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7:吸血鬼は戦う

 銀髪の吸血鬼少女が次元の裂け目を超えて現れたのは、どこかの宇宙船の通路であった。ただ、少女本人にとっては宇宙船という理解はできずに、船の中という理解しかできていないのだったけれど。

「……嫌な臭い。ここまで濃い血の臭いをさせるなんて、どれだけ傷付けているの?」

 通路に漂う血の臭いに顔をしかめる。吸血鬼である少女にとって血の臭いは空腹を感じさせる食事の臭いと同じであったが、吸血鬼にされ操られている嫌な自分を自覚させられる避けたい臭いでもあった。

 そして、その吸血鬼の本能がここまで濃い臭いは事故などではなく、戦闘によるものだと直感していた。

「あっちか。まだ生きていてくれれば……」

 血の臭いが漂ってくる方向を見つけると、速足で歩き始めた。ケガをしている人がいたとしても死んでいなければ自分の治癒魔法で治療できる。助けたいという気持ちであった。

「近くに臭いの発生源があるはず……」

 臭いが濃くなってきたのを感じ、目を凝らすと血だまりに倒れている人を見つけた。体にはいくつもの穴が開いており、まだ血が流れ出ている。

 その服装から海賊などではないと判断した少女は駆け寄ると、息があるか確認した。

「良かった。まだ生きてる」

 虫の息ではあったが、まだ死んではいなかった。急いで祈りを捧げると、治癒魔法を発動させる。

「【快癒せよ】 うん。これで大丈夫」

 呼吸が安定したのを確認して、再び血だまりの中に寝かせた。どんな相手がいるか分からない場所で意識のない人間を連れていくことは不可能だったので、血だまりの中にいれば死体と勘違いして見逃されるのではないかという打算だった。

「ごめんなさい。終わらせたらちゃんと運びますから」

 寝かせた相手に小声で謝ると、まだ奥から漂う血の臭いを追って進んでいく。

「……鉄の船か。厄介ごとじゃないといいけど。……皆、無事かな」

 自分より先に裂け目に飛び込んだ仲間のことを考えると弱気になってしまう。強制されたとはいえ、大事な仲間を裏切ってしまった。そして次元の裂け目で逃げるしかなくしてしまった。もしこの血の臭いの元が仲間の誰かであったりしたら、自分はどのように償えばいいのか。

 そんな考えを浮かべながら進んでいくと行き止まりだった。しかし、行き止まりの奥から血の臭いが漂っている。

「隠し扉か何か?」

 警戒しながら近付くと、行き止まりの壁だと思っていた部分が左右に分かれた。少女には理解できなかったが、感知式の自動ドアであった。

 扉が開くと、濃い血の臭いが噴き出した。それから、何が起きているかが見えた。

 壁際に追い詰められた人々。その人達を庇うような位置で血だまりに倒れる人。そして、武器を持って人々を取り囲む賊。その賊の中に血だまりに倒れた人と同じ服を着た人が混じって笑っているのに気付いた時、少女の頭に血が上った。

 自分は後悔して潰れそうになっているというのに、裏切りをしてなお笑っている。それだけで少女を激怒させるのに十分であった。

「なんだぁ? まだ、嬢ちゃんがいたのか?」

「黙りなさい。ゲスが」

 気付いた賊が行動を起こす前に、吸血鬼の身体能力を全開にして踏み込むと一人目の腹に拳をぶち込んだ。くの字になって吹き飛ぶ賊には目もくれず、次の賊へ向かって勢いの乗った体当たりを食らわせると、そのまま残りの賊へ突進した。

「何っ?」

 戸惑う賊に対して無言で拳を振り下ろし、蹴り飛ばす。怒りのまま暴れまくった少女によって、船を襲った宇宙海賊はわずか十秒にも満たない時間で全員が打ち付けられて苦痛に呻いていた。

 少女は呻く賊を捕縛するより先に血だまりに倒れた人に駆け寄ると、息があるかを確認する。先ほど通路で見つけた人より浅い傷が数え切れないほどあり、後ろにいる人たちを守るために一人で賊と対峙し続けて弄られたのが分かる傷ばかりであった。だが、奇跡的にまだ死んではいなかった。

「絶対に死なせません。【完全治癒】【完全治癒】 お願い、治って」

 自分が使える治癒魔法の一番上位のものを繰り返し唱える。二回目で元から枯渇気味であった精神力がなくなり、その二回分で治ってくれるのを祈るしかなくなった。自分の命を削るか、それとも床にこぼれた血を啜ってでももう一度唱えた方が良いか一瞬迷ってしまう。しかし、迷った間に魔法をかけるために抱えていた相手の息が落ち着いたのが感じられてほっと胸をなでおろした。

「もし、あなたはどこから? 乗客名簿にあなたのような方はいないはずですが」

 背後の追い詰められていた人々の中から責任者のような初老の男性が進み出て少女に声をかけた。どこか恐る恐るなのは、宇宙海賊を一人で叩きのめした少女への警戒、別口の宇宙海賊の可能性を考えてだろうか。

 しかし、少女は気分を害することもなく頭を下げて答えた。

「正規の手続きをとらず乗り込んでしまい申し訳ありません。事故で気付いたら船内にいたもので私も状況が分かりませんでしたが、血の臭いがしたので行動いたしました」

「そうですか……。その、彼の傷は?」

「何とか手当てが間に合いました。私の力が足りず完全に治癒させることはできませんでしたが、何とか峠は越えたかと」

 少女の言葉に壁際に追い詰められていた人々から歓声があがる。

「何とお礼を言えばいいか……」

「それより先に賊の捕縛をお願いします。今は痛みで動けないでしょうが、武器を向けられると厄介です。それから、通路にも一人血だまりに倒れた人がいます。そちらも処置はしてきましたので、運んでください」

 そこまで言って少女はぐらりと揺れて倒れてしまった。何とか初老の男性が受け止めることに成功したが、その軽い体は完全に気を失った状態であった。

「今なら我々でも捕まえられる。急いで縛り上げろ! それから、通路で撃たれたジョンも生きているそうだ! そっちにも誰か向かわせろ! ……こんなに小さな子供に助けられるとは。船乗りは義理と恩義を重んじる。必ずお返ししますぞ」

 吸血鬼少女を抱きかかえて運びながら、初老の男性は固く心に誓ったのだった。

ストックが切れました。

書けたら順次更新します。

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