第百五話、主(あなた)がそれを望むなら ―赤き鼓動―
前回のあらすじ。
ディカプリオくんの目的があたしのお父さんなので、真実を話した。
若い頃の父のトンデモエピソードを、まったく信じて貰えませんでした。
以上!
しかも。
狂人に狂人扱いされて、あたしはちょっと頬をヒクつかせてしまう。
そ、そりゃあ。
いきなりネコとか言われたら、こうなっても仕方ない……っ。
仕方ないが……っ。
それでもあたしは父の物語を聞かせた。
「と、これが父の物語の始まり部分よ――」
「そ、そうですか――それは、その……大変でしたね」
神父、ドン引きである。
目線を逸らしやがってるしっ。
想像してみて欲しい、ガチの変人にドン引きされ目線を逸らされる状況を。
あたしは、かぁああぁぁぁぁっと顔を赤くしたくなるのだが。
必死に、我慢!
全部ちゃんと真実だと知っている池崎さんは、後ろで大爆笑。
この人もこの人で!
憎悪の魔性の正体を明かした後は、わりと享楽主義的な一面をみせてるし!
とにかく、できることならここで説得を完了させたいので。
あたしはイライラを我慢し、静かに告げる。
「真面目な話よ。あなたは神父で救世主の異能を持つ者。人の悩みや告白を聞く能力も、嘘を看破する能力も有している筈。あたしが真剣に、真実を語ろうとしていることぐらい、分かるでしょう?」
「いえ、だからこそこちらも反応に困っているのですが……」
そ、そりゃあ口で説明するあたしも。
ちょっと意味がわからない話だと思っているのだが……っ。
真実なんだから、しかたないじゃない!
ここでこっちが恥ずかしくなったり諦めたりしたら負け。
あくまでもシリアスな顔で――。
姫たるあたしは、美しき赤髪を夜に靡かせ告げていた。
「信じられない話でしょうけど。でも、事実なのよ――あなたの大好きな神父様の物語。これがその始まりなのよ」
「では、本当に魔王とやらが眠っている間に、最高幹部。大魔帝ケトスとして魔王軍を率いていたと?」
あたしは頷いていた。
目を逸らさずに。
超がんばって、シリアスを維持しているあたしの、この涙ぐましい努力!
実に素晴らしい!
「ま、まあ……あなたがそう本当に信じ切っている事だけは、信じましょう。神はどんな狂人も見捨てたりはしないのですから――」
語る声は高潔なる聖職者のソレ。
ディカプリオ神父の瞳も。
やはり狂人を憐れむソレである。
ようするに、狂った人に向ける。
同情。
である。
う、恨むわよお父さん……っ!
こっちは全部本当の事しか語ってないし、説得には絶対に必要なことだから!
我慢して、こんな阿呆な話を語っているのにっ!
うがあぁあああああああああぁぁぁ!
この野郎!
胸の前で十字を切りやがった!
