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掛替えのない日常などと言い換えても結局のところ退屈

 ガリウムという金属がある。

 原子番号三十一。元素記号Ga。銀色で光沢を持つため、見た目からは他の金属と区別する事は難しい。モース硬度は1.5と非常に柔らかい金属ではあるが、物同士をコツンとぶつける程度でこれを判断する事はできない。

 そして、融点は三十度に満たない。

 たかだか人肌程の温度で融けてしまうのだ。これをぬるま湯に漬けてしまえば、あたかも金属すら融解してしまう恐ろしい液体のように見える事だろう。旧大地の熱エネルギー技術を利用すれば、水を一定の温度に保つ事など容易い。

 手袋を付けていたのは、手に触れている部分が融けてしまわないようにというだけに過ぎないが、あたかも危険な液体であるかのような演出にも役に立った。


「見事でしたな、大将」


「よせよ、大した事じゃない。むしろ、よくもガリウムなんて用意してくれたものだと感謝したいくらいだ」


 私はただ水を飲んでいただけに過ぎない。このゲームの功労者は、間違いなく物を用意したシルバスだ。


「アレックス様には感謝しなくてはなりませんな」


 アレックスとは、シルバスがよく利用する相手の名前だ。様々な物を用意できるだけの伝手を持っており、今回に限らず何度も世話になっている。


「然り、然り」


 素直に賞賛を受け取らないのは、シルバスのいつもの癖だ。こういう時は変に押さず、結局うなづく事にしている。


 再び事務仕事に戻った私に、シルバスがちょっかいをかけてくる。正直のところ面倒この上ないが、若い者に相手をしてほしい老人だと思えば腹も立たない。私はこんな年寄りにはならないようにしよう。


「彼の最後の顔を見ましたかな? 状況も読めずに口を開けておりました。古い漫画のシーンなら、背後に『ポカン』と書かれていたでしょうな」


「あまり言ってやるなよ。説明もせずに放置したのはこちら側だ」


「いや、いや、これは失敬。しかしどうも、この感覚は慣れなくて。ゲームを仕掛ける側というのは、いつもこんな気分だったのですな」


「楽しそうだな」


「楽しいですとも」


 シルバスが私を見つめる。別に熱っぽい意味ではない。私は年寄り趣味ではないし、シルバスにとっても私は単なる小娘だ。

 そうではなく、嫌味を込めて、目を細めた笑みで私を見る。かつての事を、まだ根に持っている表情だ。


「安全なゲームだったというのに、それに気付かずビクビクとする様は見ていて楽しいものでしたな。安全な勝負……ええ、安全な……()()、安全でしたな」


「その話はもういいだろう。私たちの時だって、ちゃんと最善を尽くしたんだから。危険はあったけれど、それでもああしなかったらもっと危なかったのは疑う余地もない」


「おや、私は別に何も言ってませんよ? はて、あの時とはなんの事だか……」


「わざとらしいな。これ見よがしに手袋なんかつけて、その手がもうなんともない事くらい知っているんだぞ」


「ふふふ、何の事だかわかりませんな」


「ふん、年は取りたくないものだな。君みたいになってしまうならさ」


 別に、シルバスばかりに危険を押し付けたつもりはない。私自身も綱渡りで、なんなら命が賭かっていたのは私の方だ。確かにおっかなかったかもしれないけれど、私が平然とあんな事をしていたと思ったら大間違いだ。


「下らない話は後にしましょう」


「どの口が……」


「まあまあ。ラルフ様がお見えですよ」


「あぁ……わかったすぐ行く」


 忙しい、忙しい。

 町の外で凍えながら死を待つだけの生活と比べればはるかに恵まれてはいるのだが、欲望とはどこまでも尽きないものである。どれほど恵まれていようとも、何かを望まずいられない。

 私の場合は、例えば刺激。

 この息が詰まりそうな生活に与えられる清涼剤といえば、表層大地の話を聞く事とゲームをする事の他には存在しない。そう考えれば、今回の引き分けはもったいなかったとも思える。


 ああ、また近いうちに、誰かが落ちては来ないものだろうか。

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