区画長7
何を、焦っているのか。
まあ、どちらにせよ勝てるはずもないのだが。
これで私の必勝だ。
正直なところ、私の不正を看破したのは驚いたが、所詮はそれまでだったという事だ。老人だと思い甘くみてはいたが、それでなお私の勝利は動かない。
それもこれも、アルのお陰だ。よくも咄嗟に、このような手を講じてくれた。これならば、相手には全く対抗する手立てがない。何せ、何をしているのか見えていないのだから。
アルは、私がこの立場を賭けているとは知らないが、それでも私を思い手を出した。これは忠誠心の賜物だ。この勝負が終わったら、何か褒美を与えねばなるまい。
この立場。
そう、この立場だ。
私が長年かけて築いてきたこの区画長という立場を、そう簡単に失うわけにはいかない。
素顔を晒さぬ事によって暗殺の可能性を摘み、才ある者で周りを固めて磐石とした。この十四区画の中で、私の顔を知る者は片手で数えられる程度しかいない。アルが引き連れている奴隷の男すらも、私の素顔はおろか汗の一滴すら見た事がないのだ。
他の区画へ出向く時ですら、面を被って顔を隠す。この周到さがなかったなら、私の地位はここまで確固たるものではなかったろう。
それをまんまと明け渡すものか。
どうせ負けるわけがないと安請け合いしてしまったが、結局勝つのは私だ。たかだか趣味程度で、この人生を投げ打ってしまってなるものか。
「主人……」
「……なぁに?」
不意に、背後から声がする。アルとは別の、私が取り立てた側近のうちの一人である。
ベッドの背後には扉があり、相手に見えないように出入りができるようになっているのだ。加えて、相手には聞こえないほど小さな声は、これが勝負中であると理解してのもの。これの意味するところは、勝負中でもなお伝えなくてはならない事態である。
「組織の者がにわかに慌ただしく、こちらへ向かっているようです」
「慌ただしく? それはまだ来ていないのでしょう? どうやって分かったの?」
利便性の高い通信手段を持たないこの旧大地において、連絡とは多くの場合飛脚によるものだ。組織が慌ただしく動いているというのに、それを越えてこの屋敷まで連絡をよこせる人物などいないだろう。
「……それが、どうにも進行が遅いらしく」
「慌ただしいのに進行が遅い……? いや、そもそも何故この屋敷に?」
「細かいところはまだわかりません。しかし、ただ事でない様子だったのですぐにでもお伝えしたく」
「ありがとう。下がっていいわよ」
彼は深く頭を下げ、音もなくその場を後にした。相手にはその場に誰かいたのかさえも分からないだろう。
しかし、一体何事か。
ともすれば、何か重要な事だろうか。進行の遅れの原因は見当もつかないが、少なくとも私に用がある事は確かだろう。
ならば、私はこの勝負を早々に終わらせてしまわなくてはなるまい。
ちょうど相手も焦っているようだし、都合がいいというものだ。