こ、こいつ……っ。
もし説得に成功して大人しくさせたとしても、あとで絶対に吹っ飛ばすっ。
ともあれ、説得は続く。
「ねえ、どうかしら。とりあえず異世界に行って、父に会ってみてくれない? 直接会えば、たぶん本人だって信じて貰えると思うんだけど」
「それはつまり、両親と会ってくれ。そういうプロポーズだと思ってもよろしいので?」
まーだ、その設定が続いているのか。
……。
というか、たぶんこれ、あたしがあの人の娘のせいか。
父の心臓を持つヤナギさんが、かつて、炎兄が襲来した時にあたしを過剰に心配したように。
あたしの中にある父の因子に、ディカプリオくんもまた反応しているのだろう。
ヤナギさんもヤナギさんで、なんか妙にあたしを気に掛けてくれている時があったが、あれって、お父様の心臓の影響だったんだろうなあ……。
ヤナギさんは心臓からあたしを身内だと判定し、本能的に庇っていた。
そして、目の前のディカプリオ神父はあたしに父の面影を追って、惹かれている。
しょーがない。
「もうそれでもいいわ。お付き合いとかはする気はないし、あなたはあたしの父があなたの神父だってまったく信じていないみたいですけど。あなただって異世界に興味はあるんでしょう? 仮に神父様があたしの父じゃなかったとしても、異世界に転生しているのは理解してるんでしょうし。こんな世界で救世主になってもしょうがないでしょう? そこで探せばいいじゃない。一緒に行きましょうよ」
極端な話、異世界に招くことができたらそれで話は終わる。
父が動けるようになるからである。
父、大魔帝ケトスが動かない……。
というか、動けない理由は単純――。
あまりにも強大な神性ゆえに、この地球で本気で暴れたら、全てを破壊してしまうから。
「よろしいのですか? わたしが異世界に向かえば、わたしがその地を掌握し――征服してしまうかもしれないのですよ?」
「本気? あなた、あたしよりも弱いくせによくそんなこと言えるわね」
ちょっと呆れて言ってやったのだが。
敵もさるもの。
不敵な笑みを浮かべていた。
「今が弱いからといって、将来は分かりませんが? 神父様はおっしゃっていました、諦めなければ可能性がないこともない。まあ、適当に頑張りなさい。夢をあきらめないことは人間の美徳。たとえ、諦めたとしても、それは必ず将来の力となる。なんて、わたしをゲームでボコボコにした後によく笑っていました」
なかなかどうして傲慢というか。
井の中の蛙なのだが。
あたしはそれがなぜだか、とても愉快だった。
「驚いた――あなた、意外に面白いのね」
「面白い?」
そう、面白かったのだ。
「ふふふ。いいわよ、異世界を掌握して征服。できるものならやってみせて欲しいわ」
たぶんあたしは素の笑顔を見せていた。
くすりと、箱入り娘の笑みを浮かべていたのである。
キョトンとした顔で、神父が金髪を揺らす。
「なぜ笑うのですか?」
「そんなことが本当にできるのなら、ちょっと面白いかなって思ったからよ。あそこは魔境。このあたしでも勝てない存在がそれなりの数、存在するから。あなたがそこまで本当に強くなれるのなら、あたしも本当に興味が湧いちゃうかもしれないわね――って、そう思っただけよ」
いや、ほんと。
自慢ではあるが、あたしもかなり強大な存在ではある。
けれどだ、それでもあそこではあくまでも超強いだけの小娘。
三獣神を相手にするのは論外としても、だ。
父と結婚し、力を増したという炎帝ジャハルお義母さんや、あたしの産みの母、日向撫子――そして、夢世界に住まう闇猫ラヴィッシュお義母さん。あの三人に勝てるかどうか、ちょっと怪しいし。
新しくあちらの冥界を治めたという冥界神のヘンリー様や、その身内――別世界の冥府を治める金糸雀女王陛下もかなり強いと話に聞く。
冒険者ギルドを束ねる人間から変成した女王種……バンシークイーン、嘆きの魔性ナタリーさんや。
禁断とされる紅の魔剣を扱う魔剣士や、魔槍を扱う人間も修行の果てに魔性に届きうる力を得ているとも聞く。
ようするに、父に関わった連中は普段愉快でコミカルな人たちなのだが、全員ぶっ壊れ性能なのである。
あたしは言った。
手を伸ばし、魔力に満ちた赤い満月を背にして。
「気が変わったわ。あなたを騙してでも異世界に連れ込んで全部終わらせようとしたけれど、本気であなたを連れて行きたくなったわ。救世主になるにしても、あたしにすら勝てない今のままじゃ無理だってことは、もう理解できたでしょう? きっと、価値観も変わるし、なにより修行だってできるわよ」
心からそう思ったからだろう。
あたしの交渉スキルが相手の耐性を無視して発動される。
精神汚染により説得がむずかしい神父、その荒んだ心に、直接あたしの声が届いているだろう。
神父が言う。
「どうしても、わたしを異世界に連れていきたいと……?」
なぜ? と訝しむ彼に、あたしは言う。
「決まってるでしょう! あんたみたいな世間知らずな聖職者に、世界ってもんをちゃんと教えてあげたくなったのよ! それに、本当に異世界を征服するつもりなら強くなるつもりもあるんでしょう? だったら、あなたはきっとあたしの力になる。ディカプリオ神父! あんた! あたしの仲間になりなさい!」
ビシっと腰に手を当て!
