第十六話、華麗なるあたしの名推理!
いたいけな女子高生アカリンこと、あたしを狙った巨悪は滅んだ。
目の前には苦悶を浮かべる彫像の山。
これでよし!
見事な石像ミュージアムの完成。
彼らの魂はいま、*いしのなかにある*状態。
銃撃してきた特殊部隊は全員石化していたのだ。
あとで解凍できるので、殺すよりよっぽど楽だし、なによりこれは犯罪ではない。
正当防衛なので問題なし。
睨んで石化させてはいけないという法律も、日本国にはない。
つまり、セーフ!
ちゃんとバジリスクをしまって――っと。
あたしは警戒を解かずに、イケオジ公安のヤナギさんに瞳を向ける。
「ヤナギさん、だっけ? 仕掛けられてる罠ってこれで終わりかしら?」
「はい、おそらくはですが――」
あたしはぷっくらとした唇に指を当て。
ふふっと邪悪に微笑んでいた。
「やっぱり普通の人間ってこんなもんなのかな。ちょっと拍子抜け。つまらないのね、人類って」
まるで悪役のセリフである。
このモードのあたしは、ちょっぴりサディスティックになってしまうので。
危ない危ない。
「なーんちゃって! まあこれであたしの勝ちって事で、もう一度言うわ! 助けに来たわよ!」
告げてあたしは、ニコニコ笑いでブイサイン!
ちょっと魔力を押し込めて、空気だけはいつもの女子高生モードである!
とはいっても、まだ覚醒状態だが。
放心したような顔のヤナギさんの口から。
ぼそりと声が漏れる。
「お強い……ですね」
「でへへへへ! まあ、それほどでもあるかもね! って、あなたねえ……! そっちが、あたしが強いからって今回の事件に巻き込んだんでしょうが!?」
ジト目で言ってやる。
「そ、そうですが――まさかこれほどのモノだったとは」
「ん? あたしが異界の皇室関係者って知ってたんじゃないの?」
「ただ――事前に集めていた情報とも、予知とも、ズレがあるといいますか」
あー、なるほど。
銃刀法違反に制限されていた状態の、通常モードなあたしの能力で判断していたのか。
ならしゃあなし。
「なんにしても助かりました。あのバカだけでは不安でしたので。道中、暴走して苦労をおかけしたと思います、姫殿下、どうかご容赦を」
「あ! やっぱりわかっちゃう? そうなのよ、この人、弱いくせに前に出ようとしちゃって大変だったんだから」
言いつつも、やはりあたしは覚醒モードを維持している。
赤い髪を優美に靡かせ、魔の姫たるあたしは進む。
かつんかつん。
周囲の安全を――チェック。
そんなあたしの目線を受け、慇懃に頷き。
さぁぁぁっぁぁぁ……。
クロシロ三毛が闇の中に溶け込んでいく。
これさあ! 目線で眷属に命令するって、めちゃくちゃ格好よくない!
あたしは何事もなかったように、行方不明事件の被害者たちに近寄り。
聖剣から放つ光で結界を構築。
こっそりと徐々に体力を回復させる聖域を展開させた。
「ミツルさん、今のうちにみんなを――って、どうしたの?」
「う、動いてもいいのか!?」
「あー、あはははは、ごめんごめん。そういや勝手に動くな的な制約をかけてたわね! お願いしま~す」
このパーティーはあたしがリーダー。
そしてあたしはこれでも正真正銘、マジもんの異界の皇室関係者。
いわゆるプリンセスの職業能力も使用可能なのだ。
プリンセスの職業能力は従者への能力向上や、指揮による統率。
ミツルさんが動けなかったのは、あたしのせい。
勝手に動くなという命令を遵守したのだ。
ようするに強制命令状態にあったのである。
これで事件が解決!
