その日、彼の世界は黒く染まった
表層大地から地下へ降ろされる際、それ専用の通路だとか昇降口だとかは使われない。完全に隔離されている二つの世界の間には、そのような便利なものは存在していないのだ。
ならば地下送りはどのようにして行われるのか。答えは簡単。巨大な布を広げる事によって風を受け、人の身でありながら大空を降下する方法。
パラシュートである。
近年、このパラシュートの処分方法について問題になっている。九十年もの間積み重ねられ続けたその巨大な布は、当然表層世界の住人が片付けたりしない。
かつて問題となっていた宇宙開発の際のスペースデブリのように、ただ溜まり続けていくだけなのだ。
しかし、今回の場合はそれに助けられたのかもしれない。
地下送りに使用されるパラシュートは、娯楽として利用されている元来のそれとは大きく異なる。空気の抵抗を受けて滑空などすれば、どこに降りるのかわかったものではないからだ。
地下送り用のそれは、真下に降下するような設計がなされている。形状はもとより、そもそもの素材から違う。空気を側面方向でなく真上に逃がす事によって、左右への移動を不可能にしたのだ。その結果軟質化し、柔らかい毛布のような手触りとなった。
暗がりの極寒を一万フィートを超えて降下した身体は、今にも凍結せんばかりに凍えてしまっている。雑多に積み上げられた布の山がなかったならば、私の体など大地との接触で砕けていた事だろう。多少腕に覚えがあるとはいえ、地面との喧嘩では勝てる気がしない。
「ぅ……っ! ふぅっ……!」
ただ呼吸するだけでも肺が痛む。せっかく拾った命だが、自分はこの場で死んでしまうのだろうと覚悟を決めた。暗闇の中では視界も通らず、体のあらゆる関節が悲鳴をあげていた。地下送りは死刑の次に重い刑罰だが、こんな死に方をするのなら首をつった方がマシだ。
なんと残酷な刑罰だろうか。
死刑の執行人は、凄まじいプレッシャーなのだと聞いた事がある。気が狂ったわけでもない、確かな正義をその胸に宿した人間が、その手で人を殺すのだ。
それで病んでしまう者すらいるのだという。つまりこの刑罰は、それを回避する目的のものなのではないだろうか。便宜上これは死罪ではないとしておくのなら、執行人は人を殺したわけでないと思う事ができる。
ならば私は、赤の他人の精神衛生のために苦しむのだ。
知らない誰かが知らぬ間に笑っているために、私は苦しんで死ぬのだ。
冗談ではない。
ビキビキと嫌な音を立てる体に鞭を打ち、どうにか動こうともがく。
死なないために、生きるために。二度と陽の光を見る事がなくとも、せめて空を仰ぐために。真っ黒な上空を、その彼方を越えて確かに存在するはずの青空を、外殻越しに見上げるため。
どこへ行こうというわけでもない。ウネウネと絶命する寸前の芋虫のような動きで、その場から離れる事もできずにただ動く。腕も脚も伸ばしきる事はできず、だからといって曲げきる事もできず。力など入らず、身体は震えて。
苦しいと叫ぶ事すらできず、助けなど求められず。
苦しく、悲しく、寂しく、恐ろしく。
ただ踠き、ただ足掻く。
ただ踠き、ただ足掻く。
ただ踠き、ただ足掻く……




