第十三話、天才女子高生による魔術講座(未来視編)
ちゃんとしたイケオジで弁護士風な公安――。
ヤナギさんの失踪。
彼は失踪する前日にあたしと接触を図ってきた。
もうその時点で、自分に何かが起こるとは予想していたのだろう。
結局、入学手続きとかをする前に事件となり。
あたしはまだ未登校状態。
天才美少女の転校で、学校中が騒然とするイベントは先送り。
ヤナギさんの形跡を追っているのだが。
問題はあたしの横で動物園のクマのように、うろちょろ、うろちょろ。
あたしの部屋の中を、行ったり来たりを繰り返す公務員。
男の名は池崎ミツル。
例のあたしを巻き込んだ公僕である。
焦った時の悪い癖なのだろう、親指の爪をガリっと噛み。
「ったく、しょうがねえ奴だな――あいつも。ミイラ取りがミイラになりやがって」
これである。
精神よわ!
こっちは既に魔術を発動して、手掛かりを調査しているのだが。
落ち着かない様子でタバコをぷかぷかしているオトコ。
通称イケオジ未満に――キリリ。
ジト目を向けつつ、あたしは唸る。
「だぁぁぁぁあぁぁぁ! しみったれるんじゃないわよ! あの人だって、こうなることが分かってたからっ、あんたとあたしに不自然な流れで、声をかけてきたんでしょうが!」
「だが、奴はいなくなっちまった――あの時、オレが何かに気付いていればこんな事には……」
どよーんとしているその背中は、実際かなり落ち込んでいる様子。
身内や知り合いに何かがあると、駄目。
かなり精神にダメージを受けるタイプなのだろう。
仕方ないので、あたしが仕切るように言う。
「今朝、うちの郵便受けにこれが入っていたわ」
「それは!? 公安クソ野郎のタロットカードじゃねえか!」
あたしの手に握られていたのは、赤い冠に白い羽毛の怪鳥が描かれたタロットカード。
いわゆるアルカナ、
本来、タロットカードは力が抜けるという理由で、他人に持たせてはいけないモノなのだが。
それなのに、あたしにそれを授けていた。
まるでこれを使えと言わんばかりに。
「そう、昨日偶然あたしに能力を使ったカードよ。ようするに能力のキーとなってる魔道具が入れられてたって事。そんな偶然、あるわけないでしょう?」
もし弟がいたとして。
説教をするなら、こんな感じの口調になるのだろうか。
「あの時、あの人――あたしにCのことで難癖をつけてきたでしょ? もう大黒さんがチェックしていたのに、わざわざ手の内を明かすように能力を使ったのよ。その時、あたしは彼の異能を見ていた。つまり、物理現象を捻じ曲げる魔術式を確認済みって事。このタロットがあれば、あの時に使われた異能の流れを追うことができるわ――つまり、これで追跡しろって事よ」
手がかりがあるという事で、安堵したのか。
あからさまにミツルさんの顔色が良くなっていた。
「あいつ、昨日は――んなこと言ってなかったじゃねえか!」
「自分が行方不明になるからそれをカギにして犯人を捜せ、なーんて言ったら、あなた、絶対に反対したでしょう?」
「そ、そりゃあ――まあ、糞野郎でも知り合いだしな」
ブツブツブツと情けない男をくわっと睨み。
「とにかく! これはあの人が用意してくれた唯一の手掛かりなの! あたしを釣った出会いの事件だって、結局のところは異能力者行方不明事件を解決したかったんでしょ!?」
「お、おう!」
「で! あたしがあなたを助けた悪魔使い事件も、異能力者行方不明事件絡みだったわけで。全部は繋がってるのよ。どうせ、あなたに最初……あたしとの接触のきっかけを作った予言を与えたのも、ヤナギさんなんじゃないの?」
タロット本来の役割は占い。
予言の能力とは相性がいい。そこから推理できる事なのだが。
「はあぁ!? じゃあ、あの野郎……、オレに事件を解決できる戦力、つまりお嬢ちゃんを探させて。見つかったから即座に行動を開始した、っつーわけか!」
「そーいうことね。で、あの廃墟で待ち合わせをしようって言ったのもたぶん、ヤナギさんなんじゃない?」
図星だったようで。
ようやくイケオジ未満こと、ミツルさんは冷静さを取り戻し。
「となると――あいつ、お嬢ちゃんのことをオレより前に知ってたって事じゃねえか」
「でしょうね。全部はこの事件を解決するためだったんじゃないかしら」
ここでいったん言葉を止めたのは、格好をつけるためではない。
あたしは名推理を披露しつつ。
ササっとスマホを眺めて――。
……。
「で――あの人はあたしの能力も素性も、ある程度知っていた……そう考えるべきでしょうね。死相を見る力があるか、さらに言うなら未来を変える力があるかどうか。あたしを試していた可能性も高いわ」
「未来を変えるだと?」
「ええ。未来の流れっていうのは、ある程度決まっているのよ」
