勘違いは速やかに対処せよ
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タイトル少し変えました。
カミラの友人ラフィーナ視点を追加しました。
カミラ・マティスンは田舎に住む男爵令嬢である。男爵令嬢といっても名ばかりであるため、いつも領民と畑の野菜を収穫したり子どもたちと地を走り回って遊んだりして過ごしていた。
そんなカミラには婚約者がいた。名前をクライブ・ランドルフ伯爵子息。両親同士が仲が良く、子どもたちを婚約させようということで婚約者となったわけだが、カミラはクライブが大好きだった。もちろん、恋愛感情としてだ。
クライブがどう思っているかはわからないが、少なくとも嫌われてはいないと思う。普段領地に住むカミラとは違って彼は王都に住んでいる。二日に一回という頻度で手紙を送りあっているのだから、仲はいいだろう。
そして、今日カミラは王都にいる。クライブにこっそり会いに来たのだ!もちろん王都に来ることはクライブには知らせていない。驚かせようと思ったからだ。ここまで来るのに馬車で三日かかるのだが、怪しまれないように手紙は出していたのできっとバレていない。
王都には何度も来たことあるし、友人もいる。友人には来ることを伝えたのであとで会いに行くつもりだ。その前にクライブに会いにいきたい。でも、久しぶりの王都だ、クライブの屋敷まで少し遠回りになるけど、観光しながら向かうとしよう。
カミラはるんるん気分だった。
しばらく大通りを歩く。賑わっているのは変わらないが、お店は前来たときと少し変わったようだった。新しくできたのだろうお店に少し寄り道をする。雑貨店だ。可愛いものがたくさん売っている。
「うわ〜、可愛い!」
カミラが手に取ったのはペアリングだった。
シンプルだが、凝ったデザインのその指輪は全体の色は銀。そして埋め込まれている宝石はそれぞれ赤と青。そう、カミラとクライブの瞳の色と同じだった。
これは買わなきゃいけないだろう。
一目で気に入ってしまった。
クライブにあげたらつけてくれるかな。
でもお互いの瞳の色が入った指輪とかつけるの恥ずかしいかな…うーん
カミラは迷いに迷った結果、買うことにした。
買いやすい値段であったし、何よりも自分がお揃いのものをクライブと持っていたかったからだ。
ペアリングを購入したことでより、クライブに会いたい気持ちが強くなったカミラは先ほどより少し早歩きで屋敷へと向かった。
はやくはやく会いたいな〜
そのわくわくした気分はある二人組を見つけてしまってから急速に落ちていった。
早歩きで歩いていた足も止まる。急に止まったカミラにぶつかって迷惑そうな顔をした人がいたのにも関わらず、カミラの視線は少し離れた場所、前から歩いてくる二人組から離れなかった。
「え…」
その二人組はカミラの知っている人物だった。
一人は貴族なら誰でも知っている、社交界で有名な人物"微笑みの貴公子"ルイス・キャメロンだ。服装は平民が着るようなラフなシャツとズボンだ。目立つ金髪を隠すために帽子を被っているようだが、それでもその整った顔立ちのせいでとても目立っていた。彼はその顔に笑みを浮かべて、優しげな青い瞳で相手を見つめている。
そしてその相手、髪はウィッグだろう、地毛とは違う赤髪。綺麗に編み込まれており、それを肩に流している。手にした紙袋の中をきらめく赤い瞳で嬉しそうに見ていた。
カミラにはわかった。ルイスと寄り添い、楽しげに歩く人物こそが婚約者、クライブ・ランドルフだということが。
たとえその姿が、まるで女の子のように白いワンピースを着た女装姿であったとしても、だ。
