第23話 雪中行軍
ギルドの依頼を終えたオレ達は、ようやく北へと出立することが出来た。目指すは城塞都市ノザンリデル。まったく、神託所に向かうだけで何日かかったろう。寄り道が多すぎた気がしなくもない。
「まぁ、旅の情緒は十分味わってるかな」
ファーメッジから数日も歩けば、辺りの様相も変わってくる。見かける木々は針葉樹が増え、遠くの山は雪化粧。足元の道も所々に積雪が見られた。気候が違うんだと言外に読み取れるし、肌でも感じ取る事になる。
「少し肌寒いな。防寒具が必要になるかも」
「錬金術で作れますよ。それから、レジストという魔法で防寒対策も可能で……」
その時、カチリという音を聞いた。なんの音だと振り返った瞬間、天高く跳ね飛ばされる何かを見た。
「あぁーー……」
「ミランダ!?」
「どうやら罠を踏んだようでしてぇ〜〜」
直立不動に飛ばされた彼女は、木々よりも遥か高く、そして前の方へと流されていく。うかつだ。雪化粧に騙されて罠への警戒を怠ってしまうとは。
「オレが抱きとめる! 用意は良いか!」
「はい、わかりましたぁ〜〜」
ミランダの背中が落ちてくる。幸いにも落下ポイントは開けた場所。もう少し流されていれば急斜面で、救助も困難だったろう。
「受け止めるぞ!」
「お願いしますぅ〜〜ッ!」
ズドンと、かつてない重量感が両腕を襲う。どうにかミランダを助けられたが、オレのダメージは深刻だった。
「いてぇ……これ、骨にいってるんじゃないか……!」
「すみません、すぐ治します!」
居住まいを正したミランダが杖を輝かせると、オレの痛みも引いていった。腕も何ら問題なく機能する。
これで一安心か。そう気を抜いたのも束の間、思わずよろけたオレが別の罠を踏み抜いたらしく、辺りの平地は厳しい角度の斜面に早変わりした。支える物のない身体は、傾斜に抗う術を持たない。
「うわぁ! みんな集まれ!」
ミランダを脇に、ケティを肩に乗せたまま、凍てついた道を滑り落ちていく。足で踏ん張っても勢いが凄まじい。むしろ尻を着けた態勢を維持するので精一杯だ。
それからも速度はグングン増していく。山の景色は高速で流れ、身を打つ風も強烈だ。復帰の策を考えようとしたのだが、それも唐突に現れた敵によって邪魔されてしまう。
「キィィイイーーッ」
「なんだありゃ! 魔獣か?」
「寒霊樹です、氷魔法を得意とします!」
敵意を示したのは、全身が氷に覆われた大木だった。それはオレ達の正面に陣取り、幹の虚から耳障りな奇声を発している。
「相手に出来る状況じゃない。左に避けるぞ!」
「分かりました!」
そこでオレ達は頭をごっつんこ、離れ離れになってしまう。幸運にも、全員揃って氷の矢を避けられたのだが、ミランダとの距離が開いてしまった。そして、滑り落ちる速度にも陰りは見えない。
「大丈夫か、今行くぞ!」
足で地面を蹴り、隣へスライドしていく。横に回転しそうになるのを堪えつつ、近づいては手を伸ばした。
「ミランダ!」
「フェリックさん……!」
指先が触れ、しかしバウンドして離れる。もう少し、あと一息。必死に身体を伸ばしていると、背後からケティの声が聞こえた。
「ミュミュッ!」
続けて3回の打撃音。ケティは装備の恩恵で複数回の攻撃が可能で、地面を蹴る事でも作用した。その後押しがあり、オレはミランダとの合流に成功した。
「はぁ、良かった……」
「フェリックさん、前!」
「前って……うわぁ!?」
先は曲がり角で鋭い90度。正面は平地、その手前に巨岩。回避行動は間に合わず、オレは背中から強打してしまった。
「グハァッ! 痛ぇ、生命力の半分をもってかれた……!」
