プロローグ 1-1
プロローグ 1-1
西暦2000年 8月
真夏の日差しがアスファルトを焼き、照り返しで人間も焼かれてしまうのではないだろうか、と言う季節。
スーツを着た大人たちは携帯電話や缶コーヒーを片手に道を歩いていく。
道路を見ればエアコンを効かせるために窓を全閉にしドアの隙間から比較的大きめの音楽が漏れて聞こえてくる車や、鮨詰めとまではいかないでもそこそこ満員で発射していくバス。
ここは日本。
さらに言えば福岡の博多。
福岡といえば博多という人も多いだろうが、実は博多はビジネス街であって遊びにいくのは天神なのである。
そんなビジネス街に吹く生ぬるい風、車や人たちの話し声。
これというわけでもなく、なんとなく一日が始まり、そして終わっていく日常。
「明くんまってよー・・・!!」
騒然とする人混みをかき分け一人の少女が声を荒げる。
「はやくしろよー!!」
声をかけられた明と思われる人物は振り返りながらも歩く速度を落とさずに答える。
8月といえば夏休み。
青春を謳歌している子どもたちの全力は大人たちのパワーを遥かに凌駕し、
また誰も手がつけられない無敵な存在へと進化をする。
「急がないと映画が始まるだろー!?ほら急げよ凛ー!」
凛と呼ばれた少女はぜーはー言いながらも必死に走ってきていた。
「元はと言えば明くんがお昼寝して起きてこなかったのがいけないんでしょー!昨日から行くって約束してたじゃーん!」
「しょうがないだろー!昨日遅くまでゲームしてたんだから!それに昼まで寝てたんだから昼寝じゃないしー!」
毎日が休みな子供達は何度も言うようだが無敵な存在へと進化をする。
それが夏休みパワー。恐るべし夏休み。
「そんなの言い訳でしょー!?」
「うるせー!!とにかく走れば間に合うから凛もいそげよー!」
「だからちょっとまってよ・・・もう限界・・・少し休憩・・・」
そういうと凛は立ち止まって肩で呼吸をしているようだった。
「んもー!なにやってんだよ!置いていくぞ!?」
そういって明は一気に駆け出そうとした。
「そんな・・・ちょっと・・・まって・・・あ!危ない!!」
「そんな手にはのらねーよ!!はし・・・」
振り返りながら走り出したその右側には車。
明はドライバーと目が合うが体は動き出しているので止まれる訳もなく。
「れ・・・」
ダァーン
体が3m吹っ飛ぶ事故を起こした。
2020年 8月
あの事故から20年。
彼は頭や体から出血し、意識不明に陥り、まもなく到着した救急車で病院に搬送。
集中治療室で処置を受けながらも翌日には帰らぬ人に・・・
「ってんなわけあるか!!」
自分の回想にツッコミを入れた俺は明。
正真正銘、車にふっ飛ばされた張本人である。
確かにあの時聞いた話では生死を彷徨っていたらしいのだが3日くらいで目覚めたらしい。
夏休みの執念パワーなのか、当たりどころが良かったのかは不明だが、こうして俺は生きている。
なぜその話をしたのかって?
その事故現場を今まさに車で通過しようとしているからだ。
確かにあの時、ちゃんと信号を見ずに走ってしまった俺が悪い。
しかし歩行者は交通弱者として扱われ、よっぽどの状況ではない限り車側が悪いという事になってしまうのが現代日本なのである。
「いつ飛び出してくるから本当にわからないからな」
自らの体験を重ねることで危険回避を心がけをしていた。
そこから車を走らせること10分。
コインパーキングに車を停めてオフィス街に入っていく。
自動ドアをくぐり、エレベータに乗り4階まで上がっていく。
降りたら今度は自販機で缶コーヒーを3本買いドアの前で立ち止まった。
「はぁ・・・いきたくねぇな・・・」
中からは怒鳴り声が聞こえてくる。今度は何にご立腹なのだろうか予想したくない。
深呼吸をし気合を入れてドアを開けた。
「只今戻りました」
言い争いをしている二人は一瞬視線をこちらに向けたがすぐにヒートアップした。
「だからなんでてめえが手柄を欲しがるんだよ!やったのは俺だろうが!」
「もともと話を進めていたのは僕です!それを勝手に人を降板させて勝手に話を進めて、勝手に僕のプレゼンを使ったのは部長なんですよ!?」
どうやら手柄の横取りが発生したらしい。それは怒って当然である。
「そんな証拠がどこに存在してるんだ!あぁ!?」
部長と呼ばれた男は得意げに鼻を鳴らしてみせた。
「おい明」
うわぁこっちに来たよ・・・
「はい、なんでしょうか?」
部長はニヤニヤしながら話しかけてきた。
「そのコーヒーくれるの?サンキュー」
「どうぞ。先輩もよかったらどうぞ」
部長はさも買ってきて当たり前のような態度で取っていく。
「すまんな、有難くいただこう」
先輩は片手チョップでありがとうとして俺の手から持って行った。
ここは俺の勤める会社。従業員は20人程度の中小企業だ。
そして会話の内容から察すると思うが・・・ブラックだ。このご時世ホワイトを見つけるのがとても難しい。