あたしはエヘヘヘっと姫様スマイル!
仲間になれと言われて、さすがに神父も動転している様子で。
「はい? あなたは……いったい何を言って」
「あのねえ! こっちはお父さんやおじ様や、パンデミックだったり池崎さんだったりに巻き込まれて、人の与り知らないところで! 勝手に行動まで読まれて動かされてるのよ! それも全部、あたしがまだ大人には敵わないから! だったら、仲間と手駒を集めて、人の運命を勝手に決めやがった連中を、いつかぎゃふんと言わせたいのよ!」
そう。
あたしが言いたいのはこれ!
結局、全部!
あたしは最初から最後まで、誰かの都合で動かされているようにしか思えないのだ!
そんなのあたしのプライドが許さない……っ。
「だから、まだ異世界の強者共の手駒じゃないあなたをスカウトするわ!」
説得スキルが、神父の心を侵食していく。
しかも、かなり根深いところまで突き刺さっている筈。
当然だ、この説得――実はあたしの本音でもあるからだ。
考えてみて欲しい。
あたしは確かに大人たちを尊敬しているし、その行動を否定する気はない。
しかし、あまりにもあたしの心や考えを無視して、勝手に物事を進めている――とあたしはちょっと憤りを感じてしまっているのだ。
乙女心というやつである。
しかし――。
これはある意味で、パンデミックからディカプリオ神父を奪う行為。
当然、黒猫があたしを妨害しようとする筈――。
神父の肩に集っていたパンデミックが、行動開始!
『ニャニャニャ!? 我が手駒をっ――させんのにゃ!』
「鎮まり、眠り――酩酊せよ!」
洗脳メガホンを再装備したパンデミックに向かい、煙の輪が包み込む。
池崎さんによるパンデミック妨害! である。
煙による妨害を受けたパンデミックが、赤き瞳を見開き、絵本に出てくる怪物のように獣毛を逆立てていた。
『また邪魔をするのか、もうひとりの我よ!』
「オレ達はもう十分、世界を壊しただろう。何回も、何十回も、何百回も! もう、終わりにしようぜ、オレ」
説得するあたしの横で、始まったのは――状態異常合戦。
タイムリープを繰り返す、憎悪の魔性同士の精神汚染攻撃である。
コミカルだったパンデミックが、憎悪に彩られてその本性を現していく。
『まだ足りぬ! 足りぬぞ! 我は死、我らの呪いと憎悪を振りまくもの。我が名は、災厄。教会を否定するケモノ。すなわち、死に至る黒死病なり!』
もう一人の自分であり、世界を逆に救おうとし続ける池崎さんに反応したのだろう。
その性質からギャグ属性が消えていく。
これはチャンスだ。
池崎さんもそう睨んだのだろう。
コートの裾を赤い魔力で揺らめかし。
瞳を赤く染め上げ、ウェーブ掛かった前髪をバサリバサリと揺らし。
その魔力を黒猫に変貌させ。
人ならざる魔性の容姿で、凛々しく犬歯を光らせる。
「てめえだって、もう分かってるだろう! オレがあの時、最後に見た者。いや、オレ達が最後に見た景色を! 憎悪にしか過ぎねえ、こんなオレ達に泣いた女がいた。全てを捨ててでも、たとえ世界全てに恨まれようとも――オレ達に無限の可能性を授けた女がいた! 未来のあいつを、あの時の手の温もりを、オレは忘れねえ! ぜってぇに、忘れちゃならねえ恩がある! その記憶はてめえにもある筈だ!」
パンデミックが憎悪を揺らし――突撃する。
憎悪の魔性の魔力同士が、ぶつかり合う。
『赤き魔猫の異界姫。かの姫の同情で――滅びし我は蘇った。百万年以上を繰り返し、我らは共に生と死を繰り返す。あの日、姫は言ったであろう。それほどに憎いのならば、誰も、一度も、手を差し伸べてくれないのならば――自分だけは味方でいてあげると。愛してあげると。あの日の涙が、我に無限の時を与えた。あの日の願いこそが、姫の願い。我は、姫の願いと共にある!』
