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第百十四話、獣神黙示録編 ~プロローグ~


 これまでの超華麗なるあらすじ。

 世界を救いました。

 三獣神が空から見てるのに、人間たちの一部があたしに突っかかってきてます。


 あたしの影に戻っている愛らしいビーグル犬。

 死霊魔術犬ネクロワンサーペスが、あたしの心に問いかける。


『うぬぅ、あれは三獣神であろう。なんたる魔力、しかし……どういう事であるか? 彼のモノらは強すぎる故、地球を破壊してしまう可能性があって、直接動けぬのではなかったのであるか?』


 ちゃんと事情を覚えているペスの頭の良さに、うんうん♪

 あたしは満足しつつも。

 こっそりと影の中に、あんまり考えたくない可能性を伝える。


「ええ、地球を壊してしまう可能性があったから動けなかった。だけど、今は動いている。それが答えってことでしょうね――」

『ま、まさか! おぬしら家族が大の苦手とする、手加減を覚えたと!?』


 めちゃくちゃ驚愕しているペスが、鼻の頭を震わせバウゥゥゥ!?

 ま、そういう見解もあるか。

 しかし。


「違うわよ。事と次第によっちゃあ、もう壊れてもいいって事でしょうね」

『な……っ!?』

「ペス、あんたもあたし達が実はループしてたってことは把握してるでしょう? その中で、ループする記憶を維持しているか、或いは入手する手段があった存在は限られている」


 あたしは自分の中でも整理するように、指を倒し。


「一人は最初のパンデミックといえるイケオジ未満な池崎さん。かつてあったかもしれない五年後の未来であたしに敗れ、そして同情され――世界を破壊するために、何度でもやり直す権利を貰った者。ただ、池崎さんはその時のあたしの”あまりにも美しい魅力”に惹かれたのか、手を差し伸べられた恩返しに、世界の破壊を諦め――逆に救う事に方針を切り替え、世界を救うまでやり直す権利を貰った。彼はループを維持していた遺跡を利用し、ループした記憶をいつでも引き出せる存在になっている」

『そなたの魅力がうんぬんはともかく、そうらしいのう』


 ペスの相槌を受け、あたしは続ける。


「二人目は破壊することを選んだパンデミック。もう一人の池崎さん。十三世紀のネコ狩りにて発生し、中世の魔女狩りの呪いを吸った憎悪の魔性。彼はループの途中で繰り返す世界に気付き、とある美しい少女の力を借りて記憶を維持する手段を会得した。今の彼は中立。大好きだったご主人様の生まれ変わりや、その子孫がいるかもしれない世界を破壊することに、躊躇を覚えて様子見を選択している――」


 大好きだったご主人様。

 その言葉に、ペスの瞳がわずかに揺れる。

 ペスもまた――ある意味でパンデミックと似たような存在、色々と思うところはあるのだろう。


「次に今はディカプリオ神父と融合している、天使ギシリトール。彼はパンデミックに記憶媒体の端末として使われた影響で、その記憶を維持していたことが判明しているけど――しばらくは動けないだろうし、割愛。そして残りを絞ると――」

『かつてのループの記憶を何度か既視感デジャヴとして思い出すそなた、赤き魔猫の異界姫であるな』


 そう。

 あたしも度々、ループを思い出す現象が起こっている。

 本当に、そこには無限ともいえるルートが存在していたのだろう。


「そしてもう一人だけ、おそらくループの記憶を維持している存在がいるわ」

『なるほど、そなたのループ現象を改竄させた存在。全てのネコの王にして、神』


 あたしはもう一度、空を見上げた。

 遥か上空、宇宙と大気圏の間を平然とふよふよ♪

 めちゃくちゃ偉そうなドヤ顔をした太々(ふてぶて)しい黒猫が、そこにいる。


「ええ……大魔帝ケトス。あたしのお父様よ――」


 ちなみに――、見た目はおちゃらけた黒猫だが。

 ああみえて。

 冗談抜きで、比類なき神――ぶっちぎりの最強である。


『しかし、なにゆえ……そなたの父は、あのような神の視点で大地を見下ろしておるのだ。それに、残りの二柱も――。というか、あやつら、なぜ大気圏ギリギリでふつうに動いているのだ。その時点でおかしかろう……結界すら張っておらんぞ……』