ダメージは数値にして25。旅立ち前なら即死級の威力も、今なら痛いで済むのは成長のおかげか。だが、感慨に耽るような好イベントでもなく、取り急ぎ治療をお願いしたい。
「ケティ、無事か?」
「ミュッ!」
その返事は素早く、岩の上からザラ雪と共に降り注いできた。そして、華麗すぎるジャンプの後、ポチッとオレの肩に着地した。
「いてて。傷に響くから止めてくれ」
「ミュウミュ!」
「そりゃ生きてるからこそ、だけどよ……。それよかミランダは!?」
岩の周辺には居ない。どこだ、と探す視線は一筋の軌跡に眼を止めた。ミランダが刻んだであろう跡は、純白の平原へと続いており、果てには丸みの強い腰回りが見えた。何となく既視感がある。
「いつぞやの時と同じだな。よいしょ!」
腰を掴んで一気に引き抜く。すると、新雪に塗れたミランダが顕になった。顔が真っ赤なのは冷えたせいか、それとも呼吸が原因か。
「ブハァ! 対岸で女神様が手招きしてましたぁ!」
「踏み留まって正解だったな、それは」
「またご迷惑をおかけしました、申し訳ありません」
「別に良いよ、片方の罠はオレのミスだし。それよりもルートから相当外れたぞ」
マップを開いてみると、街道から西へ流された事が分かる。雪道換算で半日ほどの距離。思ったよりも滑り続けたみたいだ。
「仕方ない、ルートを変えよう。川沿いに進めば、いずれ街道の近くまで出るみたいだ」
「戻らずに進むのですか?」
「こんな雪道の斜面を登るのは大変だ。更に言えば、敵と出会ったら戦うことすら難しい。それに引き換え、ここなら見通しも利くだろ」
辺りは膝まで埋まる程の雪景色だが、勾配はほとんどない。遠くに見える森の方は、さっきの魔獣が潜むのに丁度良さそうなので、無闇に近寄るのは避けるべきだ。
「分かりました。こちらも困難な進路ですが、お言葉に従います」
「ありがとう。そんでもって魔法をお願いできる? ええと、レース柄じゃなくて。ジーサンと、でもなくって」
「レジストですね」
「うん、それだ」
「承知しました、お任せください」
ミランダの杖が蒼く煌めくと、足元から寒気が消えた。この中級の治癒魔法、本来は魔法攻撃を和らげてくれるものなんだが、実は温度変化にも効果がある。つまり、雪中を全裸で行軍しようが全くもって平気なんである。ただし、モラルや自尊心以外は。
そうして盤石の態勢で臨めば、意外な程に前進する事が出来た。敵と出くわす事もなく、淡々と歩を進めていく。ただし、行軍は日暮れ前までだ。常に魔法を使用するミランダの魔力が、夜まで保たないからだ。
「すみません。もう少し行けると思ったのですが」
草むらの上でミランダが囁く。ここは本日のお宿、カマクラだ。地面の雪を全て除いて穴蔵を造り、中で火を焚いたら完成だ。強すぎる熱や煙は簡易な煙突で逃している。
さすがは錬金術による拠点作成。手作りに比べて安心感が別物だ。
「ご飯も、作りましょうか」
ミランダが青ざめた顔で立ち上がろうとする。それを制するべく、いつもの保存食を展開させた。
「寝てて良いよ。当面はコレで済ませるから」
「そうですか。ご不便をおかけします」
「気にしないで、とにかく食べちゃいなよ。放っておくとケティに獲られちまうぞ」
「はい。では失礼します」
ミランダが干し肉に手を伸ばす傍らで、ケティはというと、全く別の事に夢中だった。表から雪を拾ってきては、ペシペシと両手で固め、また外へ出る。そんな事を繰り返すうち、ようやく完了の声が聞けた。
「ミュウミュ!」
「おっ。これは雪ウサギか?」
ちょっと歪だが、形からして間違いない。果実や枝でもあればもっと凝るんだろうが、残念ながら付近に植物の類は無い。
「ミュウゥ」
「なんだ。ミランダにあげるってのか?」
「ウフフ。ありがとうございます、ケティちゃん」
「ミュッ!」
