6:艦長は冒険者と相談する
2時間ほど過ぎてから、今度は優しい笑みを浮かべたB2の先導で少女達が戻ってきた。B2が気をきかせたのか、エンタメプログラムの衣装のようだった四人の服は帝国で一般的な服に変わっていた。慣れない服に居心地が悪そうな雰囲気だったが、レンだけは嬉しそうに目を輝かせている。
「新品の服……。私の服……」
漏れている言葉からレンの事情が透けて見えて、B2が優しい笑みを浮かべている理由がショウにもはっきりと分かった。そして、不躾にそれに触れるほど子供でもなかった。
「おかえりなさい。この船のシステムはどうだったかな」
「お風呂と言われてあのような箱に入れられるとは思いませんでした。しかも、自分でやらずとも髪まで洗って乾かしてくれるなんて。石鹸も実家に居た時に使っていたものより格段に良いものでした。……ここまでしていただいて本当に良いのでしょうか?」
ショウの質問に目を輝かして答えたエリザだったが、最後には不安そうな声色になっていた。それに同意するようにハナとアイも不安そうにショウを見ていたので、ショウは笑い飛ばすように口を開いた。
「浴槽にお湯を張って入るっていうのは流石に船の中だと無理だからね。航海中は自動洗浄システムになっちゃうんだ。そして、使ってるボディソープ、石鹸も多少良いのにしているけど、普通に量販店で買えるクラスのだから気にする必要はないかな。もっと言ってしまうと、さっきのお茶だって、そこらで買える一般市民が日常で飲むクラスの奴だし」
「その服も艦内にある製造設備で間に合わせに急いで作ったので、メディカルチェックで図ったデータを使って体にあわせてはいますがグレードとしては最低に近いんですよね。衣服についてはちゃんとしたお店に行った時に何とかしましょう」
B2の追撃に3人は驚きすぎて絶句していたが、レンは目を輝かせた。
「私、もっと服、貰えるの?」
「ええ。ちゃんと似合う服を買ってあげますよ。……マスターが」
B2の言葉に嬉しそうにはにかむレンの姿にショウもB2も表情が緩んだ。けれど、気を取り戻したエリザが恐る恐るという感じで口を開いた。
「あの、先ほど倉庫で破壊してしまったロボット? ですか? そちらについての弁償などは……」
「払ってもらわなくていいかな。まあ、不幸な行き違いの事故ということで」
「実際、払ってもらおうとしてすぐに払わせられるような物でもないですしね」
B2が気軽に『販売価格だと平均的な市民の年収と同じくらい』と付け加えてしまったので、ハナとアイの顔が青ざめた。貴族の金銭感覚がまだ少し残っているエリザは二人に苦笑したくらいだったけれど、ショウへ向けて深く頭を下げた。
「お気遣いいただきありがとうございます。私たちでできることであれば何でもさせていただきますので、この先もよろしくお願いいたします」
「身元保証人としては当然のこと、かな。うん。じゃ、これからのことについて説明してもいいかな?」
エリザが頷いて四人が座ったのを確認すると、ショウはテーブルの上に近くのコロニーの載ったマップを投影した。
「とりあえず、ここの近くにある居住コロニーに向かって身分登録します。近くにはチロイーとクコローというコロニーがあってクコローの方が少しだけ近けど、チロイーはこの辺りの行政機関の中心なんだ。だから、向かうのはチロイー。で、滞在期間中にいい感じのパーティーがあったらエリザは俺と一緒に出て欲しいんだけど、いいかな?」
「お披露目ということですね? 私がショウさんと一緒にパーティーに出れば、公爵家の庇護下にいると広めるのと同じですから」
世界と文明水準が異なってもさすがは上級貴族の娘である。ショウが提示したことの理由をすぐに理解すると頷いた。
「理解が早くて助かる。多分、俺がコロニーに着いたと知られたらすぐにでもパーティーの誘いが来るだろうから、すぐに……」
「すぐにパーティーに出るのは無理だと思うなー。うん。十日くらいは待たないと無理じゃない?」
ショウの言葉をB2がさえぎった。その発言内容にエリザが少し不機嫌そうに声を向ける。
「すぐにパーティーに出ることのできる人間ではないと思われたなら心外です」
「そういう訳じゃないんだけど……。ま、仕方ないから言っちゃいましょうか」
悪巧みが成功したというような表情でB2がねっとりとした視線をエリザとハナに向けてから、ショウに向かって答えた。
「ドレスがどうしても特注品になりますから、一日二日で準備するのは無理です。トップが三桁超えてて、アンダーとの差もえっぐいことになってますから、専用の下着込みで七日くらい? そこから最終調整をかけて十日って読みですね。知らずに聞いたら子供の身長としか思えない数値ですから仕方ないですね。そして、ハナさんも同じような感じですよ」
