4:冒険者は艦長の胃を痛める
元の部屋に戻ったショウは先ほどと同じように交渉用の笑顔を貼り付けると、にこやかに声をかけた。
「皆さん、話し合いは済んだようですが、結論はでましたか?」
「はい。私たちの身元保証をお願いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
拒否はしないだろうと思っていたものの、思いのほか乗り気なエリザの言葉にショウは内心で不思議には思った。しかし、まだ踏み込む関係ではないと考えて交渉用の笑顔のままで対応することにした。
「ええ。こちらから提案したことですから。次の寄港地で手続きをしましょう」
「それで、ですね。その前に私たちの事情を全てお伝えさせていただきたいと思います。それで身分証を得る時に手心をいただければ」
エリザの言葉にショウの頭の中では危険を知らせる警報が鳴り響いた。極めて危ない話だと予想できたけれど、それを聞かないという選択肢はなかった。
「私はエリザと名乗りましたが、本当はエリーザベトといいまして、祖国では公爵家の長女です。意に添わぬ婚約をさせられそうになったために、家出して冒険者となって暮らしておりました」
「公爵家? うちの国と制度が同じか分からないのですが、帝国だと公爵家は帝室の縁戚か国家に極めて大きな貢献をした家のことなのです。もしかして、そういう君主と縁戚の家だったりするのでしょうか?」
「はい。父の一番上の兄にあたる方が国王陛下になります」
エリザの言葉にショウは肩を落として頭を抱えた。異世界のどこかの国の国王の姪など、予想もしていなかった訳アリ物件すぎる。元の世界に帰すときに問題にならないようにするにはどうすればいいか頭が痛くなるのも当然だった。
ただ、ショウの苦悩を吹き飛ばしたのもエリザの言葉だった。
「もとの世界に戻っても実家に連れ帰されて婚約させられてしまいそうなので、できるなら元の世界に戻らずにこの世界で暮らしていきたく思っております」
「それはこちらの世界の流儀で、あなたの身分を扱ってよいということでしょうか?」
「はい。元の世界に帰らないなら、そちらの権力の後ろ盾はないと同じですもの」
エリザの割り切った考え方にショウは驚きながらも安堵してしまった。ただ、胃痛の種が他にはないのか念を入れて確認することにした。
「分かりました。悪いようにはしないと約束します。……他に私の胃を痛める方はいませんよね?」
「残念ながら、このパーティーは全員訳アリでして」
「私はエルフ、この世界に居るかは分からないけど人間より長寿の種族です。そのエルフの中でも極めて稀に生まれる特殊なエルフなんです。それで里で特別扱いされるのに耐えきれずに家出を」
「ん。私はスラムで拾われた孤児で、暗殺者ギルドで暗殺者として育てられた。でも、相手を選べない暗殺を強制されるのがどうしても嫌で、ギルドに今までの養育費分借金する代わりに冒険者になった。借金取りがこれないからこっちで暮らせるならそうしたい」
「私は他の皆さんほどじゃないですけど、学院での師匠が国の主流派に睨まれまして。まともな就職先がないんです。それならこちらで勉強をやり直すのもいいかなって」
全員の事情を聞いてしまって、ショウは天を見上げるしかできなかった。ただ、自分より年下に見える少女達が不安そうにしているのを見て、覚悟を決めた。
「分かりました。ここまで来れば一蓮托生。運命共同体です。私も今までの仕事の態度ではなく、素の態度で話させていただきます」
「ええ。その方がお互いのためですから、お願いします」
エリザの答えに、ショウは一度目を閉じて息を吐いてから少女達を見つめて口を開いた。
「うちの実家は帝国の貴族なんだ。ここまでは提案に乗ってくれたなら伝えようと思っていたけれど、実のところ貴族としての格が公爵なんだ。なので家の信頼と権威を使って、国交のない国の公爵家の娘さんが婚約が嫌だと家出してきたのを保護したとして押し通す。他の皆はそれを手伝っている友人ということにする」
「ああ、やはりそうでしたか。お茶の質も良ければ、傭兵という割に振る舞いが教育を受けたものでしたから」
ショウのカミングアウトにエリザは驚くことなく、逆に納得していた。むしろ、その答えにショウの方が驚いていた。
「分かります?」
「ええ。家を継げなくて冒険者や傭兵になった貴族の子弟の場合、立ちい振る舞いが他の同業者とは違いますから」
「むしろ、ショウさんはエリザの仕草で気付かなったんですか?」
『マスターは変なところで抜けてますからねぇ。そもそも、貴族って選択肢が頭の中に浮かんでいたかさえ疑問ですよ』
ハナの言葉に答えるように人工知能の音声が室内に響いた。声の主を知っているショウはやれやれという表情だったが、何も知らぬ少女達は怯えてきょろきょろと室内を見回した。
「しょ、ショウさん、この声は?」
「この船を統括管理している人工知能です。ほら、自己紹介」
怯えたエリザの様子に可愛らしいと思いながら、ショウは人工知能に自己紹介を促す。
『ええ。この船の管理AI、Type B Model Bです。B2と呼んでくださいね。今はメンテ中ですけど、作業用ボディもありますから、生活のお世話もしますよ』
B2の自己紹介に少女達が首をかしげるなか、一番先に顔を輝かせたのはアイだった。
「管理ということは、人工精霊かアーティファクトのようなものでしょうか? そういったものを作れるとはすごいとしか言えません」
『分かってる子がいますねー。うんうん。いい子ですよ』
機嫌良さそうなB2の声に、エリザ達も納得したように復帰した。それを把握してか、B2は少女達に話しかけた。
『で、皆さん、武装したままですけど、脱げない理由があったりしますか? 作業用ボディのメンテは間もなく終わるので、そうしたらお風呂と傷の手当てをさせていただきますけど』
B2としては埃と血でところどころ汚れた少女達への気遣いのつもりであった。しかし、言われた少女達はそこでやっと自分たちの状況に気が付いたのか、真っ赤になってしまったのだった。
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