「なんてことなの…!」
二人にバレないように素早い動きで動いた。気づかれないよう体格のいい人を壁にしながらすれ違う。二人は気づかなかったようだ。ほっと息を吐く。
それから振り返って二人の後ろ姿を眺めた。
カミラは思った。
なんてお似合いなのだろうかと。
婚約者の浮気現場といえるのかどうか微妙な場面だったが、あの二人の様子を見るにこれではカミラの方が邪魔ものみたいだ。
あの嬉しそうなクライブの顔が頭から離れない。
胸がチクチクと痛い。だけどカミラは決意した。クライブはルイスと愛し合っているに違いない。
ならばカミラのやるべきことは一つだけ。
そう、婚約解消だ。
そうと決めたらすぐ行動。クライブの屋敷に向かわずカミラは友人、ラフィーナの住む屋敷へと足を向けるのだった。
§
(クライブ視点)
…手紙が来ない。
二日に一回来ていた手紙がぱたりと来なくなって約二週間、クライブは頭を抱えて悩んでいた。
クライブ・ランドルフには婚約者がいる。カミラ・マティスンという可愛い婚約者だ。彼女は王都にいる貴族令嬢とは全然違う。走るし、木に登るし、歯を見せて笑う。令嬢としては正直ダメだろうけど、その飾らない部分がクライブは好ましいと思うのだ。
そのカミラから不思議な手紙が届いたのは二週間前だ。
二人にぴったりのペアリングを見つけたので送っておきます。お幸せに。
いつもなら領地で起こったさまざまな出来事が書かれた、楽しさが伝わってくるような二枚から三枚程度の手紙なのだが、その日は一枚の手紙にその文章と小さな箱に入ったペアリングのみ。しかもペアリングは二つ入ったままだ。
なんだ?カミラの分をとり忘れたまま送ってきたのか?
そう思って自分の分、カミラの瞳の色である青い宝石が埋め込まれたほうを指にはめて、もう一つは送り返した。
だがそれから手紙の返事がこない。
こんなこと一度もなかったので不安だ。嫌われた?まさか、嫌われるようなことした覚えはない。だとしたら一体なんだ?
病気とか?だが、カミラに何かあればカミラの兄、ダグラスからなにかしら伝えてくれるはずだ。
そういえば、あの不思議な手紙、自分のことにしてはなぜか他人事のようじゃなかったか。
二人とは俺とカミラのことだと思っていたが、ならお幸せにってなんだ?わからない。
ダグラスにきいてみようか。どうしようか。
悩んでいるとノックの音がした。
「やあ、クライブ!…あれ?なんか元気ないね?」
爽やかに微笑みながら部屋に入ってきたのは友人のルイスだ。今日もまた恒例の惚気話をしにやってきたのだろう。今、カミラと連絡できていない状況でこいつの話を聞く気力はない。
「帰れ」
「辛辣だね!?もしかしてカミラ嬢と何かあったの?喧嘩?」
机に広げた手紙を見てルイスはそう言った。
やめろ、勝手に見るんじゃない。
隠すようにして体を机に突っ伏した。
「ごめんごめん。僕でよければ相談にのるよ?この前、ルルーとのデートの視察に付き合ってもらったしね」
ルルーとはルイスの婚約者であるルルティアナ侯爵令嬢だ。赤い髪に緑の瞳、淑女らしい佇まいの気品のある令嬢である。そんな彼女が突然街に行ってぶらりと買い物したいと言い出したそうだ。しかも貴族専門店が並ぶ通りではなく、市民向けの場所。
ルイス自身、あまり行ったことがない場所だ。だからルルティアナ嬢を完璧にエスコートするための実験台としてクライブが巻き込まれた。
しかも、ルルティアナ嬢みたいな赤髪のウィッグにワンピースという女装までさせられた。
これは完全に遊んでいたのだろう。途中事情をわかっていないルルティアナ嬢がノリノリで大量の女物の服を持ってきたのは困ってしまった。