憎悪の魔性の瞳が、ギロリと闇の中で輝き。
『なのに、なのになぜキサマは人を滅ぼさぬ! 恩を知らぬのはキサマだ、もう一人の憎悪よ!』
「恩なら死ぬほど感じている――だから、オレは繰り返す。何度でも、てめえを止めるために動いてやるさ。あの時、そう決めた。ああ、決めちまったんだよ! 初めてオレのために泣いてくれた女を、世界崩壊の犯人にできるわけねえだろうが!」
魔力が込められた魔性の声が、モーセのように海を割る。
手を差し伸べてくれた五年後のあたしを――。
世界崩壊の犯人にはできない。
それが、池崎さんの目的。
そういうことなのだろう。
なんだ、結局、彼はあたしに世界を滅ぼす権利を与えられた――それ故に、世界を滅ぼすことを諦めた。
それが答え。
池崎さんが世界を救う、本当の理由だった。
……のかもしれない。
たぶん、あの図書館のような攻略ノートで一冊だけあったアンノウン。
あたしが読もうとしたら邪魔されてしまったあの一冊に、その辺の事も書いてありそうだ――。
後でその辺の事情も詳しく聞きたい。
――が! そんなことよりも、今は結構凄い状態になっていた。
なんか怪獣大決戦状態になっているのだ。
魔性としての力を発揮した池崎さんは瞳を真っ赤に染め、ラスボス最終形態のようなオーラを纏って魔法陣を展開しまくり始めていたのだ。
当然、パンデミックもそれに対抗し魔法陣を展開している。
というか。
この二人……記憶がある程度共有されているのか……。
おそらくは――。
憎悪の魔性という強力な例外が、五年後のあたしに授けられたタイムリープの異能という例外と合わさり。
魔術式がバグってそういう現象が、起こっているのだろうが。
なかなかカオスな光景である。
ともあれ、パンデミックの気はそれている。
あたしは腰に手を当てたまま。
「なんかあっちは凄いことになってるわね――」
空を飛び、ドガンボゴンズガガガガゴン!
憎悪の魔性による戦いは、なかなか熾烈を極めている。
おそらく、何度もループを繰り返すうちに、ループ前の、最初の状態よりどんどん強くなっているのだろう。
魔力閃光で赤く染まる夜と海を見て。
ディカプリオ神父が言う。
「あの黒猫は……」
「だから言ったでしょう。あれがあなたに憑依していた神様。憎悪の魔性、パンデミックよ。あなたが言う所のいわゆるメシアの神じゃないわ。あんたはずぅぅぅぅう~っとあの黒猫に、いいように利用されてただけなのよ」
ジブリール君の話だと、本当に神の言いなりだったらしいが。
実際にアレを見て――。
ようやく少しはあたしの話を信じる気になったのか。
「ということは、あなたが語っていたことは真実、だったのですか?」
「だーかーらー、そう言ったでしょう……? あのねえ、説得するつもりだったからちゃんと全部、知っていることをこっちは話してたの! それに、考えてもみなさいよ! あなたを騙すつもりなら、あんなウソみたいな父の逸話じゃなくて、もっとそれっぽい話をしたと思わない?」
あたしの言葉に一定の信頼を覚えたのか。
「では、神父様は本当に――」
「ええ、あたしの父よ。本当はこの事件にも、直接、手を貸したかったみたいなんですけど――ちょっと本気で強すぎてね。語弊があるかもしれないけど、ブラックホールとか太陽が直接的に、地球に顕現しちゃったら全部壊れちゃうでしょう? あれと一緒の状態になってるのよ」
そもそも、この糞神父……。
