第十五話、魔の姫君のダンジョン無双
拝啓お母様。
まだあたしの冒険には気づいていないでしょうか?
そのまま気づかないままでいてくれると嬉しいです。
てなわけで!
あたしはコンテナ内にあったダンジョンを、赤い髪を靡かせ進んでいる。
ばさっばさっ♪
髪の後ろがしっぽのように揺れていたのだ。
連れの男。
イケオジにはまだちょっと届かない池崎ミツルさん。
この男に巻き込まれる形で、行方不明事件を追っているのだが。
ここで分かれ道。
立ち止まったあたしは、空を指で伸ばすように撫で。
マップを表示。
ダンジョン構造をチェックしたのだが。
ん……これは――。
……。
ああ、なるほどね。
ともあれあたしは言う。
「生命反応があるのは右ね、左は罠って所なんでしょうけど」
「どうした?」
「もし、行方不明になった人が死んでいた場合は――左にもなにかあるかもしれないってこと」
生贄の祭壇っぽいダンジョン内も気になってしまうが。
んーむ。
さすがに、少しだけ言葉が重くなってしまった。
共にマップを覗き込んでいたミツルさんが、銃を構えて口の端を釣り上げる。
「左の方が罠。死者が出る可能性があるって事だろ? なら決まりだな――オレが左を確認するから嬢ちゃんは右を進んで……」
ワンパターンなやつである。
このおじさん、もしかしてわざと死にそうなルートを選んでるんじゃないだろうな。
……。
やっぱり、ステータス情報の奥にアレが見えた。
ゲームで存在する称号や特性みたいなステータス情報を知っているだろうか。
たとえばあたしなら――。
魔王の血族、だったり、勇者の娘、だったり、フラグブレイカーだったり、初心者配信者だったり。
残念な美少女だった……りって、何よ! 残念って!?
このステータス情報っ、間違ってるんじゃないの!?
そ、それはともかく!
このミツルさんにも鑑定を使うと見えるのだが。
そこにあったのは。
死に場所を求める者。
ようするに、本当に死に向かって動いてしまう、呪いのような称号が記述されているのだ。
いわゆる死にたがりである。
この称号は過去に大きな後悔がある場合に発生しやすいと、お父さんは言っていたが。
……。
まあ無意識って可能性もある。
その辺には触れずに、あたしはコミカルな口調で。
「あのねえ、こういう言い方をしたくはないけど。あなた、もし五歳児が高速道路のど真ん中に進むっていいだしたら、どうする?」
「そりゃあ止める……って、もしかして、オレのことか」
「もしかしなくてもそうよ。さすがにあたしとのレベル差は、もうなんとなく分かってるんでしょ」
お説教モードである。
「そりゃ、まあ――」
「お願いだから無茶をしないで。あたしは目の前で誰かが死ぬなんて、嫌よ。たとえそれが出逢ったばかりのあなたでも、人の死は――悲しいわ」
バツが悪そうに。大きな手で自らの髪を掻き。
頭を下げた!
よーし!
「悪かったよ、心配させちまったな」
「あらぁ~、素直に謝れるなんて! 大人じゃない~! にひひひひひ! まあ許しましょう。あたしの心は宇宙みたいに広いんだからね!」
納得してくれたようだ。
「人が反省してるってのに……っ、まあいい。しかし、左はどうするんだ? そっちであいつが死んでるかもしれねえし……そのままってわけにもいかねえだろ」
「そうね、敵を真似してアンデッドに任せましょ」
言ってあたしは、どろん!
アイテムボックスから死霊召喚用の魔導書を取り出す。
「まーた、禍々しい本だな。それも魔導書、グリモワールってやつか」
「ちょっと違うわね。これは更に特別なアイテム。神器って呼ばれる神が作り出した魔道具よ」
説明をしつつも、あたしは神器:《冥界神の盟約書》を装備。
詠唱が面倒なので。
省略して、直接語り掛ける!
「悪いんだけどー! ちょっと起きてくれるかしら~!」
呼び出されたのは――骨戦車で軍勢を組む、アンデッドの群れ。
冥界神の死神騎士団が召喚される。
ミツルさんが、うわぁ……っと露骨に引く中。
八尺ほどもある巨体な男性死霊が、ギギギギっとあたしに首をかしげてみせる。
『コレはお珍しい。光と魔の狭間の姫君。我らにナニヨウで?』
「久しぶり! 突然呼び出して悪いわね、ちょっと仕事を頼みたいんだけど――他の皆も起こしてくれる?」
『承知、イタシマシタ』
重厚な騎士鎧で着飾った死神たちが、あたしに跪き。
ぎしりと骸骨の咢を蠢かす。
『ご命令をドウゾ』
「悪いんだけど、あたしたちは右に進むから左の調査をお願い。もし犠牲者がいたら回収を、なるべく遺骸は傷つけないで。もし人間に出会ったらすぐに連絡を、次の指示を出すわ」
『承知、承知、承知』
くぐもった返答が漏れ続ける。
承知。承知。承知。
承知。承知。承知。
ウツロな骨の隙間を、ぼわぁぁぁぁんと妖しく光らせ。
ガシャサシャシャアガサシャシャシャサ!
