賭博3
別に、大勝利する必要はない。
何もしなくても、アレクサンドルは勝たせてくれるのだ。
最終的には小さく負けるが、ほんの僅かに勝つ瞬間がある。カモにするため相手に勝たせる、その瞬間に、こう言ってやればいいのだ。
「すみません、今日はこの辺で」
その場にいる客が驚く。なにせ一見、ようやく上り調子になってきたところだ。
「まだまだこれからじゃねえか」
誰もがそう思っている。しかし、私がこれ以上の勝ちを手にする事はもうないだろう。
「明日の仕事に差し支えますからな。朝が早いとどうしても」
取りつく島もなく、そそくさと退散する。
必勝というには地味すぎるが、確かに確実な手だ。
「上手くいったね」
「初めにカジノと聞いた時には、もっと派手な不正を想像していましたな」
別に、期待していたわけではない。子供ではないのだから、凄腕のギャンブラーなんかに憧れているわけがない。それでも、もう少し格好のつく方法なのだと勘違いしてしまっていたのだ。断じて、もっと知的で誰もが驚くようなイカサマをしたかったわけではない。そう、決して。
「早めに他のお店に行こっか。急がないと」
「分かっています。ええ、ええ」
今日のうちに、三つは回る。そうでなくては稼ぎも微々たるものだし、急がなくてはこの方法が使えなくなってしまうだろうからだ。
アレクサンドルのような人間は、実は珍しくない。彼らの多くは店と繋がり、利益を出しながらにお客の機嫌をとる役割を担っているのだ。どのような職種であろうと、同業同士の横の繋がりというものがある。遅かれ早かれ、私たちの行為が利益をとるためのものであると看破される事だろう。
そうなれば、こんなちゃちな方法での稼ぎなどできなくなってしまう。
それまでの勝負なのだ。それまでに、いくら稼ぐ事ができるかという勝負だ。
◆
「今の客、おかしかったよな?」
「何がっすか? 気が付かなかったっす」
節穴みてえな目をした若いのが不思議そうな顔をする。お飾りの目ん玉なら取っちまえばいいんだ。
「時間がねえ奴が賭場なんか来るかよ。しかも、何回負けたって続けたってのに、一回勝っただけで帰りやがった」
「勝って気持ちよく帰りたかっただけっすよ。ちょこっとでも勝ったら、もうその金を賭けられなっちまった腰抜けかもしれねえ」
「…………」
確かに、その可能性はある。最後の一勝で利益は出したが、そのせっかくの利益を吐き出してしまう事を日和ってしまった可能性は充分に。
しかし、それだけに違和感がある。
ゲーム中のあの男は、そんな小さい肝のようには見えなかった。
どんなに負けても平然としており、ずいぶん余裕に見えた。たかだかちょっぴりの利益を出し惜しんで、帰ってしまうような男なのだろうか。
その上、ゲーム中はとてもつまらなそうだった。特に何かに驚くでもなく、だからといって勝って喜ぶでもなく、何のためにゲームをしにきているのかと疑問に思ってしまったくらいだ。
それに——
「——そうか」
そうだ、やはり不自然だ。やはり、あの二人は偶然にもわずかな利益を生んだ素人などではない。
なにせ、そうだ、なにせ奴らは、つまらなそうにしていた。おかしかったからよく覚えている。大した反応もなく卓を見ていて、勝手も負けても目を離したりしなかった。
時計すら、見ていなかった。
「飛脚を走らせろ」
「ぅえ? どうしたんすか一体。どこに行けって?」
「全部だ。同業の全部に、さっきの二人組の情報をすぐさま回せ。相手にするなと言え、しかし釘付けにしろと言え、すぐに俺が行くと言え」
全く時計すら見ていなかったのだ、時間を気にしていたというのに。
「舐めやがって。そういう事かよ。上手くやったつもりなんだったら、後で存分に後悔させてやるぜ」
夜はまだ長い。
奴らへ報復するには、充分な時間がある。