B2の暴露でエリザだけでなく、とばっちりをうけたハナも真っ赤になって口をぱくぱくとさせた。何か言おうとしたけれど、声が出ないという雰囲気だ。それをいいことにB2の暴露は続いてしまう。
「実体剣なんて金属の塊を振ってたせいか、胸の筋肉がしっかりしていて実際以上にかなり大きく見えるんですよね。この船の重力でそんな形になるくらいだから、コロニーの重力でどうなるかは容易に想像できちゃいますよねー」
「B2、それ以上は止めろ」
思わず想像してしまって椅子に深く座りなおしたショウが止めに入る。B2は文句を言わずに言葉を止めると、ニヤリと笑った。
「うん。そういう訳だから、準備ができたらパーティーに出てもらうということで。そうだ。身元保証するのに年齢を聞いてなかった。教えてもらえる?」
無言の空間が生じてしまうのが怖かったショウが無理矢理話題を変えた。それにほっとした様子で、エリザとハナは安堵の息を吐いてから口を開いた。
「私は十七です。あと百日もしないで十八になります」
「私は百八十三歳。普通の人間の年齢として考えるとエリザと同じくらいかな」
「私はいつ生まれたかもよく分からない。でも、登録は十三歳になってる」
「私は十五歳ですね。一応、うちの国では学院を卒業するか、十六歳を迎えれば大人と認められます。私は学院を卒業しているので、レンちゃん以外は大人扱いです」
四人の答えを聞いてショウは大きくため息をついてうなだれた。隣にいるB2は苦虫を噛み潰したような微妙な表情でショウの肩を叩いて慰めていた。
「……未成年者を誘拐したんじゃないんです。保護したんです。きっと警備隊も分かってくれますよ」
「そうだといいな。……この国では成人は十八歳です。さらに十五歳未満を親の同意なしに連れまわすとほとんどの場合、誘拐犯扱いされます。本当どうしよう」
ショウの言葉に状況を把握したエリザ達だが、彼女たちには何が問題か分からない状況だった。
「……私が最年長なのでレンが冒険者登録した時に身元引受人になってます。さすがに未成年者を冒険者にするには責任をとる大人が必要ですから。なので問題ないのでは?」
ハナの言葉にショウとB2の顔色が目に見えて良くなった。
「うん。それならハナさんを親権者として登録できる。……特に幼女相手だと冤罪でも社会的に死ねるので本当に助かった」
「それよりも私の年齢を聞いても驚かなかったことに私が驚いてしまうんですけど。もしかして、こちらの世界にもエルフが?」
ハナの言葉に今度はショウとB2が不思議そうな表情になった。
「え? ハナさんは長寿の種族って聞いてますし、この世界ではナノマシンで延命処置していれば何百年か生きるなんて珍しくもないのですけど? 事実、うちの祖父母も百歳近いはずなのにまだまだ二十代の生き方していますし」
「そうですね。ある程度の身分や財産を持った人間なら不老長寿を求めるものですし。実際、マスターもナノマシン投与しているので、今と変わらない外見のまま生き続けますよ」
そこまで言ったB2がいいことを思いついたとばかりににんまりと笑った。
「この世界で生きるつもりなら、皆さんもナノマシン投与しちゃいましょうか。専門の医療施設に行かないといけないので次のコロニーですぐにとはいきませんけど、せっかくなら長く生きて楽しみましょ?」
「はい! お願いします!」
B2の言葉に勢いよくエリザが食いついた。
「え、エリザ、何を……」
「せっかくなら長く生きて楽しみたいし、長生きすればハナともずっと一緒にいられるでしょう?」
満面の笑みを向けられたハナは何も言うことができなかった。ただ、自分の内から湧きだす感情をごまかす様にショウへ話題を向けた。
「えっと、じゃあ、ショウさんも私と同じくらいの年齢だったりするのですか?」
「いえ? 今年で二十三の若輩ですよ。ま、少しだけ年上なんで頼ってください」
後半はハナ以外の三人に向けた言葉だった。エリザとアイがわずかに頬を染めて頷き、レンは目を輝かせた。
「ん。お願い。お兄ちゃん」
レンの言葉にショウとB2がフリーズする。その様子にレンが不安そうに上目遣いで二人を見た。
「……ダメ?」
「ダメじゃないから、好きにするといいよ」
「ありがとう」
ショウの言葉にレンの顔に満面の笑みが広がった。その笑顔をみて、B2は胸を押さえてショウの背後に隠れた。
「なんでしょう。この可愛い生き物。この子を暗殺者にしようとした連中には私の全武装叩き込みたいですね」
「わかるわかる」
レンは二人のやり取りをただ笑顔で見ていたが、残りの三人はレンが感情を表に出したことを喜べばいいのか、この主従からレンを守ればいいのか悩んでいた。
作中のコロニーですが、元にした言葉はクッコロとチョロイです。
艦長と冒険者の関係がどちらのルートに行くかは作中通りです。