ではない。
ミツルさんがヤナギさんたちを解放する中。
「さてと――」
あたしは、闇の奥で隠れていた人物。
おそらく黒幕だろう人に――。
嫌味な口調で語り掛ける。
「それで、人のよさそうな大黒お姉さん。これはどう説明してくれるのかしら?」
「あら、気づいていたのねアカリちゃん」
闇の中からやってきたのは、女性のシルエット。
巨乳秘書といった感じの人間。
異能力者で政府関係者。
あたしも少しは信用していた人物。
大黒さん。
尊敬できる大人だと思っていた、あのひと本人である。
事件は――終わりに近づいているということだろう。
そんな物語の終焉の空気を感じつつ。
あたしは言う。
「やっぱり。そう――あなたが行方不明事件の犯人だったのね、大黒さん」
「ふふふ、そういうことに……なるのかしらね」
くすりと女の笑みを浮かべて彼女が言う。
おっと、潔い。
「ふーん……『あら? どうしてそんなことを言うの?』とかそういう茶番はしなくていいわけ?」
「だって、バレているのなら。無駄でしょう? けれど、どうしてもわからないことがあるの、アカリちゃん。教えてもらえるかしら? どうしてわかったの? ミスなんてしていなかったはずなんだけど、何か失敗していたかしら?」
犯人を追い詰める美人探偵を意識し、あたしは赤い髪を靡かせる。
「気づいた理由は色々あるわ――けれど、一番はこれ。あたし達が動いたのに、あなたはなぜか今回に限って何も連絡をしてこなかったじゃない。親切でお節介そうな大人のお姉さんが、どうして心配して電話やメッセージのひとつでも送ってこなかったのかしら? そう考えると、ちょっと不思議に思ってこない?」
そう。
彼女は知り合いでもある公安ヤナギさんが失踪してから、一度も連絡をしてこなかった。
ああいうお姉さんタイプの存在なら、ミツルさんが暴走しないように釘を打つはずだったのに。
そこまで考えが回らないほどに、忙殺されていたのだろう。
では何に忙しかったのか。
繋がって考えられるのは――ヤナギさんの失踪である。
「あなた、ヤナギさんに良いようにかき回されていたのね」
「正義気取りの公安のせいで、こちらの計画は台無し。連絡をする暇もなかったのは事実だわ」
かつんと動く大黒さんに、カチャリ。
輝くのは黒鉄の塊と、銜えタバコの――火。
戦闘モードのミツルさんが銃口を向ける。
「動くな――大黒、オレを人殺しにはしたくねえだろう?」
「……それは、人を一度も殺したことのない人が言う言葉よ」
緊張した空気の中。
あたしが言う。
「だいたい、ねえ――あんなに怪しかった悪魔使いのシスターコスプレおばさんの事情聴取が、白って――そんなガバガバな判定をしてる時点でおかしかったのよ。今までも普段は絶対に真実を見抜いて、様々な犯罪者を検挙していた。大黒さん、あなたはとても優秀な能力者だったんでしょうね。けれど、本当に隠したい相手。庇いたい異能力犯罪者についてだけは、あなたは少しウソつきになる。そうやって徐々に隠したいウソを覆う、犯罪者にとっては素敵な環境を整えていったんじゃないかしら」
これぞ、名推理、名探偵のセリフ!
推理アニメとゲームの賜物である。
「普段良い人で、実際多くの犯人逮捕に貢献しているあなたを疑う人なんていない。だから、きっと、とてもやりやすかったんでしょうね。女って怖いわね、あたしも見習おうかしら――ふふふ」
ま、見習う気なんてまったくないけど。
演出である。
「賢いのね、それも異界の姫様の能力なのかしら?」
「違うわよ――簡単な推理ってだけ。これだけの行方不明者がでているのに、なぜかいまだに尻尾を掴めない。その理由を追っていれば、誰かが気づくでしょう? どうやってかしらないけど、内部の人間が犯人を隠しているって。そう、いつかはたどり着くのよ――ウソを見抜く能力者がウソを言っている。その可能性にね。あたしはそれに気づいただけ」
まあ、マップ表示したら一度パーティー加入していた彼女。
大黒さんのデータが表示されて。
しかも敵を示す赤マークで点滅していた。
気付いたのは、そんな推理とは何にも関係のないオチなのだが。
黙っていた方が格好いいから、このままにしておこう。
ウソを見抜く能力も、こうなったあたしには効果を発揮しないし。
これは異能力バトルではないのだ。
あたしだけはインチキ、本当に別枠の異世界人なのだから。
「それでもそこの煙の人は気づいていなかったじゃない」
「あ、それなんだけど。たぶんね、この人は信用していたんだと思うわよ、優秀なお友達をね」
告げたその瞬間。
失踪していた異能力者の一部が立ち上がり。
ズチャチャチャチャ!
