賭博11
「“1000”」
言葉は、たったそれだけ。爺さんの番には、たったそれだけしか発せられなかった。俺が宣言した50の二十倍にもなる数字に、安全であるはずの俺が生唾を飲み込む。
「1000……!?」
ギャラリーが驚愕の声をあげる。それも仕方がない。その数字は文字通りの桁違いだ。
もしかしたら、偶然にもレートが低い日なのかもしれない。
50の上昇を加味してもなお熱を感じられないような、そんな日なのかもしれない。毎日変動する数字のレートを考えれば、あり得ない事ではない。爺さんが平然としていられるのなんか当然だ。なにせ、実際に平気なのだから。
しかしそれでは、爺さんが1000などという数字を宣言した事が不自然に思える。爺さんの平然は偶然の産物であり、数字が上がってしまうだけで崩れるほど脆いものであるはずなのだから。自分の番に大きい数字を宣言する意味はないはずなのだ。信じていた安全を取り除かれた直後の人間にしては、あまりにも勇敢すぎる。
当然、小さい数字を宣言し続けてもそれはジリ貧に他ならないが、人間の勇気がそんな理詰めで働くものか。特に、その勇気が苦痛を伴うのだとしたら、人間の理詰めなど容易く捨て置かれてしまう。
「宣言は?」
「あ、あぁ、コールだ」
得体の知れない不安感を抱き、ついついコールなどしてしまう。本当ならばレイズをかけてしまうべきところを、なんとも消極的な事をしてしまった。1000という巨大な数字に、きっと気圧されてしまったのだ。
何を不安に思う必要があるだろうか。俺は安全なのだ。どれほど熱量があげられようと、俺の手が焼かれる事などあり得ない。
このステンレス製の機器がある限り。
「…………っ!?」
気が、付いてしまった。
よもやと思う反面、それならば納得がいくという答えを出してしまった。
つまり、すり替え。
俺の機器を自分の物とすり替えてしまったという可能性だ。
あり得ないと思うだろうか。できるはずはないと。本当にそうだろうか。
いや、俺たちが全員、端末から目を離した瞬間が確かにある。
ガキが騒いだ時だ。俺がイカサマを看破した時、爺さんがそれを認めた時、ガキが不自然に騒ぎ立ててそれを否定した時、確かにこの場にいる全員の目が離されていたはずだ。
あの時、俺は端末から手を離していた。端末ごとそっくり入れ替えるなら、その動作は一瞬でいい。
いや、しかしそんな事ができるだろうか。
俺たちを囲うようにしている多くの人間の、全ての視線を避ける事などできるのだろうか。
いくらガキに視線が集まっていたからと言って、ガキと反対側にいた人間の目には俺たちの姿が映っていたはずじゃあないか。そうなれば、目を盗む事などできるはずもない。
「目盛り、動かさないのですか?」
爺さんが、つまらなそうに問いかけてくる。その表情は、今にも昼寝を始めそうなほどリラックスしている。機器の目盛りは、すでに1000上昇されている。
「…………」
もしも、すり替えがされているのなら。目盛りを上げた瞬間に俺の手は焼かれてしまうかもしれない。
50上げた段階では熱を感じないが、それはレートが低いだけなのかもしれない。1000などというほどになれば、流石に焼かれてしまうのではないだろうか。
「どうされました?」
朗らかで、優しげで、それでいて恐ろしくもある。
先ほどまで有利であったはずの俺が、いつの間にやら追い詰められている。