ケティなりの労いなのか、珍しくも誰かに分け与えるという行動を示した。仲間意識が芽生えた為か、それとも大人に向かって成長しているのか、傍目には判別つかなかった。
「フェリックさん。本当はもっと進みたいでしょうに、足を引っ張ってしまってすみません」
ミランダが雪ウサギを撫でながら呟いた。真面目な彼女の事だ。自責の念に駆られているのかもしれない。
「気にしないでくれ。ゆっくり進んだお陰で、雪原の罠について理解できたし」
「本当ですか? 素晴らしいです」
「まぁ、言葉でというより感覚で分かった感じだがな。ミスティフォレストでの経験が活きたのかも」
「それほどの熟練者でしたら、スキルに顕れているかもしれませんね。稀にですが、言行に触発されて開花する事もあるのだとか」
「えっ、マジで?」
ステータス画面の事はすっかり忘れていた。久しぶりに開いてみれば、レベルは16にまで到達していた。忌々しい職業欄はそのままだが、確かにスキル欄に見慣れないものがある。
「おぉ、罠感知だってよ」
「おめでとうございます。偵察術の初級ですね」
「これは便利そうだなぁ、育てておきたい」
「それでしたら振り分けですね。2ポイントほど割り振れば、性能が向上しますよ」
ミランダが言うには、スキル育成には経験点というものが必要だ。話としてはシンプルで、使い続ければ良いらしい。ただし、効率良く育てるには、レベルアップ時に付与されるボーナスポイントを注ぎ込むのが良いのだとか。
「たったの2ポイントで育つなら、やらない手は無いだろ」
「中級以降は必要ポイントも多くなりますので
、その点はご注意を」
「うおっ。2ポイント振ったらスキル名に丸が付いたぞ」
「それが熟練度の証です。二重丸が最大値で、更に向上させれば中級となります」
「良いねぇ。これなら初級なんか一気にクリアだ」
それから、罠感知の丸を二重に上書きし、更にポイントを追加する。そして期待の中級クラスについて拝見しようとした、まさにその時だ。顔に衝撃が走り、視界が一挙に白く染まってしまう。
「ミュフ。ミュフフフ」
白い隙間の向こうにケティを見た。不敵な笑みを浮かべつつ、雪玉を両手に携える姿で。
「そうかいケティ君。堅苦しい話に飽きたかね」
「ミュフ、ミュケケケ」
「だったら雪塗れにしてやろうじゃねぇか!」
挑発に真っ向から乗ったオレは外へと駆け出した。すぐに雪玉を握り、投げつける。しかしケティはヒラリと身をかわし、更に反撃までやってのけた。雪に塗れたのはこっちの顔だけだった。
「もう本気出す! フェリックさん、マジ本気だからな!」
「ミュケケケ!」
「グハッ! 今度は本気の本気の……」
「ミューーッフッフ!」
「ゴフッ。せめて一発くらい当ててやる!」
雪の応酬、基本的にオレが食らう一方だったが、遊びは長々と続いた。そのうち、優しく見守っていたミランダが眠りにつき、ケティも眠たげな眼を擦りつつカマクラの中へと向かった。
「オレもいいかげん寝るか……って寒い!」
汗だくの身体はみるみるうちに体温を奪われた。適切な処置が終わるまで眠る訳にはいかない。レジストが欲しい、しかしミランダは夢の中だ。話し相手が欲しい、だがケティは早くもイビキをかいている。
焚き火の前、1人で汗を乾かしながら、寂しい気持ちに浸った。パチンパチンと鳴る炭の音は心地良くも、どこか侘しさに似た物も孕んでいる。
「次からは、もうちょっと冷静になるか、うん」
クレバー。必要なのは冷静な思考法。罠と向き合う時の感覚が、日常でも必要になりそうだと考えた。入り口から外を見上げながら。
そうして眼にした、今宵は快晴。雲ひとつない夜空には、満点に散らばる星々と青い月が、静かに輝いていた。




