な儀式よ」
だれもあたしを咎めないのは、きっと、誰かが言わないといけない言葉だったからだろう。
このままでは彼女は犬死にをし。
なおかつ、異能力者行方不明事件はこれからも続くだろう。
その流れを断つ必要がある。
だから、あたしはたとえ悪者になったとしても。
自分の考えを信じている。
決定に後悔することもあるだろう。
けれど。
この事件に、あの時こうしていれば――。
そんな未練は残したくない。
あたしの決意を覗いたのか。
ウソを見抜く能力者の女は、安堵した様子で唇を動かした。
「そうね、あなたなら――復讐、してくれそうですものね。いいわ、今、スマホ、持ってるかしら?」
あたしは頷いた。
彼女はあたしのスマホに自らのスマホを重ね。
異能の流れを送り込んでくる。
「約束、ですから……ね」
メッセージとして、受信されたのだろう。
どくん……っ。
大黒さんのはだけた胸が、締め付けられるように跳ねた。
次の瞬間。
今回の事件の黒幕。
己の命を人質に、外道を強要された女は死んだ。
やるせない空気が現場に流れていた。
あたしの髪を撫でて。
ミツルさんが言った。
「すまなかったな、嬢ちゃん。こんなことに巻き込んじまって」
「仕方ないわよ。そういう時だってあるわ」
あたしは泣かなかった。
ヤナギさんが言う。
「彼女の提供した情報を、こちらにお渡し願えますか? こちらで引き継ぎます。これ以上は、未成年のあなたが見て良い場面ではないでしょう」
「人間風情が、あたしの獲物を奪うつもり?」
空気がざわつく。
イライラとしているあたしの魔力が、一触即発の邪気を纏っていたからだろう。
しかし、メガネを輝かせる公務員の男は言った。
「僕と契約をしている異界の神は、あなたの御父上のご友人です。全てを見通す大神といえば、あなたもご存じなのではありませんか? 姫君、僕はあの方と契約し、あの方の神託を受け行動しています――そしてあの方が、これ以上、あなたにそういう場面は見せたくないと。そう仰せなのです」
「お父様の? そう――ロックおじ様が……」
他のものは全く理解していないが。
あたしとこの公安男だけは知っていた。
異世界には三獣神と呼ばれる神がいた。
けっして敵に回してはいけないと畏れられる、大物の三柱。
公平なる審判者。白銀の魔狼ホワイトハウル。
全てを見通す者。神鶏ロックウェル卿。
そして――あたしの父、殺戮の魔猫。大魔帝ケトス。
その一柱が、なぜ人間ごときに力を貸しているのか。
あたしには理解できなかったが――父の友人の願いならば。
聞くしかないだろう。
「後日、あなたとその件も含めお話がしたいのですが――今はどうか、こちらの顔を立ててはいただけないでしょうか」
「分かったわ、情報を渡す。けれど、大黒さんの蘇生が終わったら、あたしも現場に向かうわ」
なぜか再度。
空気がざわつく。
頬に汗をビジョビジョと浮かべ。
「今、なんとおっしゃいました?」
「あたしも現場に向かうといったのよ」
「いえ、その前です――大黒さんの蘇生?」
なにをそんなに驚いているのだろうか。
あたしは眉を顰め。
「なに!? 犯罪者だから蘇生しちゃいけないっていうの!?」
「い、いえ!? 違います! 蘇生、できるのですか!?」
「当たり前じゃない、ここはダンジョンよ? 死した魂はこの迷宮内に徘徊している、損傷の少ない死にたてホヤホヤの遺体と、アンデッド化する前の汚染されてない魂がさまよっているのなら。完全な蘇生ができるじゃない。そんなの子供だって知ってるわよ?」
ミツルさんが般若の顔で。
くわ!
「がぁああああああああぁぁぁぁぁ! 蘇生できるってか!? そういう事は早く言え!」
「なによ! そっちの常識なんて知ってるわけないでしょう!? あたし、姫様よ! 箱入り娘よ! どうか蘇生してくださいって頭を垂れて、畏れ敬いなさいよ!」
呪印が面倒な風に心臓と絡み合ってるから。
本人には悪いが一度、死んでもらった方が対処しやすかったのだ。
それに――。
ここには大勢の証人がいた。
そう、被害者ともいえる大黒さんは確かに犯罪に手を染めさせられていた。
けれど改心し――”自らの命を投げ出して”でも、敵の情報を渡した。
その事実ができたわけで――。
それを、頭のキレるイケオジ公安男だけは理解したのだろう。
蘇生の魔術を展開するあたしを見て。
他の人とは違った表情で、まるで新たな主人を見つけたような顔で――深々と頭を下げていた。
◇
その日。
あたしはロックおじ様の顔を立て現場には向かわず。
おとなしく家に帰ったが。
なぜだろうか。
ガス爆発があったというどこかの大使館では、死神のような戦車騎士の軍団と。
三匹の、綿あめのようなクロシロ三毛色の怪物が大暴れした。
そんな噂がネットでは流れていた――。
きっと、どこかのダンジョンから偶然。
流れ出てしまったのだろう。
当然。
あたしは何も知らなかった。
と、いう事にしようと思う!