誕生
目を覚まし、起き上がると気づく。
どうやら俺は転生に成功したらしい。
女神と話した永遠とも一瞬とも感じた時間を思い起こし、これが現実なのを実感する。
記憶が蘇った日本で三十数年生きた俺の前世の記憶、今現在俺が7歳で魔王として覚醒したこの瞬間の記憶が。
苛立ちと絶望感で気分は最悪だ。
少し前の俺を殺してやりたくなる。
いや?もう死んでいるんだっけか?
起きて数秒で、転生を後悔することになるとは思いもよらなかった。
確かに俺は咄嗟にライトノベル「ブラッディリリー」の魔王ラッドを思い浮かべた。
しかし俺の想像力の貧しさゆえに悲劇が起こったようだ。
俺が思い浮かべ女神に願ったのは魔王ラッドの能力とキャラの容姿。
それなのに、目覚めとともに確信してしまったのだ。
どうやら俺自身がライトノベル「ブラッディリリー」の魔王ラッドそのものに転生してしまったということに。
喉から胃液がせりあがってくるのを、グッと息とともに押し込む。
怒りに任せて暴れたいのを我慢しよう。
兎にも角にも俺の記憶の中を整理しなければならない。
まずは「ブラッディリリー」の内容の反芻からだ。
大まかなあらすじは、庶民の主人公が10歳の洗礼式で勇者の称号を啓示され、王家に依頼を受けて魔王討伐を目指すストーリーだ。
俺はそれをずっと我慢しながら読んでいたんだ。
例え苦手な展開の小説であろうとも、読みかけの状態で放棄するのは嫌だった。
タイトルと神絵師の表紙に惹かれて買ったものの、内容の半分はハーレムであり話が進行する度に主人公の周りに女キャラが増えてムフフなエピソードを挟むだけの接待ストーリーに毎度イライラさせられていた。
聖女、獣人、エルフ、幼女と、次々に希少な能力持ちの女キャラが登場し簡単に主人公に助けられていく。
ブラッディリリーの世界の女は、一回助けられれば惚れる定義でもあったのだろうか。
とにかく節操がなさすぎた。
最悪なことに終盤になり小説が打ち切りが決まったことで、作者のやる気が減退したまま最終巻に突入。
最終巻では魔王城へたどり着いた勇者一行を前に、最強であるはずの魔王は生きる事に疲れ果てていて一切の能力を発揮せず無抵抗で勇者に魂を差し出す。
勇者は魔王の魂を奪った上で魔王城を乗っ取りハーレム居城を手に入れ終幕した。
魔王の処遇は雑でありながらも最強の位置づけだっただけに、俺は読み進めながらいつも魔王勢を応援していた。
主人公を蹴散らしてくれと、一度くらい主人公のあいつをぎゃふんと言わせてやってくれと願っていた。
最後の最後まで期待を裏切られた展開に、思い返しても胃の中から込み上げるムカつきが止まらない。
表紙と帯の謳い文句詐欺ではないか。
王道とはかけ離れたハーレムラノベ、それが「ブラッディリリー」であった。
一旦、主人公のことは置いておこう。
大事なのは、俺のこと。
早合点するには情報が足りない。