そういえば以前同窓会で高校の同級生が
「えーブラック?それ絶対ヤバいやつだよー。でも色があるだけマシだと思ったほうがいいよ」
と言っていたな。この意味が分かる人は頭の回転が速いのだろう。
答えは
「俺まだ無色(無職)だから」
こいつも意外と頭の回転が速い奴だったのかもしれない。
「明ー。お前はいいよなー、新規に契約取ってくるわけでもないし、なんか書類や資料を作ってるわけでもないし・・・」
あー・・・これなんかやられるやつだ・・・。
「車に乗ってあっちこっちドライブにいって今日も収穫ありませんでしたーって言えば言いだけだもんなー」
そういうと飲み掛けのコーヒーを俺の頭にダバダバと零してきた。
他の社員がぎょっとしてこっちを見るが、やはり我が身可愛さなのだろう。
誰も止めはしなかった。
しょうがないよな、逆の立場なら俺も見て見ぬフリのチキン野郎だ。
「部長!これはさすがに・・・!」
先輩が部長の手を払おうとしてくれた。やはりいい先輩だな。
だけど俺はチキンだ。
「先輩・・・いいんです、俺が悪いんですから」
そう言って先輩の手を止めた。
「明・・・」
申し訳なさそうな顔をして先輩は手をゆっくりと下げた。
「それから明、このコーヒー糞マズだったからお前に返しただけだからな」
そういうと部長は手をヒラヒラさせながら部屋を出て行った。
とても気まずい。部屋の中の空気がすごく重たいのがわかる。
キーボードがカタカタと鳴り響いているだけのこの状況をいったいどうしたものか。
「先輩、ちょっと服乾かしてきます」
俺はやはりチキンだ。
そういって部屋を後にした。
さて実際どうしたものか。あ、服の話だぞ。
お手頃サイズ170gの100円缶コーヒーでも一口くらいしか飲んでいないのであれば結構な量である。
結構ビチャビチャだよな、コレ。
ビシャビシャとビチャビチャでは同じ意味なのになぜ後者のほうがエロく感じてしまうのか。
俺の中の七不思議だったりもする。
トイレに入り上着を脱いでトイレットペーパーで水分を抜いていく。
お行儀が悪いとか言わないでくれよ?緊急事態なんだから。
「明、大丈夫か?」
「あ、先輩・・・」
「結構濡れてるな、すまん。俺が気付いて止めるべきだったんだが・・・」
そう言って頭を下げる先輩。あーこんな男性に世の女性は惹かれていくんだろうな。
先輩結婚してください。
「たしか部長とは同じ大学で同級生なんでしたっけ?」
うん、と頷きながら先輩は綺麗なハンカチでコーヒーを拭いてくれた。
ほぉ、先輩のハンカチいい匂いがするなぁ、これはポイント高いですぞ!
そう、例えるなら、めっちゃダ〇ニーの香りぃ。
「あいつとは高校からの付き合いでな、同じ大学に進んだんだ。昔はあんな奴じゃなかったんだがな・・・大学のサークルの先輩たちに影響されたみたいなんだ」
「でも先輩はその・・・部長と違って優しいですよね」
ははっ・・・と笑いながらもちゃんと答えてくれた。
「俺は家が厳しくてな、サークルの参加は認めてくれなかったんだ」
なるほど。環境が人を変える・・・昔先生がそんなことを言っていたな。
どんなに育ちのいい人間でも環境が変わればそれに順応するために性格が変わっていくとうやつ・・・だったはずだ・・・あれ?違ったか?
「よし、こんなところか」
そういうとコーヒーで汚れたハンカチを洗い出した。
おぉ・・・いつの間にか作業が終わっていたのか・・・なんという手際の良さだ・・・。
「すみません、ありがとうございます・・・俺・・・」
俺がダメなばかりにと言おうとしたところで背中をバシと叩かれた。
「そんなことはいいんだよ、お前が頑張ってるのは知ってる。今日も新規開拓と既存のお客様への顔出し挨拶だろ?大丈夫だ、お前はしっかりやってるよ」
あー・・・ダメだ、同性だけど惚れてまう。あ、これ泣いちゃう、目頭が熱くなっていくのがわかる。
「もう少しで終業時間だしこのまま帰っていいぜ、城樹には上手いこと言っとくよ」
そういってサッと居なくなってしまった。
城樹とは部長の名前だ。本名は猿渡 城樹。
ついでに先輩は太刀洗 幸助。
この先輩の名は未来永劫語り継がれるだろう。俺の子供にも孫にもキチンと語っていこうではないか。
独身だがな。
「帰ろう・・・」
顔を上げ、鏡で自分の顔を確認したら今にも涙が落ちそうな瞬間だった。
先輩、泣き顔を見ないように気を使ってくれたのか・・・
トイレットペーパーで目頭を拭い、コーヒーの染みたジャケットを手に会社を後にした。
鞄?そんなの明日でいいさ。
はじめまして、かとしゃんです。
初めての投稿になります。
実はマルチエンド作品です。全部完結できるように頑張りますのでよろしくお願いいたします!
あと実は18禁でコミケに出すように計画しています。
絵師さん・・・ゲーム作れる方いましたら・・・ぜひお願いいたします!