しばし考え。
あたしはお父さんから習った魔術式を思い描き。
実際に空に、物理学に似た魔術数式を魔導チョークで書き始める。
「例えばだけど――あたしがこうして手を叩くでしょ? そうすると音と風圧が、今、あなたの髪と耳を揺らした。それって手を叩くと決めた時点のあたしからすると、未来をある程度分かっているって事にならない?」
「ん? ま、まあ……少しはな」
この辺の説明が、まだあたしにはうまくできないが。
「あたしたち、魔術を扱うモノの常識なんだけど。当然、方向性が決まっている運命を変える力というのも存在するわ。あたしが手を叩くことを察知して妨害したり、あなたとあたしの間に、事前に壁を作ったりね。つまり、あたしが手を叩くことを事前に察知するのが、未来視や予知能力。未来が見えているのなら、それを変えることも可能って事よ」
「んなこと、本当にできるのか?」
まあ、それが魔術式を知らない一般人の発想だろう。
「該当する能力はいくつもあるわ。単純に、莫大な力で未来の方向性を変える禁呪レベルの魔術やスキル。他にも運命を破壊する力。いわゆるフラグブレイカーの能力ね」
おそらくだが、あたしにはその力が備わっている。
「あたしがミツルさんと大黒さんの死相を見て、行動を開始。これが未来視。運命を変えるほどの力を放って、悪魔使いのあの女の人を止めた、その結果が未来の変動。あなたたちの死の運命が消えたってこと。これがフラグブレイカー。両方の能力を同時に持った結果、未来は変動し、二人の死の運命が回避された――それが何よりの証拠じゃない?」
つまり――!
あたしのあの暴走魔術は、別に問題なかったって事である!
ということに今決めた!
「まあなんとなくは理解できたが……よくそんなこと、知ってるな」
「勉強って習えば習うほど、ある程度は上達するでしょう? 魔術もそれと一緒――そういう積み重ねが知識となって、あたしの糧となる。その瞬間があたしは好きなのよ。だから魔術の勉強も大好きなの」
好きすぎて、ちょっと周囲を心配させてしまうこともあるが。
いやあ、
幼稚園の頃にセミが怖いからって、天変地異を起こしかけた時は自分でもどうしようかと思ったわ。
ともあれ、魔術生徒化している彼に言った。
「しかし、ヤナギさんって人、凄いわね。ここまで考えて全部あたしたちの行動を調整してたってなると。めちゃくちゃ優秀って事になるけど――」
「ああ、あいつは優秀だよ。たぶん、それくらいはできちまうほどにな――」
言って、銜えタバコをプカプカプカ。
やはり落ち着かないのだろう。
情けない男である。
まあ、知り合いのピンチに動揺してしまうっていう人間味は、嫌いじゃないけど……。
しゃーない。
元気づけてやるか。
「ま、あたしって結構、幸運だし――たぶん大丈夫よ! このあたしに、ドーンと任せなさい!」
「あ、ああ……でも分かっちゃいるが。怖いんだよ、知り合いが死ぬかもしれねえっていう状況が――どうしても、慣れねえんだ」
この人、この性格じゃ――この仕事向いてないんじゃないだろうか。
「そんな弱虫なあなたに朗報があるわ。少なくともあたしはあの人の顔に死相を見なかった。つまり、数日中には死なない可能性が高いって事。逆に考えれば、数日中は絶対に死なないって言ってもいいわ。あたしたちが急げば間に合うって事じゃない?」
にひひひっといつもの顔で、あたしは微笑み。
ベンベンベンとその背中を叩いて。
美少女スマイルのサービスである!
まあ、これも先ほどの理論で考えるとだ。
死なないことが確定しているわけではない。
フラグブレイカー級の能力ならば、死という運命が突然発生する可能性もあるのだ。
もちろん、そんなことは口にしないけど。
「だーかーらー、いつまでもウジウジしてないでっ! とっととタロットの魔力を辿るから、あんたもついてきなさい! いい!? これ以上うだうだするっていうなら、その無精ひげを引きちぎるわよ!?」
「仕切るなって、悪かったよ! ったく、可愛げのない嬢ちゃんだなあ」
ようやく、本調子を取り戻したのだろう。
憎まれ口が戻っている。
「さてと、それじゃあいくわよ! 行方不明事件もこれで解決間違いなしってね! 邪魔する奴は、敵も味方もまるっとさくっとぶっ飛ばしてやるわ!」
「いや、味方は巻き込むなよ――」
些事は気にせず。
あたし達は、タロットの流れを追った。
いやあ、しかし。
たぶんミツルさんは、あたしの推理力が凄いって勘違いしてるだろうなあ。
ネタ晴らしをすると。
実はタロットカードと一緒に、計画が全部書いてあったんですけどね。
あのイケオジさん、この男がここまでへなちょこになる事まで読んでいたのである。
でもあたしは名推理がしたかったので、これは黙っておこうと思うのだ!