お茶会と忠告
なんか時が経つにつれ色んなことに感情が付いていかなくなってきている。
自分は政略結婚とは言わずともお父様の決めた相手と、穏やかに生きていくのだと思っていた。恋とかはよく分からなかった。
激しく、燃えるような感情とはどういうものかしら。
そういう思いがあったことが前世の私が乙女ゲーにハマったきっかけの一つでもある。そして、物語のような激情を知らないまま私は死に、フィーネ・グレイヴとして生まれ変わった。
特に意思を持って行動していたわけでもなかったから、誰かに好かれるなんて考えていなかったのだ。
お兄様のご友人。だから私にとっても「兄」のようなもの。
そんな風に考えていた私は愚かだったのだろう。
深い緑のドレスはベルが選んだ。編み込んだ髪がいつもより重く感じる。
柔らかく香る紅茶の匂いは心を少しだけ落ち着かせてくれた。
目の前にいるのは絹糸を金に染め上げたかのような美しい髪を持ち、アクアマリンを思わせる青い瞳を持つ絶世の美女だ。
顔立ちはクリス様とそっくりで、特に柔和な笑みは彼女の完璧さを際立たせている。
陛下ってばこの方の何がお嫌だったのかしら、と誰もが首を傾げる美しさだ。
「それで、あなたは王太子妃になる覚悟はお有りかしら」
その声音は優美に、けれどしっかりと真意を問いただすかのように温室に響いた。
それに対して、私もしっかりとできるだけ自分が美しく見えるように微笑みをつくった。
「わたくしでは、王太子殿下の隣に立つ事はできないと思いますわ」
王太子妃というものは、王太子の隣に立ってニコニコしていれば良いというものではない。
国内外での社交に、政。
世継ぎを産み、育てて次代に繋ぐ。
それ以外にも私が考えるよりも多くの仕事があるだろう。
だからこそ、社交において舐められがちな私が隣に立つべきではないと思う。
「……そう。昨今の御令嬢たちを贔屓目なしに見た事はあって?」
その問いの答えを少しだけ探していると、妃殿下はクスクスと笑った。
しかし、その瞳に映る感情は明るいものには見えない。
「彼女たちはね。クラウスの隣でにこにこ笑って、ただそこに立っていれば他のことはみぃんな親や兄弟、城の者がやってくれて贅沢な暮らしができると思っているのよ。権力を持つ者には相応の義務があり、強い理性と意思を貫く覚悟が必要だという事を理解している子は少ないわ」
その言葉にどきりとした。
私を含めて、それをちゃんと理解している人間がどれほどいることか。
「わたくしも陛下も…本当は向いていないと思うのですけれどね。上に立つ者というのは、愛憎をふりまわすべきではなく、公平にあるべき。万事においてのめり込むべきではなく、感情を周囲に強く出すべきではない」
「けれど、人間だもの。わたくしたちも失敗はするわ。それでもね、ちゃんとそこを考えられている子とそうでない子では最初の心構えから違うわ」
「だから、わたくしはあなたがあの子の妻になるのならば助力は惜しまなくってよ?」
妃殿下の言葉には、少しの期待がこもっているように聞こえた。
けれど、頷くことはできなかった。
「けれど、あなたが好きなのはもう一人の息子のようね」
「そ、それは……」
気まずくって目を逸らすと、面白そうな笑い声が聞こえる。
「あの子があなたを娶るのであれば、陛下はきっと何かしらの功績を求めると思うわ。あの子が成せないとは思わないけれど、よく考えておきなさい」
その言葉に、ほんの少しだけ不安感を覚えたけれど、今の私にはそれが何なのかはわからなかった。