一部もらったのでカミラにあげようと思っている。女装結構似合ってたよと言われたがもう着ることはない。
視察に付き合った代わりに、ルイスにはカミラへのプレゼントについてアドバイスしてもらった。いいものが買えたので満足だ。
そのプレゼント、どうせなら直接渡して反応が見たい。けど、クライブがカミラに会いに行こうとしても手紙がこないからどうしたらいいのかわからない。もし勝手に行ってカミラに迷惑そうな顔をされたらクライブは立ち直れないだろう。
でも悩んでいてもキリがない。ルイスに全部話すことにした。
「うーん、このお幸せにってのがわかんないなぁ」
すべてを話し、件の手紙を見ながらルイスは首を傾げている。
「なんか浮気した人に別れを告げてるみたいじゃない?最後のプレゼントよ、的なかんじで」
「はあ?俺は浮気なんてしてないぞ。ずっとカミラ一筋だ」
「いや、わかってるよ。君が婚約者と仲が良いのはみんな知ってるし、誰も邪魔できないでしょ、なんせ馴れ馴れしい女子にはとことん冷たくするじゃないか」
呆れたような態度でそういうが、そんなに冷たい態度とった覚えはない。
クライブは怪訝な顔でルイスを見た。
「はいはい、その話は今はいいや。とりあえず、なんとかしてその原因を突き止めないとね」
「ああ、だが全然原因が思い当たらないんだ。すぐにわかるならこんなに悩んでいない」
「困ったな…そういえば、カミラ嬢はラフィーナ嬢と仲良かったよね?妹経由で聞いてみてもらうのはどうかな」
ルイスの提案にクライブは頷いた。
「それで頼む!」
クライブがそう言ったほぼ同じくらいのタイミングでドアがノックされた。
返事をすると入ってきたのは使用人のベンだ。一通の手紙を渡しにきたようだった。
「もしかして、カミラか!?」
期待し、すぐ名前を確認する。
書いてあった名前は、ダグラス・マティスン。カミラではなく、兄の方だった。
ダグラス!?もしかしてカミラに何か…!?
慌てて手紙の封を切るクライブの様子に何か感じたのか、ルイスも慌てた様子で手紙を覗きこんだ。
「………は?」
手紙には内容とのギャップを感じるほどの綺麗な字でこう書かれていた。
よう!我が義弟よ、元気か?
カミラはお前に会いに王都に行ったんだが、会ったか?カミラからクライブには、私には足元にも及ばない立派な相手ができたみたいだから婚約解消したいっていう手紙が届いたんだが、何があった?
大体一月ほどラフィーナ嬢のとこに世話になるみたいだからしっかり誤解は解いておけよ!
まあ、カミラの勘違いだろうけどな。
すまないが、うちのカミラをよろしく頼むよ!
「ええ!?君、カミラ嬢以外に誰か相手いたの!?」
ルイスの素っ頓狂な声が聞こえたが、内容の衝撃がすごすぎてしっかり頭に入ってこない。二度三度と読み、やっと理解する。
待て待て、婚約解消!?立派な相手って誰だ!?
冗談じゃないぞ!?
「カミラ!!」
手紙を握りしめたまま、部屋を飛び出した。
後ろから慌てたような声と足音が聞こえるが、ルイスを待っている余裕はない。
その勢いのままラフィーナ嬢の屋敷へ走って向かった。
§
(ラフィーナ視点)
屋敷にカミラがやってきて大体二週間くらい経った。
なぜかクライブに会いに行くそぶりを見せず、クライブの話題を避けるようにしていたカミラを不思議に思って話を聞いた。そしてラフィーナは心の底から驚き呆れた。
「はぁ!?あんた馬鹿じゃないの?」
しょんぼりとするカミラに呆れてため息しか出てこない。
なんであんなに愛されておいて、そんな考えになるの!?
