暗がりの最中にあっても忙しなく
「オヤジ、お爺さん起きたよ」
「んな事いちいち言いにくる暇があったらさっさと仕事しろクソガキ!!」
開口一発、怒鳴り声。私の周りには、今までいなかったタイプの人間だ。
ゲームに負けた私は、どうやらここで働くように定められたらしく、差し当たって上司に挨拶をする事になった。今まさに仕事中であるはずのイチにわざわざ案内してもらったわけだが、かけられたのは労いの言葉ではなかった。
私はつい反論しそうになったが、イチに手を引かれてそそくさとその場を後にする。歯痒くはあるが、怒鳴りつけられた本人が嫌がるのなら仕方のない事だ。
「あんな事なら、わざわざ挨拶など必要なかったのでは?」
「いや、いや、どっちにしても怒るんだよ。あとで言ってなかったってバレると折檻があるから、先に言って怒鳴られるだけの方がずっとマシなんだ」
オヤジと呼ばれたあの男の人柄というものが、それだけで如実に語られている。
狭い小屋ではあったが、その環境は外と比べるべくもない。室内は灯りによって充分に照らされており、上着を羽織る必要がないほど暖かかった。そんな部屋であの男は何をしているのかといえば、気分良く鼻歌を歌いながら酒を飲んでいるようだった。
聞けば、ここで働いているのは子供ばかりなのだという。自らよりも弱い者を力づくで働かせて、ただぐうたらと自堕落な生活をしているのだ。
腹立たしい。あまりに腹立たしい。
私がここで働く事になったのも、老人ならば御し易いと思ったためだろう。
栄養が全く足りていない細くて脆そうな腕と首元。それでいて酒の飲み過ぎだから、腹ばかりが肥大化している。髭も髪もまともに手入れなどされておらず、絞れば脂がぼたぼたと落ちそうだ。
そんな醜悪な男に、いつまでも使われてやるつもりはない。
ただしばらくは、大人しくしていようと思う。少なくとも、何か考えがまとまるまでは。
◆
曰く、この旧大地では、職業選択の自由というものがないのだという。新しく送られてきた者は、必ずその地区の管理者のもとに送られて、今後どの仕事をすればいいのか割り振られる。早い話が、私が働くべしと定められたのがこのゴミ山なのだ。
「てっきり、私は奴隷として使い潰されるものかと」
選別のためのゲームは、最後まで続けられなかった。途中を意識を失ってしまったのだから、きっと適当な扱いをされるものと覚悟していたのだが。
「奴隷なんてそうそうないよ。私が言ったのは嘘だし、そもそも奴隷は罰なんだよ。罪を犯してこの世界に来たのに、また罪を犯すような輩は結構多いんだ」
「度し難い……」
「全くだね」
人は、地に堕ちた程度で変わるものではないという事だろうか。それを愚かしいと下す事は容易いが、私にとっては、なんとも残酷に感じる。
自らのみは違うなどと、そんな傲慢でなどないつもりだから。
イチは、その年齢の子供にしては随分としっかりしているように思えた。表層の話をする時も、理解力が高いために説明の手間がない。知識も多く、時折表層の知識人と会話しているような錯覚を起こすほどだ。
そしてその能力は、このゴミ拾いで遺憾無く発揮された。この旧大地において、宝石や玩具のような物はほとんど価値がない。資源があまりに少ないため、生活基盤の安定が最優先とされるためだ。イチの幅広い知識は、そういった物を見分けるのに非常に役立った。
聞けば、オヤジから課せられているノルマなどという稼ぎの下限は、二時間か三時間もあれば終えてしまうのだという。
考え方も子供場慣れしており、私を売ったのも「どうせほっといても死ぬし、売った方がむしろ生き残るんじゃないかと思った」とあっけらかんとしている。事実その通りだったのだから、反論もできない。私の看病にかかった金は、私を売った時の報酬でまかなわれたらしいのだ。
……冷たいのか優しいのか、いまいち分からない。
「お爺さん! ねえ、この機械何!?」
両手を振って私を呼ぶところなど、間違いなく年相応の少女だ。しかし彼女は私を売った張本人であり、私を助けた恩人であり、私に仕事を教えてくれる先輩である。
「電子レンジ……ですかね。食べ物を温める機械です。壊れて使えないようですが」
「凄い! きっと高く引き取ってもらえるよ!! これだけで明日の分のノルマ終わっちゃった!」
一見して好奇心旺盛な少女。
しかしながら打算的な悪女。
かと思えば高い知力の才女、
私は、このイチという少女の実態を、未だ掴みかねているのだ。




