理解と把握の隔たりは大きい
「あなたがどれくらい強かったか、私が判断してあげる。これがこの旧大地式、住人格付けといったところね」
顔は見えないが、シルビアと名乗ったその女は私の事を見下している。声で分かる。鼻先で笑うような、目元や口元に至るまでの表情まで分かるくらいの声色。正直のところ、気分のいいものではない。
「ゲーム……ゲーム……ちなみに拒否は?」
「できないねえ」
まあ、当然といえば当然か。仮に断るにしても、その先はこの町の庇護下にない極寒の大地だ。この過酷な環境下にあって、コミュニティの外にいる事は利口とは言えない。
「……ルールを聞いても?」
否定も肯定もされず、しかし相手が笑ったのを感じた。声がしたわけでもなく、カーテンの先が見えたわけでもなく、しかし雰囲気で感じられた。ガラスを二枚も隔ててなお、部屋を二つ分も越えてなお、それでもはっきりと感じる。
それほどに、あからさまなのだった。
シルビアが何やら合図を出す。見えはしなかったが、どうやら手をあげたらしいという事はわかった。
部屋に、明かりがつく。厳密には私がいる部屋ではなく、ガラスを挟んだ向こうの部屋だ。さらにガラスを挟んだシルビアの部屋にも明かりはつけられていないらしく、私たちは薄暗がりの中から中央の部屋の中を覗き込む形だ。
私の部屋の中は、目の前の明るさが嘘のように未だ薄暗い。当然、明かりがつく前よりははるかにマシなのだが。
「準備、少々お待ちください」
そうかけられた声は、私を連れていた長身の男のものに相違ない。確かあると呼ばれていたあの男の言いつけられた準備とは、このゲームの事であったようだ。
中央の部屋に、二人の男を引き連れたアルが入ってきた。二人の男はボロ布のような衣服を着ており、その裾などから見える首元や手首は随分とやせ細っていた。
奴隷。
私の事を騙したあの少女の言葉は、少なくとも全てが偽りであったわけではないようだ。
「もう少しかかるか。なら、あなたの言うようにルールの説明からしましょう」
体力的には目の前の奴隷と大差ないほどに衰弱している私だが、シルビアにそんな事は関係ないらしい。構わず話を進める。
「私たちにはまず、一から七の数字が一つずつ与えられるわ」
奴隷の男たちが、自分の腰あたりまであるようなプレートを運び込んでいる。高さに対して横方向に長く、厚さもあっては非常に甘そうだ。
「私たちは、この数字を一枚ずつ互いに提示していく。数字の大きい方の勝ちで、これを七回繰り返す」
持ち込まれたプレートは、私とシルビアの目の前に置かれた。そしてそのプレートに貼り付けるようにして、七枚の札が私に開示される。見たところ、シルビアにも同じように用意されているらしい 。それぞれの札には数字が書かれており、それぞれに与えられる数字とはこれの事なのだろうと察せられる。
「勝った数字は自分のものにできる。最終的に手に入れた数字の合計が多い方の勝ちだ」
聴く限り、実にシンプルなルール。慣れによって有利と不利ができてしまうようなものでもなく、運によって充分に逆転できるようなものだ。今この場でルールを聞かされてぶっつけ本番の勝負をさせられる私からしてみれば、これ以上の条件はそうそうない。
「一つ、質問をしても?」
「どうぞ」
「このカードは全てガラスの向こうです。我々はどうやって選択するのでしょう」
まさか声に出せとは言うまい。それならカードにする意味がないし、そもそも相手にまる聞こえだ。勝負性が薄れてしまう。
「あぁ。アル、説明してあげなさい」
「承りました」
奴隷の二人を残し、アルは中央の部屋から外に出る。そして、すぐさま私の後ろのドアから入ってきた。仕事が迅速なところは非常に優秀に見えるが、主人以外に対する態度を考えればそうは思えない。
別に彼の事をよく知るわけではないが、この短時間での印象のみでは間違いなく胡散臭い人物だ。
「こちらをどうぞ」
丁寧な言葉で渡されたのは、手の平に収まる程度の黒い棒だ。形状は、ペンライトのようだと感じる。ボタンを押している間だけ、先端から細い光が出る仕組みの物だ。ただ少しだけ違うのは、その光が非常細く、赤い色であるという事だ。
レーザーポインター。一般には、そういわれる代物だろう。
「大切にしてね。そんな物でも、この大地にとっては重要な資源なんだから」
「ゲームを始められましたら、一切の会話は禁止とさせていただきます。目の前にありますプレートの札を照らしてくださいませ。それにより、数字の選択といたします」
なるほど、それならば相手には何を指しているのかわからない。そもそも相手の用意した物を使うのは不安でしかないが、これは信用するしかない。相手の機嫌を損ねるわけにはいかないし、そもそもこの勝負は勝つ事が目的ではない。相手が自分の実力を見る事。それが目的であるならば、必ずしも勝利する必要はないはずだ。
「他に質問がないようでしたら、すぐにでも始めさせていただきたいのですが」
「わかりました。ではすぐに」
口の中はカラカラで、体も疲労困憊。立ち続ける事もできずに、床に座り込んでしまった。もはや、飲み込む唾もない。しかしそれでいて、私の心はまだ折れていなかった。いつ気を失ってもおかしくないこの状況を留めさせているのは、ひとえに意思というほかないものだった。
私は、ただ負けるつもりなどさらさらない。
「じゃあアル、始めなさい」
偉そうな声色のシルビアに対して、せめて一矢報いろうと、私はもう少しでくらんでしまいそうな目を必死に凝らして勝負に挑んだ。