しかも相手は"微笑みの貴公子"ルイス様だ。つまりは男。しかも彼にも溺愛する婚約者がいる。
問い詰めるとカミラは涙目で、ある恋愛小説に目を向けた。
「だ、だってラフィーナの本に書いてあったもん!女装してこっそりデートするのはその相手の男が好きだからだって!」
「それはフィクションだから!!!」
「えっ」
いや、待った。フィクションではない場合ももしかしたらあるかもしれない。あったらラフィーナの心がときめく…って今はこんな妄想していい時ではない。
とにかく、あの二人が恋愛関係とかありえない。絶対に違う。
カミラはクライブの優しいところしか知らないだろうが、カミラ以外の、特に馴れ馴れしく話しかける令嬢に対して本当に辛辣だ。
それを見比べたらいかにカミラが愛されているかわかるものだ。
そのシーンを見せれば一番早いのだが…
この妄想力逞しいポンコツに、どれほどクライブから愛されているのかを語ってあげようと口を開いた。
すると何やら廊下が騒がしいのに気がついた。
「一体なにーー」
「カミラッ!!!!」
ちょっと!ノックしてよ。
バンっと大きい音を立てて部屋にずかすがと入ってきたのはクライブ。
珍しく焦っているのようだ。そのまま驚きで目を見張るカミラの前へと歩いていく。
その後ろから、息切れしたルイス様がやってきた。ラフィーナと目が合うと申し訳なさそうにする。その苦笑いも素敵なのはさすが"微笑みの貴公子"だ。
お互い二人に振り回されて苦労しますね
ラフィーナもそっと微笑んだ。
ラフィーナの視界の端には、カミラがクライブに迫られおろおろとしていた。
婚約解消の理由について説明中のようだ。
だんだんクライブの表情に呆れが広がっていく。その気持ちすごく分かるわ〜。ラフィーナは心の中で激しく同意し、その二人を見守った。
「つまり、疑う余地があるほど俺がどれほどカミラを愛しているか伝わっていないということだな…?」
「え…いや、そういうわけじゃ…」
「なら、今から理解させてあげようか」
甘い雰囲気を醸し出すクライブに、カミラもとろりとした目をしながら真っ赤になる。
クライブの指にはカミラの瞳と同じ、青い宝石が埋め込まれた指輪があった。その指でカミラの頬を撫でる。
説明が終わって、カミラの勘違いがなくなった後すぐ二人は自分たちの世界に入ってしまった。
完全にラフィーナたちの存在を忘れている。
友人の婚約者との甘いシーンを見せられるラフィーナの心境がわかるだろうか。
そばで同じく見せられているルイス様も、少し気まずそうにしている。
「これは、僕たち退散した方がいいかもしれないね」
「そうですね」
ラフィーナたちは小声で話し、音を立てずに部屋から出た。
ルイス様は婚約者に会いに行きたくなったといいすぐに立ち去った。
婚約者がまだいないラフィーナは、深いため息をつく。
婚約者ほしいなぁ…
すごい満面の笑みを浮かべるクライブと首まで真っ赤に染め、俯くカミラが部屋からでてくるまで、ラフィーナは恋愛小説を読み耽った。
その日から何日か経ったあと、幸せそうにクライブからのプレゼントの話をしにカミラがやってくる。
そのカミラの指には、クライブと同じ瞳の赤い宝石が埋め込まれていた。
この指輪は、カミラの兄のダグラスからカミラ宛にラフィーナの家に送られてきた。
指輪はすぐにクライブの屋敷にいるカミラに届け、ラフィーナはダグラスへカミラの近況報告を送った。
とても幸せそうな顔で惚気るカミラに、ラフィーナはほっと安心した。
幸せそうでなによりだ。
あれから、ラフィーナはダグラスと文通を続けている。内容は主にカミラの話だったが、ついこの間、その綺麗な字で婚約を申し込まれ、了承した。
ラフィーナはダグラスとの手紙を読み返してはにっこり笑顔を浮かべた。
勘違いは速やかに対処せよ。
だが、速やかに対処しなかったから、ラフィーナはダグラスと婚約することができた。
それから、クライブの愛はカミラへちゃんと伝えることができた。
勘違いで誰か人が幸せになることもあるのだ。さらにもっと幸せになることもある。
勘違いは徐に対処せよ。
ラフィーナはそう思うのだ。
読んでいただきありがとうございました。
ブクマ評価誤字報告、アドバイス等あれば気軽によろしくお願いします!
誤字報告ありがとうございました!!
修正致しました。




