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ノクチルカの残滓  作者: 上月琴葉
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 ノクチルカの残滓


 昔、この世界は真っ白な雪に覆われていたといいます。

 氷に覆われた世界には生き物の息吹はなく、

 あるのは変わり映えのしない銀色の世界。


「嘘だろ、そんなの」

 そう呟いて雑誌を閉じた。

 そもそも今のこの世界にはビルもあれば人間がひしめいているわけで。

「今日も暑いな」

 もう暦の上では10月だというのに気温は連日夏のような暑さ。冷蔵庫で冷えたジュースを喉に流し込んで小さく息を吐いた。


 雪など今の時代では都市伝説のようなものである。

 俺も生まれてこのかた、雪などみたことがない。


 この世界に残る伝説はみな、この世界がかつては雪と氷に閉ざされていたと伝えている。

 生き物が住めないような環境だったのだと。

 しかし、一羽の不思議なペンギンの導きであるひとりの男がこの世界を作り替えた。

 雪と氷の世界をこの世界の裏側に封じ込めたのだと。


 同時に、

 もしも透明な雪色のペンギンに出会ってしまったら、それは「ノクチルカ」の目覚めを意味する。


 世界は再び雪と氷に閉ざされる。



「ノクチルカ、ねえ」

 伝説に、ノクチルカの容姿はほとんど書かれていない。

 わずかに描き残されたのは、雪色の髪と深い藍色の瞳。男か女か、人間以外の何かなのかはわからない。

「いい迷惑だよ、俺には」


 生まれつきの雪色の髪に片方だけ藍色の瞳。

 このせいで「ノクチルカ」の生まれ変わりだと随分騒がれた。

 生まれた場所での迫害に耐えきれなかった俺は、髪を黒に染めて「洋上廃都」へ渡ったのだ。


「洋上廃都」は廃都と名前がついているものの、普通にたくさんの人間が暮らしている場所だ。

 本土から遠く離れているためにいわゆる訳アリの人間が多いことは否定しない。


 いつからか人と同じ見た目を持ちながら普通になれない人々への迫害の眼は厳しさを増していき――

 ひっそりと暮らしていた人以外の血を持つ者に至っては、実験材料か、あるいは合法的な理由をこじつけられて殺されるようになった。

 多くは罪など犯していない、静かに暮らしていただけの無辜の民。

 ある科学者と能力者はその人々たちを受け入れるための隠れ里を本土のはるか南に秘密裏に生み出した。

 この世界にはいろいろな国に人以外の血を持つ者が隠れ住んでいたから。

「洋上廃都」は迫害者たちの最後の居場所。ここでは雪色の髪も藍色の瞳も、美しいという人はいても恐ろしいという人はいなかった。


「チルー!」

「やめろってんだろその言い方は」

 窓にこつんと石が当たったので階下に降りて玄関のドアを開ける。

 明るい太陽の色の青年が立っていた。

「何度言ったってお前だって俺の事サンって呼ぶじゃん。正直微妙なんだよ、日向って名前があるんだから」

「お前がチルって呼ぶのやめたら考える。俺は零だ」

 このまま外に突っ立っていても暑いのでサンを室内へ手招きした。

 ソファに腰を下ろして、冷蔵庫から取り出してきたジュースを彼に渡す。

「お、サンキュ」

 サンは急いで飲んだためか少しむせていた。喉が渇いていたのだろうけど、少しは落ち着け。

「で、用件は」

「ああ、おいしそうな魚が釣れたからおすそわけ。台所借りるな」

 サンは慣れた手つきで魚を下ろすと、皿に盛り付けて持ってきた。ついでに丁寧に醤油も小皿に入っている。

「どーせまだ昼ごはん食べてないんだろ?お前朝に弱いし、太陽にも弱いよな」

「ほっとけ。ああ。でも刺身はありがたくいただく」

 サンの作る刺身は美味しい。料理全般がうまい。なんでも人以外の血が混ざっているらしいが、少なくとも魚ではないだろう。

「うまい」

「チルは本当美味しそうに食べてくれるから俺も嬉しい。今日は食堂は休みだからチルの家に入り浸れる幸せ」

「……」

 その言葉には答えずに空になった食器を片付けた。


 ――

 サンと出会ったのは半年前の冬。

 俺は合法的にこの「洋上廃都」に渡ったのではない。

 あの冬、本土の北の端で雪が降った。首都にはまったく影響がなかったが、国は俺の存在を危険視していた。

「ノクチルカ」の子。世界に滅びをもたらす子ども。

 ――存在させてはならない。世界から消せ、殺せ――