じゃなかった。
ディカプリオ神父も救わないと、ループを繰り返すように細工していたのも、父みたいだし。
ディカプリオ神父はしばし考え。
ぼそりと呟いた。
「わたしは――取り返しがつかないことをしてしまっていた、ということですね」
「ま、人間誰だって失敗をするわよ。それに、あなたは操られていたっていう大義名分も一応あるでしょう? ちゃんと謝って、迷惑をかけて苦しめてしまった人以上に、これからもっと人を救えばいいじゃない。ま、それでもあなたを許せないって人は、いっぱいいるでしょうけどね」
そう。
おそらくこの神父は人を殺している。
その中には、きっと罪のない者もいたと思われる。
「だから、もう一度勧誘するわ! あなた、あたしの仲間になりなさいな! 他人に迷惑をかけた分、あたしの下で善行を積むのよ! 一人を死なせてしまったのなら百人を救いなさい! それを繰り返していけば、いつかは――まあ、すこしは罪も軽くなるでしょう?」
ニヒヒヒっとあたしは花の笑みを送ってやる。
神父はまるで、五歳の時に見せていたような。
無垢な笑顔をあたしに向け――。
「なるほど――あなたは確かに、あの人の娘……なのかもしれませんね。その強引な所が、よく似ていますよ」
言って、神父はあたしに手を伸ばした。
これで、説得は完了!
おお! あたしもやればできるじゃない!
と、思った。
その時だった。
あたしの身体はディカプリオ神父に突き飛ばされていた。
握手をする筈だったのに。
「ちょっと! なにする――のよ……」
抗議しようとしたあたしの頬が、燃えるように熱くなっていた。
血がついていた。
神父の血である。
守るようにあたしをつき飛ばした男の、十字架を抱くその胸には、歪に捻じれた腕が突き刺さっている。
「どうして? いえ、なによ、これ……っ」
赤い。
熱い。
血が、男の胸から流れている。
呆然とするあたしの目の前で、あたしを狙っていたのは――歯と口だけを覗かせる天使。
ギシリトールの姿があった。
その手刀は、あたしを狙っていたのだろう。
このあたしが気づかないレベルの手刀で、である。
意味が分からなかった。
けれど、これだけは分かった。
ディカプリオ神父は、あたしを庇っていたのだ。
でも、なぜ、この天使がいきなり。
血なんて見慣れている。けれど、思考が鈍る。
愚鈍で愚直な天使が言う。
『ダメ。おまえ、神父。連れていく。許さない』
天使が言う。
『神父。願い。ずっと、一緒に居る。オデと、ずっと。ずっと。一緒に。一緒に。一緒に』
ずっと、一緒に居て欲しい。
そう、願われ――誓われ。
その願いを叶える、純粋無垢な天使が言う。
『カワイソウな神父。主。オデ。その願い。叶える。ずっと、一緒。一緒。一緒! 誰にも。誰にも渡さない!』
躯から生み出された天使は、たしかにそう願われていた。
ずっと一緒に。
一人にしないでください……と。
それは誰よりも純粋な願いだったのだろう。
天使は赤い瞳を輝かせる。
腹からも、皮膚からも、腕からも。
どんどん、どんどん、赤く染まっていく。
あたしは察してしまった。
崩れる神父を支えながら、あたしは乾いた息を漏らしていた。
「あ、あんた――その身体、何個の聖遺物を取り込んでるのよ……っ」
そう。
おそらく。
神父は取り返した父の遺体を、ギシリトールに埋め込んでいたのだろう。
神父は善人からは聖遺物を取り返していなかった。
けれど、それが悪人だったら?
その答えが、この無数の赤。
剥き出しになった歯列が、グギギギっと蠢いていた。
この天使――。
かなりヤバいかもしれない。




