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第2話 試される世界

 レストールより飛び出してからは、進路を北へ。職業を変更できる神託所は、南西の王都グランディアナが最寄りなんだが、そっちだけはゴメンだ。王宮キンニク騎士に連れられたハンナと出くわす可能性がある。道すがらに幸せ自慢を続行されれば、涙腺だけでなく魂までも破裂させる自信があった。


「別に、都じゃなくても平気だし!」


 神託所の分所は大陸のあちこちに点在し、北部にだってある。ただし、王都へ向かうよりも倍以上の距離を歩かねばならない。そのロスは全く気にならない。村に戻る理由を失くしたオレに、旅を急ぐ理由だって無いのだから。


 だからこうして大陸の北部、例えるなら、クロワッサンの左先端を目指して歩くのだ。


「どうすっかなぁ。錬金術師になって億万長者か。それともカジノで一攫千金でも狙うかなぁ!」


 我ながら発想が貧困だと思った。幸せと言えばお金持ち。金銀珠玉を積み上げては数多の美人を囲い込み、酒色に溺れた日々を送る。広大な庭を有する豪邸の、奥まった所に造った秘密の部屋で、来る日も来る日も面白おかしく過ごす。


 今のは、自分が想定できる最上級の成功イメージだ。こんなものが、ハンナ達を見返せる幸福とは違う気がしても、他に案など浮かばなかった。


「だけどなぁ、オレの基礎能力なぁ……」


 投げやりに浮かべた夢でも達成可能なのか。念の為ステータス画面を開いたものの、案の定、そこでは散々な数値が踊り狂っていた。何の訓練も課さなかった身体だ。レベルは1のまま、あらゆる能力も初期値、そしてスキルだって酷いもんだ。


「なんだよ。挨拶初級って」


 これが唯一の保有スキルだ。戦闘技能が無いにしても、せめて算術とか製造でもあれば希望も抱けるもんだが。


「まぁ、あれだ。これから頑張れば良いもんな!」


 そう呟いては焦りを飲み込む。果たして、満足なステータスになるまで何年かかるだろうか。もしかすると、10年20年クラスの話かもしれない。だがそれも人生、とかいう格言が、堅苦しい本に書いてあった気がする。


 それにしてもだ。この辺りはスゴく見晴らしが良い。折り重なる丘陵を埋める草原の青さ、花の傍で踊り続ける蝶、半袖姿に程良く暖かな日差し。そよ風が吹けばサラサラと心地よい音が鳴り、胸の中も草木と土の香りで満杯になる。唐突によぎった漠然とした不安を、余裕で受け止める程の雄大さがあった。


「はぁぁ。気分が良いな、飯食っちゃおうかなぁ!」


 インベントリにスタックされたお食事セット、その数20。品質は良好でメニューも充実だ。小麦パンと燻製肉のスライス、そして山羊乳の固形チーズまで付いているというお得な三点盛りなのだ。


 それを取り出したなら、両手に余る程の食品が現れた。そこそこに値が高く、財布に出血を強いるアイテムなのだが、飯を削るのは避けたかった。


「あぁ美味いな独り飯は、全部食えるし! 最高だな独り旅はッ!」


 空に向かって叫んでも、精一杯強がってみても虚しさが募る。


 なんだよ騎士団長って、そんなの相手に敵う訳がない。誰だって即決で向こうを選ぶだろ。うだつの上がらない村人なんか、始めから天秤に乗せられもしないんだ。


「はぁぁ、もう1セット食っちゃおうかなぁ! 一杯あるもんなぁぁ!」


 感情の赴くままに声は大きくなる。だが油断していたとはいえ、無闇に叫んだのは失敗だった。


 突然、辺りには殺気が漂いだす。一見すると平和だが、実はこの辺りも危険地帯。オレの心境など完全に無視して、野生の脅威が襲いかかってきた。


「うおっ。ゴブリンか!」


「グケケ。ケケェーーッ!」


 小人が奇声をあげながら攻め寄せた。振り降ろしの石斧は辛うじて回避。重たい音とともに地面がえぐれてしまう。


 本気だ。コイツは本気で殺しにきている。この場は安全な村とは違い、生存競争を強いられるフィールドなんだ。だから腹をくくらなくてはならない。


「1匹だけならオレだって!」


 新品の銅剣を抜き放ち、切り結ぶ。力はオレが優勢、スピードもほぼ同等。負ける要素は無さそうだ。飛び交う刃に石斧。弾きあっては攻撃を繰り出し、避けたそばから構え直す。


 そんな際どい攻防がどれだけ続いただろう。時間を忘れるくらいの長丁場、だという気にさせられる。


「ハァ、ハァ。元気一杯だなお前!」


「ケェーーッケッケ」


 オレのスタミナは限界寸前。一方でゴブリンはまだまだ動けそうだ。このままじゃ一気呵成、殺されてしまうかもしれない。


「クッ。この野郎ーーッ」


 ゴブリンの攻撃を前に、敢えて前進した。振り降ろしの腕をオレの肩で受け止める。そうなれば敵も隙だらけで、驚愕の顔とガラ空きの胴を眼前に見た。


「食らえやオラァ!」


 剣を横に一閃。歯切れの悪い音だが、一気に薙ぐ事ができた。今のが致命打になったらしい。ゴブリンは耳障りな絶叫をあげると、身体を霞のようにして消え去った。


「そっか。魔獣って、倒すとこんな感じになるのか」


 あとに残されたのはゴブリンの爪一枚のみ。他に目立った物は何もない。派手な血しぶきとか、内臓がコンニチワとか、そういうのも無い。このゲームが全年齢対象で助かる。グロ耐性の弱いオレは、自然と感謝の念を浮かべてしまった。


「何とか倒せたな。これなら一人旅だって案外楽勝かも?」


 そう思った矢先の事だ。辺りの茂みが揺らぎ、そこからゴブリンの群れが飛び出してきた。アッという間に5匹、6匹、まだまだ増えそうだ。


「あ、アハハッ。団体さん……かな?」


「クケェェーーッ」


「うわぁ、こんなん相手に出来っかよぉーー!」


 走る走る。もつれかける足に全神経を注ぎ込み、必死に奮起して走る。もはや体力なんか残されていない。気力が続く限り丘陵を駆け抜けるだけだ。


 すると前方に茂みやらが見えた。森だ。後先考えずに飛び込んだ。打ち付ける枝葉も構わず、一歩でも前へ。


「グハッ! いってぇ……!」


 腹に衝撃があり、鈍痛が走った。うずくまってそちらを見れば、妙に突き出た枝がある。敵の挟み撃ち作戦ではなかった。だがすげぇ痛い。これは1ポイントのダメージに相当したようだ。


「ハァ、ハァ。撒いたのか?」


 ふと振り向いてみれば、追いかける敵の姿が無い。眼をこらし、耳を澄ませても、あれだけ騒がしかった殺気は消え失せていた。


 安堵した瞬間に押し寄せたのは強烈な疲労感。寿命を半日分は消費したかのような、身体の節々に走る痛みは、かつて無い程にキツイ。大木を背にしながら、荒い息を吐きまくるしかなかった。


 しかし、ようやく手にした休息も束の間。敵が入れ替わったかのように、腹にまで響く唸り声、そして足踏みらしき振動が伝わってきた。地震や火山噴火とは違う。きっと規格外の怪物が潜む気配だ。


「これ、状況悪化してないか……」


 ピンチはまだまだ続く。レベル1の村人にとって、難易度ハードを飛び越してインフェルノな旅は、始まったばかりだった。




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