出会い、恐れ
「主人、新しく送られてきた者です」
長身の男は、ドアをノックすると恭しく礼を交えてそう言った。ドアの向こう側にその動作など見えるはずもないというのに、それでも彼は頭を下げた。
その場所は廊下の最奥。私が引き摺り込まれた扉からまっすぐと進んだ先にある部屋だった。途中には無数のドアが並んでいたが、それらと目の前のそれとは何もかもが違う。大きさも、豪華さも、絢爛さも、すべてが一段階違う場所に位置している。一目で、このドアの向こうにはこの建物の主人がいるのだろうと理解できる。
そしてそれは、きっとこの町の主人。
少なくとも私が移動してきた一帯を治める領主のような相手なのだろう。
そも、この建物を見れば瞭然だ。
ここの中は外よりもはるかに明るく、暖かく、何よりもどの建物よりも広く大きい。時代が違えば、しろとすら形容されていたような場所だ。こんな建物に住む者といえば、力のある者に相違あるまい。そしてその力とは、多くの場合権力であると相場が決まっている。
「アルか、入れ」
部屋の中から、女性の声がした。
短く「はい」と答えた男は、音も立てないほどの丁寧さでそのドアを開く。
室内は、思ったよりも豪勢というわけではなかった。とても広くはあるものの、調度品なんかがたくさん置かれているわけではない。
廊下よりも、随分暗い。いや、黒い。壁と床と天井とがすべて黒色の素材で作られており、まるでそこが隔絶された世界であるかのように感じられる。
部屋の奥、おそらく寝具が置かれているのであろうその場所は天蓋のカーテンによって隔たれており、その奥を覗く事はできない。
——いや、それだけではない。
気が付かなかった。なにせそれは透明なのだ。部屋が広いわけではない。この部屋は、透明な壁によって隔たれた三つの空間なのだ。三つの部屋が縦に並んでおり、その互いの境界をガラスの壁で隔てている。薄暗がりの中にあっては、注視しなければその事実に気がつく事すらできない。
「では主人、私は準備に」
「そうなさい。頼むぞ」
私をその部屋に残し、長身の男は部屋を後にする。顔も見えない相手と二人きり。いや、二人きりというのもおかしいか。彼女とは、ガラス二枚を隔てているのだから。
「準備……?」
その言葉の意味がわからず、姿の見えない相手に問いかける。
一応は視界の通る中であるはずなのに、現状は暗闇の最中のようであった。腕を目一杯伸ばしたら、その指先が見えないのではないかとすら思える。
だから、少しでも光を求めて問いかけてしまうのだ。
「そう、準備。あなたは今から私とゲームをする事になるの」
事も無げに、そんな事を言う。ごく当たり前の事を言うように、飽きるほど繰り返された言葉を口にするように。
「この町で暮らす上での、いわば試験。あなたはこのシルビア・オードクスに試されようとしているの」




