区画長1
この旧大地において、一度決まってしまった立場を逆転するのは難しい。当然、表層大地において簡単であったかと言われればそうではないが、それでも多くが貧困層であるこの特殊な社会ではより顕著と言えるだろう。
だからこそ、少なくない人間が無謀な賭けに出る。
例えばカジノで不正を働いたり、組織に盗みに入ったり、そして、区画長に挑戦したり。
誰もかれもがそうではないだろう。特に、区画長や組織に逆らおうと考える者が頻繁にいるはずもない。組織はこの世界のあらゆる事業を牛耳るほどに強大であり、区画長は地下に降ろされた時に負けているからだ。
しかしそれでも、愚か者はいなくなったりしない。
例えば私のような。
「なかなか早い再戦だ。前から二ヶ月も経っていない」
アル。
私が前回この場所に来た時も、同じように案内をしてくれた使用人。およそ丁寧という言葉からは程遠い扱いではあったが、その時の事はよく覚えている。
とても苦しい時間だった。あの時は吐き気もしたし、頭も痛かった。それでも恐ろしかったから、黙って後をついて行った。
あの時は、私は震える子羊だった。
そう、あの時は。
「本当はもっと早くても良かったのですが、そちらに気を遣いましてな。あまり早いと迷惑でしょう」
「余裕じゃないか。そういう威勢は、主人も好ましく思う」
歩く廊下は、随分と慣れたような気がしてしまう。実際にはまだにダメだというのに、前回と比べて遥かに歩きやすい。
当然か。なにせ前回はあれほどまでに苦しんでいて、今回は何の憂いもない。比べた時に違いが出ない方が不思議というものだ。
「主人は忙しい身だ。お前のような無礼者でも歓迎はするが、急に来られてすぐに勝負とはいかない」
「分かっていますとも。えぇ、えぇ」
本当なら一分一秒を争う事態なのだが、そんな事はおくびにも出さない。こちらの精神的動揺を気取られるなど、何一つ利点がないからだ。
だから、先程から余裕を取り繕っている。
手に持った熱端末を弄んでいる事に気がつき、すぐにしまう。この屋敷までの光源として手に持っていたが、今しばらくは必要がない。
「氷も出ないのですか?」
「……用意しよう」
氷。
この旧大地では、主な水分補給は氷によって行われる。なにせ、殆どの液体は放置するだけで凍結してしまうのだから。まともに取り扱う事すらもままならないので、氷のままに扱われ、喉を潤す際に熱によって溶かすのだ。
こんなところにも、この世界が熱によって成り立っているところがうかがえる。
何においても熱。
何をするにも熱。
何がなんでも熱。
私達は、そんな世界に反逆をする。
相手をするのは、ともすれば火傷してしまうほどの熱量。しかし臆する事はない。なにせ、私たちの中にも確かに存在するのだ。
この世界のあり方を違えてしまおうという熱が。
今日この時は、きっと語られるようにはならない。
誰もが知らず知らずのうちに終わり、誰にも知られぬままに完結する。
そう、私たち以外の者にとっては。




