区画長3
いったい、あとどれくらい猶予があるだろうか。
この勝負が終わるまでの間に、私がここにいる事が知られるのは非常に困る。なにせ私は今、盗んだ本を所持しているのだ。どう見たって、侵入者である証拠だ。
「準備ができました」
ようやく、その声がかかった。いつ声がかかるのか気が気でなかったが、そんな事はおくびにも出さずに平静を装った。ここからは、怒涛で終わらせる必要がある。次の瞬間に、組織の人間がここに乗り込んで来ないとも限らないのだから。
もう、内容の説明はない。私がルールを記憶している事前提で始められる。行われるのは、私が無様に敗北したゲームだ。巨大なプレートと、それに貼り付けられるカード。そして、それをめくるための奴隷に至るまでそのままである。
そして、ここからが前と違うところ。
「暗いですね」
「……は?」
私の言葉に、アルが首を傾げる。シルビアの反応はわからないが、おそらく平然とはしていないだろう。
「私の部屋、少し暗いと思いませんか?」
私がいる部屋と、真ん中の部屋と、シルビアがいる部屋と、灯りがあるのは真ん中だけだ。部屋同士の隔たりがガラスであるために視界は確保されているが、どうにも私の部屋が薄暗い。注意していなければ見落としているところだったが、前回の勝負の際に偶然気がついた。シルビアの部屋に入り込んでいる光と違い、私がいる部屋のそれは随分と弱々しく思えたのだ。
「……そうかしら。気のせいじゃない?」
「灯りの方向の問題だろう。そちら側に向いていないから、光が入りにくいんだ」
シルビアとアルは、明らかであるというのにとぼける。それが無意味であると薄々思っていながら、単なる鎌かけである可能性を捨てきれないのだ。
しかし、それは全くの無意味である。
「気のせい、ですか。そうですか、気のせい。灯りが向いていないだけなのを、私が過剰に反応していると」
「そうね、その通りだわ」
前の勝負の時、私は体力の限界と気の緩みによって盛大に転倒してしまった。その時に大きな音が鳴ったが、中央の部屋の奴隷たちは私の方を向いたりしなかった。
いや、私を見る事ができなかったのだ。
視線を中空に漂わせ、おおよその音の鳴った位置をぼんやりと眺めていた。見えなかったから、音のみしか頼りにできなかったという事だ。
「そうなら、もしもそうなら、私がこんな物を使っても問題はないはずですね」
取り出したのは、ポケットの中の熱端末。これがなくては、まともな勝負になどなりはしない。
何も、特別な事をするわけではない。
ごく当たり前の物を、ごく当たり前に使うだけの事だ。何一つ、咎められるような事のない運用。
つまり、ただ明かりとしただけなのだ。
私は部屋の暗さを気にして、自分で明かりを用意したというだけの事。おかしな事などありはしない。
しかし、それはどうやら相手にとって不都合なのだった。
「どうしました、アルさん。少し、引きつったように見えましたが」
「……勘違いだな。そう、それこそ勘違いだ」
いや、そんなはずはない。何せ、これでもう私の選択を盗み見る事などできないだろうからだ。
前回は直前で選択を変えるなどという小賢しい小手先のみでもって裏をかいたが、今度はそんな二度と通用しないような手ではない。
「これで、ようやくフェアな勝負ですね」




