第十話、事件解決、もう事件なんて起こらない!
揺れる廃墟に並ぶのは、集いし悪魔の群れ。
まーたアカリお嬢様がやらかしたと。
ぶにゃはははは!
あたしのモフモフネコ達が、お腹を抱えて爆笑する中。
それらは世界に召喚された。
モンスターハウスという現象を知っているだろうか。
ダンジョンの中にたくさんのアイテムと罠。
そしてそれらを囲うように大量の魔物が徘徊する、一種のダンジョンギミックなのだが。
あたしが使った「伏魔殿の魔術」はまさにそれ。
世界の法則を書き換え、モンハウを再現する。
いわば領域のダンジョン化魔術だった。
ただし、即興で生み出した魔術だったこと。
そしてなによりあたしの未熟のせいだろう。
あたしの力だとダンジョン化が中途半端で、ダンジョン領域化したのはこの廃墟だけだった。
いや、まあそれが幸いしたんですけどね?
危ない危ない。
これがウチの次男の月兄だったら、この町ごとダンジョン化させて。
とんでもない事になっていただろう。
「この悪魔たちが、ぜーんぶあたしの使役眷属よ! さあ、あんたたち! あたしの敵を……って、もう歯向かう気はないっぽいか」
「お、おい――アカリの嬢ちゃんよ! おまっ、これコントロールできてるのか!?」
ミツルのおじさんが、銃を敵に構えたまま緊張の息を漏らす。
「大丈夫よ、なんなら試してみましょうか? ねえ! あんたたち、ちょっと集合!」
宣言してあたしは指を鳴らす。
すかさず動き出したのは――。
ダース単位で構成された、例の悪魔たちである。
群れ集う殺戮者のグレーターハイデーモン。
妖刀を守りし風悪魔のエンシェントパズゥフィック。
狂える魔術師王の騎士団。
彼らはあたしを讃えるように、列をなし。
へへー!
ダンジョン化した廃墟の中で、あたしはプリンセス気分!
『あなたこそが、我らがマスター』
『ご命令とあらば、なんなりと――』
『手始めに姫殿下の機嫌を損ねた、そこな女の首を刎ねても――?』
ちゃんと命令ができているとこれで証明できただろう。
が――。
あ……。
あたしの魔猫達が、ブスーっと、不機嫌そうに頬を膨らませている。
牙を見せつけ、クロシロ三毛が邪悪な唸りを上げる。
『なんニャ! きさまらは!』
『お嬢様の護衛は我らの仕事だにゃ!』
『低級悪魔どもはダンジョンで、雑魚冒険者でも狩ってればいいのニャ!』
毛を逆立てキシャアア、キシャァアッァ。
と、ネコの威嚇である。
ちなみに、この悪魔たちより圧倒的にこっちのネコの方が強い。
なので、悪魔たちは困惑気味なのだが。
「あー、もう! 話がややこしくなるから、あんたたちはちょっと待ってて頂戴よ。一番頼りにしてるのはあんたたちだって、分かってるでしょう?」
言われて三匹は瞳をキラーンとさせ。
『と、当然だニャ!』
『一回の浮気ぐらい許すのが、紳士ネコの嗜み』
『で、でもお嬢様! 我らがいることを忘れたら鳴いちゃいますからニャ!?』
こいつら、ネコだから嫉妬深いのよね~……。
まあそれほどあたしが、好かれてるって事かしら!
ともあれ。
あたし以外の全員が息をのむ中。
漆黒の翼をギィッィっと揺らし――グレーターハイデーモンが、慇懃にあたしに礼をしてみせ。
『それで、いかがなさいますか――マイマスター』
「うん、本当なら敵の相手を頼みたかったんだけど。もう大丈夫みたい」
言ってあたしは腰を抜かしている敵。
聖職者姿の姉ちゃんを見る。
「どーよ、あたしの召喚魔術は! ぷぷぷー、あなたの旦那様、逃げちゃったわねえ~」
「どうやら、無能はこちらだったようね――いいわ、あなたの美しいデーモンに免じて素直に負けを認めてあげましょう」
素直に敗北を認めているようだ。
よろしい。
ま、まあちょっとウチのデーモンをうっとりと眺めているのが、気になるが。
本当にそういう趣味なんだろうなぁ……。
人生って奥が深いわね?
あたしは悪魔をそのままにしつつも、助けることとなった政府側の人間に言う。
「さて、これで依頼料は確定したから問題なしっと。ミツルさん、この人どうしたらいいの? さすがに殺しちゃまずいんでしょうし。あたしも犯罪者にはなりたくないわよ?」
「あ、ああ。大丈夫だ、こちらで拘束する」
言って、顔を引き締めタバコを銜え。
発生させたのは、魔術波動。
煙が鎖となって、シスターの姉ちゃんを拘束し始めていた。
「で、このコスプレお姉ちゃんはなんなの」
「異能力に目覚めて犯罪を起こしてる連中だろうよ。力があれば悪さをする連中も増えるって事だ」
「やっぱり、そういう連中もいるんだ――」
あたしみたいな一般人では、知らない世界の話である。
能力はともかく。
本当に一市民だしね、あたし。
「その辺の取り調べはこっちに任せろ、なにしろオレ達にはウソを見抜く大黒がいるからな」
「オッケー。これでようやく、あたしは危険じゃないってことが証明された――ってことでいいのかしら?」
なぜかミツルさんは返事をせず。
「今回は助かったぜ、嬢ちゃん。公安の連中、こいつらも助けて貰って、そのなんだ――感謝してる」
ガシガシガシと気まずそうに首の後ろを掻いているが。
ぷぷぷー!