 空飛ぶネコにシベリアンハスキーに、ニワトリだし。

 なかなか見た目のインパクトが凄い。

 シリアスを維持するように、あたしは言葉を探す。


「言ったでしょう、父もループの記憶を維持しているって。繰り返す時の中で、あたしが何回人間から理不尽な理由で難癖をつけられたり、追放されたり、それこそ殺されたりしたと思う? それだけじゃないわ、ペスのことだってそう。それを全部、父も見ていたとしたら? 父は神であっても、常に人間の味方ってわけじゃあないの。もしかしたら人類に対して、今は悪い感情を抱いている可能性もあるわね。人を眺め、観察し、生きるに値しない種族だと判断してしまったのなら――」


 あたしが言いたいことを理解したのだろう。

 ペスが顔色を曇らせ。


『なるほどのう、それで事と次第によっては――ということであるか。つまり、そなたへの対応や選択を誤れば』

「そ、とんでもないことになるでしょうね」


 滅びを齎す災厄、パンデミックの危険は一応去った。

 とはいっても、いつ破裂するかわからない爆弾ではあるのだが。

 ともあれ、お父様たちが十五年前にやってきた滅びの原因は取り除くことができたのである。


 さあ、めでたしめでたし。

 と、終わるのは物語の中だけの話。

 平和になったのなら、よからぬことを企む輩は必ず出現する。


 そんな連中がでるかどうか。

 果たして、この世界に護る価値があるかどうか。

 お父様たちは見定めようとしているのだろう。


 後は――、一番困る案件が一つある。


 お父様がパンデミックやペスのような、人間によって不幸にされた存在に肩入れした場合である。

 ハウルおじ様が、人間そのものを悪と審判を下してもアウト。

 今の人類を不要と判断し、地球に棲みつく寄生虫と判定しちゃったら非常にまずいのだ。


「ハウルおじ様がこの地球に生きるもの全てに審判を下し。大魔帝ケトスが全てを滅ぼし、回復の神でもあるロックおじ様が、生きるに値するとハウルおじ様に裁定された者だけを蘇生させる。最後の審判、いうならば獣神黙示録ニャグワロクが開始される可能性が高いと、あたしは判断しているわ」


 考えを言葉にするあたしに、ペスも瞳を細め。


『ふむ、パンデミックと池崎の件は我も思う所があるからな。アカリよ、そなたと出逢っていなければ、我もまた人類を不要な存在と判断していたのやもしれぬ。動物の神でもある異界の三柱とやらが、人類に疑問を抱いていたとしても、我は不思議には思わぬ』


 ということは、ペスは人類を見限ってはいないのだろう。

 ご主人様といつか、再会する未来を夢見ているおかげでもあるのかな。


 しかしだ、あたしは再度空を見上げて……はぁ……とため息を漏らしていた。

 お父さん……。

 あたしに結構甘いからなあ……。


 娘になんかしやがったら、こんな世界知らん。

 我が娘が住むに値する世界ではないから、加護も異能も、全部持って帰る! それが原因で滅んでも、知らん!

 ぐらい本気で思ってるだろうし。


 まーじで、今、パンデミック事件以上にヤバい状況なんですけど……。


 だからである。

 これでも世界を救ったあたしに、なんかしかけてくることは止めて欲しいのだが。

 校門前の背広の方々は、めちゃくちゃこっちを睨んだまま。


 真ん中の偉そうな。

 カマキリみたいな顔の初老なおっちゃんが、意外によく通った声で。

 鼻梁にシワを作りながら告げる。


「本当に突然なことで失敬。日向さん、任意同行を拒むのならば――こちらもそれ相応の強硬手段を取らせていただくことになるのですが」


 おいおい。

 空の三柱が見ている前で、世界を救ったいわば恩人にその態度はまずいって!?


