組織7
金庫区に火を放つ事は何も難しくはない。なにせ、旧大地に住む全ての人間は容易く扱える熱源を持っているのだから。
熱端末。
その出力を上げて、あとは何らかの可燃物に点火すればそれが火元だ。彼らのいた救護室なら、アルコールなどの可燃物には事欠かないだろう。
しかしなぜ、金庫室を爆破する事ができたのか、それだけでは説明がつかない。爆破の直前、侵入者は遠く離れた西区域でその姿を発見されており、瞬時に金庫区まで戻る事などできなかったはずだ。
実は、これもまた、そう難しい事ではない。
閉鎖された空間で行われる燃焼は、やがて酸素が不足して鎮火してしまう。しかし、その欠乏状態に多くの酸素が供給されるような事があれば、バックドラフトと呼ばれる爆発現象が生じる。
金庫室の場合、酸素不足によって鎮火されつつあった火種に対して、不用意にドアを開けてしまった事によって室外の空気が流入し発生したのだろう。
当然、狙って確実に起こせるようなものではない。
しかし、ある程度起きやすい状況を作る事は充分に可能なのだ。
「捜索は中断! 出入り口を固め、残りの人員で負傷者の手当てをしろ!」
何人かの人間が建物内のあちらこちらを駆け回り、この指示を探し回っている者に伝える。事情を細かく説明する暇はないが、よく訓練された部下たちは迅速に対応する。
「金庫区に人員が必要! 出入り口は私が!!」
「了解した、任せる!」
あまりにもの事態に、しかし混乱はない。何かが起こるたびに指示が飛び、その指示に従う部下。この練度は、生半にはなし得ない事だ。
人手が足りず、ラルフの部下を借りてなおそれだ。所属の違う人間同士で、即座に連携を取る事ができる。
彼らの多くは、表層大地において一定の地位を持っていた人間だ。例えば敵国と繋がっていた元軍、あるいは会社の金を横領していた役員。当然犯罪者である事に変わりはないものの、間違ってもならず者などとは比べるべくもない。旧大地という劣悪な環境下であってなお、彼らの高い教養と知識は腐ってしまう事はないのだ。
全ての出入り口、窓や通気口に至るまでが、完全に監視下に置かれる。それは肉眼によるものであるものの、だからといって簡単に逃げられるようなものではないだろう。もしも今この建物から離れようものなら、それは決して秘密裏にはいかない。監視の目は建物の内部にほとんどないために発見には至らないものの、侵入者は袋詰めされたネズミのようなものなのだ。
しかし、やはりそこは人員不足。全ての出入り口に対して、まるで門番のように立ち塞がる事はできなかった。
主だった扉の前には人員を割いてはいるものの、まさか通気口にまで同じように見張るわけにもいかない。仕方なしに、そういった場所は目視による確認のみとせざるを得なかった。
ただ、それだけでは明らかに不安に思ってしまう。万一声を上げる間も無く無力化されでもすれば目も当てられない。なので、逆にその場所からは距離を置いて見張る事とした。物理的にはその場所を守る事ができない反面、不意を打って見張りを無力化する事は難しくなる。この建物内の情報伝達は声を出すだけでできてしまうので、確実にその場所からの脱出を知らせる事ができるのだ。
そうなれば、逃げおおせる事などできない。発見を避けようとすれば、建物から出る事はできないというわけだ。
支部長が来るまでは、このままでいい。
ギドの言葉である。この状態を維持する事ができたならば、あとは支部長が解決するのだと。完全に信頼している。支部長には、それができる力がある。
それまでは、膠着状態。必死に仲間の手当てをする事以外に、できる事など何もない。
やがて——
「——待たせた」
ギドが支部を封鎖してから約一時間。意外と早く支部長が建物の前に到着した。
「見ない顔だな。見張りご苦労」
支部長はそれだけ言うと、堂々たる様子で支部の扉を開く。
「戻ったぞ、ギド!」
天井の隅から覗くパイプに対して話しかける。これで帰還は伝わった。ここからは、入り込んだネズミをただ捕まえるだけの苦労というわけだ。
——彼らは、そのように考えている。