 すぐに町中に顔写真が貼られた。俺は真夜中に家に残っていた白髪染めで髪を染め、たまたまコスプレ趣味で買っていた

 カラーコンタクトで目の色を変えて、「洋上廃都」行きの船に忍び込んだ。

 船が出港してすぐ存在がバレた俺は事情を話した。

 船長は事情を話すと俺をそのまま乗せてくれ、働き口や衣食住の世話もしてくれた。

「君はあの本土の若手アイドルグループのチルくんか。今日は実はもうひとり似た境遇の子がいてね。

 廃都に着く前に顔合わせしておこう。サンくん」

「お、チルじゃん?有名人が何でこんなとこに」

「いや、君こそ超有名じゃないか……サンってあのシャインソレイユの……」


 シャインソレイユ。本土では知らない人はいないであろう超人気アイドルグループ。

 しかもサンはそのリーダーだ。

 そういえば数日前に電撃引退を表明していたが。

「あー、俺さ。人以外の血が混ざってんの。この間本土に雪が降ったじゃん?その影響で事務所から契約切られたんだよ。

 マスコミにも人以外の血が混ざってることスクープされちゃったしもう本土にはいられなくてさ。

【洋上廃都】行きのチケットだけは事務所とメンバーがチケット代出してくれたんだ」

 明るい調子でそういうがその瞳は酷く悲しそうだった。

「きついよなー。俺メンバーもファンも歌うことも好きだけど、さすがに洋上廃都では大っぴらにアイドル活動できないし

 まあいずれはシステム上戸籍から抹消されるから時間さえ経てばまた歌えるかもだけど」

「歌えないの?サンのボーカル嫌いじゃないのに」

「それをいうならチルだって。透明感あって綺麗だよ。その雪色の髪すごくチルっぽい」

「え」

 何故わかるのだろう。黒く染めているのに。

「色付けたって【視える】から無駄だぜ?はー本当綺麗な色してんな」

「……こんな髪の色綺麗なんかじゃない。この髪のせいで――」

 歌だって取り上げられた。

「あ、瞳は片方藍色なんだ。へー【ノクチルカ】の子ってそういう。俺、お前になら氷漬けにされてもいいかも」

「お前なあ――」

 思わず激昂して振りかぶった拳はぽすん、とサンの掌に収まった。

「悪気はないんだよ。俺はさ憧れてるの、【ノクチルカ】に。多分俺の住んでたところだけだけどさ

【ノクチルカ】はすごく綺麗な声で歌うんだって言い伝えがあって。叶うなら聞いてみたいって」

「変わり者にもほどがあるだろ」

 唇を尖らせる俺に、

「でさ、チルを視て、歌を聞いた時に思ったんだよ。こんな感じなのかって」

「……俺はもう歌えないんだ。歌えないように術を掛けられてる」

「な」

「……本当だよ。歌おうとすると、喉が焼けるように熱くなる。サンは……」

 言いかけた言葉は遮られた。

「……チル、この【洋上廃都】にはいろいろな奴がいる。だから探そう。

 チルの歌声を取り戻すんだ。時間がかかっても必ず――俺がいるから」

 初対面なのに何を馬鹿なことを、と思った。

 だけど腕を振りほどくことはせず、そのぬくもりに身をゆだねる。

 零れ落ちた雫は熱くて。


 歌うことが好きだと、俺は改めて思った。

 そして不思議なことに、サンを信じてみようと思えたのだった。



 ――

「うん、改めてチルの曲はいいな」

 サンはそう言って頷いた。部屋には揚げ菓子が皿に山盛りになっている。

「そう、良かった」

 歌うことはできなくなったけど、音楽が好きだから。

 俺は作曲技術を学んで曲作りを始めた。そして作った曲はサンに歌ってもらう。

【洋上廃都】は芸術とサブカルには非常に寛容な気風だ。

 ストリートライブも珍しくないし、立派な美術館や図書館もある。

「これで次のライブに間に合うかな。サンがちゃんと覚えらればだけど」

「覚えて見せるさ、大事なお前の曲だもん。だから覚えたらご褒美くれよ?」

「ご褒美?揚げ菓子か?それとも二次元の――」

 サンは少しきょとんとした様子で俺を見ていたが、もう何も言わなかった。



 ――

 穏やかに【洋上廃都】での日々が流れる一方で本土は大騒ぎになっていた。


 首都に数秒間だが雪が降った。


 そしてその日。


 雪色のペンギンらしき姿と、


 氷漬けになった首都長の遺体が発見されたのだった。



 雪色のペンギンはぱたぱたと雪を呼ぶように、滅びを呼ぶように羽ばたいた……

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