「つ、ついていくのは構わないけれど、理由を聞かせて貰えないかしら?」

「説明が必要ですかな?」

「あのねえ! そりゃあ必要でしょう? こっちは学生、十五歳よ。補導するにしても理由ってもんがなければできないでしょうが!」


 あたしは威嚇するように腕を組んだまま、相手をじっと見るが。

 初老カマキリのような男は大げさに首を振って見せ。


「仕方ありませんな――では、説明させていただきましょう。日向さん。あなたの家の戸籍が十五年前に偽造されたモノだと判明しました。あなたの一家には、不法入国者、他国からのスパイではないかという疑いが掛かっています。ご学友には聞かれたくはないでしょう?」

「ふーん、なるほどねえ。そういうこと」


 おそらく父が十五年前に戸籍を捏造したのは事実。

 相手はあたしがおもいっきしファンタジーな存在だと知ってはいるだろうが、その辺のことを言い変えれば、不法入国。

 スパイと断定せずに”疑い”ならば、任意同行で事情を聞くというこの流れもおかしくはない。


 というかあたしたちも、あたしたちで……。

 世界を救うためとはいえ、滅茶苦茶なことをやらかしてるのも事実だからなあ……。

 こんな危険な連中を野放しにできない、そう思われても仕方がない部分もあるのよね。


 ようするに、背広のおっちゃん達が悪人というわけでもないのだ。

 まあ、今のところの話だが。

 ヤナギさんと二ノ宮さんは……たぶん、あたしに近しいと判断されて動きにくい状況だろうし。


 しかし――。


 上からの、ネコ目線がヤバイ!

 お父様、めっちゃ目を尖らせてこっちを見てるんですけど……!

 髯がピンピンになってるし、モフ毛がぶわぶわって浮世絵とか、中国妖怪みたいになってるんですけど!


 これ、もう実は終末までのカウントダウンが近いんじゃ……。

 今はなんとか穏便に済ませたい。


「それで、あなたはどこまで知っているのかしら?」

「どこまで、とは?」

「言っておくけど、まだ事態は終息したわけじゃないってことよ。事後処理だって済んでいないし、災厄アレを押さえておくことができる能力者は限られているのよ? もし、あなたたちが勝手なことをして、今、微妙なバランスで成り立っている均衡が崩れたら――滅ぶわよ、この国」


 これも嘘ではない。

 三獣神とは関係ない驚異の話。

 パンデミックが様子を見ているのは、抑止力となっているあたしの存在もあるからなのだが。


「おや、お嬢さん、国が滅ぶとは――脅しはいけませんな。今のは聞き流しますが、発言は慎重にしていただきたい。公務執行妨害が適用される可能性があるとご理解を」


 このカマキリおっちゃん、すんごいしつこそう……。

 まあ、シュッとしてるイケオジと言えなくもないが。

 こいつら、もう全部解決してると思ってるんだろうなあ。


 というわけで。

 地球そのものが、裁定の獣の天秤にかけられているとも知らずに、暴走する人類と。

 話し合いをすることになりそうです。


 しかし。

 ここでついていくかどうかは――。

 あたしの戸籍がバレたってことは、たぶん池崎さんもアウトだろう。


 先に合流するべきか。

 あたしが断ろうとしたその時だった。

 初老カマキリおっちゃんが、スマホの画面を見せつけ。


「おおっとそうでした。お待ちいただく間に、姫殿下用に取り揃えました、デパ地下のローストビーフとケーキバイキングをご用意させていただいているのですが……それでも、ダメですかな?」


 胸の前にすぅっと、白く細い雪肌指を当て。

 あたしは姫の顔を作り。


「いいでしょう。あなたたちについていって差し上げますわ」


 世界平和のため。

 あたしはおとなしく、ついていくことにした。


 だって、ここで嫌だと言ったら絶対もっと難癖付けてくるし。

 そうしたら、その時点でハウルおじ様が犬手でバッテンを作って、お父様が頷き、ドカーンで地球がゲームオーバーになってたし、ねえ?


 別に、食欲に負けたわけではない。



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