一斉に大黒さんに向かい、銃口やそれぞれの武器を向けていた。
魔力波動が様々に広がっている。
異能が混ざり合っているので、ちょっと魔力臭が凄いのだが……ここは我慢。
頬に汗を浮かべて、大黒女史が言う。
「そういうこと――被害者の中に、あなたたちの生徒を混ぜていたのね。公安クソ野郎さんの差し金かしら」
「こうでもしないと、上にも信用されている君を逮捕はできないだろうからね」
ヤナギさんが輝かせたメガネをクイ。
神経質そうな指で押し上げ。
「チェックメイトだ――異能力犯罪者。多くの事件を解決に導いた君がスパイだったとはね、残念だよ」
「ヤナギ、とっととオレから引き抜いた記憶を返しやがれ」
と――。
タバコと拳銃の完全装備で牽制しながら、イケオジ未満のミツルさん。
応じたヤナギさんが、タロットカードを翻し。
「そうですね、いつまでも君の記憶をもっていたくないですし……」
「汚ねえモノみたいに言うんじゃねえっ」
吠えるイケオジ未満を無視して、イケオジが詠唱を開始。
イケオジ公安のメガネが魔力波動に反射する。
スーツの裾をバサササっとしながらも、朗々たる声が響く。
「畏怖されながらも先を知る者、怨嗟しながらも見守る者。全能たる三獣神が一柱よ。我はヤナギ、汝と契約せし公僕なり。契約の履行を発動します――汝の魔術を我に」
「ウソ!? 魔術式……!?」
思わず、あたしは声を漏らしていた。
頬に冷や汗が流れる。
これはあたしサイドのファンタジーな魔術である。
そして――あたしは魔術式を覗くことができる、超天才少女。
この公安男――、いったい何者だ。
魔術式からすると――。
どうやら、とんでもない異界の神と直接契約しているようである。
あたしがごくりと息を呑む中。
イケオジの足元に、魔法陣が生まれる。
このタイミングで契約に従い、魔術の対価が消費されるのだが。
次元の狭間に消えるのは――。
ノイズが走る。
これは偽装。
魔術式を横から盗み見た際に発生する認識妨害だろう。
対価に支払われた供物は、読み取れなかった。
日本にのみ住まう魔獣の肉を加工したモノ、だろうか。
さすが公安。
契約の対価を秘匿している、そう考えるべきだろう。
既に魔術は発動していた。
抜き取られた記憶が、ミツルさんの中に戻っているようだ。
大黒女史も、記憶のからくりに気付いたのか。
悪役の顔で、ぎしりとルージュを蠢かした。
「そう――なるほどね。煙の魔術師がこちらの正体に気づく度、ヤナギさん、あなたがその記憶を異神の能力で抜き取っていた……。こっちは煙の魔術師を常に確認して、正体に気付かれていないかの基準にしていたから――ふふ、そう。それってズルじゃない。記憶まで渡せる関係だなんて、とっても仲が良いのね、ふふふ、ふははははは。嫉妬しちゃうぐらい、仲が良い友達なのね! こっちがバカみたいじゃない! ずっと、バレていないと思わされていたってことかしら!」
ふっふふふふふふっと肩を揺らし。
女は正体を見せるように、吠えた。
「やってくれるじゃないのさ!」
もう正体を隠す気などないのだろう。
女は――魔法陣を身に纏う。
このダンジョンを生み出していた、その力を解放していたのだ。
おお!
まるで異能力バトルである!
いや、まるでじゃなくて本当にそうなんだけど!