チャリオットが音を鳴らし、左の通路にアンデッド調査団となり進んでいく。
走り去っていくその砂利煙に手を振って。
「それじゃあ~、頼んだわよ~♪ って、なによその顔は」
「あー……なんつーか、随分と愉快なお友達だな」
イケオジ未満なミツルさんが、頬をぽりぽり。
あたしではなく、あたしの魔猫に向かい。
ぼそり。
「なあ……、あの禍々しいって言葉がそのまま顕現したようなアンデッドの軍勢って、ファンタジー世界の魔術師なら、普通に呼べるもんなのか?」
うちの三猫は、妙に誇らしげにモフ毛を輝かせ。
けれど静かに彼らの猫口が動く。
『いえ――あれは冥界神直属の精鋭部隊』
『さすがに普通の人間ごとき魔術師では』
『千歳を超えても無理でしょうにゃぁ♪』
声がわりと弾んでいる。
ああ、こいつら。
あたしが褒められる(?)のが、嬉しいのか。
むふふふふ、かわいい所もあるじゃないの!
しっかし、これ。
敵さんからすると、どんな状況になってるのかしらね?
いきなし、ラスボスの軍勢が襲ってきてるようなもんなんだけど。
あたし達はそのまま無双した。
◇
タロットの流れを追って、やっと到着したのは土壁の前。
色が変わっている部分がある。
あきらかに隠匿状態。
急襲されたので、慌てて道を埋めたというところか。
本来なら発見できずに通り過ぎてしまう作りなのだが。
いやあ、あたし。
このダンジョンのマッピングを先に完了させちゃってたからなあ……。
本来なら、ダンジョンハックを妨害する結界を張ってあるのだが、ここにそういうのはなし。
正直、弱い者いじめ。
小学生の砂場遊びに、ショベルカーで突撃している気分になっているのだが。
ま、人の命がかかっているんだから、あたしは悪くない。
「たぶんこの奥ね。生命反応が結構いっぱいあるし――準備はいい?」
「ああ、いつでも構わねえぜ」
言ってミツルさんは、微妙に口を尖らせ。
「つーか、オレ……なんも役に立ってねえんだが?」
「あたしが無罪だっていう証人になってくれるだけで、十分よ」
あたしはそのまま壁を破壊し。
そして――。
「みんな! 助けに来たわよ!」
ヒーローの華麗な登場に、皆の視線が向く。
視線が向くという事は無事なのだろう。
生贄祭壇のような場所には、多くの若者が床に伏して気絶している。
魂の力が弱まっているが、生きている。
おそらく誘拐されていた連中だろう。
その中には、両手足を縛られたイケオジ公安ことヤナギさんもいる。
当然。
若者たちと仲間を見たウチのバカ犬が反応していた。
まあ、そのまま突っ込まずにあたしの後ろにいるのは及第点だが。
「ヤナギ! 無事だったか!」
「池崎、罠です――っ、退避を!」
ここが発見され、足を踏み入れた途端に発生するトラップだったのだろう。
毒の仕掛けられた落盤と、マグマ弾が飛んでくる。
が――。
あたしは、赤い髪をふわりと揺らしていた。
「はいはい、キャンセルキャンセル」
あたしは手を翳すこともなく、その悉くを魔力で受け止め。
指を鳴らし。
必殺のトラップを全て無へと送り返す。
暗澹とした闇の中。
赤い魔力をキラキラキラ。
きっとあたしの髪も瞳も、美しく輝いているだろう。
そんなあたしの耳を揺らすのは、公安ヤナギさんの声。
「まだです! アカリさん! 左右から銃撃が、敵が潜んでいます。池崎! 異界の姫に、煙で結界を! 早く……っ」
「構わないわ、ミツルさんは被害者の方に結界を――いいわね? 勝手な行動はしないで」
って、このイケオジ公安、あたしが異世界人の関係者かつ。
やんごとなき血筋の姫って知ってるのか。
まあその辺は後で問いただすとして。
すぅっ……と。
瞳を細めたあたしに気付かず。
ファンタジーなダンジョン内なのにだ。
空間転移してきたのは、銃を構えた特殊部隊。
彼らは躊躇することなく。
ズダダダダ――ッ、ズザザザザザザザザ!