女子高生に面と向かって感謝するのが恥ずかしいっぽいわね!
巨乳秘書っぽい大黒さんも、頷き。
「アカリさん、本当にありがとう。そして巻き込んでしまってごめんなさい。今回の協力の件で、少なくともあなたがこちらと敵対する異能力者ではないと、データベースには登録されますので」
なんか言い回しが、あれだが。
こりゃ危険かどうかの評価はまた別ってことか。
お互いにその辺のことは触れなかった。
あまり揉めたくなかったからである。
「いいのよ、あたしは報酬が目当てなんだし」
「アカリさん、もしまた協力要請したいことがあったらなんですが――」
困ったときに力を借りたい。
そういうことだろう。
映画のラストシーンみたいなノリで――。
「報酬次第ってところね!」
言って、あたしは勝利のブイサイン。
これで、新しい機材を購入できる!
億万長者配信者への道が、また一歩近づいたってわけである!
ミツルさんがネコ達に助けられた公安の方に目をやり。
タバコの煙を吹きかけながら。
じとぉぉぉぉぉぉ。
「それにしても、なんで眠ってやがるんだ、こいつら」
『にゃふふふふふっ、我らは面倒なことを嫌うのニャ? だから、説明をするのが面倒にゃので!』
『全員まとめて、お眠りいただきましたのニャ!』
シロと三毛が、ドヤァァァァっとモフ毛を膨らませる横。
クロが紳士的な声を出し、警告するように猫口を蠢かせる。
『それに――。お嬢様も我らも、あなたと巨乳姉ちゃんは信用してますが、そちら全体を信用しているわけではありませんからね。顔はあまり見られたくない、そう思うのが普通でありましょう?』
せっかくイイ感じのセリフなのに。
このクロ。
表情が既にドヤ顔なので台無しである。
偉そうなヒゲがピンピンになってるし。
「そりゃそうだわな。ったく、公安クソ野郎どもめ世話かけさせやがって」
「あら、なかなかイケオジじゃないこの人」
そこには四十ぐらいのちょうどイケオジ真っ盛りの、おじさまがいて。
あたしはカシャカシャっと写真撮影。
「おいおい。公安がどんな仕事なのかは知ってるだろ、撮るんじゃねえよ」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
まあ実際は、もしあたしになにかしようとしてきたら、アウト。
写真を使って呪うんですけどね。
さて、これでお別れ。
あたしの周囲に起こっていた事件も解決。
あしたから普通の生活に戻れるのだ。
ちょっとした冒険に、あたしも満足である。
「それじゃあ、またいつかどこかで――あたしはもう行くわよ」
「っと、その前に一ついいか?」
「なーに、もしかしてあたしに惚れちゃった?」
致し方ない、そりゃああたしは超が付くほどの美人!
おじさんとはいえ、男の人だ。
まだイケオジ未満なこの男が、あたしに惹かれてしまうのも当然だろう。
男は言った。
「このやべえ悪魔軍団、どうやって消すんだ?」
「ん? 消し方?」
あぁ……えーと。
……。
呼ぶことしか考えてなかったけど。
あたしは動揺を隠しつつ、召喚式を真似た相手。
ようするにシスター姿の異能力犯罪者に目をやり。
「ね、ねえ――悪魔の消し方って知ってる?」
「ん? 知ってるわけないでしょう? 美しい悪魔様を消すなんてもったいないことしたくないですし。そんな異能力、研究しようと思った事もないですわよ?」
言いながらも、煙に拘束された姉ちゃんはあたしの悪魔にスーリスリ♪
おもいっきし。
悪魔に仕える女アピールをしている。
あたしの頬に浮かぶ汗を見て。
イケオジ未満なミツルさんが言う。
「もしかしておまえさん、消し方知らねえのか?」
「ま、まあ三日もすれば自然に消えるんじゃないかしら……?」
あははははっとあたしは誤魔化した。
◇
これにて事件は解決!
悪魔が自然に消えるまで、この廃墟は厳重な管理のもとで立ち入り禁止となった。
という、些事だけは伝えておこうとは思う。
あたしは日常に戻り。
一週間後に、ちゃんと報酬の配信機材が届き――すべてが終わったのだ。
が。
その中にはなぜか一枚のお手紙が添付されていて。
感謝状かしらと開いたあたしの口が、ぐぬぬぬぬぬっと歪んでいた。
「はぁあああああああああぁっぁあぁ! 危険度SSS!? 強制転校ですって!?」
そう。
あたしはなぜか。
現在確認されている中で、いちばんヤベエ能力者。
危険度SSS認定を受けてしまったのである。
そ、そういや!
おっさんたちが死ぬかもしれないからって力を貸したけど。
そもそもは誤魔化すために行動してたの。
すっかり忘れてたんですけど!?
どどどど、どうしよう。
お父さんとお母さんには気づかれてないけど。
出張が長引いてるから、まだ平気だけど……!
もしバレたら、本当にやばいんですけど……!?
言いつけを破ったからって……っ。
おこづかいを――。
減らされちゃう……っ。
絶望の未来に怯えるあたしも、やっぱり可愛いわけだが。
不意に声がした。
兄である。
「おい、バカ妹。なんか学校案内って資料が来てる……って! それ、おまえ!」
「炎兄、どうしよう……っ、これ、二人が帰ってきたら絶対にバレるわよね?」
むろん。
あたしは炎の髪を揺らす長男から。
真面目に心配されて、かなりのお説教を受けてしまったことはいうまでもない。
あの恩知らずどもぉぉおぉぉぉぉ!
見捨てたら良かったとまでは言わないけどっ。
あとで、文句を言ってやるんだからあぁぁぁぁぁぁ!