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冴樹香葉の罪深き不幸

 地下送り。

 表層大地において、死罪の次に重い刑罰だ。国によっては死罪が認められていないため、極刑とは地下送りを意味する事もある。

 本来捨て置かれた筈の旧大地に人間が住む理由がこれだ。かつて地下に捨てられた人類の中の誰かが、この世界に人が生きる環境を作った。

 もしもそれがなければ凍え死んでいた事を思えば、名も知らぬその人物に多少の感謝くらいはしておこう。


「ようこそおいでなさった」


 艶のある黒髪の女性が、自信に満ち溢れた声でそう言った。場所はひらけた広場で、その中央に机と椅子がおかれている。椅子は二つ、机は一つ。私と彼女で向かい合って座る。そして、周りをグルリと囲む壁を見上げれば、この広場を見下ろせるような客席を見る事ができる。

 正直、あまりいい気分はしない。


「私はシルビア・オードクス。この辺りの管理を任されてる」


 若く見えるが、どうやら責任者らしい。


「ここは随分明るいな」


「表層の方には暗かろうとね。私からの気遣いさ」


 表層大地。

 つい三日前まで、わたしはそこで暮らしていた。割と順風満帆な生活だったが、一つのミスで地下送り。世知辛い世の中だ。


「思っていたよりもはるかに文化的な生活をしている。失礼だが、地下はもっと原始的だと思っていたよ。何より、れっきとした管理体制が存在する事には驚きだ」


「コミュニティはどうしても必要さ。旧大地は、およそ人間が住める環境にないから」


 その言葉の通り、私は暗がりの中を凍えながら彷徨っていた。


「もしもこの町の住人に見つけてもらわなかったら、きっと私は今頃氷像だろう。感謝してもしきれん」


「そういう人も結構いるんだ。一応こちら側で注意はしているんだけどね、どうしてもこんな環境じゃあ全員を助ける事なんてできない」


 シルビアが口元に笑みをたたえる。一体何がおかしいのか。いや、彼女は私の前に現れてからずっと笑っている。


「それで、ジェントルマン。そろそろ貴方の名前をお聞かせ願えるかな?」


 シルビアの指先が、とても優しく机を叩いた。音を立てないほどの小さな挙動だが、私はそれを見逃さない。そこから感じられるのは、苛立ち、焦れ、つまり、何か急いている。


「冴樹香葉という。冴樹がファミリーネームだ」


「日本人か。珍しいな」


 シルビアの視線が、ほんの一瞬私から逸れた。どこを見ようと思ったわけではない。その挙動は、意識が私にない事の表れだ。多くの人間には気がつけないようなわずかな動作を、私は決して見逃さない。この特技は表層大地で私を大変助けてくれたが、どうやら旧大地においても有用であるようだ。


「ちなみになんだが、何をやって捕まったんだ? 見た感じ、凶悪犯って風には思えないけれどね」


「人を見た目で判断しない方がいい。誰が言った言葉か忘れたが、一番怖いのは天使のような悪魔なのだそうだ。見るからに悪魔よりもね」


「まあそりゃそうだ」


 たった一週間もたっていないが、すでに懐かしくすら感じられる。そんな暖かい生活を思い出して、ため息をつきたくなった。


「……あまり言いたい事ではないが、女性との関係がこじれたんだ。まさか彼女がそこまで本気とは知らなくてね」


「それだけで地下送り?」


「彼女の父が権力者でね。私は知らなかったんだが。いつの間にやら身に覚えのない罪を被せられてこのざまだ」


「あー、それはお気の毒」


 たいした意味のない、なんの気ない、取り留めのない会話。どうやらシルビアは私の事情になど興味がないらしく、ただ時間を潰すために会話をしているらしい。


 そんな問答をいくつか繰り返した頃、ようやく彼女の待った人物が現れた。


「大将、待たせましたな」


 黒い燕尾服を着た紳士然とした老人が、足音も出さずに歩み寄った。片手には見た目からも重量を感じさせる布袋を持ち、反対側にはガラス質のビンが握られている。


「大将……?」


「あぁ、もう。やっぱり言われたぞ。女だからって言いたいんだろう、わかっているぞ」


「はは、これは癖でしてな。女性の呼び方としては無骨すぎるかと自分でも思うのですが、ふと言ってしまうのです」


「お前の仕事にはいつも助かっているが、そういうところは正直困るね。何回目の注意か忘れてしまったけれど、私を大将って呼ばないでくれ。今度こそ頼むよ?」


「どうでしょうな」


 個人的には、彼女がなんて呼ばれようとどうでもいいのだが、何やら本人は嫌がっているようだ。別に蔑称というわけではないのだから、大将だろうと旦那だろうと構わないと思うのは、私が無関係な者だからなのだろう。


「そんな事はどうでもいいんだ。話を先に進めてもいいだろう?」


「まあ、構わない」


 むしろ、早く進めてくれとさっきからずっと思っている。


 ただ、もう少し警戒するべきだった。

 相手は凍えかけの私を看病するわけでもなく、事情の説明も後回しに、この広場に缶詰にしているのだ。助けられずに死んでいく人間がいる事についても、平然とにこやかに快く話していた。この場所が明るいのは私に気を遣ってと言いはしたが、実際には上から見下ろした時に見えやすくするスポットライトなのだろう。


 何を取っても、信用できる要素じゃあなかった。


 事実——


「君は私と、ゲームをするんだ」


 彼女はそんな事を言った。


「残りの人生全てを賭けた、大勝負をね」

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