容赦のない銃撃。
弾丸の雨霰だが。
全て魔力波動で阻まれ直前で止まる。
敵対行動が、あたしの魔の側面を強くさせていた。
「で――? それで終わりかしら?」
女子高生を襲う、非道な男達。
いわゆる敵さんの声が響く。
「な……! 届いていない!?」
「撃て! 防いでいるという事は、当たれば効くという事だろう!」
いやいや、おじさんたち。
硝煙の匂いとかが服につくのが嫌なだけで止めているんであって、直撃してもゼロダメージなのだが。
本来なら防ぐまでもない、というやつである。
あたしは冷笑していた。
「くだらないお遊びね。お父様が仰ってた児戯ってやつかしら? このあたしと闘おうっていうなら、せめて流星群魔法を使える魔術師を師団単位で用意しなさいよ」
指を振って。
そのまま銃弾を鉛のゴーレムへと改造。
こちらの眷属化。
「ひぃ……っ、石の怪物が!」
「銃撃止め……っ、こいつに逆に利用されるっ!」
「接近戦だ――なんとしてでも、一撃を叩き込め。そうすれば異能は止まる!」
グオオォォォォォォォ!
ファンタジーと現代技術の合成ゴーレムの腕の中で、あたしは不敵に笑んでいた。
赤い瞳を輝かせて、くすりと微笑む。
「いいわ、そこまでいうのなら――遊んであげる」
声は彼らの耳元で聞こえていただろう。
空間転移をし。
わざわざあたしの吐息の熱が分かる距離で、囁いてやったのだ。
むろん、ただの嫌がらせ。
演出である。
銃を鈍器にそのまま殴りかかってくる隊長っぽい男の攻撃を避け。
あたしは言う。
「いつか目覚める日が来るといいわね――」
「な、なにを……!?」
「乙女を襲ったんですもの、それ相応の覚悟もしていたんでしょう?」
くすりと笑む。
あたしの頭上に生まれていたのは、禍々しい爬虫類の幻影。
幻獣バジリスク――。
石化トカゲの魔眼が浮かび上がる。
怯えた様子で敵が唸りを上げる。
「体が、うごか、石が、え……なんで、なんで!」
「衛生兵! 解除を!」
「やってますっ、やってるんです!? やってて、やっててこれなんですっ……!」
相手にはそういう異能解除の異能力者がいたのだろうか。
いや、でも……。
これ魔術だし……。
解毒薬が必要なのに、麻痺解除薬を使っているようなもんで、無意味なのだろう。
あたしは言う。
「それじゃあおやすみなさい、永遠に――なーんて、冗談よ。いつかきっと、そのうち解けるんじゃないかしら? たぶんだけど」
獲物を追う本能が、ぎしりとあたしを火照らせる。
「いつかって……なに、なに、なによ!」
「あぁ、悪いんだけどね――?」
闇の中。
ネコのような瞳をキラキラキラと尖らせて。
あたしの口が蠢いていた。
「この能力って人間相手に使ったことがないから。あたしもいつ解けるのか、よくわからないのよ」
相手の視界には四つの瞳が移っているだろう。
二つは当然、石化の魔眼のバジリスク。
そして残りの二つは――。
狩りを楽しむ、魔の姫たるあたしの瞳。
そのまま――。
チェシャ猫のように微笑する唇が。
闇の中で告げた。
「だから――いつかなの。もし一生起きなかったら、ごめんなさいね」
それが別れの合図。
人間の瞳孔が、狂乱で歪む。
己の運命を悟ったのだろう。
「やめろ、やめ……やめ、やめてくれ……っ!」
「なっ、ば、バケモノめ……っ」
「いやだいやだ、体が、体が……うご、ぐがうあかかかぁぁぁ!」
ジジジジィィィィィ!
鈍い音がして。
彼らの石化が肩まで上がり、喉まで固まり始めていく。
「いやぁああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!」
助けを求めるように蠢き石化する彼らには悪いが。
まあ、生身の女子高生を撃とうとしたのだ。
自業自得である。
幻影が睨んだ――。
それだけで。
銃撃してきた特殊部隊は全員石化していた。
ゲームだったら。
たぶん、今頃悲しいBGMと共に。
ゲームオーバー画面でも流れてるんじゃないかなあ。